その娘、罪人の刻印をもちながら最強の精霊術師である。

一之森はる

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3 脱走

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「フェリス! 待って、ねえ、フェリス!」

 町を右往左往へと駆ける。
 道行く人にぶつかっても、フェリスは後ろを振り向かず走り続けた。

 脳裏に焼き付く、人外の瞳。
 絶対的な支配者だと悟らせる、拭えない恐怖。

 なぜ殺せると思ったのだろう。
 なぜ敵う相手と見下せたのだろう。

「違った……っ、わたし、間違ってた……っ!」

 息切れすら忘れ、ただ闇雲に走る。
 立ち止まれば、すぐに追いつき心臓を抉られるのではないかと、思ったからだ。
 ついてまわる恐怖は、払うことすらできない。

「神を、殺すだなんて……っ!」

 瞳に涙を浮かべ、呟きを繰り返す。
 死がそこまで来ているような、そんな錯覚に陥る。

 逃げられない。
 私はきっと、逃げられない。

 本能で悟った真実から、必死に逃げる。
 その時だ―――フェリスの耳が、高らかな笛の音を拾った。

「いたぞ! フェリス=ブランシャールだ!」
「南区だ、総員追えーっ!」
「っ、!」

 声のした方へ視線を向ければ、憲兵が束となってフェリスへ向かってきているのが見えた。
 しまった―――。
 必死になっていたために、頭を隠していたローブが脱げてしまっていたことに、今更ながらに気付く。

 翠の髪が光を取り込み、美しい色合いを曝け出している。
 だが自身の短い髪を隠すようにして、フェリスは走りながらローブを深く被った。

「フェリス!」

 エルが追いつき、フェリスの身体を這い上がる。
 頷きで返し、奇宝石を握り締めたフェリスは勢いよく『跳んだ』。

 だが瞬間、限度を超えた奇宝石は粉砕してしまう。残りひとつ―――今ここで、使う訳にはいかない。

 舌打ちをひとつ、フェリスは受け身を取り、落下した屋根の上を転がる。
 着地した先の地面を見れば、憲兵が5人、駆け寄ってくるのが見えた。
 すぐにその場から離れ、屋根伝いに走る。

「こっちだーっ! 『刻印の者』、北区へ進行中ー!」
「北区の門を固めろッ! 絶対に逃がすな!」

 怒号があちらこちらから聞こえ、フェリスの行く道を塞ごうと躍起になっている。
 目前に見えた教会に辿り着くと、屋根を蹴って併設されている塔へ移り、塀を越えて地面へと降り立つ。

 荒い息を整えながら、フェリスは迫ってきた三人の憲兵を視界に収めた。

「観念しろ、刻印の者!」

 深く息を吸い込み、吐き出す。

「―――」

 見開いた瞳は漏れなく憲兵達の動きを捉え、フェリスは一歩前へ足を踏み込んだ。

 剣を抜き放った一人が、フェリスを斬りさかんばかりに右へ左へと振り下ろす。
 それをひとつの漏れもなく避け、生まれた隙をついて腹を蹴り飛ばし、勢いよく飛び上がる。よろめいた彼の頭めがけて、大きく振り下ろした踵が脳天へ命中した。

「が、あ……っ」

 崩れ落ちた男の影から、ひとり、背後から残りのひとりが、剣を抜いて駆け寄ってくる。
 彼らの攻撃を難なく避け、地面に手をついて背後にいた男の顎を、思いっきり蹴飛ばす。

 見事に意識を失った男からフェリスは離れると、体制を整えながら最後のひとりと距離をとり、ふ、と小さく息を吐いた。

「この、!」

 仲間を伸され、激昂した男はなりふり構わずフェリスへと突撃してくる。
 単純な一直線の攻撃を飛び上がって避けると、男の顔面目掛けて膝をめり込ませた。

 フェリスが着地すると同時に、男はその場に倒れ、僅かな痙攣を繰り返す。

「―――フェリス、早く逃げねば」
「分かってる」

 乱れたローブを被り直し、フェリスは追手が来る前にとその場を走り去る。

 町を横断する川―――それを伝っていけば、見えてくるのは北区の門だ。
 早く町を去らねば、手に負えない数の憲兵がやってくるだろう。

 建ち並ぶ家々を通り過ぎ、川へ急いで向かう。だが坂道を省略しようと、境の塀を飛び越えたときだ―――。

「え」
「え」

 思いもがけなかった人の存在に驚き、フェリスは空中で一度だけ目を瞬かせた。
 しかしもうどうしようもない。
 避けることも声をかけることも出来ないまま、フェリスはその人物もろとも、地面へと落ちた。
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