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第一章 攻防
攻防(1)
しおりを挟む月のない、暗闇の夜だった。よく手入れされた竹林に通る道を、等間隔でともる外灯がほんのりと照らしている。
冷え込む夜気の中、誰かがひとり道を歩んでくる。
外灯がうっすらと照らすその姿は、黒髪、黒い着物、そして男盛りの秀麗な容貌の持ち主だった。
黒装束の美丈夫が歩くたび、彼の足元の影が濃くなっていく。外灯の弱い光が、それほど濃い影を作れる訳もないのに、足元の影は見る間に黒さを増してゆく。
影がふくれ上がった。上に、横に、真黒い闇はふくらんでいく。
外灯の明かりも吸い込んで、ふくらみ上がる闇に無数の赤い目が開いた。
美丈夫の足が止まる。前方は竹林が開け、重厚な和風家屋がたたずんでいた。
歴史を感じる巨大な数寄屋門は、重々しい扉がぴたりと閉じられている。
ふくらんだ闇は、いつの間にか異形の魔物たちへと姿を変え、音もなく屋敷を取り囲んでいく。その中の一体が、美丈夫の頭上を越え扉へと飛び掛かった。
しかしその体は、激しい音と共にはじかれる。屋敷の周囲を、魔物の目には見えない破魔結界が取り囲んでいたのだ。
後方に転がった魔物には目をやらず、黒衣の男は舞うように右腕を振り、いつの間にか一振りの日本刀を握っていた。
左足を後ろに引き、右下方に両手で日本刀を下げ、下段の構えを取る。
男の赤い目が意を持って細められ、力強く日本刀を振り上げた、その時。
厚い木製の扉が、白い雷光と共に魔物たちへと吹き飛んでくる。
轟音と共に迫ってきた扉を、黒衣の美丈夫は真っ二つに斬った。
畳二枚分はある重厚な扉は二つに分かれ、逃げ遅れた魔物を数体潰しながら地面に墜落する。
すさまじい落下音を聞きながら、黒衣の男――魔物・御乙神織哉が見やる先には、周囲を自身が放つ白い雷光で照らしながら数寄屋門をくぐる、御乙神一族宗主・御乙神輝の姿があった。
「妃杉家の皆を殺させはしない。今夜こそ、決着をつける」
輝が神刀・天輪を両手で構える。それと同時に闇に沈んでいた妃杉邸に一気に明かりがつき、気配を消し隠れていた御乙神の術師たちが飛び出してくる。
その数は十数人。純白の正装をまとい魔物と対峙する一団に、輝よりも年少の、十代半ばの少年少女がちらほらと混ざっている。
ここ一ヶ月、ひんぱんに繰り返される魔物の襲撃で、御乙神一族は戦える成人の術師が少なくなってきていた。
御乙神一族を滅ぼさんとする魔物たちは、宗家屋敷だけでなく分家の屋敷まで襲い始めていた。
襲撃の頻度が増え、命を落とした者、助かっても怪我で動けない者と、じりじりと戦える人数が減ってきていた。
当初は十代の術者の戦闘参加を許可していなかった輝も、現状と少年少女たちの懇願に負け、今回から参加を許していた。
今夜、魔物の標的となったのは、御乙神分家・妃杉家だった。未来を見通す戦術である先視で魔物の行動を察知した輝は、先回りして妃杉邸に潜んでいたのだ。
白装束の術師たちを率いる御乙神輝と、闇の異形たちを率いる御乙神織哉と、白と黒の勢力は数寄屋門をはさみ相対し、にらみ合う。
その均衡を破ったのは、少年の短い叫びだった。言葉にならない声を残して彼は、固いはずの地面に引き込まれる様に姿を消した。
何が起こったか正確に分からず、動揺で僅かに気が散じた御乙神の術師たちへ、魔物たちはいっせいに襲い掛かった。
異形の魔物たちに、神格の清らな力を宿した呪具で対抗する者、森羅万象の力を呼び出し応戦する者、それぞれ得意な戦法で魔物に挑んでいく。
輝は、今や因縁の相手となった魔物の首魁、御乙神織哉と切り結んでいた。魔の風が巻き上がる中、それを切り裂くように雷光がほとばしる。
白い雷光をまとう神刀・天輪と魔の風が巻き、元は神刀であった建速が金音を立てる中、またもや一人の少女が地面へと引き込まれ、姿を消す。
少女の途切れた悲鳴に気付き、剣戟を繰り広げる魔物の赤い目をにらみながら、輝は声を張り上げた。
「次元をまたいで攻撃を仕掛ける魔物がいる!霊視が得意な者、居場所を特定しろ!」
世界はたくさんの次元が重なっている。今自分らがいる次元にごく近い次元に潜み、力の弱い者を狙って自分のいる次元へと引きずり込んでいる魔物がいるのだ。
宗主の声に、ひとりの中年男性が戦列を離れ屋敷の中に駆けこんでいく。
板張りの廊下を走りたどり着いた、荒縄と複雑な形の紙垂が下げられた木製の扉を開ける。
中には、御乙神一族の正装に身を包む老人と女性、そして幼い子供たちが合わせて八人いた。立ち上がった初老の女性が、急ぎ足で男性に駆け寄る。
「孝晴、どうしましたか。もしや……」
「お母さん、大丈夫です、落ち着いて聞いてください」
母親の肩に手を乗せ、妃杉家当主・妃杉孝晴は不安げに自分を見つめる家族に視線を巡らす。
「次元の向こうから攻撃を仕掛ける魔物がいます。我々で集団呪術を行使してその魔物の居場所を特定したいのです」
「孝晴、それは……」
「確かに、俺たちが狙い撃ちにされる可能性もあるでしょう。でも他の者たちは魔物を防ぐのに精一杯だし、何より今夜標的になったのはこの妃杉家です。他の分家が戦ってくれているのに、戦力外とはいえ妃杉の者たちが隠れているだけでは申し訳ない」
一家の者に視線を巡らす妃杉の目が止まる。妻の膝に座って、腕に抱かれている末の息子だった。今年五歳になったばかりだ。
小さな手で母の着物を握りしめ、最上位の破魔結界を張り巡らしたこの部屋にまで届く魔の気配におびえながら、苦し気に自分を見つめる父を見上げる。
「おとうさん、ぼくもやる」
「遥斗。あなたはダメ……」
小さな声を上げた末の息子に、母親が泣きそうな顔で止めに入る。
「やらせよう。どうせこのままでは本当に一家殲滅させられる。遥斗、お父さんもお母さんも皆もいるから、安心して術に集中するんだ」
あなた、と悲嘆を込めてとがめる母の腕の中から、遥斗はうん、と大きくうなづいて見せる。
「がんばる。ぼくもたたかう」
末息子のけなげな決心に、妃杉は髪をひとなでしてやる。そしてすぐに顔を上げ、自分を見つめる両親、祖母、そして三人の息子たちへ声を張り上げる。
「さあ、円陣を組んで!手を繋ぎ、お互い同調するんだ」
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