優雅にざまぁ、ごめんあそばせ

おてんば松尾

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うちの夫がやらかしたので、侯爵邸を売り飛ばします

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ふたりは幸せそうに手を取り合い、馬車に乗り込んだ。行き先は避暑地。ひと月の新婚旅行。

私はただ、静かに彼らを見送った。

避暑にぴったりの高原の人気コテージに空きが出たと、友人がライアンに勧めてくれた。
もちろん、その話が彼に届くように私がうまく仕向けたのだけれど。

その貴族御用達の別荘地は馬車で三日はかかる。
長期滞在が許される特別枠を使い、彼らを王都から物理的に遠ざけた。
狙いはただひとつ。ふたりをこの屋敷から一ヶ月引き離すことだった。

彼らの馬車が小さくなるのを見届け、私は振り返った。



「さあ、やるわよ!」

声が屋敷中に響いた。ここからが本番、私の逆襲の幕開けだった。

「セバスチャン、登記の書類を」

執事はすでに動き出していた。屋敷売却に必要な手続きをすべて洗い出し、計画表にまとめてくれていた。領地にいる両親も協力体制にあり、準備は万全だった。

ナタリーの存在を知った翌日、絶妙のタイミングで、私は親戚と会うことができた。
私は彼らにライアンのやらかしを話して、相談に乗ってもらった。

「子ができないことを浮気の言い訳に使うなど、不埒にもほどがある」
「私が国王陛下にお願いして、極刑にしていただきますわ!」
「いや、子ができないと何故決めつけるんだ?それこそデリカシーに欠ける最低な言動だろう」
「そうよ、ルビーはまだ若いわ。仕事だってたくさんしているのだから、子作りの暇なんてなくってよ」
「だからあいつは顔だけで、胡散臭い奴だと俺は最初から反対していた」
「領地の両親には報告したのか?」

話を聞いた親戚たちは顔を真っ赤にして声を荒げ激怒した。
親戚たちの怒りは瞬く間に広がった。

けれど私は、感情に任せた反撃より、ライアンに痛みを伴う後悔を与える方が効果的だと説いた。
そして私の考えを彼らに伝える。
さすがネイル侯爵家の血筋だ。彼らはすぐに理解してくれて、全面的に協力を約束してくれた。

ネイル一族は、王家の血を引く由緒正しき名門であり、その系譜には大公や公爵といった高位貴族たちが名を連ねている。家系は代々子宝に恵まれ、まさに繁栄と隆盛の象徴といえた。

私自身、いずれは自らの子を持つことを望んでいる。けれど、仮にそれが叶わなかったとしても、一族の中から相応しい子を養子として迎えるのは難しいことではなかった。
その点において、血脈と家の未来が途絶えるという懸念は一切なかった。

翌日の朝、不動産商会の査定人たちが到着した。セバスチャンが案内し、叔父が立ち会って説明する。
屋敷の由緒と歴史を淡々と語る彼の姿が頼もしかった。

屋敷は確かに歴史ある建築だ。
けれど築百年を超え、維持管理費も莫大、修繕にも限界があった。
歴史ある邸宅は、今や誇りではなく足かせだった。

土地ごと売れば、王都のひと街区を買い取れる資金になる。資産の再編、そして過去との決別。
思い出ではなく、これからを支える確かな足場が欲しかった。

家具の売却は一括買取。値がつくものは売却し、残りは処分した。情は一切捨てた。
ただし、侯爵家に代々伝わる品々だけは別。肖像画、銀器、書簡、曾祖母の懐中時計。
それらは丁寧に梱包され、新たな居所へと運ばれていった。

ライアンの私物はすべて“異物”として処理した。触れることさえ不快だったが、梱包し実家へ発送。
送り状には「私物一式」とだけ記した。

迷いはなかった。捨てるもの、守るもの。その線引きは明確だった。

屋敷が空になるまでに三週間かかった。
最終日、両親が領地から駆けつけてくれた。

「一人でよく頑張ったわね」

母は私を抱きしめ、父は朗らかに続けた。

「国がこの屋敷を買い取り、歴史博物館にする」

「え?」

「まだ決定ではないが、大公が動いてくれたから、すぐにルビーにも連絡が行くだろう。どうするかは、お前次第だ」

「……素敵な話です。この屋敷を遺せるなんて」

維持費も王家が負担するという。私にとっても、一族にとっても、嬉しい話だった。
そして親族が次々と集まり、屋敷との別れを惜しんだ。

午後には、使用人全員をサロンに集めた。私は深く息を吸ってから話し始めた。

「この屋敷を手放すことになりました。ここで皆さんと過ごした日々は、私の誇りです」

静まり返る中、すすり泣きが聞こえた。皆、声には出さないが、それぞれの胸にこの屋敷への想いを秘めている。
とはいえ、屋敷の家具や装飾品だけではなく、働いていた使用人たちも、まとめてまるっとお引越しだ。家族のような存在と共に、また新たな日々を紡げるのだと思えば、心は自然と軽くなった。
新天地での暮らしが、どんなふうに形づくられていくのか……想像するだけで胸は高鳴った。

その夜、私はひとり、屋敷の廊下を歩いた。

磨かれた床がわずかに月明かりを返し、柱の影が長く伸びていた。かつてここを行き交っていた人々の記憶がそっと心に浮かんできた。
振り返ると、セバスチャンが黙礼していた。
私は微笑み返し、最後の扉を閉じた。

ありがとう、この屋敷。声には出さなかったが、心の中でそう告げた。

新しい屋敷は王都の中心、大通り沿いにどっしりと建っている。

元は王族の離宮だった建物だ。白い大理石の外壁、繊細な鉄細工のバルコニー。正門の脇には衛兵詰所。
部屋は洗練されていて、静かで、機能的だった。

最上階の窓からは王宮の尖塔が見え、夜には広場の灯りがきらめいていた。

「最高のロケーションだわ」

深呼吸とともに胸の奥から湧き上がる高揚感。まだ見ぬ新たな日々に、思わず背筋が伸びる。
この先、私の暮らしは静かに整っていくのだろう。
誰のものでもない、私自身の物語が始まるのだ。

ふと吹き込んだ夜風がカーテンをふわりと揺らす。

その隙間から差し込む月の光が、まるで優しく背中を押すように私を包み込んだ。


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