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悲劇の悪役令嬢は回帰して王太子を人柱に
20 最終話
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✦12:00 AM~ 王太子を人柱に
(三人称視点)
「新しい龍祈殿の人柱として選ばれし者が、その命を神に捧げる」
大神官の声が、石造りの神殿に低く響いた。
龍祈殿の中央には、龍の鱗を模した白い円形台座が設置されている。
その正面では、御神体である巨大な龍の石像が厳かに祀られていた。
その台座へと向かい、リディアは静かに石の階段を上った。冷たい石の感触が足に伝わる中、彼女は無言のまま中央に立ち、身を正す。
「死を恐れるな。神と一体になるための聖なる儀式だ。さあ、行くがいいリディア。これこそが、真の信仰のかたちなのだ」
大神官の言葉に、リディアは両手を組み瞳を閉じる。
そして、深く息を吸い込み、魂のすべてを注ぎ込むように祈りを捧げた。
その瞬間、神殿内の空気が急激に変化した。
「ゴォォォ……ッ」
龍神の石像が地の底から響くような唸り声を発すると、音の波が神殿の隅々まで震撼を与えた。
天井の大理石が軋み、砂塵が舞い落ちる。
壁に刻まれた聖紋もわずかに光を帯び、揺れていた。
「っ……神が、動いている……!」
神官たちは顔を青ざめさせ、奥に控えていた信徒たちも恐怖に駆られ後退る。
リディアは祈りを続けながら、体内に秘めた魔力を静かに解き放った。
紫紺の光が指先からあふれ出し、空間を包み込んでいく。
龍神の眼は鮮紅に染まり、力強く輝き始めた。
石像が軋みながらゆっくりと首を振り、神殿の内を見渡す。
そして、次の瞬間……
地の底から響くような重低音が空気を貫いた。
「……我は、龍神なり」
その声は雷鳴のように轟き、神殿の奥まで到達する。
「千年の時を巡り、無数の魂を喰らいし神霊。我が意にそぐわぬ供物など、要らぬ」
玉座の脇にいたレオンハルトは、言葉を失って床に膝をつき、肩を震わせながら泡を噛むように座り込んでいた。
神官たちは腰を抜かし、祈りを忘れてただブルブルと震えている。
儀式の厳かな雰囲気は一瞬で恐怖のそれへと反転し、空気が凍りついていく。
龍神はゆっくりと首をめぐらせながら、神殿の隅々まで視線を這わせるように見回す。そして、再び言葉を発した。
「今この刻、神に捧ぐにふさわしき真の人柱となる生贄を差し出せ。然らずば、この大地と民すべてを供物とする」
龍神の言葉が神殿に重々しく響き渡ると、空気が張り詰め、場の誰もが凍りついた。
大神官は一歩も動けず、唇を震わせながら視線を泳がせる。やがて、絞り出すような声で龍神に答えた。
「そ、そ……そこに……い、いる……リ、リディアが……人柱となる供え物でございます……」
その言葉と同時に、すべての視線が台座に向けられる。
神殿が震撼する中、ただひとりリディアだけが微動だにせず、台座の前にすっと身を正していた。
彼女の姿は、まるで神意を受け入れる器のように静かだった。
龍神の石像は赤い眼光を灯したまま、雷鳴のごとき声を轟かせる。
「お前は、聖女か?」
その問いに対し、リディアは冷ややかな沈黙を破って頭を垂れた。
「いいえ。私は元・聖女でございます。今は祈りの力を失いました」
その返答を受け、龍神の眼はさらに赤く燃え上がる。
空気が震え、神殿の床には亀裂が走った。
「ひぇ……っ!」
足元のひび割れに誰かが驚き、悲鳴が上がる。
龍神の首がゆっくりと動き、大神官の方へと向けられた。
「なぜ、聖女でないまがい者を我に捧げる?」
大神官長の顔は土気色になり、つっかえながら必死に弁明した。
「そ、そ、それは……この者が……龍神様の怒りを買ったがため……」
「本物の聖女は、どこだ!」
龍神の怒声が轟いたその瞬間、龍祈殿の奥で微かな悲鳴が上がった。
「せ、聖女は……」
「わ、私は違うわ! 聖女なんかじゃ……!」
アイラの声だった。
いつの間にか、彼女は儀式の場から離れ、人々の背後に身を隠していた。その小さな肩は震え、顔を覆うようにうつむいたまま動こうとしない。
騒然とする中、神官のひとりが声を上げた。
「あ……新しい聖女は……アイラです!」
「ひ……っ!」
名を呼ばれた瞬間、アイラの声が神殿に響く。
「やめて! 違うわ! 私は聖女なんかじゃない!」
「ここへ来い」
龍神は神だ、従わなければならない。
けれど、アイラの足は根を張ったように動かず、瞳には恐怖が宿り、指先も痙攣するほどに震えていた。
だが次の瞬間。
彼女の身体がふわりと浮き上がった。何の前触れもなく、まるで重力が消えたかのように。空中をすべりながら、アイラは龍祈殿の空気を切り、台座の前へと引き寄せられていく。
「ひっ……う、うそ……!」
彼女の体は、静かに台座へと降ろされる。
神前に身を捧げるように、アイラは龍神の射るような眼差しの下へと導かれた。
龍神の眼が彼女を見下ろし、赤光が龍祈殿を染め上げる。
誰もがその光景に息を呑み、神威の前に膝をついて沈黙した。
「災いをなくし、民を幸せに導きたいという願い。叶えてやろう」
龍祈殿が静まり返る。
「だが、新しき龍祈殿の人柱となる者は、民の幸せを最も強く願い、そのために命を惜しまず捧げられる者でなければならぬ。その責を負える者のみが、神に近づけるのだ」
神殿に響き渡る言葉に、神官たちすら息を止める。
「どうだ、新しき聖女とやら。その者に己は相応しいか?」
台座の上で震えるアイラは、かすれ声を押し出すように答えた。
「い、いえ……私は責任とか、そんな……立場では……ありません……」
「ならば、誰が相応しい?」
場の空気が張り詰める。
迷うようにアイラの視線がさまよい、やがて恐る恐るリディアへと向けられる。
そこで、龍神がまた声を発した。
「間違うな。選びを誤れば、汝の命はここで終わる。言葉を慎重に選べ」
足元には稲妻のような魔光が走り、空気が一段と緊張を帯びた。
アイラは誰かを指名するしかなかった。
国民の幸せを願い、その責任を負うべき立場にあるものを。
追い詰められた彼女の瞳が、ゆっくりとレオンハルトを捉える。
「お……王太子殿下です!!」
その叫びが空間に響いた瞬間。
龍祈殿全体に衝撃波が走ったように、神殿の空気が軋んだ。
神官たちは息を呑み、地鳴りのような音が響く中、レオンハルトは呆然と目を見開いた。
その言葉の意味と重みに思考が追いつかず、ただ恐怖と混乱に呑まれていた。
龍神の視線が鋭く王太子を捉えた。
「な、な……なにを言っているんだ……アイラ……っ!」
立ち上がろうとしたレオンハルトの足元が揺れ、膝が崩れそうになる。
身体の奥底から怒りがこみ上げるが、それ以上に恐怖が体中を支配した。
「……我を神に捧げるだと? 貴様が……我の婚約者でありながら……!」
怒りに染まる顔、震える指先が空を切るように力を込めて握られる。
「裏切ったのか……アイラ……!」
その声は痛みを帯びていた。
神官たちは沈黙し、後ずさる者もいた。
王太子の心が砕け散る音が、確かに場にいた全員の耳に届いた。
リディアが台座の前に静かに立ち、姿勢を正し、ゆっくりと話し始めた。
「神と一体になるための聖なる犠牲です。あなたは神に選ばれし者。その運命は、国民の幸福と安寧を願う高潔なる犠牲です。最も尊き誇りであり、称えられるべき名誉。どうかその使命を受け入れ、国の未来の礎、人柱として、その身を神に捧げてください」
リディアの声が、龍祈殿の天井にまで響き渡った。
「それでは、王太子を人柱に」
その言葉が空間に放たれた瞬間、すべての音が掻き消えた。
空気はぴたりと静止し、神官たちも信徒たちも誰ひとりとして身を動かせない。
目を見開いたまま、まるで時間そのものが止まったかのようだった。
「リ……リディア……」
レオンハルトのかすれた声が、誰にも届かぬほど小さく漏れた。
龍神の眼がゆっくりと王太子を捉え、赤く燃える光が彼の影を長く伸ばした。
その重圧に、神殿は再び軋み始める。
そして龍神が低く、地鳴りのような声を放った。
「供物として、ふさわしき者。その名、受け取った」
―――おわり―――
【おまけ】
アイラは聖女の任を自ら辞退したのち、神に背を向けたことへの罰のように、民衆からの信頼をすべて失った。
王太子を指名したあの日の罪は、神殿を越えて広まり、彼女の名は哀れにも街の嘲笑の的となった。
一方、神官たちの過去は新聞によって暴かれた。癒着、収賄、民衆を欺いた儀式の捏造。そのすべてが白日の下に晒され、聖職者としての尊厳は完全に失われた。
大神官もまた、横領や司祭としての無能が告発され、国外追放の処分を受けた。
そうして、国は革命軍の手によって王政を終わらせた。
華やかだった玉座は砕け散り、新たな共和制のもとに、民が主役となる国が築かれた。
その構造にはもう「聖女」の役割はなかった。
“神に選ばれし者”という概念は、血と犠牲の象徴にすぎなかったからだ。
そして……
かつて人柱として指名されたリディアは、沈黙のまま神殿を後にした。
「さようなら、神々の檻よ」
彼女は最後にそう呟き、転移魔法を発動する。
足元に広がる魔法陣が光を帯び、彼女の姿は瞬きの間に消え去った。
以後、リディアの名は、各地の書物の中にしか存在しない。
極寒の砂漠で氷龍と踊った話、天空都市で風と契約を交わした伝説、呪われた深海で古代魔法を修復した記録。
彼女は世界を駆け巡り、残す足跡すら、そよ風のように微かだ。
神に捧げられるはずだった命が、神々の舞台を越えて自由に跳ねる物語になった。
新たな空の下で、リディアは笑っていた。
おしまい
(三人称視点)
「新しい龍祈殿の人柱として選ばれし者が、その命を神に捧げる」
大神官の声が、石造りの神殿に低く響いた。
龍祈殿の中央には、龍の鱗を模した白い円形台座が設置されている。
その正面では、御神体である巨大な龍の石像が厳かに祀られていた。
その台座へと向かい、リディアは静かに石の階段を上った。冷たい石の感触が足に伝わる中、彼女は無言のまま中央に立ち、身を正す。
「死を恐れるな。神と一体になるための聖なる儀式だ。さあ、行くがいいリディア。これこそが、真の信仰のかたちなのだ」
大神官の言葉に、リディアは両手を組み瞳を閉じる。
そして、深く息を吸い込み、魂のすべてを注ぎ込むように祈りを捧げた。
その瞬間、神殿内の空気が急激に変化した。
「ゴォォォ……ッ」
龍神の石像が地の底から響くような唸り声を発すると、音の波が神殿の隅々まで震撼を与えた。
天井の大理石が軋み、砂塵が舞い落ちる。
壁に刻まれた聖紋もわずかに光を帯び、揺れていた。
「っ……神が、動いている……!」
神官たちは顔を青ざめさせ、奥に控えていた信徒たちも恐怖に駆られ後退る。
リディアは祈りを続けながら、体内に秘めた魔力を静かに解き放った。
紫紺の光が指先からあふれ出し、空間を包み込んでいく。
龍神の眼は鮮紅に染まり、力強く輝き始めた。
石像が軋みながらゆっくりと首を振り、神殿の内を見渡す。
そして、次の瞬間……
地の底から響くような重低音が空気を貫いた。
「……我は、龍神なり」
その声は雷鳴のように轟き、神殿の奥まで到達する。
「千年の時を巡り、無数の魂を喰らいし神霊。我が意にそぐわぬ供物など、要らぬ」
玉座の脇にいたレオンハルトは、言葉を失って床に膝をつき、肩を震わせながら泡を噛むように座り込んでいた。
神官たちは腰を抜かし、祈りを忘れてただブルブルと震えている。
儀式の厳かな雰囲気は一瞬で恐怖のそれへと反転し、空気が凍りついていく。
龍神はゆっくりと首をめぐらせながら、神殿の隅々まで視線を這わせるように見回す。そして、再び言葉を発した。
「今この刻、神に捧ぐにふさわしき真の人柱となる生贄を差し出せ。然らずば、この大地と民すべてを供物とする」
龍神の言葉が神殿に重々しく響き渡ると、空気が張り詰め、場の誰もが凍りついた。
大神官は一歩も動けず、唇を震わせながら視線を泳がせる。やがて、絞り出すような声で龍神に答えた。
「そ、そ……そこに……い、いる……リ、リディアが……人柱となる供え物でございます……」
その言葉と同時に、すべての視線が台座に向けられる。
神殿が震撼する中、ただひとりリディアだけが微動だにせず、台座の前にすっと身を正していた。
彼女の姿は、まるで神意を受け入れる器のように静かだった。
龍神の石像は赤い眼光を灯したまま、雷鳴のごとき声を轟かせる。
「お前は、聖女か?」
その問いに対し、リディアは冷ややかな沈黙を破って頭を垂れた。
「いいえ。私は元・聖女でございます。今は祈りの力を失いました」
その返答を受け、龍神の眼はさらに赤く燃え上がる。
空気が震え、神殿の床には亀裂が走った。
「ひぇ……っ!」
足元のひび割れに誰かが驚き、悲鳴が上がる。
龍神の首がゆっくりと動き、大神官の方へと向けられた。
「なぜ、聖女でないまがい者を我に捧げる?」
大神官長の顔は土気色になり、つっかえながら必死に弁明した。
「そ、そ、それは……この者が……龍神様の怒りを買ったがため……」
「本物の聖女は、どこだ!」
龍神の怒声が轟いたその瞬間、龍祈殿の奥で微かな悲鳴が上がった。
「せ、聖女は……」
「わ、私は違うわ! 聖女なんかじゃ……!」
アイラの声だった。
いつの間にか、彼女は儀式の場から離れ、人々の背後に身を隠していた。その小さな肩は震え、顔を覆うようにうつむいたまま動こうとしない。
騒然とする中、神官のひとりが声を上げた。
「あ……新しい聖女は……アイラです!」
「ひ……っ!」
名を呼ばれた瞬間、アイラの声が神殿に響く。
「やめて! 違うわ! 私は聖女なんかじゃない!」
「ここへ来い」
龍神は神だ、従わなければならない。
けれど、アイラの足は根を張ったように動かず、瞳には恐怖が宿り、指先も痙攣するほどに震えていた。
だが次の瞬間。
彼女の身体がふわりと浮き上がった。何の前触れもなく、まるで重力が消えたかのように。空中をすべりながら、アイラは龍祈殿の空気を切り、台座の前へと引き寄せられていく。
「ひっ……う、うそ……!」
彼女の体は、静かに台座へと降ろされる。
神前に身を捧げるように、アイラは龍神の射るような眼差しの下へと導かれた。
龍神の眼が彼女を見下ろし、赤光が龍祈殿を染め上げる。
誰もがその光景に息を呑み、神威の前に膝をついて沈黙した。
「災いをなくし、民を幸せに導きたいという願い。叶えてやろう」
龍祈殿が静まり返る。
「だが、新しき龍祈殿の人柱となる者は、民の幸せを最も強く願い、そのために命を惜しまず捧げられる者でなければならぬ。その責を負える者のみが、神に近づけるのだ」
神殿に響き渡る言葉に、神官たちすら息を止める。
「どうだ、新しき聖女とやら。その者に己は相応しいか?」
台座の上で震えるアイラは、かすれ声を押し出すように答えた。
「い、いえ……私は責任とか、そんな……立場では……ありません……」
「ならば、誰が相応しい?」
場の空気が張り詰める。
迷うようにアイラの視線がさまよい、やがて恐る恐るリディアへと向けられる。
そこで、龍神がまた声を発した。
「間違うな。選びを誤れば、汝の命はここで終わる。言葉を慎重に選べ」
足元には稲妻のような魔光が走り、空気が一段と緊張を帯びた。
アイラは誰かを指名するしかなかった。
国民の幸せを願い、その責任を負うべき立場にあるものを。
追い詰められた彼女の瞳が、ゆっくりとレオンハルトを捉える。
「お……王太子殿下です!!」
その叫びが空間に響いた瞬間。
龍祈殿全体に衝撃波が走ったように、神殿の空気が軋んだ。
神官たちは息を呑み、地鳴りのような音が響く中、レオンハルトは呆然と目を見開いた。
その言葉の意味と重みに思考が追いつかず、ただ恐怖と混乱に呑まれていた。
龍神の視線が鋭く王太子を捉えた。
「な、な……なにを言っているんだ……アイラ……っ!」
立ち上がろうとしたレオンハルトの足元が揺れ、膝が崩れそうになる。
身体の奥底から怒りがこみ上げるが、それ以上に恐怖が体中を支配した。
「……我を神に捧げるだと? 貴様が……我の婚約者でありながら……!」
怒りに染まる顔、震える指先が空を切るように力を込めて握られる。
「裏切ったのか……アイラ……!」
その声は痛みを帯びていた。
神官たちは沈黙し、後ずさる者もいた。
王太子の心が砕け散る音が、確かに場にいた全員の耳に届いた。
リディアが台座の前に静かに立ち、姿勢を正し、ゆっくりと話し始めた。
「神と一体になるための聖なる犠牲です。あなたは神に選ばれし者。その運命は、国民の幸福と安寧を願う高潔なる犠牲です。最も尊き誇りであり、称えられるべき名誉。どうかその使命を受け入れ、国の未来の礎、人柱として、その身を神に捧げてください」
リディアの声が、龍祈殿の天井にまで響き渡った。
「それでは、王太子を人柱に」
その言葉が空間に放たれた瞬間、すべての音が掻き消えた。
空気はぴたりと静止し、神官たちも信徒たちも誰ひとりとして身を動かせない。
目を見開いたまま、まるで時間そのものが止まったかのようだった。
「リ……リディア……」
レオンハルトのかすれた声が、誰にも届かぬほど小さく漏れた。
龍神の眼がゆっくりと王太子を捉え、赤く燃える光が彼の影を長く伸ばした。
その重圧に、神殿は再び軋み始める。
そして龍神が低く、地鳴りのような声を放った。
「供物として、ふさわしき者。その名、受け取った」
―――おわり―――
【おまけ】
アイラは聖女の任を自ら辞退したのち、神に背を向けたことへの罰のように、民衆からの信頼をすべて失った。
王太子を指名したあの日の罪は、神殿を越えて広まり、彼女の名は哀れにも街の嘲笑の的となった。
一方、神官たちの過去は新聞によって暴かれた。癒着、収賄、民衆を欺いた儀式の捏造。そのすべてが白日の下に晒され、聖職者としての尊厳は完全に失われた。
大神官もまた、横領や司祭としての無能が告発され、国外追放の処分を受けた。
そうして、国は革命軍の手によって王政を終わらせた。
華やかだった玉座は砕け散り、新たな共和制のもとに、民が主役となる国が築かれた。
その構造にはもう「聖女」の役割はなかった。
“神に選ばれし者”という概念は、血と犠牲の象徴にすぎなかったからだ。
そして……
かつて人柱として指名されたリディアは、沈黙のまま神殿を後にした。
「さようなら、神々の檻よ」
彼女は最後にそう呟き、転移魔法を発動する。
足元に広がる魔法陣が光を帯び、彼女の姿は瞬きの間に消え去った。
以後、リディアの名は、各地の書物の中にしか存在しない。
極寒の砂漠で氷龍と踊った話、天空都市で風と契約を交わした伝説、呪われた深海で古代魔法を修復した記録。
彼女は世界を駆け巡り、残す足跡すら、そよ風のように微かだ。
神に捧げられるはずだった命が、神々の舞台を越えて自由に跳ねる物語になった。
新たな空の下で、リディアは笑っていた。
おしまい
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