甘党ドラゴン。

るうあ

文字の大きさ
3 / 16

ドラゴンと蜂蜜

しおりを挟む
 トカゲやカエルに抵抗のないわたしは、ドラゴン様を手に乗せるのも平気だった。蛇も、毒がない蛇ならわりと平気で掴めるし。なにしろ果樹園を営んでいるのだ。トカゲやカエルをいちいち怖がっていたら仕事にならない。まぁ、つまりは慣れだ。いやでも、何度遭遇しても慣れないものもあるけれど。ゲジゲジとかムカデとかは。
 ドラゴン様はトカゲと蛇と、あとなんかリスを足したみたいな感じだ。肌触りは、ちょっとひんやりしている。背中にびっしり生えてる鱗は魚のような生臭さやぬめりはなくて、薄い石英みたいできれいだ。よくみれば、頭にちっさい角みたいなのが二本生えてる。たんこぶみたいでぱっと見は角だと分からなかったけれど、たぶん、角なんだろう。
 全体的に青みがかった体色の自称ドラゴン様は、わたしの手の上で、ぶるんと体を震わせた。すると、なんとさっきまでなかった翼が背に生えたのだ。具合を確かめるように、蝙蝠のような翼をぱたぱたと動かす。
「わおっ」
 と、思わず声をもらしてしまった。
 だって、なんだかやっとドラゴンっぽい風体になったんだもの。トカゲじゃなくって。片手で持ち運べるサイズのままだけど。
 ちゃんと翼竜だ。
 蝙蝠のようだけど、蝙蝠の翼とは違って黒くなく、青みがかった色で、鱗はなく、日に透けるように薄い。きれいだけど、これで本当に飛べるのかって思ってしまうくらい、華奢で骨細な翼だ。その翼は、どうやらたたんでしまっておけるらしい。
 地面にへたり込んでいたわたしだけど、ともかく前言の通り、ドラゴン様をうちに連れていくことにした。立ちあがり、ゆっくりと歩き出した。
 そういえば、ドラゴン様とはつゆ知らず、うっかり気安い口調で話しかけてしまったけれど、あまり気にしていないみたいだ。わたしの手の上で、ドラゴン様は寛いだ様子で座っている。
「おお、そうじゃ、娘よ、名前を聞いておらなんだな。そちの名は、なんという」
「え? ああ、わたしですか? ミルカと言います」
「ミルカか。良い名じゃな」
「ありがとうございます。……えぇっと、ドラゴン様の……あなたのお名前を伺っても?」
 ドラゴンに固有の名前があるのだろうか。疑問に思ったけれど、とりあえず尋ねてみた。けれど、ドラゴン様は教えてくれなかった。
「容易く名を明かすわけにはいかぬ」
「そうですか……」
 ドラゴン様はつっけんどんにそう言ったけれど、気のせいか、ちょっとすまなそうな声音にも聞こえた。
 名を明かせぬ理由を長々説明されても困るので、しつこく尋ねたりはしなかった。
「えぇっと、それじゃぁ、水竜様とお呼びしてもいいですか?」
「うむ。ミルカが呼びやすいように呼べばよい」
「はい、じゃぁ、そうします。――水竜様、うちに着きました」
 話しているうちに、我が家に辿り着いた。
 不便だったので、水竜様を片手に乗せかえて、家のドアを開けた。水竜様がぽつりと小声で「小さい家じゃな」と言ったのは、聞こえなかったふりをした。
 実際、小さい家ですけれども。だけど嵐にはびくともしなかったくらいには頑丈だ。
「水竜様、ここで待っててください」
「うむ」
 水竜様をテーブルに置いて、キッチンへ向かった。といっても、小さい家なので、キッチンも玄関から入ってすぐだ。
 水竜様にお出しするのは、林檎の甘煮。良い具合に煮えている。
 鍋にたっぷりと作っておいた林檎の甘煮を皿に盛った。これで林檎のタルトを作る予定でいたけど、それはまた後でもいい。このままシナモンや蜂蜜をかけて食べても美味しいのだ。
 あとは、柘榴のシロップも持っていこう。シロップの入った瓶とスプーン、それから白パンも用意した。
 ドラゴン様のお口に合うかとちょっと不安だけど、果実が好きなようだし、大丈夫かな。
「はい、どうぞ。うちの果樹園で採れた林檎と柘榴で作ったものです。こういったお菓子類、食べられます?」
「うむ。食すのは初めてじゃが。おおっ、これはなんとも美味そうな。全部食うても良いのか?」
 水竜様は目をキラッキラさせてわたしを見る。ものすごく嬉しそうだ。爬虫類顔なんだけど、すごく表情豊かだなぁ。
「たくさん作ってありますから、遠慮なさらずにどうぞ」
「では、いただくぞ」
 そして水竜様は、すっごい勢いで林檎の甘煮に食らいついた。うん、まさに食らいついている。皿に顔をつっこんで。それでもちゃんと手……というか前脚をつかっているあたりが、妙に可愛い。
 柘榴のシロップはパンにつけて食べると美味しいのだけど、水竜様はシロップだけをひたすら舐めて、パンはほとんど食さない。やはり果物がお好きなようだ。
 水竜様は無我夢中でがっついて、あっという間に林檎の甘煮と柘榴のシロップをぺろりと平らげた。いったいそのちっちゃい体のどこに入ったの? と聞きたくなるくらい。
 食欲旺盛な水竜様は、一杯では足らず、おかわりを所望した。
 林檎の甘煮は、かなーり甘く味付けしちゃったのだけど、水竜様は平気そうだ。甘煮の上に蜂蜜をたっぷりかけて、「こうするとさらに美味さが増すのう」とご満悦の様子だった。水竜様は、どうやらものすごい甘党のようだ。
 前脚と口の周りを蜂蜜でべとべとにしちゃって、それも構わず、がっついている。拭いてあげたいのだけど、夢中で食べているのを邪魔しちゃ悪い。
 食後に前脚と口周りを洗えるよう、深皿に水をいれて、水竜様の傍に置いておいてあげた。飲み水も別に用意して。
 そういえば、気のせいではなく、水竜様の体が大きくなった気がする。食べた分膨らんだだけかもしれないけど。一回りくらい大きくなったように見える。
 水竜様の豪快な食べっぷりを頬杖をついてぼんやりと眺め、ちょっと首を傾げた。
 お腹じゃなくて体全体が膨らむなんてことがあるんだろうかと不思議に思ったけど、そもそもドラゴンの存在自体が不思議なのだし、そういうものかと、あまり深くは考えずにおいた。
 皿に盛った林檎の甘煮と柘榴のシロップを食べきった水竜様が、けぷっと可愛いげっぷをもらした。やっとお腹いっぱいになったようだ。わたしの方に顔を向け、礼を言った。
「美味であった! こんなに美味いものを食べたのは初めてじゃ! 林檎の酸味と甘味がほどよく舌に絡んで、口の中にいい香りがひろがる。食感も良い。甘すぎず、じゃが甘くて蕩けそうじゃ。柘榴のシロップも、美味かったぞ。このようにして果物を食すのは初めてじゃが、好いものじゃな」
 そんなに褒められると、照れくさいです、水竜様。でも、やっぱり嬉しい。
 兄も同じように絶賛してくれるけど、あれは身内贔屓みたいなものだから。それに兄の褒めようは、なんかちょっと変な具合に大袈裟だし。まぁ、嬉しくはあるけど。
 仮にも神獣である水竜様のお言葉だ。お世辞もあるかもしれないけど嘘はないだろうから、素直に喜べる。
「水竜様のお口に合ってよかったです」
「うむうむ。チカラもだいぶん戻ってきたぞ。甘味のチカラは計り知れぬものがあるのぅ」
 そう言って水竜様はまた翼をひろげて、ぱたぱたさせる。ご機嫌のようだ。顔色も良くなったように見える。青いけど。鱗の艶が良くなった……かな? 気付かなかったけど、お腹の部分はきれいな白色だ。汚れがとれたせいかもしれない。トカゲっぽさは薄れて、ドラゴン具合は上がったかも。
「これらの甘味は、みなミルカが作ったのか?」
「はい。趣味でもあるけど、加工したものも時々は売りに出してるので。林檎や柘榴でお酒を作ったりもしてます」
「林檎酒とな?」
 水竜様は首を伸ばしてわたしを凝視する。
 ものすごく分かりやすい反応が、とっても可笑しい。
「もしかして林檎酒、お好きですか? 作り置きあるから、飲んでみます?」
「う、うむ。飲んでみたい」
「じゃ、持ってきますね」
「うむ」
 水竜様の尻尾が左右に揺れている。そわそわしているのかしら。嬉しそうだなぁ。
 神獣を「可愛い」なんて思っちゃうの不敬かもしれないけど。反応がいちいち素直で分かりやすくって、微笑ましい。
 ドラゴン様を待たせちゃ申し訳ない。「ちょっと待っててくださいね」と水竜様に一声かけてから席を離れ、林檎酒を取りにキッチンの隣の貯蔵室へ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...