甘党ドラゴン。

るうあ

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ドラゴンと美酒

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 すぐさま林檎酒を瓶ごと抱えて持ってきて、それを小さなグラスに注いだ。
 現在行商に出て留守にしている兄の酒だけど、ちょっとくらいなら減っても分からないだろう。また作ってあげればいいし。他にまだ柘榴酒やヤマモモ酒、苺酒もある。
 水竜様は、なんとも器用に前脚でグラスを抱えて、なみなみと注がれた林檎酒を、ほとんど一気に飲み干した。とってもいい飲みっぷりだ。甘いものをたらふく食べたばかりだし、喉が渇いていたのかも。
 飲んだ後、水竜様はぷはぁっと息を吐いた。丸くて大きな目が、酔っぱらったみたいに、とろんと潤んでいる。
「美味いっ! 美味いのう! まっこと、これまた得難い美酒じゃ!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、ちょっと大袈裟ですよ、水竜様」
 さすがに褒めすぎです、水竜様。面映ゆくなる。……嬉しいですけれども。
 謙遜するわたしに、けれども水竜様は「大袈裟ではないぞ」と言葉を継いだ。
われ等水竜の一族は、酒にはちょっと煩いのじゃ。吾等も好んで酒を造るが、どうにも甘味が足りなくてのう……。チカラはつくのじゃが味気ないのじゃ。むろん、極上の酒には違いないぞ? なにしろ吾等の竜気が入っておるのじゃからな」
「はぁ……」
 と、曖昧に相槌を打つ。
 薬膳酒みたいなものなのかな? たしかに人知を超えた効能はありそうだけど、いったいどんな味なんだろう。
 っていうか、ドラゴン様、お酒を造るんだ!? そっちに驚いたよ!
「人間が造った酒も何度か飲んできたが、これほどの美酒は初めてじゃ。甘味の加減も吾の好みじゃ。林檎の風味も爽やかじゃし、香りも良い。甘酸っぱさが絶妙じゃ!」
 絶佳の酒じゃと、水竜様は褒めちぎってくれる。
 なんともこそばゆい……。そんなたいそうなものじゃないんだけど。うちの果樹園の林檎を漬けただけのお酒なんだし。そりゃぁ、我ながら美味しく造れたって思ってたけど。
 それにしてもドラゴン様はお酒を好むのか。意外なような、そうでもないような。こんなにちっちゃいうちから酒を嗜んでるのはちょっとマズいんじゃないかなと心配になったけど、そもそも水竜様は年齢、いくつなんだろう? 大きさからして子どもかと勝手に思ってたけど、喋り方は村の長老様っぽいし、けっこう年を食ってるのかもしれない。……ちっちゃいけど。チカラとやらが戻ったらサイズも変わるのかな? 巨体化する? どうにも今の水竜様を見てると想像がつかない。
 だけど本来ドラゴンは巨大な神獣……のはずだ。長老様がかつて目撃したドラゴンも、鷲や鷹の数百倍の大きさはあったらしい。空を覆うように大きな翼を左右に広げ、風を切って悠然と飛翔する姿は神々しくもあり、恐ろしくもあったって。多少の誇張はあるにせよ、手のひらに乗るサイズでなかったのは確かだろう。
「の、のう、ミルカ。もう一杯もろうても、よいか?」
 あれこれ、ぼーっと考えを巡らせているわたしに、水竜様が遠慮がちに声をかけてきた。もじもじとおかわりを所望する水竜様の仕草の可愛さたるや、胸がキュンとしてしまうくらいだ。わたしの造ったお酒でよければ、もう何杯でも!
 再びグラスにいっぱい林檎酒を注いであげると、水竜様は嬉しげに礼を言う。
 一応、水竜様の口には歯牙が生えている。小さくて分かりにくいけど、舌もあるし、歯もある。林檎を齧るくらいなのだから歯があるのは当然といえば、当然か。
 ドラゴンの主食って何かよく分からないけれど、水竜様を観察する限り、肉食っぽい印象はなかった。草食系ドラゴン?
 そういえば、さっきから水竜様の顔がほんのりと薄紅色に染まっていた。体の鱗もほのかに紅色がかっている。半透明の紅水晶みたいで綺麗だ。林檎酒のせいかもしれない。酔っぱらわないといいけど。千鳥足のドラゴンって、ちょっと様にならないと思う。水竜だから、火を噴いたりはしないかな。ここで火を噴かれたら、かなり困る。
「馳走であった」
 二杯目の林檎酒を飲み干してから、水竜様は満足げな口調でわたしに礼を言った。
「あ、はい。どういたしまして」
 にっこりと笑みを返した。その口調から、水竜様が酔っぱらってはいなさそうなのが察せられて、内心ホッとしていた。
 そんなわたしをじっと見つめて、水竜様は考え込み始めた。
「うぅむ、これほど世話になったのじゃ。返礼をせねばなるまい。しかしチカラは完全に戻ってはおらぬし、どうしたものか……」
 大きく開いていた瞳を半眼にし、水竜様はううむと唸る。
「そんな、水竜様。お気になさらず。たいしたことはしてませんし」
「そういうわけにはまいらぬ。これほどの恩を受けておきながら何の返礼もせぬままでは水竜の名がすたるというものじゃ。是が非でも、ミルカの恩に報いるぞ。――む、そうじゃ!」
 何か思いついたらしい。水竜様はぱっと顔をあげるやわたしの元に近づいてきた。千鳥足じゃないけど、四つん這い歩行で、そのへんはやっぱりトカゲっぽい。
「ミルカ、この家に井戸はあるか?」
「はい、それはまぁ。外に、それなりのが」
「うむ。ミルカよ、吾をその井戸に所へ連れてゆけ」
「あ、はい」
 言われるまま、水竜様を再び手に乗せて、うちを出た。

 うちを出てすぐのところに、井戸はある。蔦の巻き付いた、車井戸だ。生活用水はすべてここの井戸から賄っている。水の質もいいし、水量もそこそこ多い。エト山の伏流水の恩恵に預かっている、我が家の大切な井戸だ。
「ミルカよ、これを井戸に投じよ」
 そう言って水竜様はわたしに一枚の鱗を差し出した。水竜様自身の鱗のようだ。小指の爪ほどの小さな鱗は、綺麗な薄青色をしている。
 受け取った鱗を、促されるまま井戸に投じた。ひらひらと花びらのように鱗は井戸に落ちていった。ややあってから、水竜様が「井戸の水を汲み取ってみよ」と言い、その言葉に従って、綱のかけられた釣瓶を井戸に放り込み、滑車を回して釣瓶を釣り上げた。
「あ、あれ……?」
 井戸から汲み上げたのは水のはず……なんだけど。ふわんと香ってくる、この甘酸っぱい香りは、――もしかして……もしかしなくとも、林檎酒?
 釣瓶の中の水を片手で掬って、ちょっと口に含んでみた。
「……っ!?」
 間違いなく、これ、お酒だ! すっごく口当たりのいい、林檎酒。
 すっごく美味しい! わたしの造ったのと似た風味だけど、それよりもっととろみがあって香気がたちのぼってくる。
「どうじゃ。ミルカの造る林檎酒に勝るとも劣らぬ酒じゃろう? これからはこの井戸からいくらでも林檎酒を汲み取って飲めるから、存分に堪能するがよいぞ。もちろん、ミルカの酒は極上の酒じゃからして、造らぬでもよいというわけではないぞ? それとこれとは、また別じゃ」
「水竜様……えぇっと……」
 水竜様は、「えっへん」と胸を張って誇らしげな様子だ。鼻の穴も広げて、とっても自慢顔。
 わたしとしても、やっとドラゴンという神獣らしい奇跡の一端を見られて感激したし、心底驚いた。
 やっぱり不思議なチカラがあるんだなぁ。……と、ほんわか感心したのは一瞬。すぐに我に返った。
 すごい奇跡ですけれども!
 ですけれども、ですね!
 満足げな水竜様の気分に水を差したくはないんだけど、このままでは困ってしまう。
「水竜様……その、この井戸は生活用水なので、お酒に変えられてしまうとちょっと……というか、かなり困るんですけれども……」
 わたしがそう言うと、水竜様は「なんと!」と瞠目し、直後がっくりと項垂れ、気の毒なくらいしょんぼりと気落ちしてしまった。
「そ、そうか、ミルカを困らせてしまっては元も子もない……。いまいちど、これを井戸に投じよ。さすればもとの水に戻るゆえ」
「……はい」
 竜神様が差し出した鱗を受け取り、さっきと同じように井戸に落とした。
 がっかりさせてしまったようで申し訳ないな。すっごくいいこと思いついたって顔をしてたから、がっくり度はかなり高いだろう。ほんのりと薄紅に色づいていた顔色が、急転直下、蒼白くなってしまった。なんて分かりやすいの、水竜様……。
「で、でもっ、水竜様の造ったこのお酒も、すごく美味しいです」
 釣瓶に入っている林檎酒は、井戸水には戻らず、そのままだ。釣瓶に残った林檎酒、せっかくなので瓶に入れて保存したいと伝えると、水竜様は幾分気を取り直したようだ。
「むむ、そうか? ミルカに気に入ってもらえたのなら良かった。吾の酒も、満更ではなかろう?」
「はい、とっても」
 水竜様のご機嫌はちょっとずつ上向きつつある。だけどやはり不満足なようだ。
「しかし困ったのう。なんとしても恩返しをしたいのじゃが……良き案が浮かばぬ……」
 そして水竜様はまた思案顔になり、ちょっと間、黙りこくってしまった。
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