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ドラゴンと夢
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そうしてまた、わたしと水竜様は二人きりになった。
微妙な空気に、しばしの沈黙。わたしも水竜様も半ば呆然としていた。
山羊の鳴き声が風に乗って聞こえてきた。少し離れたところにある家畜小屋の戸が開け放たれたようだ。アルト兄さんの声は聞こえてこない。ほとぼりが冷めるまではここに戻ってはこないだろう、たぶん。
わたしはがっくりと項垂れて、ため息を吐いた。精神疲労が半端ない。
「……なんともめまぐるしいのぅ、兄殿は」
同じようにため息をついてから、呆れきった口調で水竜様が言った。けれど、その声に険はない。ちょっと面白がってるところがあるのかもしれない。兄のアホっぷりにものすごく引いてたけど。
「ふぅむ、それにしても、兄殿もあの調子では、嫁を迎えるのはさぞや難しかろうな」
ううっ、水竜様。そんな予言めいたこと、しみじみと言わないでください。
真剣に困ってるっていうのに。
ただの独身主義者なら……それはそれで困るけれど……まだ諦めもつく。だけどあの度を越した倒錯っぷりは非常に迷惑なのだ。わたしに被害が及びまくりなんだもの。
アルト兄さんはちっとも聞き入れてくれないけど、わたしにそんな気はさらっさらないのだ。兄は兄。兄と妹のままでいさせてほしい。兄に嫁が来たら、そりゃぁもう諸手をあげて大喜びする自信があるわ。
「ミルカとしては、一刻も早く兄殿に嫁を貰ってほしいわけなのじゃな?」
「もちろんですよ。両親が遺してくれたこの果樹園、潰さずにずっと続けていきたいですから。そうするには、やっぱり兄がお嫁さんをもらってくれるのが一番ですし」
家を継ぐのは「長男」だと拘っているわけではないけど、やはり兄に家督を継いでもらうのが常套だと思う。アルト兄さんだって、この果樹園を大切にしている。行商に出るのだって家計のためで、この果樹園を守りたいと考えてる。
アルト兄さんは、わたしと二人で果樹園を守っていけばいいじゃないかとのたまったけれど、正直、いつまでも「二人きり」というのは、さみしい。
「のう、ミルカ」
遠慮がちに、水竜様がわたしの顔を覗き込んできた。トカゲの瞳って、ぱっちりとつぶらで、吸い込まれそうになる。水竜様はまじろぎもせず、黒々丸々とした双眸にわたしを映している。
「もしもの話なのじゃが」
と、水竜様は切り出した。
「万が一、兄殿が嫁を迎えることができたとしたら、ミルカはどうするのじゃ?」
「え、えぇっと……」
万が一って、水竜様、何気に酷いですね。っていうツッコミはとりあえず横に置いておいて。
思いがけない水竜様の質問に、わたしは返事に窮してしまった。水竜様、ぼんやりしているようで、どうしてこう聞きにくい質問をさらりと投げかけてくるのか。
「ミルカは誰ぞ婿をもらって、ここに残る算段でおるのか? それとも、兄殿に果樹園を任せて、嫁にいくつもりでおるのか?」
「え、……と、……」
「ミルカはこの果樹園を大切に思っておるのだろう? なれば、ここを出ていくのは嫌なのではないか?」
「…………」
両腕を組み、しばし考え込んだ。
水竜様に心を見透かされてしまったような気分で、なんとも困ってしまう。とぼけたような顔をしてても(トカゲだけど)、さすが神獣。ぶっすりと鋭く突き刺してきた。
情けないけど……、アルト兄さんに嫁ができた後のことを具体的に考えたことはなかった。なんとなく……ぼんやりと、「新しい家族」ができたら、一緒にこの果樹園で働くつもりでいた。
だけど、よくよく考えたら、わたしって邪魔な小姑になってしまう可能性が高い。それはまぁ、兄のお嫁さん次第なわけだけど。
となれば、やはりわたしは、もしも兄に嫁ができたら、ここを出ていくのが望ましいのかもしれない。
だけど、水竜様の言う通り、わたしはこの果樹園が大好きだし、ここを離れたくないって思ってる。
両親が健在だった頃から果樹園を歩きまわり、出来る限りで手伝いをして、果物や野菜、家畜達とともに、わたしは育った。ここは、わたしの大切な場所なのだ。
果樹園だけじゃない。
わたしは生まれ育った村が大好きだ。素朴としかいいようのない辺鄙な農村だけど、いくつかの大きな街へ通じる街道が近いせいか、さほど閉鎖的でもなく、あけっぴろでおおらかだ。村の人達もみんな親切で、あったかい。少々おせっかいなところもあるけれど、それだって実際助かっているのだし。だから、わたしもいつかは村のみんなの役に立ちたいって思ってる。
そんな風に、村に居るのが当たり前で、それ以外の生活を考えたこともなかった。
だけど、……――
組んでいた腕をほどき、膝の上で手を重ねた。落ち着かなくて、指をこそこそと動かしてしまう。
「ここを出ていくつもりはないんだけど、でも、いつか叶うなら、旅に出てみたいな、と」
「ほう、旅とな?」
「ええ、まぁ。いろんなところを見て回ってみたいな、と」
子どもの頃からの夢だった、といっていいかな。
本当は行商にだって出てみたい。アルト兄さんに反対されてるから実現するのは難しそうだけど。
わたしの見知っている世界はこの村しかなくて、それが不満なわけではないけど、よその土地に行けたなら、それはきっと、とても楽しいことなんじゃないかと思う。学べることも多いだろうし、愉快な出逢いだってあるかもしれない。
水竜様が、いまこうしてわたしと出逢ったように。
「アルト兄さんから、旅先で起こった出来事なんかをよく聞いてて、それがいつも楽しくて、だから旅行って、憧れてるんです」
もちろん、楽しいことばかりではないのは承知してる。
あの頑健な兄にしてから、命の危険は何度かあったらしい。詳しくは、わたしを気遣って話してくれないけど。
それでも、アルト兄さんはかいつまんで旅先の思い出話をしてくれる。旅先で起こる「あんな事件・こんな危険」を面白おかしく、時には訓戒まじりに。
とある街道に出没する大所帯の盗賊団の頭領はみごとなつるっぱげで、後頭部に星型の赤い傷痕があるのだけど、その栄誉の負傷(自己申告)を鼻息荒くふんぞりかえって吹聴してる間に獲物に逃げられちゃったりする実はかなり間抜けな頭領と盗賊団だっていうのが知れ渡っていたり、とある村境には怪我をした(ふりの)美女が悩ましげに誘ってて、その誘いにうっかり乗ってしまった直後、筋肉モリモリの強面男に金を強請られる定番の詐欺かと思いきや、実は病気のおっかさんがいてその治療費目当てに詐欺を働いているだのと切々と語られ、情にほだされてさらに金を絞り取られてしまった後に、おっかさんのことも芝居だったと村人に気の毒がられるハメになったり、ぼったくりの
博労
がいて馬を値切っている間に手荷物を洗いざらい持っていかれ、荷物を取り返すべく博労と盗人の一味を追いかけていくと、不気味な迷路に連れ込まれてくたくたになるまで歩かされ、その博労一味の正体がたちのわるい魔術師集団で、黒魔術を操って旅人をからかっては遊んでいるのだと正しき魔術を使う賢者に助けられたり、ともかく村の外には想像もつかない出来事がそこかしこで起こり、旅は危険と道連れなのだと、アルト兄さんはしみじみと語るのだ。なんだかとっても楽しそうに。
すべてがアルト兄さんの実体験というわけではなさそうで、いろいろと語ってくれる話の中には、人づての噂話もあるようだ。
人相手の商売だから、人づてにいろんな話を聞けるのが外商のうまみだ。
いろいろと問題のあるアルト兄さんだけど、外面はいいし、社交的で、その場の雰囲気にとけこむのがうまい。土地の人とすんなり親しくなって、面白い話をたくさん仕込んでくる。商売の話が主なようだけど、その土地の風俗を偏見なしに教えてくれるのはありがたい。どんな人達が住んでいて、どんな生活を送っているのか。どんな物を食べて、どんな歌をうたって、どんな物語を聞いて、どんなことに笑い、悲しみ、怒り、どんな思いを抱え、どんな風に伝えるのか。それらをアルト兄さんから聞くことによって、わたしは村の外の世界を知る。それはそれで楽しいけれど、やっぱり少し物足りない。
できれば自分の目で、直にそれらを見、知らぬ世界を肌で感じたい。
「なるほどのぅ。うむ。ミルカの気持ちはようわかるぞ。旅は良いものじゃ。心が拡がり、豊かになる。実際に出かけて行き、己が目と耳、肌で感じねば分からぬことも多い。分からぬことがあることも多々あるが、分からぬことが分かる、それだけでも世界は拡がる」
「水竜様は、旅がお好きなんですね」
「うむ。しかし好きとはいっても、いかんせん旅慣れてはおらぬ」
「…………」
ですよねー、と相槌をうちそうになったけど、堪えた。
ドラゴンともあろう神獣がうっかり嵐に巻き込まれて墜落して、果樹園に落っこちちゃうなんて。
「そもそも、ドラゴンは元来、出無精な性質なのじゃ。火のドラゴンほどではないが、定めた縄張りから出るのを厭うドラゴンも少なくない」
「そうなんですか……」
なるほど、だからドラゴンの姿を見るのは稀なことなんだ。
火のドラゴンはとくに縄張り意識が強いと、水竜様は言い添えた。水のドラゴンは、どちらかといえば好奇心旺盛な性質で、それゆえ人間の姿に変じられるチカラを持つようになったとか。
水竜様は、「えっへん」と胸を反らして両翼をピンと伸ばし、いかにも誇らしげだ。
「火の性を持つドラゴンは人間を拒絶しがちだが、吾等はそうではないぞ? 吾等が領域に立ちいるのは、さすがに易々と許諾せぬが、人間との交流を根絶しようという考えは、今のところ吾等にはない。吾等は寛大なドラゴンなのじゃ」
出無精だけど、人間との交流もちょっとはしてもいいぞって思ってるってことかな。矛盾しているような、我儘なような、けれどそれも「神様」っぽいと言えなくもない。
「まぁ、それはさておき」
水竜様は話題を転じた、というか戻した。
「旅に出たいというミルカの希望は得心したが、それは別として、ミルカは嫁にゆかぬのか?」
「…………」
水竜様ときたら、いきなり直球だ。
わたしは苦笑いを返すしかなかった。
微妙な空気に、しばしの沈黙。わたしも水竜様も半ば呆然としていた。
山羊の鳴き声が風に乗って聞こえてきた。少し離れたところにある家畜小屋の戸が開け放たれたようだ。アルト兄さんの声は聞こえてこない。ほとぼりが冷めるまではここに戻ってはこないだろう、たぶん。
わたしはがっくりと項垂れて、ため息を吐いた。精神疲労が半端ない。
「……なんともめまぐるしいのぅ、兄殿は」
同じようにため息をついてから、呆れきった口調で水竜様が言った。けれど、その声に険はない。ちょっと面白がってるところがあるのかもしれない。兄のアホっぷりにものすごく引いてたけど。
「ふぅむ、それにしても、兄殿もあの調子では、嫁を迎えるのはさぞや難しかろうな」
ううっ、水竜様。そんな予言めいたこと、しみじみと言わないでください。
真剣に困ってるっていうのに。
ただの独身主義者なら……それはそれで困るけれど……まだ諦めもつく。だけどあの度を越した倒錯っぷりは非常に迷惑なのだ。わたしに被害が及びまくりなんだもの。
アルト兄さんはちっとも聞き入れてくれないけど、わたしにそんな気はさらっさらないのだ。兄は兄。兄と妹のままでいさせてほしい。兄に嫁が来たら、そりゃぁもう諸手をあげて大喜びする自信があるわ。
「ミルカとしては、一刻も早く兄殿に嫁を貰ってほしいわけなのじゃな?」
「もちろんですよ。両親が遺してくれたこの果樹園、潰さずにずっと続けていきたいですから。そうするには、やっぱり兄がお嫁さんをもらってくれるのが一番ですし」
家を継ぐのは「長男」だと拘っているわけではないけど、やはり兄に家督を継いでもらうのが常套だと思う。アルト兄さんだって、この果樹園を大切にしている。行商に出るのだって家計のためで、この果樹園を守りたいと考えてる。
アルト兄さんは、わたしと二人で果樹園を守っていけばいいじゃないかとのたまったけれど、正直、いつまでも「二人きり」というのは、さみしい。
「のう、ミルカ」
遠慮がちに、水竜様がわたしの顔を覗き込んできた。トカゲの瞳って、ぱっちりとつぶらで、吸い込まれそうになる。水竜様はまじろぎもせず、黒々丸々とした双眸にわたしを映している。
「もしもの話なのじゃが」
と、水竜様は切り出した。
「万が一、兄殿が嫁を迎えることができたとしたら、ミルカはどうするのじゃ?」
「え、えぇっと……」
万が一って、水竜様、何気に酷いですね。っていうツッコミはとりあえず横に置いておいて。
思いがけない水竜様の質問に、わたしは返事に窮してしまった。水竜様、ぼんやりしているようで、どうしてこう聞きにくい質問をさらりと投げかけてくるのか。
「ミルカは誰ぞ婿をもらって、ここに残る算段でおるのか? それとも、兄殿に果樹園を任せて、嫁にいくつもりでおるのか?」
「え、……と、……」
「ミルカはこの果樹園を大切に思っておるのだろう? なれば、ここを出ていくのは嫌なのではないか?」
「…………」
両腕を組み、しばし考え込んだ。
水竜様に心を見透かされてしまったような気分で、なんとも困ってしまう。とぼけたような顔をしてても(トカゲだけど)、さすが神獣。ぶっすりと鋭く突き刺してきた。
情けないけど……、アルト兄さんに嫁ができた後のことを具体的に考えたことはなかった。なんとなく……ぼんやりと、「新しい家族」ができたら、一緒にこの果樹園で働くつもりでいた。
だけど、よくよく考えたら、わたしって邪魔な小姑になってしまう可能性が高い。それはまぁ、兄のお嫁さん次第なわけだけど。
となれば、やはりわたしは、もしも兄に嫁ができたら、ここを出ていくのが望ましいのかもしれない。
だけど、水竜様の言う通り、わたしはこの果樹園が大好きだし、ここを離れたくないって思ってる。
両親が健在だった頃から果樹園を歩きまわり、出来る限りで手伝いをして、果物や野菜、家畜達とともに、わたしは育った。ここは、わたしの大切な場所なのだ。
果樹園だけじゃない。
わたしは生まれ育った村が大好きだ。素朴としかいいようのない辺鄙な農村だけど、いくつかの大きな街へ通じる街道が近いせいか、さほど閉鎖的でもなく、あけっぴろでおおらかだ。村の人達もみんな親切で、あったかい。少々おせっかいなところもあるけれど、それだって実際助かっているのだし。だから、わたしもいつかは村のみんなの役に立ちたいって思ってる。
そんな風に、村に居るのが当たり前で、それ以外の生活を考えたこともなかった。
だけど、……――
組んでいた腕をほどき、膝の上で手を重ねた。落ち着かなくて、指をこそこそと動かしてしまう。
「ここを出ていくつもりはないんだけど、でも、いつか叶うなら、旅に出てみたいな、と」
「ほう、旅とな?」
「ええ、まぁ。いろんなところを見て回ってみたいな、と」
子どもの頃からの夢だった、といっていいかな。
本当は行商にだって出てみたい。アルト兄さんに反対されてるから実現するのは難しそうだけど。
わたしの見知っている世界はこの村しかなくて、それが不満なわけではないけど、よその土地に行けたなら、それはきっと、とても楽しいことなんじゃないかと思う。学べることも多いだろうし、愉快な出逢いだってあるかもしれない。
水竜様が、いまこうしてわたしと出逢ったように。
「アルト兄さんから、旅先で起こった出来事なんかをよく聞いてて、それがいつも楽しくて、だから旅行って、憧れてるんです」
もちろん、楽しいことばかりではないのは承知してる。
あの頑健な兄にしてから、命の危険は何度かあったらしい。詳しくは、わたしを気遣って話してくれないけど。
それでも、アルト兄さんはかいつまんで旅先の思い出話をしてくれる。旅先で起こる「あんな事件・こんな危険」を面白おかしく、時には訓戒まじりに。
とある街道に出没する大所帯の盗賊団の頭領はみごとなつるっぱげで、後頭部に星型の赤い傷痕があるのだけど、その栄誉の負傷(自己申告)を鼻息荒くふんぞりかえって吹聴してる間に獲物に逃げられちゃったりする実はかなり間抜けな頭領と盗賊団だっていうのが知れ渡っていたり、とある村境には怪我をした(ふりの)美女が悩ましげに誘ってて、その誘いにうっかり乗ってしまった直後、筋肉モリモリの強面男に金を強請られる定番の詐欺かと思いきや、実は病気のおっかさんがいてその治療費目当てに詐欺を働いているだのと切々と語られ、情にほだされてさらに金を絞り取られてしまった後に、おっかさんのことも芝居だったと村人に気の毒がられるハメになったり、ぼったくりの
博労
がいて馬を値切っている間に手荷物を洗いざらい持っていかれ、荷物を取り返すべく博労と盗人の一味を追いかけていくと、不気味な迷路に連れ込まれてくたくたになるまで歩かされ、その博労一味の正体がたちのわるい魔術師集団で、黒魔術を操って旅人をからかっては遊んでいるのだと正しき魔術を使う賢者に助けられたり、ともかく村の外には想像もつかない出来事がそこかしこで起こり、旅は危険と道連れなのだと、アルト兄さんはしみじみと語るのだ。なんだかとっても楽しそうに。
すべてがアルト兄さんの実体験というわけではなさそうで、いろいろと語ってくれる話の中には、人づての噂話もあるようだ。
人相手の商売だから、人づてにいろんな話を聞けるのが外商のうまみだ。
いろいろと問題のあるアルト兄さんだけど、外面はいいし、社交的で、その場の雰囲気にとけこむのがうまい。土地の人とすんなり親しくなって、面白い話をたくさん仕込んでくる。商売の話が主なようだけど、その土地の風俗を偏見なしに教えてくれるのはありがたい。どんな人達が住んでいて、どんな生活を送っているのか。どんな物を食べて、どんな歌をうたって、どんな物語を聞いて、どんなことに笑い、悲しみ、怒り、どんな思いを抱え、どんな風に伝えるのか。それらをアルト兄さんから聞くことによって、わたしは村の外の世界を知る。それはそれで楽しいけれど、やっぱり少し物足りない。
できれば自分の目で、直にそれらを見、知らぬ世界を肌で感じたい。
「なるほどのぅ。うむ。ミルカの気持ちはようわかるぞ。旅は良いものじゃ。心が拡がり、豊かになる。実際に出かけて行き、己が目と耳、肌で感じねば分からぬことも多い。分からぬことがあることも多々あるが、分からぬことが分かる、それだけでも世界は拡がる」
「水竜様は、旅がお好きなんですね」
「うむ。しかし好きとはいっても、いかんせん旅慣れてはおらぬ」
「…………」
ですよねー、と相槌をうちそうになったけど、堪えた。
ドラゴンともあろう神獣がうっかり嵐に巻き込まれて墜落して、果樹園に落っこちちゃうなんて。
「そもそも、ドラゴンは元来、出無精な性質なのじゃ。火のドラゴンほどではないが、定めた縄張りから出るのを厭うドラゴンも少なくない」
「そうなんですか……」
なるほど、だからドラゴンの姿を見るのは稀なことなんだ。
火のドラゴンはとくに縄張り意識が強いと、水竜様は言い添えた。水のドラゴンは、どちらかといえば好奇心旺盛な性質で、それゆえ人間の姿に変じられるチカラを持つようになったとか。
水竜様は、「えっへん」と胸を反らして両翼をピンと伸ばし、いかにも誇らしげだ。
「火の性を持つドラゴンは人間を拒絶しがちだが、吾等はそうではないぞ? 吾等が領域に立ちいるのは、さすがに易々と許諾せぬが、人間との交流を根絶しようという考えは、今のところ吾等にはない。吾等は寛大なドラゴンなのじゃ」
出無精だけど、人間との交流もちょっとはしてもいいぞって思ってるってことかな。矛盾しているような、我儘なような、けれどそれも「神様」っぽいと言えなくもない。
「まぁ、それはさておき」
水竜様は話題を転じた、というか戻した。
「旅に出たいというミルカの希望は得心したが、それは別として、ミルカは嫁にゆかぬのか?」
「…………」
水竜様ときたら、いきなり直球だ。
わたしは苦笑いを返すしかなかった。
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