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第2章:目覚めへの道
21.峡谷での遭遇 後編
しおりを挟む危ない勇者らしき野郎から距離を取り、岩場の陰に隠れたところでパナセを岩に寄りかからせて、俺はルシナに話を聞くことにした。
「ルシナ! さっきのアレは何だ? パナセには潜在能力があるとは聞いているが、草を投げて瘴気を出すなんて、そんなのは見たことが無いぞ!」
「わ、私も知らないことですよ……パナは普通の子で、だけど薬師として優秀な姉というだけで……」
「血が駄目とか、どういうことだ?」
「あんな竜の血を見れば、私だって気分が悪くなりますよ! でも、パナの反応は初めて見ました」
パナセが里を出てから、どれくらい冒険者PTにくっついていたのかは分からん。
今までどういう扱いを受けていたにせよ、血に対する反応が尋常では無かった。
今まで関わって来たPT連中が、パナセに血を見せすぎるような戦いをして来たとすれば、それは断じて許されるものではない。
「……んん」
「パナ! だ、大丈夫?」
「おい、パナセ! 俺だ、アクセリだ!」
いつもおかしなくらい愉快な女が、こんな姿にさせられるとはな。
力なき賢者とは、何と惰弱なことか。
こんなことではベナークの野郎どころか、さっきの野郎にすらどうにも出来ないままだ。
「くそっ! 俺としたことが!」
「アクセリさま……」
「気付いたか、パナ――っ!?」
「パ、パナ!? ちょっと、あんた何して!」
急なことだったので身動きが取れなかったのだが、姿の見えない俺に対し、パナセはピンポイントに口づけを重ねて来た。
「愛するアクセリさまのお口を頂いたのです!」
「いやっ、お前……」
さすがに驚いた。こういうことを出来る一人の女であったのだと、改めて思い出した。
過去には平気でそんなことをしてくる女がいたが、パナセはして来ないと思っていただけに、ただ驚いている。
愛している……か。そんなことも言われたのは初めてだ。
「ってあれ? アクセリが見えてる……見えるんだけど? パナ、あんたのキスって浄化作用があるわけ?」
「むっふっふ! えっへん! 愛なのだ! 油断したアクセリさまの力は、とてつもなく弱くて~可愛くて~おかしかった!」
自分では姿が発現したかの判断は出来なかったのだが、どうやらパナセの口づけによって直ったらしい。
元々は不意打ちのように飲まされた変な薬によるものなのであって、パナセのせいなわけだが。
「偉ぶるな! お前が俺の姿を消したのだからな。どういうことか理解出来ないが、その何だ……何で俺とそういうことをした?」
「愛です! 愛の力なのですよ~! アクセリさまはわたしの愛するお方なのです! 悲しそうなアクセリさまを元気づけるつもりでしただけのことなのです」
「愛……か。そ、それはいいとして、お前の体内には浄化作用でも備わっているのか?」
「あぅ~……それは分からないです~でもでも~愛なのです! ビシッ!」
わざわざ擬音を言葉に出しながら、額に手をやるパナセが可愛いと思ったのは、墓場まで持って行かねばなるまい。
さっきまで血のことで騒ぎ立て、瘴気まで発生させた女は、いつもの姿に戻っていた。
一体さっきのは何だったというのか、長く賢者としておかしな事象を見て来たが、薬師にそんな特殊能力があるとは見たことも聞いたことも無い。
「パナ、あんた、さっきのことは覚えてるの?」
「ほえ? さっきって何~? ア、アクセリさまの可愛いお口は……ふごごごごもごごご」
「え? 何、どうしたの」
あまり経験したことが無い恥ずかしさをパナセの口から発せられるのも腹立たしいので、目に見えて分かるように怒りを露わにしたところで、すぐに手で口を覆ったようだ。
くそっ、何から何まで愛らしく思えて来るではないか。
「もういい、止せ。パナセ、何も覚えていないのか?」
「え~と、え~と……暴力は良くないことなのです」
「あんたねぇ……アクセリにはきちんと答えを……」
「しっ……! 二人とも、口を塞げ!」
あの勇者野郎とここは、すごく離れているわけではなく、一時的に見失わせているだけに過ぎない。
ロサがどうなっているかも気にはなるが、勇者と名乗っていながらの黒い気配は、ただ事ではないのではないか。
『近くに潜む穢れども! 勇者と知っての行動を恥と知れ! すぐに姿を見せろ! すぐに殺してやる』
ちっ、隠れていても気配を察するか。
しかも姿を見せたところで、攻撃を仕掛けて来るのは必然のようだ。
『いつまでも隠れるというのなら、ダークエルフの命は無いと思え!』
「あわわわわわ!? アクセリさま、ロサさんがあぶあぶあぶあぶ」
「ハッタリのはずだ。あいつはかつて勇者PTにいた手練れのアサシンだ。捕まったとして、簡単にやられる女ではない」
「では、アクセリはこのまま姿を見せると?」
「くそ、姿を出してしまったからな。姿が消えていれば油断も生まれただろうが……」
いつまでも劣弱でいて、どうして賢者と言えるのか。
こうなれば禁忌を冒して、骸の竜を動かすか……あるいは。
「……俺が出て行く。パナセとルシナは目一杯の回復草でも作って待っていてくれ」
「そ、そんな……アクセリさまにもしものことがあれば、わたしは心中しますです~うぐっうぐっ、ぐずっ……」
「ちょっと、パナ! 何ですでに泣きじゃくってるの!? アクセリがやられるって決めつけるのは駄目でしょ!」
パナセの涙は大体予想に合っていそうではあるが、あんな黒い勇者ごときにやられているようでは、賢者に限らず生きる意味を持たないだろう。
ロサの様子も気になる所でもあるし、竜の亡骸……どんな竜であったのかを確かめたいというのもある。
「そ、そそそ、そうです! アクセリさま、もう一度お口をわたしに貸してください~」
「まさかと思うが、口づけでもして俺の力でも上げてくれるのか?」
「それは無理ですよ~! そ、そうじゃなくて、もう一度お姿をですね……」
「それはもういい。それを役立てるつもりがあるなら、口づけ以外で姿を見せられるようにしておけ。そうじゃなければ、俺以外の者に使用したとして毎回口づけをする羽目になるぞ?」
「い、嫌です嫌です!! アクセリさまだけがいいんです~」
握りこぶしを作り、両腕をバタバタと振りまくるパナセは、出会った頃よりも更に幼く見える。
しかも俺専用の消える薬で、口づけも専用とまで言い放つとは、これは素直に喜んでいいものではないだろう。
「ルシナ、姉をしっかりと見ておけよ? 下手な動きをされても困る。俺はルシナの力も必要としているのだからな!」
「ふ、ふん……言われなくてもやるつもりだから! そ、それより、あんたがやられでもしたら、本当に困る。困るし、何のために里を出て来たのか、意味を無くすことになるんだからやめてよね!」
妹のハーフエルフは素直じゃないらしい。パナセばかりを甘やかしているのを間近で見せているだけに、ルシナにも何かしらの褒美をすることにしよう。
「案ずるな。腐っても賢者だ……そう泣きそうにされても困るぞ、パナセ」
「そ、そんな顔していないです~あっ! そ、そうです! わたし、こう見えて力持ちなのです! その力をアクセリさまにお分け致すとしましょう!」
「何を絵空事を……」
ルシナは首を左右に振りながらお手上げ状態となっているし、パナセはいつもの偉ぶり姿で俺を誘っている。
「……分かった。それで、どうやって俺に力を授ける?」
「おぶさってくださ~い!」
「おんぶか? お前に密着すれば得られるとでも?」
「さささ、お早く~」
愉快すぎるが、パナセなりの勇気づけなら俺もそれに従ってみるか。
「そのまま屈んでいろよ?」
「望むところです!」
「いいぞ、立ってみろ」
「……っととと、ぎゃん!?」
まぁ、そうなるだろうな。体格差もあるが、力を授ける以前に俺の重さを受けきれなかったようだ。
「くっくく、はっははは! いや、十分貰ったぞ。パナセ、ありがとうな!」
「ほえ?」
「じゃあ、ルシナ。頼んだ」
「ご無事で!」
薬師に元気づけられるほど劣弱賢者となってしまっているが、せめて黒い勇者には一泡吹かせてやらねばなるまい。
『望み通り出て来てやったぞ、勇者とやら!』
竜がいたらしき辺りは、亡骸は見えず、勇者に値しない風貌の男が一人、片手剣を地面に突き刺して突っ立っていた。
元は山賊あるいは、海賊か。似合わぬ髭を顎一面にたくわえ、顔には弱さを象徴する切り傷を表わしている。
「男が一人? あの薬師二匹はどこへやった? アレらは貴様の仲間、もしくは奴隷だろう?」
「はっははは! 奴隷とまで言うのか。その風貌で勇者を名乗るお前には、薬師と奴隷の見わけもつかない視力を備えておいでのようだ」
どうやらこの場にはロサがいないようだ。気配をたどればすぐに分かることではあるが、勇者が連れていた者どもの気配はすでに消えている。
ともすれば、あの者らはロサの手によって消されているとみるのが正しいだろう。
「雑魚が……竜ではない羽根の生えた雑魚ですら退けなかった雑魚め。それすら見抜けず、手を煩わせた罪は重い! ここに出て来たということは、相応の罪を受ける覚悟があるのだろうな?」
竜では無かったか……ということは、何かの妖鳥だったか。
竜だとすれば、たとえそこそこの勇者であろうとも、そう簡単には倒せるはずもないのだからな。
ではパナセとルシナの怖れは何だったというのか。
「……一応聞いておく。お前……勇者とやらに大層な名前はあるのか? 俺は義賊アクセリだ」
「義賊ごときが薬師とダークエルフを連れ歩いているとはな。俺の名を聞いて、そのまま逝け! 俺は四天王が一人、勇者ラットン! 光栄に思え!」
俺の名を聞いても何の反応も示さなかったということは、ベナークの野郎の作り出した世界からの勇者か。
自分で四天王を名乗る阿呆がいるとは驚いた。この程度であれば、三要素で事足りるだろう。
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