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「──ずく。雫!」
誰かが私の名前を呼ぶ。
続いて体を揺さぶられ、私は暗い世界の底からサルベージされた。
「ふあ。遥ちゃん?」
寝ぼけ眼をこすって、起こしてくれた友達の名前を呼ぶ。
「ん。ここは?」
「教室! もう昼休み終わるよ」
「へ? そうなの?」
ぼんやりした頭を傾ける私に、遥ちゃんががっくしと肩を落とす。
「もう、雫ったら爆睡しすぎ。昨日も夜更かししたんでしょ?」
肩を上げると、決めつけるように問い詰めてくる。図らずもそれは私の図星をついていた。
「すごい。よくわかったね」
「あんたね……そんなクマだらけの目してるんだから、わかるに決まってるでしょ」
遥ちゃんは呆れたように言うと、スカートのポッケから取り出した鏡を見せてきた。
鏡に映った私はとても不健康そうな顔をしていた。
血色の薄いほっぺたにやや紫がかった唇。極めつけは目の下に出来た見事なクマだ。
なんてひどい顔をしてるんだろう。これが私なんて、信じたくもなかった。
「うう、やめてー。今日、お化粧してないの」
「いつも化粧なんてしてないでしょうが! まったく、とりあえずこれで顔拭きなさい」
私が逃げるように鏡から視線を外すと、遥ちゃんはバッグからウエットティッシュを何枚か取り出して、私の顔に押し当てた。
シートに含まれた水分の感触が心地いい。なんの匂いもしないのは、無香料のタイプだからだろうか。
「むぐぅ。ありがとう、遥ちゃん」
お礼を言うと、私は順番に顔を拭っていった。目、おでこ、ほっぺに口と進んでいくうちに、どんどん顔がスッキリしてくる。
けれど、頭の方はそうもいかない。慢性的な寝不足は、昼休みを犠牲にしたところで解決するような軽いものではなかった。
ウェットティッシュの水分を顔に染み込ませるように押しつけていると、予鈴のチャイムが鳴る。はっとして顔を上げれば、時計は授業開始の五分前を指している。
「うわ……またお昼食べ損なった」
私は両手で顔を覆い、盛大なため息を吐いた。
私は基本朝ご飯を食べないから、せめてお昼くらいは食べないといけないのに。
昼休みを寝過ごして、お昼を食べ損なうのは何度目だろうか。
おかげで最近は一日一食の生活にも慣れてきてしまった。このままじゃ良くないとわかってるけど、眠いし。どうしたものか。
漠然とそんなことを思ってると、急に手を取られて、ぎゅっと押しつけるように何かを渡される。
「雫。これ、あげる」
摑まされたのは何だろうと思って確かめると、ゼリー飲料だった。
キャップを外せばそのまま飲める咄嗟の栄養補給にありがたいタイプだ。
「え? 急にどうしたの? 遥ちゃん」
「どうせ今日も朝すら食べてないんでしょ? たまには腹になんか入れときなさい。ぶっ倒れるわよ」
ええっと。それは飲んでいいよ。ということだろうか。
極度の空腹の中、消化に優しいゼリー飲料はまさに垂涎の逸品だけど。
「でも、これって確か遥ちゃんのへそくりカロリーだよね。そんな大切なもの貰えないよ」
私はみなぎる食欲を抑え、突き返す。
遥ちゃんは私とは違って健康優良児を地で行くような存在で、放課後は陸上部で鎬を削っている。そんな遥ちゃんはお弁当だけじゃエネルギーが足りないみたいで、部活の前にいつもお菓子やゼリーを食べるらしい。以前、部活前の間食が無いと調子が出ないと嘆いていたから、それを貰うのは申し訳なかった。
「へそくりカロリー言うな。いいよ。私の分は後で購買で買うし。それよりあんたが心配だよ。どうしても食べないって言うなら、無理やり口に詰め込むよ?」
遥ちゃんに半ば脅すように言われてしまう。
「うわー、それは怖い。……じゃあ、本当にもらっちゃっていいの?」
「どーぞ。代わりに今度コーラ奢ってね」
「ふふ、おっけー」
ありがたく飲ませてもらう。
「ていうか雫。あんた、いい加減朝か昼、どっちかはちゃんと食べなさいよ。じゃないとマジで倒れるよ?」
「うーん。私も食べなきゃとは思ってるんだけどね。善処します」
「善処じゃダメ。食べなさい」
「は、はい……」
鬼気迫る表情でそんなことを言う遥ちゃんは、有無を言わせぬ迫力があって、気づけば私はうなずかされていた。
「まったくもう。言っとくけど私、本気で雫のことずっと心配してるんだからね?」
「うん。わかってる。ありがとう」
「わかってるなら、少しくらい言うこと聞いてよ…….まぁ、雫にも雫なりの事情はあるんだろうけどさ。あんまり心配させないで」
「うん。ごめんね」
遥ちゃんは厳しい口調で言った後、縋るように目を伏せた。
遥ちゃんはとても優しい子だ。ただの友達でしかない私をこんなにも心配してくれている。そんな彼女の親切心を裏切ってしまっていることに胸が痛む。
「ふふ、遥ちゃんってなんかお母さんみたいなこと言うんだね」
私はくすくすと笑ってお茶を濁した。そうすることでしか感傷を誤魔化せなかったから。
すると、遥ちゃんはムッとした顔で言った。
「からかわないの。私は友達として、本気で心配してるんだから」
「ごめんなさい。でも、それも結構お母さんっぽいよ、遥ちゃん」
「だから……はぁ、もういいわ」
何度も茶化したせいか、遥ちゃんは露骨に拗ねてしまう。
私はそんな遥ちゃんにひたすら手を合わせて謝りながら、結構本気で思っていた。
いっそ遥ちゃんが本当のお母さんだったらよかったのになって。
誰かが私の名前を呼ぶ。
続いて体を揺さぶられ、私は暗い世界の底からサルベージされた。
「ふあ。遥ちゃん?」
寝ぼけ眼をこすって、起こしてくれた友達の名前を呼ぶ。
「ん。ここは?」
「教室! もう昼休み終わるよ」
「へ? そうなの?」
ぼんやりした頭を傾ける私に、遥ちゃんががっくしと肩を落とす。
「もう、雫ったら爆睡しすぎ。昨日も夜更かししたんでしょ?」
肩を上げると、決めつけるように問い詰めてくる。図らずもそれは私の図星をついていた。
「すごい。よくわかったね」
「あんたね……そんなクマだらけの目してるんだから、わかるに決まってるでしょ」
遥ちゃんは呆れたように言うと、スカートのポッケから取り出した鏡を見せてきた。
鏡に映った私はとても不健康そうな顔をしていた。
血色の薄いほっぺたにやや紫がかった唇。極めつけは目の下に出来た見事なクマだ。
なんてひどい顔をしてるんだろう。これが私なんて、信じたくもなかった。
「うう、やめてー。今日、お化粧してないの」
「いつも化粧なんてしてないでしょうが! まったく、とりあえずこれで顔拭きなさい」
私が逃げるように鏡から視線を外すと、遥ちゃんはバッグからウエットティッシュを何枚か取り出して、私の顔に押し当てた。
シートに含まれた水分の感触が心地いい。なんの匂いもしないのは、無香料のタイプだからだろうか。
「むぐぅ。ありがとう、遥ちゃん」
お礼を言うと、私は順番に顔を拭っていった。目、おでこ、ほっぺに口と進んでいくうちに、どんどん顔がスッキリしてくる。
けれど、頭の方はそうもいかない。慢性的な寝不足は、昼休みを犠牲にしたところで解決するような軽いものではなかった。
ウェットティッシュの水分を顔に染み込ませるように押しつけていると、予鈴のチャイムが鳴る。はっとして顔を上げれば、時計は授業開始の五分前を指している。
「うわ……またお昼食べ損なった」
私は両手で顔を覆い、盛大なため息を吐いた。
私は基本朝ご飯を食べないから、せめてお昼くらいは食べないといけないのに。
昼休みを寝過ごして、お昼を食べ損なうのは何度目だろうか。
おかげで最近は一日一食の生活にも慣れてきてしまった。このままじゃ良くないとわかってるけど、眠いし。どうしたものか。
漠然とそんなことを思ってると、急に手を取られて、ぎゅっと押しつけるように何かを渡される。
「雫。これ、あげる」
摑まされたのは何だろうと思って確かめると、ゼリー飲料だった。
キャップを外せばそのまま飲める咄嗟の栄養補給にありがたいタイプだ。
「え? 急にどうしたの? 遥ちゃん」
「どうせ今日も朝すら食べてないんでしょ? たまには腹になんか入れときなさい。ぶっ倒れるわよ」
ええっと。それは飲んでいいよ。ということだろうか。
極度の空腹の中、消化に優しいゼリー飲料はまさに垂涎の逸品だけど。
「でも、これって確か遥ちゃんのへそくりカロリーだよね。そんな大切なもの貰えないよ」
私はみなぎる食欲を抑え、突き返す。
遥ちゃんは私とは違って健康優良児を地で行くような存在で、放課後は陸上部で鎬を削っている。そんな遥ちゃんはお弁当だけじゃエネルギーが足りないみたいで、部活の前にいつもお菓子やゼリーを食べるらしい。以前、部活前の間食が無いと調子が出ないと嘆いていたから、それを貰うのは申し訳なかった。
「へそくりカロリー言うな。いいよ。私の分は後で購買で買うし。それよりあんたが心配だよ。どうしても食べないって言うなら、無理やり口に詰め込むよ?」
遥ちゃんに半ば脅すように言われてしまう。
「うわー、それは怖い。……じゃあ、本当にもらっちゃっていいの?」
「どーぞ。代わりに今度コーラ奢ってね」
「ふふ、おっけー」
ありがたく飲ませてもらう。
「ていうか雫。あんた、いい加減朝か昼、どっちかはちゃんと食べなさいよ。じゃないとマジで倒れるよ?」
「うーん。私も食べなきゃとは思ってるんだけどね。善処します」
「善処じゃダメ。食べなさい」
「は、はい……」
鬼気迫る表情でそんなことを言う遥ちゃんは、有無を言わせぬ迫力があって、気づけば私はうなずかされていた。
「まったくもう。言っとくけど私、本気で雫のことずっと心配してるんだからね?」
「うん。わかってる。ありがとう」
「わかってるなら、少しくらい言うこと聞いてよ…….まぁ、雫にも雫なりの事情はあるんだろうけどさ。あんまり心配させないで」
「うん。ごめんね」
遥ちゃんは厳しい口調で言った後、縋るように目を伏せた。
遥ちゃんはとても優しい子だ。ただの友達でしかない私をこんなにも心配してくれている。そんな彼女の親切心を裏切ってしまっていることに胸が痛む。
「ふふ、遥ちゃんってなんかお母さんみたいなこと言うんだね」
私はくすくすと笑ってお茶を濁した。そうすることでしか感傷を誤魔化せなかったから。
すると、遥ちゃんはムッとした顔で言った。
「からかわないの。私は友達として、本気で心配してるんだから」
「ごめんなさい。でも、それも結構お母さんっぽいよ、遥ちゃん」
「だから……はぁ、もういいわ」
何度も茶化したせいか、遥ちゃんは露骨に拗ねてしまう。
私はそんな遥ちゃんにひたすら手を合わせて謝りながら、結構本気で思っていた。
いっそ遥ちゃんが本当のお母さんだったらよかったのになって。
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