聖女は美形獣人たちをトロトロに甘やかすのに本命はぽっちゃりメガネの院長様だけです!

まつめ

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汚部屋の住人トートさん

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「ふっふーん! ついにキッチンを攻略だあ」
 この動物病院? なのかどうかわからない森の小屋に通い始めて3日が過ぎた。

 朝になるとヘリット王子がやってきて、彼がわあわあゲホゲホお決まりの怒鳴りをやった後、転移魔法を使えるイケメン赤毛の騎士さんが王宮から私をこちらへ運んでくれる、という日課になった。

 騎士さんは送り迎えだけで、私1人が残される。ここの院長というトートさんは、ー今だはっきりとした名前が分からないのでそう呼んでいる。には初日に顔を合わせただけで、2階から降りてくることは無かった。

 患者の動物は見当たらないので、この3日間掃除をしまくった。

 まずソファーが置かれた応接室……本と書類で埋め尽くされていたのを、掘り起こし床を見えるようにした! 隣のダイニングルームは怪しい実験器具を戸棚と出窓に綺麗に並べ、テーブルを蘇らせ! カビカビのトイレをピカピカにして!

 そして、魔の巣窟のようなキッチン。
 いやもう物が山のように積まれて、初めは何の部屋かも分からない惨状だったけど。

 ラスボス感のあるキッチンをやり遂げましたよ私は! 

 こちらの世界は魔法があるので、きっと魔法で動くのであろう調理器具がでてきた。見た目はガスコンロやポットに見える、ナベやフライパンはあるので使い方を教わればここでお料理できそうだと眺めながら、床に積まれた缶詰の空き缶の多さに驚いた。

 キッチンには使われた様子が全くない。トートさんは缶詰だけを食べているんだ……
 なんて味気ない生活をしているんだろう。

「あなたは掃除なんてしなくていいんです」
 キッチンの水道から水が出るのか確かめていると、後ろにトートさんの声がしたので振り返った。
 前回会った時と同じボサボサ頭に、汚れた白衣を着ていた。

 こんなに綺麗になったお部屋やキッチンを見て、ちょっと感謝してほしいなあと思ったけれど、彼の冷たい感じは変わらなかった。
「ちゃんと治療をするなら、綺麗な場所でしたいんです」

「あなたは本気で聖女の仕事をするつもりですか? あの王家の言いなりになって自分が馬鹿だとは思わないの? ふんぞり返って何もしなければいいんだ」

 苛々と怒った口調はこの前と同じで、やっぱり怖い感じがした。けれどこの人は私の代わりに怒ってくれているのだと、前回よく考えたら分かったのだ。

「あの、ありがとうございます」
 丸メガネの奥の目がきゅっと細くなって「ん?」と驚いた声をだした。

「何故礼を言うんです」
「だって、初めて私の気持ちを考えてくれたから。私ここに連れてこられてから何の説明もしてもらえないの。閉じ込められて、いきなり王子様の婚約者だって言われただけ。私の気持ちなんて誰も気にしてくれないの」

 見た目は不審者みたいな怖い人だけれど、この3日間、ずっと胸にあった気持ちを素直に伝えたかった。
「ひどいことをされているんだって、怒っていいんだぞって、トートさん私に教えてくれた。だから嬉しかったんです。この半年間、まともに話す相手もいなかったから、自分の気持ちも分からなくなってた。そうですよね、私は誘拐されたんですよね…… もっと怒っていいですよね……」

 トートさんはまた頭をかいた。何か言おうとして口を開けたけど、何も言わなかった。

「でも…… もう元の世界には帰れない気がするんです。だから前向きに生きていきたい。私は母を尊敬しているの、だから母と同じ看護師になるのが向こうでの夢だったんです。もうその夢はかなわないけど、かわりにこちらの世界では聖女として、お仕事してみたいです」

「そう……ですか」
 トートさんは口の中で何かつぶやくと、魔法が発動する円陣が光った。部屋の隅にある本が10冊ほど持ちあがった。そのまま彼は本を浮かべて2階に運ぼうとする。一緒に片づけをしてくれるのだと分かりとても嬉しかった。

「魔法で本が運べるの? トートさん凄いです!」
「全然すごくないです。僕はこれしか動かせない出来損ない魔法使いなんです。普通の魔法使いは本を100冊は浮かせられるし、上級魔法使いは家ごと運べますよ」

 そう言えば、ヘリット王子が『出来損ない魔法使い』と呼んでいたなと思いだした。

「私の元の世界は魔法がないから、何を見てもすごいです!」
「え? 魔法が無い世界」

 トートさんは「どうやって生活を成り立たせているんだ」と驚いたように呟いた。
「ふふふ、私達には科学があります。テクノロジーってやつが魔法のようにすごいんですよ」
 
「科学とはどんなものですか?」
 なんだか子供みたいな雰囲気で、ちょっと声を弾ませて質問してきた。この人はこの小屋で何やら研究のようなことをしている。きっと学者さんみたいな人なのだろう。知的好奇心をくすぐってしまったのかもしれない。でも……科学って何て説明すればいいのかな。

「私はこちらの世界に来て、外に出してもらえないし、人にも会わせてもらえなくて…… ここがどんな世界なのかまだ全然知らないんです。多分こちらの世界にも科学はあると思います、言い方が違うだけで…… 1つ質問してもいいですか?」

「なんです」
「こちらの世界でも、やはり光より速いものは存在しないですか?」

 和やかな感じで会話していたのに、びくっとしたトートさんが手を握りしめた。浮いていた本がバサバサと落ちた。
「光より速い物は存在しない……どうしてそれを聞いた?」

「物理法則が同じなら、異なるように見えても根本は同じ世界だろうと思ったので聞きました」

「魔法が無い世界にいたのに、そんな上級魔法使いか、学院の教授でないと知らない特別な知識をどうしてあなたはもっているんです」

「え? 私の世界では学校で習うことだし、知りたければインターネットを使えば、いつでも説明文を読んだり、教えてくれる先生の授業動画を見られます」

 知的好奇心いっぱいの学者さんに火を点けてしまった。トートさんのメガネの奥の茶色い瞳が大きくなって「インターネット? それはなんですか!!」とずいずいっと近づいてきた。

 ちょっと圧がすごくて、両手をあげて待ってと声を出すと、彼がピタリと止まった。
「これ……痛そうですね」

 手を持ち上げたので、袖まくりしていた腕の内側が見えたのだろう、最近かゆみと痛みで悩んでいた蕁麻疹じんましんを見られてしまった。

「聖女の癒しの力で治せないのですか?」
 心配そうに見てくるトートさんから手元を隠して笑ってみせた。
「自分には癒しの力は効果ないみたいです」

「あの、お嫌でしょうがちょっと見せてください。僕の治癒魔法をかけてみましょう」
 言われるままに手首を見せると、トートさんが魔法をかけてくれた。すぐに赤い発疹が消えた。

「ありがとうございます。治りました」
 トートさんは失礼しますと断ってから、少しだけ患部に触れて残念そうに首を振った。

「これは治せない。またすぐぶり返します。これはきっと精神的なものからくる発疹なのだと思います。そういう疾患には治癒魔法は効きづらいのです。そうですよね、こちらの世界にいきなり連れてこられて外にも出してもらえず…… そうだ」
 
 トートさんが急にキッチンにある戸棚をごそごそと探し始めた。
「確か、精神的なものからくる胃痛に効くお茶があった。あのお茶の効能には発疹もあったはず」

 次々と戸棚から物を出すので、せっかく片付けたキッチンが散らかった、けれどトートさんが一生懸命探してくれた茶葉で淹れてくれたお茶が湯気を立ててテーブルに置かれた時、思わず泣きそうで耐えるのに必死だった。

 誰かに体を気遣ってもらったのは、この世界に来て初めて。

「嬉しいです」
 なんとかお礼をいって、不思議な香りのするお茶を二人でテーブルに向き合い座って飲んだ。

 精神的なものからくる胃痛、それを必要としたのはトートさんなのだろう。
 缶詰だけを食べて、一人で散らかり放題の汚部屋に暮らしている人。トートさんはどんな人なのだろう?
 
 インターネットの説明が上手にできたか分からないけれど、話せば話すほどトートさんの質問が続いた。私の世界を興味津々に聞いてくれることが、半年間独りぼっちだった私を癒してくれる気がして嬉しかった。

「それで2進法ですべて計算される? 信じられないな……いやでもそれがもっとも合理的な……それであなたの世界では……あ!」

 私のなんともいい加減なコンピューターの説明を聞いていたトートさんが突然大きな声を出して、はっとした顔で固まった。

「どうかしましたか?」
「あの……そ、その……すみませんが……教えてください」

「はい?」

「あの、僕はその……失礼ながら、お名前を……お聞きしていない……、いや聞きました、でも忘れたんです。もう一度聖女様のお名前を教えてください」
 彼が頭を下げたのでボサボサのくせっ毛の塊が、ばさっとテーブルに広がった。

 ふふふっと笑ってしまった。大人みたいな子供みないな、変な人。

「田中さきです。田中がファミリーネーム。ええと聖女様は嫌なので、できれば咲さんと呼んでもらいたいです」

 私はせっかくなので、部屋の隅にまとめた紙束から一枚抜いて、ペンを借りて漢字で名前を書いた。
「これは漢字という文字で、それぞれ意味をもつのです。私の名は花が咲くという意味ですよ」

 トートさんの口元がふわっとほころんだ。メガネの奥の目が笑っている。
「ああ良い名ですね。僕は植物が好きですが、花が咲くのをみるのが一等幸せなときです。この文字が花咲くという意味とは、なんて愛らしいのだろう。世界で一等良い名です」

 あまりの褒めっぷりにさすがに照れてどう返していいかわからずうつむいた。ちょっと顔が赤くなったかも。

 ガタっと大きな音をたてて椅子から立ち上がると、トートさんが何も言わずに応接室に足早に去って行った。そして魔法で本を持ち上げると2階へ上がっていく。なんだかすごい勢いで片付けを始めたので、何が起きたのかと、しばらくぼうっと眺めてしまった。

 あ、もしかして照れたんだ。そうだよね、なんか私の名前ほめ過ぎだったよね……
 トートさんていったい何歳なんだろう?

 30歳くらいにみえるけど、なんか今は中学生男子みたいだな。

 それから話しかけても目を合わせてくれないトートさんは、ひたすら本を2階に運び続けた、おかげで応接室とダイニングルームはすっかり片付いた。物がすっきりすると、あちこちにある観葉植物の緑が綺麗で、なかなか素敵な部屋になった。部屋は散らかしても、植物の世話はしているのだなと意外に思った。

 それにしても、怪我や病気の動物達は本当に来るのだろうか?
 うーん、いったい何時になったら聖女の仕事できるのかなあ。
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