この大地に花束を

蘇鉄

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6 騎士団長の思い

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 皇太子の護衛としてラスト・ニルに登ったガルシアは、その荘厳な雰囲気に息を飲んだ。
 肌をビリビリと刺激するのはドラゴン達の視線と、殺気だ。
 歓迎されていない事など即座にわかった。縄張りに足を踏み入れている人間に対しての警戒しかそこにはない。
 だが、これは安全な方だ。
 本来なら足を踏み入れた時点でドラゴン達の総攻撃を受ける。ラスト・ニルはドラゴン達の安寧の地であり、彼らの王国でもある。人間を含めてドラゴン以外が入る事は決して許されない。
 ただユグドレミアの皇族達はドラゴンの頂点たる虹龍と契約を結んでいる。
 その為、足を踏み入れたからといって殺されることはなかった。契約の力はドラゴン達も感じ取れるようで遠巻きに観察されているだけで近づいては来ないことからも一応の安全は確保されている。
 けれど危険なことに変わりはないので皇太子の護衛は最小限だった。人数もできる限り絞っている。安全を考慮するとあまり無防備な状態にしたくないが、人数が増えれば増えるだけ逆に危険が増す。
 信頼できる部下達を連れて皇太子の護衛にあたることとなった。
「話には聞いていましたが、本当に魔力が濃いですね。自然とはまた別に息苦しさがある」
 そう話しかけてきたのは部下の一人だった。
「お前でもか」
 今回連れて来ているのは部下の中でも特に魔力耐性がある者を重点的に選んでいる。話しかけてきたのはその中でも特に魔法に長けた魔術師だった。
 魔法を専門に扱う彼であってもラスト・ニルは息苦しさを感じるほどに魔力が漂っているようだ。
「えぇ。濃密です。空気に、水に、大地に魔力が凝縮されています。ドラゴンは一体でもその場にいるだけで周りの土地に魔力を流せるほど潤沢な魔力を持つ生き物ですから、ドラゴンの国となれば相当でしょう。特に、女王陛下が座していますからね。人間にとっては毒にも等しい」
 ある程度の魔力は生きる為に必要だし、豊富であれば良いが限度がある。澄み切った泉に魚は住めないように、濃密すぎる魔力は人間の身体には耐えられないのだ。
 だからこそドラゴンという存在は神聖視され、畏怖される。
 ラスト・ニルの気配に圧倒されていたのは自分を含めた部下だけではない。
「騎士団長」
「はい、殿下」
 主人たるカランもまた、ドラゴンの国に圧倒されていた。
「本当に、大丈夫なんだろうか?ドラゴンの女王陛下は人間を嫌っていると聞く。契約をしているからといっても安全ではないのだろう」
「そうですね。ですが虹龍自身が契約を結んだ事実は変わりません。こちらを攻撃するということは自分で契約を破棄するのと同等。ドラゴンは契約を重視する。結んだ契約を守る為にも殿下を攻撃することはないと思われます」
「そうだな」
「そして殿下をお守りする俺もいます。命に換えてもお守りしますので、どうかお心のままお進みください」
 ガルシアが持つ剣【湖妖精の寵愛(モルガーン)】はドラゴンの鱗を容易く切り裂ける。
 強大な魔法も卓越した剣技の前では無意味だ。
 ドラゴンは恐るべき存在だが倒せない相手ではない。その事を知っているだけで戦い方は変わる。
 そう理解していても、ドラゴンの女王陛下は格が違った。
 真白かと思った鱗は光の反射によって様々な色に変化する宝石のような色だ。
 巨大な身体は佇んでいるだけで圧迫感がある。威圧的なのは荘厳な雰囲気を纏っているからという理由もあるのだろう。
 見下ろされるだけで自分がちっぽけな存在であると強く植え付けられた。
 皇太子が説明している間、周りを観察していたガルシアだったが、突然現れたドラゴンによって意識が持っていかれる。
 嵐のようなドラゴンと、人間だった。
 まだ年若いが少年ではない。青年の途中のようなひと。
 左右で色の違う瞳と、大理石を切り出して形作ったような硬質な美貌。
 儚げながらも貧弱とは無縁の美貌だ。
 青から黒へと変わるグラデーションの服はシンプルな貫頭衣でズボンから覗く足は裸足だった。
 その目が、色違いの瞳と目があったその瞬間、自分の中で形容し難い感情が生まれたのがわかった。
 その目はすぐに逸らされて、別の場所を見てしまう。
 どうして。
 どうして自分を見ない。
 そんな感情が生まれたことが自分でも意外で、混乱する。
 彼は、虹龍の息子だという。
 どう見ても人間だが彼は自分がドラゴンであると言い、ドラゴン達もまた違和感なく受け入れていた。
 そんな彼の名はシデンというらしい。
 虹龍の命令でガルシア達と行動を共にすることになったが、彼は規格外だった。
「団長、よく普通に会話できますね」
「話してみると普通だぞ。変に怖がるからシデン殿も寄ってこないんだ」
「だってどう見ても人間なのに雰囲気がドラゴンなんですよ?怖いじゃないですか。いや、本人に何か問題がある訳じゃないんですけど」
 シデンは普通だった。
 ドラゴンの中で育ったというから人間に対しても高圧的に接してくるかと思いきや、存外穏やかな対応だ。本人の性格的にも気性が荒くないのがよくわかる。
 しかも自分のペースで動けないのにも関わらず、文句は言わずに基本的に人間に合わせてくれる優しさもあった。
 ガルシアに監視されていることも理解しながらそれを厭うこともせず受け入れ、邪険に扱うこともしない。
 雨に濡れる彼を置いてはおけず、テントの中に半ば無理やり連れ込んだが、彼は特に抵抗しなかった。
「やっぱりイカれてる。他の人間達は俺を怖がって近寄って来ないのに。監視だって距離を取っても出来るだろ」
 雨音の中、膝を抱えたシデンと向き合うようにしてガルシアは食事の準備をしていた。
「これは何?」
 オッドアイを静かに瞬かせ、柔らかな声が耳を揺らす。
「麦パンと、燻製した牛肉だ。麓に降りられたら、もう少ししっかりした食事を提供できるはずだ」
 パンすら見たことがないのだろうか。様々な料理を思い浮かべて、そういえば彼はドラゴンの中で生活していたのだと思い直す。
 本人は特に気にも止めていないのか、ひらりと手を振った。
「別に要らない。食事に手間暇かけるのは人間の特権だろ」
「君にも知って欲しい」
「食事を?」
 皮肉げな笑みだった。ガルシアは首を振ってその皮肉を受け流した。
「人間の食事を、だ。君はどんなものを好んで食べる?ドラゴンと同じとはいえ、多少の差異はあるだろう」
「普通に果物か肉。流石に火を通したやつだけどな。たまに魚も食べる。好きなもの、は特にない。食べる事は生きる事だ。食事に楽しいも何もないだろ」
 彼らしいシンプルな理由だ。ガルシアは俄然彼に街を案内するのが楽しみになった。
 食事ですらこれなのだから菓子はどうだろうか。
 あまり食べないならいきなり人間の食事を渡すと胃が驚く事もあるかもしれない。
 でもドラゴンというなら胃腸もドラゴンと同等だろう。なら大丈夫か?
「そうか。なら、これが最初の試みだな」
 ガルシアがそう言うとシデンはことりと首を傾げた。老生な雰囲気を纏っている彼が途端に幼さが増す。
「ほら、」
 硬いパンではあるが、食べられないものではない。上に燻製肉とついでに切った野菜も乗せて彼の口元に持っていく。
 拒否されるかと思ったが、彼は素直に口を開けてパンに齧り付いた。
 小さな口が一口分食いちぎる。
 むぐむぐと動く口に視線が外せなかった。
 咀嚼し、飲み込んだ彼は一言。
「変な味」
「嫌いか?」
「よくわからん」
 渋い顔になっているシデンに思わず笑みが溢れた。
「これから知っていけば良い。好きなものを、ゆっくりとな。人間の食事も悪くないと俺が教えよう」
 半眼になったシデンはばっさりと切り捨てた。
「要らん」
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