【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴

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一話

 呼吸が速くなる。頭が、真っ白になっていく。
 冷たい、痛い。足がつかなくなると、水中で身体がふわっと浮く。

「どうか、お願いします」

 そして、私の心臓は止まった。





「メアリー、婚約を破棄させてもらう。私はこの女性を愛してしまった」

 親戚を集めた結婚前のパーティの場で、ゼイン伯爵が言い放つ。
 その隣には、見知らぬ女性が立っていた。

 周囲は騒然とし、困惑している私の代わりに、父が何を言っているんだと捲し立てる。
 しかし彼は意に介さず、「二人でよく考えて決めたことです」と高らかに宣言した。

 当然、パーティーは中断、私はショックのあまり言葉を失い、母と別室で待機することになった。

 数時間後、父は相手方と話を終えて、憤慨しながら戻ってくると「話にならん、行くぞ」と言い、私の手を掴む。

「ちょっと待って、私も聞きたいことが――」
「お前とは話さんと、向こうが言っておるんだ!」

 理解が追いつかないまま、私は屋敷を出されてしまう。

 そして、私とゼイン伯爵の関係は、一言の会話も交わすことなく終わってしまった。
 
 帰り道、馬車で揺られていると、涙が一滴も出ていないことに気づく。
 今までのことはすべて無意味だったのか、なんとも言えない怒りや嫉妬、悲嘆な感情が渦巻いていた。

 あの女は一体誰で、いつから関係を持っていたのか、そもそもどうしてこんなことになったのか。

 側から見ても、彼と私は仲が良かったはずだ。
 幼いころ、ゼインとは毎日のように言葉を交わし、将来を誓い合った。
 お互いを尊重し、時には悲しみも分かち合ったのだ。

 あの日々は一体何だったのか……。

 なんともいえない気持ちがこみ上げてくる。
 悪態をつく父の声と、静かに涙を流す母の顔を見つめながら、私はゼインと初めて会った時のこと思い返していた。

 ◇ 

「はあ、何それ。私を馬鹿にしてるわけ?」

 十年前、八歳の誕生日を迎えた年、私は親の都合でこの街に引っ越してきた。
 
 貴族学園に転校生として入学した数日後、私は早々にやらかしてしまったのである。
 訛りが強い一人の女子生徒の言葉が聞き取れず、なんて言ったのかわからなかったと聞き返した。

 だがその行為は、彼女にとって相当な不快なものだったらしい。
 後から知ったことだが、彼女はこのクラスで相当な権力を持っていた。

 そんな彼女に、いじめの標的にされてしまったのだ。

 この学園は、あくまでも表向きだが、家名、爵位での序列はないと謳っている。
 けれども、実際にそんなことはあり得ない。

 男爵家の生まれである私が、子爵家の彼女に口答えをしたと思われたのだ。

「本当に聞き取れなかっただけで、ごめんね」
「ふーん。みんな、メアリーは王都生まれだから、田舎臭いわたしたちの言葉はわからないってさ、近寄らないほうがいいよ」

 その一言の効果は絶大だった。

 転校生ということで、私の周りには常に人だかりが出来ていたが、それは翌日にピタリと止んだ。
 それだけならまだ良かったが、これはただの始まりだった。

「え……ない……」

 体育の授業終わり、制服が窓から投げ捨てられていたり。

「ちょ、ちょっと誰!? つめたいっ!!」

 トイレに入っていると、ドアを叩かれて、水をかけられることも。

 次第に虐めはエスカレート、ついには直接的な被害まで。
 彼女らも非常に頭が良く、先生にはバレないようなタイミングでちょっかいをかけてくる。
 
 もちろん私も抵抗していたが、その気力は数ヶ月で奪われた。

 今は下校中、彼女らに追いかけ回されている。

「あいつ、どこ行った?」
「わからない、あっちかな?」

 たまたま入った路地の扉を開けて、中に入る。
 呼吸が速く、心臓が苦しい。
 どうか見つかりませんようにと願っていると、後ろから肩を叩かれた。

「おい、不法侵入だぞ」

 思わず、肩がビクッとなり、振り向く。

「ひゃあ! だ、だれ!?」
「誰って……お前から名乗れよ」

 立っていたのは、おなじくらいの年齢の男の子だった。
 髪は柔らかそうな金色で輝いて、瞳は青く綺麗で、女の子よりも女の子に見える。
 私の黒髪、黒目とは、全然違う。

「……メアリー」

 名前を教えるのを躊躇しながら、窺うように言った。
 もしかしたら彼もいじめっ子の仲間なんじゃないかと、頭によぎったからだ。

「ふーん、俺はゼイン。なんで勝手に入ってきたの?」
 
 幸運なことに、ゼインは私のことを知らなかった。
 ほっと胸を撫で下ろしつつも、外からはまだ彼女らの声が聞こえている。

 いじめられているから匿ってほしいとは、恥ずかしくて言えなかった。
 何か言い訳はないかと周囲を見渡すと、多くの物で溢れていることに気づく。

 煌びやかな時計、大きな机、椅子や、見たこともない銅像などが無造作に置かれている。

「えっと……外から見て宝物みたいだなあって……」

 そういえば、外にクローズと書いてあったことを思い出す。
 ここは何かのお店なのか。
 どちらにせよ不法侵入には違いない。やってしまったと思ったが、ゼインは私の予想に反して目を輝かせた。

「まじで!? お前、女なのにこれの良さわかるんだ!? なあ、ほら見てみろよ! 色々教えてやるぜ!」
「う、うん」

 本当はぜんぜん興味なかった。外に出るのが怖くて、嘘をついた。

 しかし、ゼインの話は面白くて、どんどんと引き込まれていく。
 いつしか何もかも忘れ、私は彼の話に夢中になっていた。

 ここは、彼のおばあちゃんのお店で、古物商をやっているのだという。

「あ、この机はさ、海底に沈んだ王国のでさ!」
「えー! すごい……でも、海からどうやって持ってきたんだろう」
「きっと、船かなんかだよ! で、この銅像はさあ!」
「うんうん!」

 楽しかった。この街に来て初めて人と話すのが楽しいと思えた。

「ねえ、ゼイン。これは?」

 私は、ガラスの四角い箱に入った、一つの首飾りのネックレスに指をさした。
 煌びやかな金色で輝いていて、何とも言えない魅力を感じる。

「それは、願うが叶うネックレスさ」
「願いが叶うの!? 何でも?」
「ああ、けど……そのためには代償を払う必要があるんだ」
「代償……?」

 ゼインは、今までで一番真剣な表情をした。これを使えば、いじめがなくなるかもしれない。もちろん、代償によるが。

「人間の命だよ。――『ゴチン』!」

 ごちん?

「ゼイン! まーたいつもの不法侵入かい! 早く帰りな! 何時だと思ってんだい!」

 後ろから元気なおばあちゃんが現れて、ゼインの頭を拳で殴った。
 彼は呻きながら頭を押さえて、その場に項垂れる。

「いってえなあもう! 叩くことねーだろ!」
「ご、ごめんなさい。お婆さま……」

 私が怯えていると、言葉遣いが良かったのか、「おや、あんたにもこんな丁寧な友達がいたのかい」と言った。
 たしかに時間を確認すると、驚くほど経っていた。すぐに帰らないと親に怒られる。

「ちぇっ、帰ろうぜ。メアリー!」
「あ、うん! すみません、勝手に入ってしまって……」

 「またおいで、今度は営業時間にね」と、おばあちゃんは私にだけ優しかった。不法侵入という言葉は、どうやらゼインがよく言われているのだろう。

 一緒に帰りながら、色々とおしゃべりした。
 ゼインはお店が好きで、時間があれば遊びに行ったり、たまに店番をしたりしてるとのことだった。

「え、お前、三組なの!?」

 そして、ゼインは私と同じ学園だったのだ。彼は二組、私は三組。
 初めは嬉しく思ったが、同時に怖くなる。
 
 彼が私の噂を聞いてしまったら、この関係は崩れてしまうのだろうと。

「じゃあ、また明日な! 休み時間にでも、続き話してやるよ!」
「わ、わかった。またね……」

 そんな不安を抱えながら、私はこの街で初めての友達に手を振った。

 ◇ 

「なあ、なんか臭くない?」
「本当だ、臭い……」

 お昼休み、先生にバレないように、裏庭に引っ張り出されていた。
 いつもの彼女とその取り巻きが、ゴミをぶつけてくる。

「やめて……」

 逆らうと余計にひどくなる。それは経験からわかっていた。
 休み時間を耐えて、授業が終わったら、走って家に帰る。
 それまで頑張れ、と自分に言い聞かせていた。

 男の子が来るまでは。


「ぎゃっははは! やりすぎかな?」
「まあ、いいんじゃない? ほどほどにね~」

 同じクラスで、私のことを遠巻きに見ていた男の子だった。
 彼女らと仲が良かったらしく、私の髪を掴み、乱暴にぶん回す。

「いたい、いたいやめて!」

 男の腕力は、女性とは違う。体を振り回されながら、私はボロボロと涙を流していた。

 苦しい、助けて、誰か、誰か――。

「いってええああああ」
「お前ら! 何してんだよ!!」

 どこかで聞いたことのある声がした。そう思った瞬間、掴んでいた髪が下ろされた。
 私の髪を掴んでいた男の子は、ゼインに蹴られたのか、地面に勢いよく倒れ込む。

「メアリー、大丈夫か? くそ、ボロボロじゃんかよ……」
「ゼイン……どうして」

 目の前の出来事が信じられなかった。私はいま、ゼインに助けてもらったのだ。
 いつものいじめっ子たちは怯えながら後退りしていく。

「お前ら、ただじゃおかねえ。俺の友達をこんな目に遭わしやがって、ぜってえ許さねえからな!」

 ゼインの覇気は鋭く、私を虐めていた連中は、見たこともない顔で怯えていた。
 地面に倒れ込んだ男の子も、ゼインのことを知っているらしく、叫びながら逃げ行く。
 そして、彼女らも。

「とりあえず、保健室行くぞ」
「え、でも……」

 怖かった。一度、先生に伝えようとしたが、それがバレてしまい、余計に酷い目に遭わされた。次は、どんな報復を受けるかわからない。

「大丈夫。俺が守ってやる」

 しかし、ゼインは何も言わずともわかってくれていた。私を保健室に連れて行ってくれたあと、先生の制止を振り切って消えていく。


 これは後から聞いた話だが、あのあと、ゼインは授業中にも関わらず乗り込み、いじめっ子たちに全てをその場で白状させたのだという。
 また、ゼインの親はこの街でも有名な家系だったらしく、さらに彼は成績優秀で、先生からの人望も厚かった。

 数日後、私をいじめていた輩はすべて退学になっていた。

 すべてが落ち着いて、放課後。ゼインを待って一緒に帰ろうと誘った。

「どうして……私のためにここまでしてくれたの?」

 一度、たった一度しか会っていないのにも関わらず、なぜここまでしてくれたのか。
 少なくとも、ゼインにとってもリスクはあったはずだ。

「誰だって、友達がいじめられてたら嫌だろ」

 彼の何気ない一言が、ものすごく嬉しかった。
 気づいたら涙を流していたが、心から感謝していたのだ。


 それから私とゼインは、毎日話す間柄になった。
 彼のおかげで友達も少しずつ出来たが、放課後は一緒に帰るというのが、私たちの暗黙の了解だった。

 なぜなら、おばあちゃんの古物商に行くからだ。
 何度見ても飽きないよなあ! と嬉しそうにしていたが、私はただゼインのことが好きで、彼と一緒にいるのが心地よかった。
 そして、おばあちゃんは優しく、厳しく、とっても面白い人だということもわかった。

「あんた達! おやつ作ったから食べな!」
「お! やったぜ」
「ありがとうございますっ」

 曰く付きの宝物の信憑性は、「ありゃ、嘘さ」という、何気ないおばあちゃんの一言で唐突に終わった。もちろん、ゼインには伝えなかった。

 上級生になるころには、ゼインはすっかり大人になっていた。
 背は誰よりも高く、女性であれば視線を奪われるほどの美形になっていた。

 かくいう私もそれなりに女の子らしくなっていた。ゼインほどではないが、男の子に告白されることだってある。

 しかし私はゼインのことがずっと好きだった。何度も伝えようとしたが、関係性が壊れてしまったらどうしようと、怖くてできなかった。

 それからまた時が経ち、放課後、一緒に帰ることは日課ではなくなっていた。お互い部活に入り、友達も増えていたからだ。
 それでも、周りから茶化されるほどに仲良くしていた。

 また一年学年上がったころ、悲しい出来事があった。

 古物商のおばあちゃんが老衰で亡くなってしまったのだ。
 私とゼインは一日中まぶたを腫らし、夜通し二人で思い出話を語り合い、慰め合った。

 ゼインは古物商を引き継ぎたいと家族に主張したらしいが、学生の身分で調子に乗るなと父から言われたらしく、数ヶ月後には空き店舗になっていた。

 まだ残っていた品は競売にかけられたが、数点だけおばあちゃんの遺言により分配された。
 私は、あの首飾りのペンダントを頂いた。

 それから数日後、ある決心をしてゼインを待っていた。

 時間は無限ではないとわかったからだ。
 後悔はしたくない。

 私は、ゼインと友達以上の関係になりたいと強く願っていた。

「ゼイン!」
「ああ、メアリー、ここにいたのか。教室にいないから探してたんだ」

 帰り道、勇気を振り絞ろうと頑張っていたが、なかなか言い出せずにいた。
 そのとき、ゼインが、ごめん! と叫ぶ。

「話、何も聞いてなかった。考えてて……。――メアリー、俺はお前が好きだ。ずっと言いたかったけど、怖くて言い出せなかった。俺の婚約者になってほしい」

 驚いた。まったくおなじことを思っていた。
 嫌われているとは思っていなかったが、女性として見てくれていたことが嬉しかった。

「私も好きだった。……ゼイン、本当に嬉しい。これからもずっと一緒にいたい」

 その日、友達と親友を経て、恋人を乗り越えて婚約者となった。
 関係性が大幅に変わるということではなかったが、手を繋いだり、会う回数を増やしたりと、順調に距離を縮めていった。

「俺たちは二人で一つだな」
「ん? どういうこと?」
「どっちかが居なくなったら、生きられないなって思って」
「そうね、私たちは二人で一つだね」

 卒業後、私たちは正式に結婚するため、両家の顔合わせを終わらせると、日取りを決めたり、式場を探したりしていた。

 ゼインは伯爵家、私は男爵家、家柄の差は極端にあるものの、ゼインの親はとても立派な人で、どんな取り決めも公平に行ってくれた。
 
 双方の仕事の関係で、結婚式が少し先になったため、その前に盛大なパーティでもしようとなった。

 今はその帰り道、ゼインと二人きりで話したかったので、私たちだけ馬車を降りて歩いている。
 
「なんか、とんとん拍子で決まると、ドキドキとワクワクがわからなくなるな」
「そうだね、色々決まってくると、そんな感じがする」

 心地よい風が吹き、ゼインの落ち着いた声が心にじんわりと響く。
 幸せにしてくれる、幸せにしたい。

 そのとき、ゼインが地面に躓いたのか、盛大に転ぶ。

「おおおお!?」
「ちょっと、大丈夫?」

 私は倒れ込んだ彼に手を出す。

「こんな何もない所で転ぶなんて、ゼインも衰えたのかなあ」
「まだまだ若いんだけど……」

 笑いながら、私はゼインを思い切り引っ張ると、勢い余って抱き合う。
 こんな公の場で見られてしまうとまずいと思ったが、ゼインが私の名を呼んだ。

「メアリー、好きだ」

 突然、ゼインが私にキスをした。
 私は驚いて目をまん丸とさせたが、すぐ身を委ねた。

「もう……結婚もしてないのに、誰かに見られてたら……」
「どんなことがあっても、俺は君を守るから」

 幸せだった。いつも、ゼインのことを考えていた。

 家族とご飯を食べていても、ゼインはこれが好きかな、とか。
 お出かけしていても、ゼインもこの景色見たかっただろうなあ、とか。


 しかし、その日を境に、ゼインと会う回数は日に日に減っていった。

 少し会えたとしても、彼の家の近くで、「そろそろ戻るわ、最近絵を描くのにはまっててさ」と、すぐに消えていく。
 いつもどこか上の空で、あの元気なゼインが懐かしく思えるようになった。

 もしかすると、結婚が嫌になったのだろうか。
 しかし、結婚後は一緒に住む話をしていたので、今は我慢だと言い聞かせた。

 そして迎えた、結婚前の盛大なパーティー当日。

 私は婚約破棄されたのだ。

 ◇

 馬車を降りて、自宅に入ると、父はすぐに酒を飲みはじめた。
 母は椅子に座って項垂れる。

 二階の自室に戻ると、学生時代に彼からいただいた私の絵を眺めていた。
 ベッドに座り込んで、数十分、数時間、時間の感覚がわからない。

 まるで夢だ。悪い夢。しかし、決して覚めない夢。

「こんなもの!」

 気づけば、私は絵を破り捨てていた。
 いつからなんだろう。ゼインが私のことを嫌いになっていたのは。
 どんなきっかけがあったのか、聞いてみたかった。

 それが納得いくものであれば、改善したい気持ちが残っていた。

 しかし、床に破れた絵を眺めているうちに、ようやく涙がこぼれはじめた。
 何かが崩壊したかのように、止まらなくなる。

「ゼイン……どうして……ゼイン……」
 
 私とゼインの関係は、この絵のように一瞬で破り捨てられた。


 
 それから長い間、私は家から出ることができなくなった。
 数時間ごとに変化する怒りと悲しみに対応するので精一杯だったのだ。

 ようやく外に出られるようになったころ、季節は冬から夏に移り変わっていた。
 久しぶりに友人と会ってご飯を食べる。

 私の婚約破棄については周知の事実になっていた。
 ゼインと私の仲は学生時代から有名だったので、みんなが味方をしてくれたが、余計に辛かった。

 感情は相変わらず複雑で、心の底から湧き起こる憎悪と混在する悲しみに打ちひしがれていた。
 これは永遠に続くのだろう。そう思っていた。


 しかし五年後――私は生涯で一番辛い思い出として押し込むことができていた。

 あの日から一度も、ゼインと会っていない。
 噂によると、女性と駆け落ちしてこの街にはいないらしい。

 何があったのかは詳しく知らないが、彼の父親が亡くなってから御家問題があったらしく、仕事の輸入業が成り立たなくなったらしい。

 まあ、どうでもいい。


「お母さん、買い物に行ってくるね」

 十八歳で結婚する予定が、気づけば二十三歳。
 婚期が遅れているのはわかっている。
 何度か男性と接点はあったものの、やはりどこかブレーキがかかってしまう。

 外は雪が降っていた。
 いつものお店が閉まっていたので、普段は行かない地区へ移動。
 凍った地面に気をつけながら路地に入ると、一つの空き店舗の前で足が止まった。

「おばあちゃん……」

 あの日、遺言でもらった首飾りのネックレスは、いつも身に着けている。
 命を代償に願いが叶う。
 もちろん、そんな魔法なんてないとわかっているが、なんだか勇気をもらえるからだ。

 一時期は、復讐したいと思ってしまうときもあった。だが、どこかで元気に暮らしてくれていたらいいなと思えるほどには美化されていた。

「メアリーさんですか……?」
 
 空き部屋を見つめていてたら、女性から声をかけられた。
 誰だろうと思い顔を見ながら記憶を探っているが、思い出せない。

「はい、誰ですか?」

 学生時代の友人だろうか、それにしては一切記憶がない。

「覚えてらっしゃらないでしょうか」
「……?」

 違う。記憶がないんじゃない――消していたんだ。

「あなたはもしかして……」

 長年閉じ込めていた記憶が、無理やり呼び起こされる。

 こいつは――私からゼインを奪った女だ。
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