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第7話:強欲な宮廷魔術師

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「ノヴェル王太子、話は遠隔魔術でアズライトから聞いておるぞ」
「ロック・クラフト国王様……どうしてここに」
 
 ノヴェル王太子が足を震わせた後、すぐに頭を垂れました。
 周囲も同じようにします。もちろん、私も急ぎました。
 ロック・クラフト国王様は、ラズリー王国の王です。更に言えば、二十の国を束ねている真王でもあります。
 白い髭を蓄え、五十代とは思えないほど逞しい体つきをしていました。
 逸話は無限のようにあり、機嫌を損なうことがあれば、どんな国でさえ滅びてしまうと言われているほどです。
 厳格なお方としても有名で、さらに自国から出ることがほとんどないと噂されていました。

 そんなお方がなぜオストラバまで――。

「ワシの足を運ばせたことがどういう意味か、わかってるか」
「わ、わ、わ、わわたしは、な、なにも」
「ふん、まともに話すこともできぬか。お前ら、話すがよい」

 そして、オストラバの宮廷魔術師たちが話しはじめました。
 ノヴェル王太子は、私に転移魔法の連続使用を指示していました。しかし、それはただの隠れ蓑だったということです。
 ノヴェル王太子は、オストラバの宮廷魔術師の面々を卑怯な手で脅し、私の魔力を制限する闇魔法をかけていたとのこでした。さらに――

「俺たちは……エリアス様にお金をもらって、アズライトをボコボコにしろと言われました」
「俺もです……」

 あの四人組は、エリアスに雇われたとのことでした。街への案内を断れたことで、エリアスのプライドが傷ついていたのでしょう。復讐のため、アズライト様を痛めつけようと依頼したのです。
 そしてそれは――エリアスが両親に頼んでお願いしてもらったとのことでした。

「ということだ。ノヴェル王太子、エリアス・アンシード。そして、その両親もな」

 ロック・クラフト国王様が言いました。
 
「わわわわ、私はそんなことをしていません……お姉さまのことが大好きで……」
「ぼ、僕ではありません! いえ、このエリアスが全て仕組んだのです!」
「な!? 何を言っているの! あなたが転移魔法を酷使すれば魔法が使えなくなって、私を王太子妃にしてあげるっていったんでしょ! 闇魔法なんて、そこまで知らなかったわ!」
「ふざけたことをいうな! そんな嘘を! このノヴェル様になんて口を利く! この野郎!」
「なんですって! こんなことになって、まだそんなことを――」

 あろうことか、二人は言い合いをはじめました。とても醜い、最低な罵り合いです。そのとき、

「黙れ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ロック・クラフト国王様が一喝すると、広間全体が震えあがりました。
 その覇気はすさまじく、誰もが息を止めたのかと思うほど静かになりました。
 ノヴェル王太子は尻餅をつき、エリアスも膝をついて涙を流しています。

「この国の管理は、お前に任せることはできぬ。よって、このオストラバはこのラズリー王国の統治とする」

 ノヴェル王太子は、ぶるぶると身体を震わせました。勝てるわけがないのです。そんなのは、この場にいる誰だってわかっています。

「そして、エリアスとその両親、お前たちは貴族の風上にも置けぬ。市民からやり直せ!」

「そそそそ、そんな!? 私はノヴェル王太子に騙されてしまっただけで、罪はありません! 悪いのはすべてこの――」
「もうやめなさい! エリアス!!!」
 
 義母のカルニ子爵が駆け寄り、エリアスの頬を叩きました。これ以上怒らせてしまうと、市民になるどころか、国外追放になるかもしれないと思ったのでしょう。最悪の場合、死罪すらありえるかもしれません。
 私はずっと言葉が出ませんでした。
 目の前で起きていることが、信じられないのです。

「終わったな。ヤツらをひっ捕らえろ」

 そして、ロック・クラフト国王様が指示を出しました。オストラバの兵士が、エアリスと両親、ノヴェル王太子の身柄を拘束しようと動きます。

「そして、レムリ・アンシード」
「は、はい」
「いや、アズライト。お前から言うんだったな。すまんすまん」
「そりゃそうですよ。勝手に俺の出番を奪わないでくだい」

 アズライト様は、とても親し気にロック・クラフト国王様と話していました。ありえない光景に、私はびっくりしています。宮廷魔術師の地位は高いですが、国王様と親密に話せるような間柄ではないからなのです。


「レムリ・アンシード様」

 アズライト様は、私の前に立ちました。

「はい」

 私は、驚いて何がなんだかわかりません。けれども、アズライト様の綺麗な青い瞳に見惚れてしまっています。

「私はこの国へ来てからというもの、国民を想うあなたの真摯な姿勢に感激を受けました。あなたはとても素晴らしい人です。そして、とても綺麗だ。お会いしてまだ僅かな期間ではありますが、結婚を前提にお付き合いしていただけませんでしょうか」

 思わず、心臓が止まってしまいました。こんなことが、こんな夢のようなことがあるのでしょうか。
 アズライト様は、私に何度も手を差し伸べてくれました。初めはそれが腹正しかったのです。
 けれども、今は嬉しくてたまりません。
 こんな私に、今も手を差し伸べてくれています。こんな幸せが、あっていいのでしょうか――

 すると、小さな拍手が響きました。
 アクアがたった一人で、笑顔で拍手をしてくれています。
 私の後押ししてくれています。
 私は、自分の幸せを願っても……いいと。

「――喜んで、アズライト・ヴィズアード様」


 しかし、私がアズライト様の手を取ろうとした瞬間、後ろに思い切り引っ張られてしまいました。
 ノヴェル王太子が、私の体を掴んだのです。右手には、オストラバの兵士から奪ったのか、剣を持っています。

「お前が、お前だ、お前のせいだ。僕はもう終わりだ! ハハハハハハ!」
「ノヴェル王太子……あなたはもう終わったのです」
「黙れレムリ! お前が、全部お前のせいだ!」

 ノヴェル王太子の目は正気ではありませんでした。

「馬鹿者が、命を取らねば――」
「国王、俺に任せてください」

 アズライト様が、ロック・クラフト国王様を制止して前に出ます。

「おい、近づくな! こいつがどうなってもいいのか!?」
「状況を考えろ。この場から逃げきれると思うか?」

 そう言い終わると、アズライト様は右手をノヴェル王太子に向けました。しかし、手の甲に魔力が集まりません。青く光らないのです。

「ははははは! バカが! 今この城は魔法が使えないんだよ! 宮廷魔術師だと? お前なんて魔法がなければ赤子同然だろうが!」

 ハッと思い出しました。オストラバでは、貴族たちが集まるパーティや大事な儀式の際、安全を期して魔法や魔術を詠唱できないように、魔法不可領域を展開しておくのです。

「そうか、なら試してみるか?」
「なに?」

 アズライト様は、ロック・クラフト国王様から剣を受け取ります。
 私は知っています。アズライト様は魔術の才能だけではないと。

「舐めやがって……僕は王国剣術大会でも優勝した腕前でさらに――」
「喋るな。お前の声は虫唾が走る」

 アズライト様が、わざとノヴェル王太子を煽っているのがわかりました。私を助けようと気を反らしているのです。

「黙れ、黙れ、黙れ! 魔法の才能だけで成り上がった雑魚が――」
「――喋るなと言っただろうが」

 次の瞬間、アズライト様がその場から消えました。目にも留まらぬで移動したのか、ノヴェル王太子の目前に移動しています。そして、ノヴェル王太子の悲鳴が響き渡りました。
 ノヴェル王太子の剣が、血と共に宙を舞い、そのまま地面に倒れ込みのたうち回りました。

「ぼ、僕の腕がうでがあああああああああああ」
「ボンクラが世話をかけよって」

 すぐにロック・クラフト国王様が近づいて、ノヴェル王太子を取り押さえました。

「レムリ! 大丈夫か!?」

 すると、アズライト様が心配そうに私を抱きしめてくださいました。
 ついさっき命を落とすかもしれなかったというのに、嬉しさのあまり私の顔が赤くなってしまいます。

「だ、大丈夫です! 私はアズライト様のことを信じてましたから」
「もう、二度と危険な目には合わせたりしない。――レムリ、好きだ」
「私も大好きです。アズライト様」

 そして――私の耳元で、

「ほら、俺は強欲だって言ったろ」

 その通り、アズライト様は無欲(アンセェルフィシュ)ではありませんでした。とっても、憎たらしい笑顔でした。

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