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第6話:真犯人は――

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 そして――夜。


 オストラバ城の広間では、一段と美しい装飾がなされていました。
 婚前パーティということもあり、色とりどりの花が飾られ、選りすぐりの料理人によるご馳走が並べてあります。
 皆が笑顔で楽しくしている中、私は一人寂しくお酒を頂いていました。普段は嗜みませんが、今は強くありたいのです。
 アクアは、私の赤髪をかき上げて、綺麗なメイクをしてくださいました。
 普段は恥ずかしさもあって、お顔をあげることはありませんが、アズライト様も褒めてくださいました。今は自信で満ち溢れています。

「あれ……レムリ様か?」
「そう……みたいだな。あれほど綺麗だとは知らなかった」

 私が王太子妃ではなくなったという事を知らぬ方もいらっしゃったようですが、誰かがすぐに告げ口しています。
 私は最後まで、レムリ・アンシードとして、誇り高く去ろうと決意しているのです。

「レムリ。お前も来ていたのか」
「お久しぶりです。お父さま、お母さま」

 父の隣には、義母のカルニ子爵の姿もありますが、挨拶すら返してはくれません。

「転移魔法が使えなくなったらしいな。おかげで、エリアスが王太子妃になるとは最高じゃないか」

 エリアスの話題が出たことで、義母が嬉しそうに話しはじめます。

「そうですね、あなた。エリアスは賢い子です。それにとっても綺麗です。レムリ、エリアスのメイドの一人になれるかお願いしてはどう?」
「それはいい! 俺たちで頼んでみるか」

 二人はとても嬉しそうに高笑いしました。言い返すことも出来ずに、私は唇を噛んで耐えました。どうしてここまで蔑むのでしょうか、私はそこまでの罪を犯したのですか。
 アズライト様をお見掛けしましたが、ひっきりなしに誰かに声をかけられていましたので、とてもお話できる状態ではありません。
 しかしながら、私は毅然とした態度でここにいます。怯えたり、卑屈な気持ちは表には出していません。最後まで、私は――
 
「それでは皆さま、少しよろしいでしょうか?」

 ノヴェル王太子が、その場の注目を集めました。隣にはエリアスが立っています。
 見たこともないほど美しいドレスを身にまとっていました。私が一度も見たことがないほどです。

「それと、レムリ・アンシード公爵令嬢、こちらへ来てもらえますか?」

 そして、ノヴェル王太子は私をなぜか呼びつけました。ワイングラスを置いて、私は歩いていきます。

「私はレムリ・アンシード公爵令嬢を王太子妃にお迎えする予定でした。しかし、レムリ様は転移魔法が使えなくなってしまったのです。どれだけ調べても原因は不明、それでも私はレムリ様をお迎えする気持ちがありました。しかしながら、レムリ様は自分に王太子妃の資格がないと辞退したのです。私としても、残念で仕方がありません。けれどもレムリ様は、王太子妃は妹のエリアスが相応しいと進言してくれたのです。気高く賢く、才能に溢れているエリアスが王太子妃に相応しいと! まさにその通り、エリアスはこの美しい美貌と類稀(たぐいま)な才能を持っています。彼女こそ、我がオストラバ王国の王太子妃に相応しいと感服しました。よって、私はエリアスを王太子妃にお迎えします! そして明日、私は正式な王位継承の儀を行います!」

 私は、思わず倒れそうになりました。一切、そんなことは言っておりません。
 エリアスを王太子妃に紹介だなんて、ありえません。辞退もしていません。
 これは、ノヴェル王太子の虚言でございます。ですが、ここで私が何か言ったところで哀れな女性になることでしょう。
 醜い姿を晒すか、黙って素晴らしい姉を演じるか、ということです。

 そこで、エリアスが前に出ました。

「お褒めに預かり光栄でございますわ、ノヴェル王太子。レムリ様は私の義理の姉で素晴らしい才能を持っていましたが、残念でなりません……。私は義理の姉の意思を継ぎ、この国をより一層素晴らしい王国にしたいと思っております。魔法の才能には恵まれませんでしたが、この王国を誰よりも愛してます。どうが私たち姉妹の覚悟を信じてもらえないでしょうか」

 エリアスは、私に一礼をしました。広間は拍手喝采です。
 誰もが笑顔で、とくに両親の二人は嬉しそうにしていました。
 ここまでされて私は黙っておく必要があるのかと思ってしまいます。
 すべてをぶちまけて台無しにするのもいいでしょう。
 ですが、それはしません。

 私の元にアクアが来たのは理由があります。
 アクアは、私と一緒に逃げようと言ってくださいましたが、そんなことは出来ないのです。
 なぜなら彼女の両親はご病気により亡くなってしまっていて、年の離れた小さな兄弟を一人で養っています。
 つまり、私が余計なことをいえばアクアは間違いなく職を失います。
 それを知った上で、わざわざ私の元にアクアを使いに出したのでしょう。

 アクアはこの場にいて、静かに私を見てくれています。
 こんな私をここまで育てあげてくれたアクアに、泥を被せることは絶対にいたしません。

「ありがとう、エリアス。素晴らしいよ。そして、レムリ・アンシード公爵令嬢からも一言お願いします」

 そして、ノヴェル王太子は私に何か話せと目配せをしました。
 アズライト様は、静かに見守ってくれています。
 アクアのことを考えると、私は無下には出来ません。更にノヴェル王太子は、私に小声で話しかけてきました。

「君は賢い。わかるだろう? アクアが見ているぞ、ほら」
「何を話せと……」

「こう言うんだ――――とな」

 とんでもない事でした。ありえないことです。
 エリアスは私を見ながら笑顔です。すでに知っているのでしょう。
 私は悔しい、悔しいです。けれども、逆らうことが出来ないのです。

「……私は、エリアスと一緒にいたいと思っています。王太子妃には叶いませんでしたが、エリアスのお付きとなり、二人を支えたいと思っています。どうか、その願いを叶えてくださいませんでしょうか」

 あろうことか、ノヴェル王太子は私にエリアスの下につけといいました。国外追放をするのではなく、二人で私を飼い殺しにしようと考えたのでしょう。
 これはとんでもない屈辱です。婚約破棄された上に、あのエリアスを支えろと?
 そう思えば、両親もこのことを知っていたのでしょう。だからこそ、あのエリアスのメイドになればいいという発言が出たのです。

 しかし、私はこれで良かったのかもと思ってしまいました。
 一週間前、私は死ぬ覚悟でした。ですが、こんな私でも人のためになれるとアズライト様が教えてくださいました。
 生きてさえいれば、まだこの身体は誰かのためになれるのでしょう。
 ならば、この国で生きていくことも悪くありません。たとえエリアスの身の回りのお世話をすることになったとしても、我慢すればいいのです。

 そして……拍手喝采が起きました。アクアは涙を流しながら、毅然とした態度で私を見てくれています。その手は動いていません。
 アクアだけは、私の覚悟をわかってくれています。目を反らさずに、真っ直ぐな瞳で見てくれています。

 私は彼女のためにも、まだこの国で私を必要としてくださっている方のためにも、頑張りたいのです――


「ちょっといいかな?」

 そんな中、アズライト様が言いました。少々不躾な態度なので、周囲が騒然としてしまいました。一体、何を言うのでしょうか……。

「どうしましたか? アズライト様」

 ノヴェル王太子が、笑顔で尋ねました。何が起きるのか、私にもさっぱりわかりません。

「レムリ様の転移魔法は天から与えられた才能です。魔法ってのはそう簡単に失うわけがないんですよ。いずれ元に戻ると私は断言します。となれば、その話は早計なんじゃないかなと思ってね」

 その言葉で、周囲が騒めきはじめました。一介の魔術師が言ったのではありません。
 ラズリー王国の宮廷魔術師の発言です。それもかの有名な、アズライト・ヴィズアード様が言ったのです。
 それを虚言だとノヴェル王太子が否定できるわけがありません。しかし、私は複雑な心境です。
 もし転移魔法が元に戻ったとしても、今さら王太子妃になりたいとは思ってはいません。
 けれども、私の存在意義でもあった転移魔法が元に戻ってほしいとも願っています。
 複雑で、歪で、どうしようもない感情です。

 どう返すのか、周囲の目はノヴェル王太子に向けられました。
 エリアスでさえ、困惑しているのが見てわかります。

「それは良い事を聞きました。ですが、エリアスを王太子妃に迎えることは二人が同意してくれたのです。転移魔法が再び使えるようになれば、レムリ様はこの国を裏方で支える素晴らしい人物となってくださるでしょう! 助言、誠にありがとうございます」

 しかし、ノヴェル王太子はそれをうまくかわしました。といっても、王国の掟は絶対なはずでした。けれども、それを言及出来る人はいません。
 結局のところ、ノヴェル王太子はエリアスと婚約したいだけなのですから。

「それと、もう一ついいかな?」
「まだ……何かあるのですか?」
「転移魔法は高等魔法です。それを連続で使用させていたのは変ですよね。オストラバ王国の軍がずさんだとしか思えない」
「それはレムリ様立っての願いで――」
「私はこの国の防衛を強固にするためここへ来ました。しかし、もう一つ理由がります。いえ、こっちが本当の理由ですね。なぜそんな無謀な行為をしていたのか、それを突き止めに来たんですよ。てっきり私は、ここの宮廷魔術師の能力不足だと思っていたんですが、話してみるとそうではなかった。調べていくうちに、わかったんですよ」

 より一層、アズライト様の口調が強くなっていきます。これには、ノヴェル王太子も態度をあらわにしました。周囲は動揺し、がやがやと激しさが増します。

「何がいいたいんですか」
「なぜ私が一週間もオストラバに滞在したと思いますか?」
「我がオストラバ王国の防御を強固にするためでしょう」
「ノヴェル王太子、そして、エリアス様はわかっているはずだ」
「何の話ですか。いい加減してください。それに、今はこんな話をする場ではありません。興が削がれてしまった。お開きにしましょう」

 ノヴェル王太子は話しを切り上げようとした、しかし、アズライト様は遮ります。

「転移魔法を連続で使用させれば、確かに負担は凄まじい。しかし、あなたはそれが目的ではなかった。ただの理由付けだったのです。いやはや、ずる賢い手でびっくりしましたよ」

「どういうこと……ですか……」

 思わず、私は声を漏らしてしまいました。

「何を言っているんですか? 何度も言いますが、レムリ様はこの国を守るために自ら転移魔法を使用し続けました。あなたが言っている発言は、レムリ様への冒涜です!」
「ほう、まだいいますか」
「ええ、それを公の場で虚偽なさるとは!」

 そのとき――扉が開きました。現れたのは、オストラバ王国の宮廷魔術師の面々と私たちを襲った男四人組です。

 そして、最後に現れたのは驚くべき人物でした。
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