ショートショートアソート

三木 佳

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世界中の人が石になった

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  世界中の人が石になったようだ。
 私が「みんなみんな死んじゃえばいい」って思ったせいかもしれない。
 そう思ったことは確かだが、自棄になってただけで本当にそうなるとは思わないではないか。
 高校でいじめられてた。暴力を振るわれたりすることはなかったが、陰湿ないじめで示し合わせたように、ほとんどの女子に無視された。まあ、実際に示し合わされていたんだと思う。恐らくだがメッセージアプリの私だけがいないグループでも作られているんだと思う。良心からわずかばかりに抵抗する者もいるにはいるようだが、積極的に行わないだけで、私への対応は消極的だ。
 主犯格はもちろん分かっている。長く艶やかな髪を持ち、まなじりの下がったその顔を思い浮かべる。優しそうな顔立ちなのに、外見で内面は測れないものだ。高3に上がった時それまでいじめていた子が違うクラスになったため、新たな標的として大人しそうな私が選ばれただけのようだった。噂話というのは巡り巡って意外と本人の元まで届くものだ。
 いじめられる前まではもちろん一緒に行動するような友達はいたが、いじめられ始めた途端離れていった。
 いるのにいないように扱われるのは案外堪える。耐え難い孤独。
 私と交わることがない人たちなんていらない、消えてしまえばいい、いっそいなくなってしまえばいい。
 そう思考が行き着いたとして、だれが私を責められようか。
 顔を洗い、髪を整え、外出着に着替え、食事をする行程の中でそんなこんなを思い返しながら、支度のできた私は外へと出た。


 道を歩けばあちこちに、かちんこちんの石になった人たちが突っ立っていた。それらには目もくれずに歩を進める。もう物珍しいものでもないからだ。人々が石になり始めてから一週間が過ぎてた。両親が帰ってこなかったのは二日目だった。仕事先で石になったのだろう。その日が一番爆発的に人々が石になった日で、朝動いていた電車も夕方には止まってしまったので本当に両親が仕事先にいるかを確認に行くことはできなかったが、早めに帰宅させられたであろう小学生の弟は自室のベッドの上で寝転んで両腕を伸ばした状態で石になっていた。ベッドの脇には読みかけていたであろう漫画があった。
 驚きすぎて涙は出なかった。とりあえず触って確認した。紛うことなき石だった。
 実際私が神のごとき力を急に得て、思うだけで人を石に変えられるようになったわけではなかった。死んじゃえばいいって思ったせいかなって思考がぶっ飛んでしまうほど、人が石になるというのは私の中で突拍子もない出来事だった。誰の中でだってそうだろうけど、とりあえずそんな風に思考をぶっ飛ばすことができるのはおそらく世界中今は私だけだろう。私以外に石になっていない人が広い世界にいないと断言できるわけではないが、少なくともここ三日あちこち歩きまわって石になってない人間に出会うことはなかった。
 感染症らしかった。今はもう何も映さないテレビの中のアナウンサーが速報で、石に変わってしまうなんて奇病です、とどこか興奮の入り混じったような面持ちで伝えていたのが思い出される。実際のところどうかは分からないが、その日を人々が石になり始めた一日目として私はカウントしている。他分かっているというか想像できることは恐ろしく感染力の強い病気ということと、石に変化する症状は唐突に起こり、自覚症状が全くなさそうであることだけだった。ベッドの上で石になっている弟を発見した日、帰宅途中の道で話しながら石に変化していく同じ高校の制服を着た生徒を見たからだ。友人同士と思われる三人の女生徒が歩きながら、話しながら三人共々足元から石に変わっていった。石に変わる最中も、誰も動じず、話している生徒は話し続けたまま、口元が動かなくなるまで話し続けていた。きっと最後まで石になったことに気づかなかったことだろう。
 足を止め、一つ息を吐くとバックからペットボトルの水を取り出し飲む。今日は隣の隣の駅のここいらで一番大きい病院まで行くつもりだった。電車を使えば15分程度だが、あいにく電車は動いてない。歩きだと1時間ぐらいだろうか。迷えばまだまだかかるかもしれなかったが、時間はかかったところで何もかもが停止しているような世の中だ。気にすることは何もない。


 想定より時間はかかったが、病院にたどり着いた。医師っぽい人がいる診察室を探し出した。運よくその隣が目的としていた採血室のようだったので、室内の採血される人が座ると思われる椅子に座る。椅子に人は座っていなかったが、これから採血するところだったらしくステンレス製の器具台の上には注射器やら採血用の道具らしきものが置いてあり、傍には石になった看護師さんが立っていた。なぜ病院に来たかと言うと、昔見た映画を思い出したからだった。映画の詳しい内容は忘れてしまったが、感染症に侵された世界で抗体を持つ人間はごく僅かしかおらず、その人間達を保護しながら専門の機関に屈強の主人公が送り届けるような話だった。ごく僅かの人間は辿り着くまでになんだかんだ少しずつ減ってゆき、最後の一人になってしまい、無事世界が救われるのかといったハラハラドキドキの話だった。
 まあ、その最後の一人がはなから一人だったというだけの話だ。詳しいことは分からないけど、本当は抗体を取り出したりという行程が必要なんだろう。私にそれは難しすぎるので、とりあえず自分の血を採り出して、誰かに注射すればいいのでは、と思ったのだった。その誰かはぜひこの後世界を救ってくれるような相手を選びたかった。何度も自分で自分を採血できる気はしなかった。一度でさえできるか不安だ。なので大きい病院を選び、医師を対象と決めた。
 これまでの人生での採血を思い出し、ゴムチューブで腕の上のほうを縛り、手で探り、注射器を持つ。何度も何度も深呼吸を繰り返し、覚悟を決めて狙いすました場所へ刺した。本当に本当に奇跡的にちゃんと血管を探り当てられていたらしく、ゆっくりながらも注射器の中へ血液が流れ込んでくる。片手での作業は困難だったが、なんとかほどほどの血液が採取できた。針を刺した場所を止血し、注射器を持って立ち上がる。たぶんだけど急がないと凝固してしまうはずだ。
 採血室を抜け、医師のいる隣の部屋へ入った。ドアを開けた瞬間気づいた。一メートルほど先にいる医師は石だった。
 がっくり膝から力が抜け、その場にへたり込んだ。もっと早くに気づくべきだった、気づけるはずだった事実が脳裏をめぐる。
 石に注射針が通るわけがない。
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