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「まぁ! この子ったら、どうしてここに!?」
そんな小さな悲鳴のような声が聞こえて目を覚ますと、よく身の回りの世話をしてくれていたメイドがいた。
あまり意識したことはなかったけれど、おそらくルシファー専属のメイドなのだろう。名前は確か……メアリー、だったはずだ。
俺はメアリーの戸惑った声を聞きながら目を開けた。
「おはよう。メアリー」
そうメアリーに声をかけながら起き上がると、その拍子に足が何かを蹴ってしまったようだ。布団のようにふわふわしているものではなく、しっかりとした感触があった。
寝ぼけ眼で足元へ視線を向ければ、ベッドの隅っこに丸まっている少年の姿があった。
驚きで俺の目は一気に覚める。
「どうして、ここに……」
そう言葉をこぼしてから、先ほどメアリーが呟いた言葉と全く同じだと気づく。メアリーもこの少年の姿に驚いたのだろう。
少年の目元は涙が乾いてカピカピになっている。その姿に小さい頃の弟を思い出した。
彼に近づいてその頬に触れる。すると、「んぅ~」とうめくような声を出して、少年は目を覚ました。
俺と目が合った少年の口元は少しだけ綻んだ。俺もそんな彼に微笑む。
「おはよう」
「はよー」
メアリーに視線を向ければ、彼女はまだ戸惑っているようだった。
カーテンの隙間から光は射しているが、まだ部屋の中は暗い。
「メアリー、悪いけど、カーテンを開けてくれないか?」
「あ、はい! 申し訳ございません!」
メアリーは背筋を正してすぐさまカーテンを開けてくれた。元々、メアリーはカーテンを開けに来たはずだ。
それが、少年がこの部屋にいて驚いて固まってしまっていたのだ。
「寂しくてこの部屋まで来たのかい?」
そう聞くと、少年は拗ねたように顔を逸らした。
「お前がいなくなったから、心配になったんだ」
寂しいという言葉は少し恥ずかしかったのだろう。
俺は少年の言葉を否定することなく頷いた。
「そうか。心配してくれたんだね。ありがとう」
お礼を言うと、少年はキョトンッと少し間の抜けた顔になり、それから機嫌が良さそうに笑った。
「メアリー、俺の服の中から、この子の着替えも見繕ってくれる?」
俺の着替えや食事の手伝いをするために待っていたメアリーにそう声をかける。
俺の着替えはすでに用意してくれていたようだが、一人分しかない。
「ぼっちゃまの服からですか……」
メアリーは戸惑いながらも少し考えてから、「少し小さくなってしまった服を持って参ります」と一旦部屋を出て行った。
少年の体は痩せているし、発育不良なのか背も低い。
「君の着替えも買いに行かないといけないね」
父上は少年の衣食住の費用については気にしなくてもいいと言ってくれたから、きっとセバスチャンが衣装代も用意してくれているはずだ。
今日にでも街に買いに行こう。
出かける前に母上の様子も見て、必要なものがあれば一緒に買えばいいだろう。
そんなことを考えている間にもメアリーが少年の服を見繕ってきてくれた。
「こちらでいかがでしょうか?」
メアリーが少年に近づこうとすると、少年の体が緊張したのがわかった。
「ありがとう。あとは俺がやるよ」
俺はメアリーから服を受け取ると、少年の体に服を当ててサイズを見る。
メアリーはしっかりと少年の体に合うサイズのものを見繕ってきてくれた。
「今日はこれを着ようか?」
少年に服を渡すと彼は頷いた。
私と少年が着替え終わった頃、セバスチャンがワゴンに乗せた朝食を運んできてくれた。
「セバスチャン、父上の方はいいの?」
「はい。旦那様はもう登城されました」
登城……父上は公爵だし、何か立派なお役目についていそうだけれども、それを聞くのはやめておこう。
公爵という身分だけで結構衝撃だったのだ。もっとゆっくり、自分が置かれた状況を確認したい。
「その子供も夜中に動き回るほど元気なようですし、朝食はスープとサラダ、パンをご用意いたしました」
夜中に勝手に屋敷の中を動き回ったことに対しての皮肉が含まれていて少し笑ってしまった。
「朝食後に母上を訪ねて、それから彼の衣服を買いに街に行こうと思う」
「では、ご同行いたします」
「頼むよ」
少年は目の前に置かれたパンに真っ先にかぶりついてむせている。
昨日はスープしか食べていなかったからよほど空腹だったのだろうが、パンはすぐに喉を通るようなものではないだろう。
「しっかり噛まないと。ほら、水を飲んで」
俺はメアリーが入れてくれた水の入ったグラスを少年に渡した。
少年は勢いよくごくごくと水を飲み干した。
「ルシファー様にお仕えできる状態にするためにはしっかりと教育する必要がありそうですね」
そのセバスチャンの言葉に少年の動きが止まった。
そんな少年に俺は安心させるように微笑んだ。
「君さえよければ、俺に仕えてくれないか?」
前世だったら絶対に言わない言葉だ。同年代の子供に自分に仕えろだなんて。
でも、この世界は身分社会だ。
おそらく貴族ではないのだろう彼と、貴族の俺が一緒にいるためには主従関係になるしかないのだ。
身分違いの友達なんて綺麗事は言えない。
「もちろん、嫌だったら……」
「やる! 俺、お前の家来になる!! お前に一番近い家来になる!!」
前世ならば考えられないが、こうして簡単に人の家来になるなどと言えてしまうのが身分社会なのだろう。
「あなたはまず、喋り方から変えなければいけませんね。主人をお前などと呼ぶ家臣がどこにいるのですか? ご主人様、もしくはルシファー様とお呼びなさい」
そのようなこと、まだいいじゃないかと言いたかったけれど、それはセバスチャンの視線によって制された。
早く言葉遣いを改めることは俺のためではない。少年のためだ。
父上や母上に「お前」などと呼べば、父上や母上が許しても、他の使用人たちは少年を許すことができないかもしれない。
同僚の中でうまくやれなければ、どんな仕事も辛くなるだろう。
「ところで、あなたには名前がないのですよね?」
セバスチャンが少年を見ながら言った。
俺は少年が自分の好きな名前をつければいいと思っていたけれど、これから彼の師となるセバスチャンに名前をつけてもらうのもいいかもしれない。
そう考えていたら、セバスチャンの眼差しが俺に向いた。
「ルシファー様につけていただいてはどうでしょう?」
急に大役の提案をされて、俺は首を横に振った。
「いや、一人の人間の名前を六歳の子供に任せたらダメだと思う。本人が好きな名前をつけるか、セバスチャンや父上がつけたらいいと思うよ」
「俺はルシファー様につけてほしい!」
そうキラキラの眼差しを向けられて困った。正直、俺はネーミングセンスがないと思う。
しかし、期待に煌めく少年の瞳は眩しい。
「……気に入らなかったら、別の名前にしてくれよ?」
そんな俺の言葉に少年は頷かずに、ただただキラキラとした目を向けてくる。
「……雨が、俺と君を引き合わせてくれたと思うから、インベルという名前はどうかな?」
雨のぬかるみが馬車の動きを遅らせていた。それがなければ、窓から少年の姿を見つけることは難しかったかもしれない。
雨が彼と出会わせてくれたのだ。
「インベル……」
少年が繰り返して言った。それから、にかりと機嫌よく笑った。
「気に入った!」
ほっと俺は胸を撫で下ろしたが、すぐにセバスチャンの厳しい声が聞こえた。
「では、インベル、ルシファー様にお礼を述べてください」
「いや、いいよ。セバスチャン。インベルが喜んでくれているだけで嬉しい」
「ありがとう!」
感謝の言葉と共にインベルが抱きついてきた。
「インベル! ご主人様になんですか? その言葉遣いは。『ありがとうございます』でしょう? それに、下の者がご主人様にそのように抱きつくなどありえません!」
すかさず注意するセバスチャンをインベルは睨む。
しかし、それは昨日のように警戒や敵対を露わにしたものではなく、拗ねたような目だ。
「ルシファー様が嫌がってないんだから、別にいいだろ?」
「主人の優しさに甘えてはいけません!」
まだ幼い子供に対してセバスチャンが厳しすぎるような気もしたが、貴族の屋敷で働くならば礼儀作法は必要だし、インベルも大人しく従うことはなく、言い返すからこれくらいがちょうどいいのだろう。
きっと素直なタイプならば、セバスチャンもこれほど厳しくないはずなのだが、こればかりはその子の特性でもあるから仕方ない。
前世、父に注意されると拗ねてしまって素直になれなかった弟を思い出して俺は思わず笑ってしまった。
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