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11 ゼノビア
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「会いたかったわ!」と両手を掴まれてぶんぶんと両手を上下に振られるというかなりしっかりめの握手をされたわけだが、腕がちぎれそうだからやめてほしい。
手は魔法書を書く僕の命と言っても過言ではない……いや、言い過ぎか。
オスカーの婚約者の名前はゼノビア。
燃えるように赤く美しい長髪をポニーテールに結い、肌は白いけれど貴族令嬢の白い肌ではなく健康的な色合いだ。
瞳は明るい黄色で猫科の動物を思わせる。
背もすらりと高く、無駄な肉など一切ない細身だけれど、弱々しさは感じない。
ゼノビアは確かに、オスカーが言う通りの美しい人だった。
一体どういうことかとオスカーに視線で聞けば、オスカーはにこりと笑って「連れて来ちゃった(ハート)」と可愛く言った。
可愛い感じで言っても身長180センチ超えの、細いとは言えど剣の訓練をしてきたそれなりの体格の男だ。
可愛くはない。
声は素晴らしく格好いい美声ではあるけれど、やはり可愛くはない。
「オスカーの風魔法の魔法書が出来上がったって聞いたからお祝いに来たのよ」
ジャンッとでも言いそうな感じでゼノビアはマジックバックからチョコレートや焼き菓子などのお菓子を取り出した。
お菓子を見た瞬間、おそらく僕の瞳は輝いたと思う。
精霊の森では果実や山菜も取れるし、野菜を育てて収穫もできるし、動物を狩ることもできる。
それらの食材に敬意を払って生きる糧とする。
精霊の森の外の食物よりも栄養が豊富なだけではなく、味も良くてとても美味しい。
しかし、圧倒的に甘味は足りない。
青の果樹園の果実はよく熟していて甘くて美味しいのだが、僕が求めている甘味とは違うのだ。
青の果樹園の果実は体に染み入るようだが、脳の満足度までは満たしてくれないというか……とにかく、僕は果実以外の甘味を欲していた。
塩などは精霊の森出身の旅商人さんが売りに来てくれるが、その中に甘味はない。
お菓子は嗜好品であり、生きるのに必ずしも必要なものではないし、砂糖は高くて、それを大量に使ったお菓子はさらに高い。
森の民に売るには適切な商品ではなかった。
平民ならばそれを口にする機会などそうそうないだろうが、僕は曲がりなりにも貴族だった。
子供の頃からお菓子を食べていたのだ。
そのため、精霊の森の中での平穏な生活の中でも、時折無性にお菓子を食べたくなることがあった。
ゼノビアは美しいが、生命力に溢れた美しさであり、神秘的な雰囲気は纏っていない。
そんな彼女さえもお菓子を持っている姿は女神のように見えた。
僕が彼女が持つお菓子に誘われるがままに手を伸ばすと、彼女はにこりと微笑んで僕の手を握った。
先ほどの握手よりも強く、ぎゅっと。
それはまるで拘束するような強さだった。
「エノク、私もお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「あ……」
どうやら僕は罠にかかってしまったらしい。
「火魔法の魔法書を作って欲しいの」
ゼノビアはそう妖艶に微笑んだ。
僕はゼノビアが持って来てくれたチョコレートとクッキーを交互に口に入れながらホッと胸を撫で下ろした。
「なんだ、そんなことか」
ゼノビアを家の中に招き入れて、お茶を出してから僕は久々のお菓子をもぐもぐしていた。
無理なことを言われたらどうしようかと戦々恐々としながらもぐもぐしていたのだ。
このお菓子、すごく美味しい。
名のあるパティシエの作った上品な味という感じではないけれど、素朴で優しい味がする。
精霊の森の近くに大きな街はなかったはずだけど、一体どこで入手したのだろうか?
「このお菓子、どこで売ってるの?」
「そんなに簡単に安請け合いしてもいいの?」
「すごく美味しい!」
「あなたはこの世でたった一人の魔法書を作れるすごい人なのよ?」
「僕も買いに行けるかな? オスカーから金貨もいっぱいもらったし」
「あなたにしか作れないんだから魔法書一冊作るのに時間も労力もすごく使うでしょ?」
「このチョコレートとクッキー、本当に最高だよ!!」
「実は魔力も使っているんじゃないの?」
「いっそのこと、クッキーの中にチョコを入れっちゃったらどうかな?」
「あなたにすごく負担のかかることを私はあなたに強要しているのよ?」
「他のお菓子も作ってるのかな?」
「素晴らしく美味しいとは言ってもお菓子だけで!」
「マフィンとかマドレーヌとかケーキも食べたいな!」
「あ、もちろん、お金は払うわよ? でもね、まずは交渉の時によく考えないと!」
「二人とも、恐ろしいほど会話が噛み合ってないよ? ちなみに、そのお菓子を作ったのは私の妹だ」
オスカーの言葉に僕は思わず吹き出しそうになって慌てて両手で口を押さえた。
こんなに美味しいお菓子なのに吹き出すなんて勿体無い!
「オスカーの妹ってことは、お姫様!?」
「まぁ、そうだね」
「第一王子の想い人!? お姫様のお手製のお菓子をこんなに食べちゃって僕も暗殺されたらどうしよう……」
「はっはっはっはっ! 大丈夫だ!」
「あ、そこまで狭量な人じゃない?」
「知られなければ問題ない!」
「絶対ヤバいやつじゃん!!」
「心配だったらエノクも我が辺境伯の領地の屋敷に住む? 我が家は魔物が国に入らないようにと辺境に領地を持たされた家だから、腕の立つ騎士が揃っているわよ?」
ゼノビアの話に僕は首を傾げた。
「そんな武力を持っている家と婚約しているオスカーを暗殺しようとするなんて、第一王子は無茶するね。恨まれてクーデターでも起こされたら問題じゃない?」
「さっきも言っただろう? ジョン兄上は単純で計算とかしない人だから」
「先のことが計算できないバカなのよ」
「私が殺されたら周囲がどう考えるとか、どう動くとかは考えてないと思うよ」
「バカが国政に関わったら国民が被害を被るからさっさとヤっちゃった方がいいと思うわ」
美しい顔で華やかに微笑みながらゼノビアが何かをやっちゃおうとしている……
「ゼノビア、君は完璧で美しいけれど、短慮で君自身に傷ついて欲しくないんだ」
「わかってるわよ。どこでどうヤっちゃうかはちゃんと考えるわ」
「公明正大であることも大切だよ。たとえそれが見せかけでも」
「それは私の婚約者の第四王子をお守りするためだから大丈夫よ」
ああ……これは聴いていてはいけない会話なような気がする。
この二人に巻き込まれたら僕の穏やか異世界スローライフみたいな精霊の森での暮らしが奪われてしまうような気がする。
すでにぐるぐる簀巻きレベルで巻き込まれてるとかは気づいてない。全然気づいてない。気づいてないったら気づいてないんだから!
チョコレートとクッキー食べて落ち着こう。
手は魔法書を書く僕の命と言っても過言ではない……いや、言い過ぎか。
オスカーの婚約者の名前はゼノビア。
燃えるように赤く美しい長髪をポニーテールに結い、肌は白いけれど貴族令嬢の白い肌ではなく健康的な色合いだ。
瞳は明るい黄色で猫科の動物を思わせる。
背もすらりと高く、無駄な肉など一切ない細身だけれど、弱々しさは感じない。
ゼノビアは確かに、オスカーが言う通りの美しい人だった。
一体どういうことかとオスカーに視線で聞けば、オスカーはにこりと笑って「連れて来ちゃった(ハート)」と可愛く言った。
可愛い感じで言っても身長180センチ超えの、細いとは言えど剣の訓練をしてきたそれなりの体格の男だ。
可愛くはない。
声は素晴らしく格好いい美声ではあるけれど、やはり可愛くはない。
「オスカーの風魔法の魔法書が出来上がったって聞いたからお祝いに来たのよ」
ジャンッとでも言いそうな感じでゼノビアはマジックバックからチョコレートや焼き菓子などのお菓子を取り出した。
お菓子を見た瞬間、おそらく僕の瞳は輝いたと思う。
精霊の森では果実や山菜も取れるし、野菜を育てて収穫もできるし、動物を狩ることもできる。
それらの食材に敬意を払って生きる糧とする。
精霊の森の外の食物よりも栄養が豊富なだけではなく、味も良くてとても美味しい。
しかし、圧倒的に甘味は足りない。
青の果樹園の果実はよく熟していて甘くて美味しいのだが、僕が求めている甘味とは違うのだ。
青の果樹園の果実は体に染み入るようだが、脳の満足度までは満たしてくれないというか……とにかく、僕は果実以外の甘味を欲していた。
塩などは精霊の森出身の旅商人さんが売りに来てくれるが、その中に甘味はない。
お菓子は嗜好品であり、生きるのに必ずしも必要なものではないし、砂糖は高くて、それを大量に使ったお菓子はさらに高い。
森の民に売るには適切な商品ではなかった。
平民ならばそれを口にする機会などそうそうないだろうが、僕は曲がりなりにも貴族だった。
子供の頃からお菓子を食べていたのだ。
そのため、精霊の森の中での平穏な生活の中でも、時折無性にお菓子を食べたくなることがあった。
ゼノビアは美しいが、生命力に溢れた美しさであり、神秘的な雰囲気は纏っていない。
そんな彼女さえもお菓子を持っている姿は女神のように見えた。
僕が彼女が持つお菓子に誘われるがままに手を伸ばすと、彼女はにこりと微笑んで僕の手を握った。
先ほどの握手よりも強く、ぎゅっと。
それはまるで拘束するような強さだった。
「エノク、私もお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「あ……」
どうやら僕は罠にかかってしまったらしい。
「火魔法の魔法書を作って欲しいの」
ゼノビアはそう妖艶に微笑んだ。
僕はゼノビアが持って来てくれたチョコレートとクッキーを交互に口に入れながらホッと胸を撫で下ろした。
「なんだ、そんなことか」
ゼノビアを家の中に招き入れて、お茶を出してから僕は久々のお菓子をもぐもぐしていた。
無理なことを言われたらどうしようかと戦々恐々としながらもぐもぐしていたのだ。
このお菓子、すごく美味しい。
名のあるパティシエの作った上品な味という感じではないけれど、素朴で優しい味がする。
精霊の森の近くに大きな街はなかったはずだけど、一体どこで入手したのだろうか?
「このお菓子、どこで売ってるの?」
「そんなに簡単に安請け合いしてもいいの?」
「すごく美味しい!」
「あなたはこの世でたった一人の魔法書を作れるすごい人なのよ?」
「僕も買いに行けるかな? オスカーから金貨もいっぱいもらったし」
「あなたにしか作れないんだから魔法書一冊作るのに時間も労力もすごく使うでしょ?」
「このチョコレートとクッキー、本当に最高だよ!!」
「実は魔力も使っているんじゃないの?」
「いっそのこと、クッキーの中にチョコを入れっちゃったらどうかな?」
「あなたにすごく負担のかかることを私はあなたに強要しているのよ?」
「他のお菓子も作ってるのかな?」
「素晴らしく美味しいとは言ってもお菓子だけで!」
「マフィンとかマドレーヌとかケーキも食べたいな!」
「あ、もちろん、お金は払うわよ? でもね、まずは交渉の時によく考えないと!」
「二人とも、恐ろしいほど会話が噛み合ってないよ? ちなみに、そのお菓子を作ったのは私の妹だ」
オスカーの言葉に僕は思わず吹き出しそうになって慌てて両手で口を押さえた。
こんなに美味しいお菓子なのに吹き出すなんて勿体無い!
「オスカーの妹ってことは、お姫様!?」
「まぁ、そうだね」
「第一王子の想い人!? お姫様のお手製のお菓子をこんなに食べちゃって僕も暗殺されたらどうしよう……」
「はっはっはっはっ! 大丈夫だ!」
「あ、そこまで狭量な人じゃない?」
「知られなければ問題ない!」
「絶対ヤバいやつじゃん!!」
「心配だったらエノクも我が辺境伯の領地の屋敷に住む? 我が家は魔物が国に入らないようにと辺境に領地を持たされた家だから、腕の立つ騎士が揃っているわよ?」
ゼノビアの話に僕は首を傾げた。
「そんな武力を持っている家と婚約しているオスカーを暗殺しようとするなんて、第一王子は無茶するね。恨まれてクーデターでも起こされたら問題じゃない?」
「さっきも言っただろう? ジョン兄上は単純で計算とかしない人だから」
「先のことが計算できないバカなのよ」
「私が殺されたら周囲がどう考えるとか、どう動くとかは考えてないと思うよ」
「バカが国政に関わったら国民が被害を被るからさっさとヤっちゃった方がいいと思うわ」
美しい顔で華やかに微笑みながらゼノビアが何かをやっちゃおうとしている……
「ゼノビア、君は完璧で美しいけれど、短慮で君自身に傷ついて欲しくないんだ」
「わかってるわよ。どこでどうヤっちゃうかはちゃんと考えるわ」
「公明正大であることも大切だよ。たとえそれが見せかけでも」
「それは私の婚約者の第四王子をお守りするためだから大丈夫よ」
ああ……これは聴いていてはいけない会話なような気がする。
この二人に巻き込まれたら僕の穏やか異世界スローライフみたいな精霊の森での暮らしが奪われてしまうような気がする。
すでにぐるぐる簀巻きレベルで巻き込まれてるとかは気づいてない。全然気づいてない。気づいてないったら気づいてないんだから!
チョコレートとクッキー食べて落ち着こう。
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