「君が大学を辞めずに済むなら」と先輩に抱かれ続けた彼女。俺、自力で特待生になったけど? ~無意味な献身と横領先輩の末路~

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第二話 すれ違う努力と真実

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季節は巡り、キャンパスの木々が深い緑色に染まる七月となった。
前期試験の期間が終わり、学生たちの間に一足早い夏休みの気配が漂い始めている頃。俺、瀬川蒼太は大学の掲示板の前で、震える指先を抑えながらスマホの画面を見つめていた。

「あった……。間違い、ない」

大学のポータルサイト。その『重要なお知らせ』欄に届いた一通の通知。
件名は『次年度特別奨学生選考結果について』。
恐る恐る開いたその画面には、俺の学籍番号と氏名、そして待ち望んでいた文字列がはっきりと記されていた。

『厳正なる審査の結果、貴殿を成績優秀者特別奨学生として採用し、次年度の授業料全額を免除することを通知します』

「よっしゃあああ……!」

周囲に人がいることも忘れ、俺は小さくガッツポーズをした。
喉の奥から熱いものが込み上げてくる。
この数ヶ月、本当に地獄だった。
昼は講義、夜は工事現場や深夜コンビニのバイト、隙間時間は全て勉強に費やした。睡眠時間は一日三時間を切ることも珍しくなく、カフェインの錠剤で無理やり脳を叩き起こして机に向かった。
友人の誘いも断り、サークルも辞め、ただひたすらに「結果」だけを求めて走り続けた。

全ては、経済的な理由で大学を諦めないため。
そして何より、心配してくれている美咲に「もう大丈夫だ」と胸を張って伝えるためだ。

「これで、バイトを減らせる。美咲との時間も作れる」

ここ最近、美咲とはまともにデートもできていなかった。
彼女は「忙しいんだから無理しないで」と笑って許してくれていたが、その笑顔の裏に寂しさを隠していることに俺は気づいていた。
たまに会っても、彼女はどこか上の空だったり、急に泣き出しそうな顔をしたりすることが増えていた。俺の金銭苦を自分のことのように悩み、心を痛めてくれているのだろう。
なんて健気で、優しい彼女なんだろうか。

「すぐに知らせよう」

俺はスマホを取り出し、美咲に通話ボタンを押そうとした。
だが、指が止まる。
いや、電話やLINEで済ませるような話じゃない。これは俺たちの未来に関わる大事なことだ。直接会って、目を見て伝えたい。
今日は金曜日。美咲の講義は午前中で終わっているはずだ。
俺は駅前のケーキ屋で、彼女が好きな苺のショートケーキを買ってから、彼女の一人暮らしをするアパートへ向かうことにした。

足取りは羽が生えたように軽かった。
これまでの苦労が全て報われた高揚感。
もう、あの重苦しい督促状に怯える必要はない。美咲に心配をかけさせることもない。
俺たちの前には、明るい未来だけが広がっているはずだった。

***

その頃、大学から少し離れた繁華街のカラオケボックス。
防音扉で閉ざされた薄暗い個室の中で、飯島美咲はソファーの隅に身体を縮こまらせていた。
テーブルの上には、手つかずのドリンクと、散乱したポテトチップス。
そして、彼女を見下ろすように立っている鰐淵恭介が、スマホのカメラレンズをこちらに向けていた。

「ほら、もっと足開いて。顔はこっち見て笑うんだよ、飯島ちゃん」
「い、嫌です……そんなの、恥ずかしい……」
「ああん? 聞こえねえな」

鰐淵の声色が低くなる。それだけで、美咲の身体がビクリと跳ねた。
この二ヶ月の間、鰐淵の要求は日に日にエスカレートしていた。最初は「デートの練習」と称した食事、次は身体の関係。そして最近では、こうしてあられもない姿を写真や動画に収めることを強要され始めていた。

「嫌ならいいんだぜ? 俺は無理強いはしない主義だ」

鰐淵はわざとらしく肩をすくめ、スマホを操作するふりをした。

「ただ、事務局の連中になんて言おうかなあ。『飯島美咲さんからの協力が得られなくなったので、瀬川蒼太君への特別支援は打ち切ってください』って電話一本入れるだけだけど」
「っ……! 待って、ください!」

美咲が悲鳴のような声を上げた。
「蒼太」という名前を出されると、彼女の思考は完全に停止する。
この二ヶ月、蒼太が大学に通い続けられているのは、自分が鰐淵に身体を差し出しているからだ。そう信じ込まされている彼女にとって、鰐淵との契約破棄は、即ち蒼太の「退学」を意味していた。

「あいつ、最近またやつれてただろ? バイト詰め込んでるみたいだし、綱渡りなんだよ。俺のコネという命綱が切れれば、あいつは真っ逆さまだ」
「……やります。やるから、彼だけは助けて……」

美咲は震える手で、自分のブラウスのボタンに手をかけた。
涙が滲んで視界が歪む。
悔しい。情けない。
けれど、これは「愛」なのだ。
私が恥をかけばかくほど、蒼太くんの日常は守られる。この屈辱は、彼への愛の深さの証明だ。

「いい子だ。そうやって素直にしてれば、彼氏は安泰なんだよ」

鰐淵が下卑た笑い声を上げながら、シャッターを切る。
フラッシュの光が、美咲の虚ろな瞳を灼いた。
カシャッ、カシャッという無機質な音が、彼女の尊厳を削り取っていく。
美咲は心の中で、必死に蒼太の笑顔を思い浮かべた。
(大丈夫、私は汚れてない。心は蒼太くんのものだから。これはただの作業。彼を救うための、必要な代償……)

「さて、次は動画な。声を我慢すんなよ?」

鰐淵が美咲の隣に座り込み、その肩を抱き寄せる。
鼻につく香水の匂いと、ねっとりとした体温。
吐き気を堪えながら、美咲は鰐淵に身を委ねた。
自分の献身が、全くの無駄骨であるとも知らずに。

***

夕暮れ時。西日が街をオレンジ色に染める頃、俺は美咲のアパートの近くまで来ていた。
ケーキの箱を崩さないように慎重に持ちながら、はやる気持ちを抑えて歩く。
彼女の部屋の明かりはついていない。まだ帰っていないのだろうか。
合鍵は持っているが、勝手に入って驚かせるのも悪い。アパートの入り口が見える自動販売機の陰で、俺は彼女の帰りを待つことにした。

「喜んでくれるかな……」

特待生の通知を見せた時の、彼女の顔を想像する。
きっと泣いて喜んでくれるだろう。「頑張ったね」と抱きしめてくれるかもしれない。そうしたら、今までの感謝を伝えて、久しぶりにゆっくりと一緒に食事をしよう。
そんな幸福な想像に浸っていた時だった。

ブォォォン……。

重低音を響かせて、一台の高級外車が路地に滑り込んできた。
学生が乗るような車ではない。艶のある黒いボディが、夕日を反射してギラギラと光っている。
車は美咲のアパートの前で停車した。
誰だろう。このアパートの住人に、あんな車を持ってる奴がいたか?
何気なく視線を向けていた俺の目の前で、助手席のドアが開いた。

そこから降りてきた人物を見て、俺は息を呑んだ。

「……美咲?」

見間違いようもなかった。
ふわりとした栗色の髪、見慣れたスカート。俺の恋人、飯島美咲だ。
だが、その様子がおかしい。
いつも綺麗に整えている髪は乱れ、ブラウスの裾が少しはみ出している。足取りもどこか頼りなく、疲労困憊といった様子だ。
そして何より衝撃的だったのは、運転席から降りてきた男の存在だった。

「じゃあな、飯島ちゃん。また連絡するよ」

ニヤニヤとした笑みを浮かべて現れたのは、学生会副会長の鰐淵恭介だった。
なんで、あいつが美咲と一緒に?
俺の脳内で警鐘が鳴り響く。鰐淵の悪評は嫌というほど聞いている。親の金と権力を笠に着て、女遊びを繰り返している男だ。真面目で純朴な美咲とは、最も縁遠い人種のはずだ。

「……はい。失礼します」

美咲は鰐淵に対して、酷く怯えたような、それでいて従順な態度で頭を下げた。
鰐淵はそんな美咲の顎を指先で掬い上げると、路上であることも構わずに、彼女の唇に自分のそれを押し付けた。

「!?」

俺の全身の血が逆流したような感覚に襲われた。
ケーキの箱を持つ手が震え、箱が微かに音を立てる。
美咲は抵抗しなかった。
嫌がる素振りも見せず、ただ人形のようにそのキスを受け入れている。
長い、執拗な口づけの後、鰐淵は満足げに離れ、美咲の尻をポンと叩いた。

「いい声だったぜ。しっかり休んで、次も頼むよ」
「……はい」

美咲は逃げるようにアパートの入り口へと駆け込んでいった。
鰐淵は高笑いを残して車に乗り込み、エンジン音を響かせて去っていく。

後に残されたのは、呆然と立ち尽くす俺だけだった。
思考が追いつかない。
浮気? あの美咲が?
いや、無理やり連れ込まれたのか? でも、最後のあれは何だ? 抵抗しなかった。それに「次も頼む」とはどういう意味だ?

「……確かめなきゃ」

俺の中の浮かれた気分は、氷点下の冷徹さへと変わっていた。
怒り、悲しみ、混乱。それらを必死に理性で押し込め、俺はアパートへと足を踏み入れた。

***

ピンポーン。

インターホンを鳴らすと、しばらくして扉の向こうで物音がした。
「は、はい! どなたですか!?」
美咲の声だ。明らかに動揺している。

「俺だ、蒼太」
「えっ、蒼太くん!? ちょ、ちょっと待って!」

ドタバタと慌ただしい音がした後、チェーンがかかったまま少しだけドアが開いた。隙間から美咲の顔が覗く。化粧は直したようだが、目が赤く腫れているのが分かった。

「ごめんね、今ちょっと着替えてて……。どうしたの、急に」
「近くまで来たからさ。顔見ようと思って。入っていいか?」
「う、うん。散らかってるけど……」

チェーンが外され、俺は部屋へと招き入れられた。
部屋の中は、微かにシャワーの湿気と、フローラルの香りが漂っていた。いつもと同じ、美咲の匂い。だが、今の俺にはそれが、別の男の匂いを消すための偽装工作にしか思えなかった。

「お茶、淹れるね」

美咲はキッチンへと背を向けた。その背中は小さく震えているようにも見えた。
俺はソファーに腰を下ろす。
テーブルの上には、彼女のスマホが無造作に置かれていた。
普段なら決して見ようとは思わない。だが、先ほどの光景が脳裏に焼き付いている俺は、吸い寄せられるようにその画面へと視線を向けた。

ブブッ。

タイミング悪く、スマホが振動し、ロック画面に通知が表示された。
ポップアップされたメッセージの差出人は『鰐淵先輩』。
その内容は、俺の心に残っていた僅かな希望を粉々に打ち砕くものだった。

『今日の動画、最高だったよ。あんなに濡らしちゃって、やっぱり飯島ちゃんは淫乱だなw 瀬川の学費のためだもんな、来週もヨロシク』

「――――ッ」

俺は息を止めた。
学費のため?
鰐淵のメッセージの意味を理解するのに、数秒を要した。
美咲は、俺の学費のために、鰐淵と寝ているのか?
俺が金に困っていることを知って、あいつに身体を売って、金を工面しようとしているのか?

「お待たせ。はい、紅茶」

美咲がカップを持って戻ってきた。
俺は慌てて視線を外し、何事もなかったかのように振る舞った。
だが、心の中は冷え切っていた。

「ありがとう」
「……蒼太くん、顔色いいかも。何かいいことあった?」

美咲が俺の顔を覗き込む。その瞳には、かつて俺が愛した純粋な優しさと、深い闇のような自己陶酔が混在していた。
彼女は思っているのだろう。「私が犠牲になっているおかげで、彼は元気になれた」と。
俺が自力で掴み取った成果も、流した汗も、彼女の中では「自分が鰐淵に抱かれた対価」にすり替えられているのだ。

ポケットに入っている『特待生通知書』の存在が、熱を持った鉛のように重く感じられた。
これを見せれば、彼女の勘違いは解けるだろう。
だが、それだけでは済まない。
鰐淵のメッセージにあった「学費のため」という言葉。そして俺が見てしまった、彼女が男に順応している姿。
これは単なる「金銭的な援助の申し出」ではない。もっと根深い、彼女の依存と、鰐淵の悪意が絡み合っている。

もし今ここで真実を告げれば、彼女はどうなる?
「騙されていた」と泣いて、俺に許しを請うだろうか。
それとも、「あなたのためにやったのに」と逆ギレするだろうか。
どちらにせよ、俺たちの関係はもう、修復不可能なところまで来てしまっている。

「……ああ、まあな。ちょっとバイトで臨時収入があってさ」

俺は嘘をついた。
通知書をポケットの奥に押し込む。
今はまだ、これを出す時じゃない。
美咲が何をしているのか、そして鰐淵が何を企んでいるのか。その全貌を暴き、完膚なきまでに叩き潰すための「証拠」が必要だ。

「そっか、よかった……! 本当によかった……」

美咲は心底安堵したように胸を撫で下ろし、涙ぐんだ。
その涙は、俺のためのものか? それとも、自分の犠牲が報われたと錯覚している自分自身へのものか?
今の俺には、彼女の涙がひどく汚れたものに見えた。

「美咲。最近、何か変わったことはないか? 困ってることとか」

カマをかけてみる。
もしここで、「実は……」と相談してくれれば、まだ救いはあったかもしれない。
だが、美咲は即座に首を横に振った。

「ううん、何もないよ。私は毎日楽しいし、蒼太くんが元気ならそれでいいの」

完璧な笑顔だった。
自分を悲劇のヒロインに仕立て上げ、その事実に酔っている女の顔だ。
彼女は俺を信じていない。俺の力で問題を解決できるとは微塵も思っていない。だから、安易な裏道を選び、汚れることを選んだ。
それは献身などではない。俺の尊厳を踏みにじる、独りよがりな裏切りだ。

「そうか。ならいいんだ」

俺は冷めた紅茶を一口飲んだ。味はしなかった。
俺の中で、美咲に対する「情」が音を立てて崩れ去った瞬間だった。

俺は決意した。
このふざけた茶番劇を終わらせる。
俺の努力を「間男への売春の成果」として処理しようとする鰐淵と、それを盲信して自分に酔っている美咲。
両方に、現実という名の鉄槌を下してやる。

「ごめん、急用思い出した。帰るわ」
「えっ、もう? ケーキ、食べないの?」
「ああ、置いていくよ。一人で食ってくれ」

俺は逃げるように立ち上がった。
これ以上、この部屋の空気を吸っていると窒息しそうだった。
美咲が何か言いたげに手を伸ばしてきたが、俺は振り返らずにドアを閉めた。

夜の帳が下りたアパートの廊下で、俺は深く息を吐き出した。
スマホを取り出し、新たなメモを開く。
タイトルは『鰐淵恭介・調査』。
俺の戦いは、ここから始まる。学費のために戦った日々は終わった。これからは、俺の誇りを取り戻すための復讐戦だ。

ポケットの中でクシャリと音を立てた通知書が、俺の唯一の武器であり、相棒だった。
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