双花 夏の露

月岡 朝海

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 今宵も吉原の仲之町には明かりが灯る。七月一日から左右に並ぶ茶屋には昔の名娼を偲ぶ燈籠が吊るされ、何時もより店先を明るく照らしていた。燈籠から伸びる吹き流しや色とりどりの七夕飾りは、時折吹く風に遊ばれからからと音を立てる。
 流水に鳳凰模様の打掛を羽織り鼈甲の櫛や簪を挿し、供のものを引き連れた花魁の一行が、その大通りをゆっくりと歩いていく。
 黒く塗られた高下駄で地面に弧を描き、真っ直ぐ前だけを見据えながら、一足ずつ茶屋へと歩を進める。仕草の一つ一つに見物の吉原雀らの衆目を浴びているのを感じながら、素知らぬ貌をしてみせる。今日は既に相方の隠居が待っているので、脇目も振らずその客人のことだけを思い浮かべるのが、古式ゆかしい道中の作法だからだ。
 馴染みの茶屋の暖簾が見えてきた辺りで、ふと目の端に映る影があった。通りの木戸に凭れ腕を組む男は、黙ったまま此方に眸を向けている。ああ、まだ廓に居たのか。けれど見慣れた筈の男の顔に違和感を覚えるのは、その眸にも口許にも、ただただ静謐が湛えられているからだろうか。
 思わず、顎の先に僅かな力が入る。仕草を見せ付けるように、三枚重ねた打掛の裾をぴっと捌き、高下駄の歯でゆっくりと地面を嘗める。吉原雀で溢れる仲之町は喧騒に満ちている筈なのに、その男の静かな視線だけがはっきりと感じられるのだった。

 そしてそれ以来、その男の姿を見掛けなくなるとは、その時は思いも寄らなかった。



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