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森の妖精

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告白

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第5章:告白
歓迎会の季節で店は忙しい。律はもう厨房も任せられているし、新人の指導なんかもしている。少し距離はあるけど、普通にLINEもするし、会えば話は尽きない。
 あれから半年、その間に律は何人の女子から告白されただろう。よく噂を聞くけど、もう彼女とかいるのかな?
 少し幼さの残る出会いの日とは変わり、律はとても男らしくなっていた。女子からの人気は納得だ。私と律は友達みたいに笑い合ったりふざけ合う仲になった。もう、好きだの付き合うだの雰囲気は皆無だった。
 その日はどこかの会社の歓迎会で10名の予約が入っていた。その他にも結構忙しかった。
 ようこそ!カンパーイ!!と大きな声が響く。7名の中年の男女と若いリクルートスーツの男性2人に女性1人。その中に1人、大きな声を出す威圧的な客がいた。料理を持って行った私に「そこじゃない!こっち置け!」とか「おい!ビール遅い!」とかとにかく難癖を付けてくる。店長が「あーゆーヤツは新人に自分の強さをわざと見せつけてるんだよ。自分の恥を見せてるとも知らずにね。気にしないでいいからね。」と言ってくれた。厨房まで怒声は聞こえるらしく「大丈夫か?」と律やバイト仲間もホールを気にしてくれてるから、平気だった。酔っ払いはあんな感じになる人も多いし、少しはもう慣れていた。
「お待たせいたしました。こちらフライドポテトです。大変お熱いので、お気をつけくださいませ。」
 と料理を出した時、威圧的な部長と呼ばれた男は新人の間に座って管を巻いていた。嫌な予感はしたが、大人が沢山いるのだから大丈夫だろうと思った。それに、他の席へも料理提供しないといけなく、気持ちはすぐに仕事に切り替わった。
 何事も無く(だいぶうるさくて、他のお客様からの苦情で何度か謝りにはいったが)お会計を済ませた時、他の仲間が出て行くとあの部長が新入女子社員の腰に腕を回し、「もう一軒どお?」と誘っていた。女性は「はぁ」と困った様子だったので、たまらず私は「まぁまぁまぁお客様、だいぶ酔ってらっしゃいますね。タクシーお呼びいたしましょうか?」と2人を離そうとした。
 「なんだお前?……でもまぁ、新入社員を誘うのもまずいか。じゃお前、俺ともう一軒付き合え!」
 と私の肩を強く引き寄せ大声で「てんちょー!この子借りるぞー!どうせもう店終いだろう?」と絡まれた。
 大丈夫、これも仕事。お金がもらえる。だから大丈夫。心で自分に言い聞かせて
 「行きませんよー。すぐタクシーの手配しますね」
 笑顔でやんわり断り、離れようとしたが
「遠慮するなって!お!よく見ると可愛いじゃん。アフターだよアフター!」
 耳元で囁かれ、さらに腰に手を回してきた。脂の匂いとアルコールの匂いが混ざった口臭が私を包んだ。あーー、まずい。これは吐きそう。その時、店長が奥から出てきて
「お客さーん、うちのスタッフ、ホステスじゃないですよ」と私を引き剥がしたが結果として店長が私を背中から抱きしめた。店長はとても穏やかで優しくて尊敬しているけれど、調理場の油や肉の焼けた匂いが染み付いてる腕の中で、さらに吐き気が増した。
 騒ぎを聞きつけて、会計終わって外で待っていた同僚たちが戻ってくる
「もー!部長、しっかりしてくださいよ~」
「すみませんね。この人酔うといつもこんな感じなんです」
「部長、次行きましょう!!新人さんはお疲れ!解散解散!」
 泥酔の部長を数人で囲むように連れて行った。
 その時、私はまた強い力に引っ張られた。
 ――律が私を店長から離して腕の中に包んでくれていた。びっくりして見上げる私はどんな顔をしていたのだろう?律は店長に
 「もう上がりでいいですか?今日は2人で帰る約束してたので。お疲れ様でした。」
 肩に置いた手に力が入るのを感じた。
「帰ろ」
 と優しく囁いてくれたけど、一度込み上げた強い吐き気は収まる訳が無く、そのまま律を跳ね除け走ってトイレへ駆け込んだ。耐え難いあの匂いと感触、男特有のベタベタして湿ってる手や顔、肉付いた腹。「可愛いねー可愛いねー」と何度も言われた、あの耳元の気持ち悪い声をこんな場面で思い出すなんて!そんな不快も一緒に吐き出してしまえたらいいのに。忘れられたらいいのに。
 重い足取りでトイレから出ると店はもう閉店していた。
 私の荷物をまとめて持ってきてくれた律が、そこまで送るよと言いながら私にバッグを渡してくれた。
「あ、ありがとう。大丈夫だから律先に帰って。明日も学校だし。」
 時計はもう24時を過ぎていた。どのぐらいトイレに篭ってたのか。待っていてくれた律に冷たくしてしまった。
「いいからいいから。行こう」
 2人で店を出て、ゆっくり歩いた。歩きながら
「ん」
 と私に棒付きキャンディを渡してくれた
「ちょっと休もう」
 と、バスの待合所が見えた。座って、キャンディの袋を破きなら律が明るく話しかけてくれた。
「大丈夫ー?そう言えば触られるの苦手って言ってたよな」
 キャンディを頬張り、片方のほっぺが丸いキャンディの形に膨れてる。
「咲、ガッツリ掴まれてたし。酔っ払いは何でもアリかっつーの!!」両手の拳を上に突き挙げて怒りを露わにした。そして、その格好のまま心配そうに私を覗き込む。この無邪気で裏表の無い対応が女子からモテる謂れである。
「ダメなの……どうしても男の人…怖くて」
 口の中のキャンディの棒を親指と人様指でくるくる回しながら、何か聞かれた訳でも無いのに私から話した。どうせ何も始まらないのなら、律に全てを話して、軽蔑されて、私でない綺麗な誰かと幸せになって欲しい。
 今までは律に嫌われるのが怖くて、離れられてしまうのが嫌で私のトラウマはしまっておいた。けど、律のために話さなくては。でも、勇気が出ない。言葉に詰まった私と、ずっと無言で待ってくれている律はお互い黙ったまま、口の中のキャンディは溶けて無くなってしまった。それをきっかけに私は口を開いた。
「小さな頃から性的な虐待を受けてました」
 色々あった事柄はこの一言に全部詰めた。
「辛かったんだね」
 律は上を向いてただ一言返してくれた。
「あのね、汚いの私。いつも心のどこかに、暗くて重たいものがあるの。今まで誰にも言えなかった。…だってそんな事言われたら困るでしょ?軽蔑するでしょ?嫌い…に……なるでしょ?」
 だんだん縮こまって小さくなっていくのが分かる。このまま消えてしまってもいい。
「ねえ、咲、俺の顔見てくれる?」
 俯いた私に律は優しく言った。困惑したけど、律の顔を怖々見た。律は泣くでも笑うでもなく、優しい眼差しで私を見つめる。
「俺の顔、今すっごい冷たいんだー。ちょっと咲の両手で確かめてみてよ。」
「……え?」
「ほーら!」
 と私の腕を掴んで自分の顔に近づけた。そっと律のほっぺたに触れた。ほんのり暖かくて冷たい。そして自分の胸の鼓動が早まるのが分かる。
「耳も冷たいんだよなー」
「ん」と私の腕を少し上に誘導した
 私は両手を律のふわふわ髪の中にある両耳を包んだ。
「あー。あったかーい。幸せー。……ねえ、咲は俺の事怖い?」
「ううん」
「気持ち悪い?」
「ううん」
 ぶんぶん頭を振る
「泣かないで」
 涙が溢れていた
「…………」
「咲は咲。今の咲も、昔の咲も、全部俺には大切だよ」
「手、触れてもいい?」
私は静かに頷いた。律の耳を覆っている私の手の甲を自分の髪の上から両手で包む。
「触れられるのが怖いなら、咲が俺に触れて。俺は咲が触れてくれたら、いつでもこうやって包んであげる」
 気持ち悪くなかった。むしろその逆で、あったかい春の太陽のような光が身体を包んだ気がした。
 触れたい。と思うのは、私が律を好きだからだ。
 律も私を好きだから、あの日私に触れたいと言ってくれたんだね。溢れる想いを伝えてくれてたんだね。
「律の顔、よく見える。こんなにしっかり見るの初めて」
「うん」
 今度は、そのままそっと私の手の甲を髪の中へ入れた両手が直接優しく包んだ。
 涙が溢れて止まらない。律は両手の親指で涙を拭いてくれた。あー律の手は太陽だ。
 あの日消しゴムを拾ってくれた手。花瓶のガラスを片付けてくれた手。はにかみながらマフラーを渡してくれた手。いつでも優しく接してくれていた。途端に安心と愛しさが込み上げてくる。
「私、…もっと律に触れたい」
 自然と言葉が洩れていた。
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