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しおりを挟むプロローグ 悪役令嬢ですが、絶体絶命のピンチです
濃紺の夜空に浮かぶ、煌めく星々。銀色に輝く丸い月。背後の大広間からは、軽やかなワルツと楽しげなざわめきが聞こえてくる。たそがれるのには、ぴったりの状況。
私――アニエス・バダンテールはバルコニーの手すりに寄りかかり、月明かりに照らされた庭園を静かに見つめる。
そしてわずかに身を震わせた。
「ちょっと寒いかも」
三月も末とはいえ、夜は気温が下がる。何重にも着こんでいる下半身やコルセットで締め上げているお腹はいいけれど、むき出しの顔と首周りが冷えてきた。
仕方ない、室内に戻ろう。
手すりを離れてガラス扉に向く。そんな私の目に飛び込んだのは、談笑しながらこちらへやってくる攻略対象のディディエとヒロインのロザリーだった。
どうして? 今日の夜会は、ゲームの最初の場面。各攻略対象に出会うだけで、キャラたちがふたりきりになるはずはないのに。
呆然としている間に、彼らはどんどん近づいてくる。
どうしよう! 悪役令嬢になりたくないから、おとなしくしていたのに。向こうからやってくるなんて、予想外すぎる。こんな所で待ち構えていたと誤解されたら、大変なことになる!
アワアワと辺りを見回す。隠れる場所はない。
ここは三階で、バルコニーから庭園に出ることもできない。
本当にどうしよう。
上下左右と見回して。
咄嗟に頭に浮かんだのは……
ボルダリング!
前世の私はボルダリング――つまり、ロープなどを使わず、己が両手だけを使って壁を登るスポーツ――のスクールに通っていて、大会で上位に食い込んだことが何度もある。もう、これしかない!
そうと決めたら、さっそく行動。
ふんわりと膨らんだドレスのスカートに苦労しながらも、なんとか手すりを乗り越えると、そこを掴んでぶらさがった。そしてゆっくりと壁際に移動する。
壁にたどり着いたら、登って上の階に避難よ!
……でも……
体がめちゃくちゃに重い。
そういえば、スクールに通っていたのは小六までだった。私、今、十六歳。サイズも重量も着ているものも違う。さらに言えば体も違った。
今の私は伯爵令嬢。当然のこと、ボルダリングなんてしたことがない。
――どうしていけると思ったのかな、私!
空に向かって思わずそう嘆く。
それでも落ちたら死ぬ高さなので、必死に腕に力を込めてがんばる。なんとか壁際までたどり着き、足を壁に踏ん張って体重を支える。
しまった、私ってば腹筋もなかった! まずい! 早くしないと、落ちる!
掴めそうな出っ張りを探す……
とはいえ、いくら満月で明るかろうが、夜だ。それほどよくは見えない。しかも掴めるような凹凸がないような気もする。
確実に進めそうなルートは、バルコニーに戻るものだけ。
――それにしても。さっきはディディエたちと顔を合わせないことばかり考えていて、思わず外に逃げてしまったけど、普通に「こんばんは。おほほほほ」なんて挨拶をして入れ替わりに室内に入ればよかったよね⁉
なんてこと。パニックになりすぎて、正常な判断ができなかった。悔やまれるけど、悔やんだところで道が開ける訳じゃない。
上からはディディエたちの楽しそうな笑い声が聞こえる。せめて夢中でちゅっちゅしてくれていれば、バルコニーにこっそり戻れるかもしれない。
でも出会ったばかりじゃキスはムリかな、やっぱり。
どうしよう。落ちて命を終わりにするか、バルコニーに戻り不審者となって令嬢人生を終わりにするか。
「そんな所でなにをしている」
ぐるぐる考えていると、どこからか青年の声がした。
私のことかな。いや、そんなはずはない。誰がバルコニーの下を覗くというのよ。上からは楽しげな会話が聞こえてくるし。
「バルコニーからぶら下がっているお前に聞いている」
あれ。
私は壁に宙づりになった状態で首を巡らせた。
「もしかして私?」
「お前以外に誰がいる」
階下の窓から身を乗り出している人物が目に入る。でも、スカートが邪魔で顔は見えない。
不機嫌そうな低い声だけがなんとか風に乗って聞こえる。
「なにをしている、不審者」
「壁登り中の令嬢であって、不審者ではありません。でも助けていただけると嬉しいです」
しばしの沈黙。やっぱりムリがあったかな?
でもこのまま置いていかれたら、いよいよ落ちるか、這い上がってドン引きされるかの二択。
祈るような気持ちで下を見ていると、声の主がため息をついたのが聞こえた。
「……上から引っ張ってやるから待っていろ」
有難いお申し出。
でも、今はそうはいかない。
「他に策はないでしょうか。今、この上はお取り込み中です」
「ならば落ちろ」
「それも嫌なんです」
私だって考えた二択だ。それ以外に救いの手はないものか、と聞いてみたけれど、しばらくの沈黙のあと、声は淡々と返してきた。
「……諦めるんだな」
その言葉を最後に、青年は行ってしまった。
うぅむ、これは本当にピンチかも。腕が震えている。だって私は筋肉がないもの。意地でしがみついているだけ。これは明日から鍛える必要があるわね。
……私に明日があればだけれど。
ちらりと地面を見る。整えられた庭はきれいだけれど、あそこに落ちて無傷とはいかないだろう。夜の風が肌を撫でると、ぞわりと寒さが背中を這いあがった。
仕方ない、バルコニーに上がろう。壁にそって静かに行けば、もしかしたらディディエたちに気づかれないかもしれない。まあでもこのバサバサの巨大スカートが、絶対に目に入るよね。
不審者確定。だけど死ぬよりはいいはず。たぶん。
そう覚悟を決めたとき、両腕をがしりと掴まれた。
見上げると、柵の隙間から伸びた二組の手が私の腕を掴んでいる。
「引っ張り上げるぞ」
その声は、さっきの青年のものだ。
「ま、待って」
そう言ってみたものの、私の体は思いの外簡単に引き上げられ、気づけば手すりにくの字に乗っていた。
そのままずるっと落ちて、なぜかバルコニーで見事な前転を決める。
恥ずかしい、やらかした、不審者として捕まるかも……と、ドキドキしながら顔を上げる。
するとそこには、予想外に大勢のひとがいた。
呆気にとられた顔の令嬢ロザリーと、第一王子のディディエ。そのほかの攻略対象たち。そしてゲームとは関係ない青年がひとり。ディディエの従兄である大公令息だ。イケメンだけど、とあることがあって悪印象しかないイヤなヤツ――
「で、不審者。名前は?」
だけど、私にそう尋ねたのはその大公令息だった。どうやら私を発見して助けてくれた大恩人は、彼らしい。
とりあえず正座をしてみる。
「バダンテール伯爵家長女、アニエスです。助けていただきありがとうございました」
ちょんと指先を地面につけ、深々と頭を下げる。
「ああ、あのドギツイ縦ロール令嬢か!」
令息が楽しそうに声をあげた。
……なんだかすごくイヤな予感がする。
私、まったく助かっていないんじゃないのかしら。
そう思い、私は今までのことを思い出した。
第一章 モブ令嬢に徹するのです……?
この世界は乙女ゲームの舞台で、自分は悪役令嬢。
そのことに気がついたのは、メイドたちの会話を偶然聞いてしまったことがきっかけだった。
普段は近寄らない屋敷の裏庭。そこへ飛んだハンカチを拾いにいった私の耳に、どこからか声が聞こえてきた。
「アニエスお嬢様はお綺麗なのにねえ」
「性格がアレじゃねえ」
「ワガママだし、キツいし、心が折れそう」
「なまじなんでもできるから、プライドも高いのよね」
何人ものメイドの声。
あまりに信じられない言葉の数々にめまいがして、壁に手をつく。
私の性格がアレ? ワガママでキツい? 私のせいで心が折れる?
そんなこと、思ってもみなかった。私のように素晴らしい令嬢に仕えることができて、メイドたちはみんな、誇りに思っていると考えていた。
「だけど仕方ないわよ」
「旦那様たちは放任主義だし」
「子供に関心がなさすぎよね」
「家庭教師もろくでもないわ」
「お嬢様、可哀想よね。アレでは嫁ぎ先で嫌われてしまう」
続くメイドたちの話に、目の前が暗くなっていく。
両親は普通じゃないの? 私は嫌われるような令嬢なの?
そのあとのことはよく覚えていない。あまりに衝撃的だったからか、私は三日三晩、高熱を出して寝込んだ。
そして四日後、回復した私、アニエス・バダンテールは前世の記憶を取り戻していた。
どうやら流行りに乗って異世界転生をしたらしい。ここは乙女ゲーム『煌めく世界で素敵な恋を』の世界で、自分は悪役令嬢。そう分かったときは、心の底からほっとした。私の性格がアレなのは、そういう設定だからよ! それなら改善できるはず!
まあ。多くの例に漏れず、ゲーム内での悪役令嬢の末路は悲惨で、良くて修道院行き。悪くて処刑。
もうちょっと他のバリエーションはないのかと制作陣に言ってやりたい。だけどこれが流行なのだから仕方ない。
それに悪役令嬢に転生といえば、フラグを折りまくってハッピーエンドと決まっている。だからきっと、なんとかなる。なにしろ私は悪役令嬢といってもただの悪質ストーカー。テンプレである、攻略対象の婚約者ではない。
対象その一である第一王子に懸想して、主人公を邪魔しまくるだけなのだ。
……なんだか私って、悲しいキャラね。
でもそのおかげで、対策は簡単。第一王子と主人公に近づきさえしなければいい。
ほかの四人の攻略対象には、それぞれ別の悪役がいる。しかもゲーム開始まで一年もある。それまでに性格を改善して、悪役令嬢の目印・縦ロールもやめて、素敵な伯爵令嬢になれば平凡で穏やかな人生を送れるはず。
そう考えた私はがんばった!
努力に努力を重ね、あれから一年経った今では、私は使用人たちが『お嬢様、変わりすぎじゃない?』、『悪魔祓いを呼んだほうがいいかしら?』と悩むほどに、キャラ変したのよ。放任主義の両親は、私の変化に気づいていない。弟のシャルルは最初のうちは不安そうにしていたけれど、今は慣れてくれた。
もう、こっそりメイドの会話を盗み聞きしても、私の悪口なんて聞こえてこない。むしろ聞こえてくるのは、『お嬢様がいつも優しすぎて調子が狂うわ』、『昔のお嬢様が懐かしいわ』と、こんな声ばかり。
……あれ、なんで? どういうこと? メイドたちは昔の私のほうがいいの?
で、でも、悪役令嬢らしさはなくなったはずだから大丈夫。問題ないはず!
さて。この乙女ゲームは城の夜会から始まる。
この夜会、表向きは第一王子ディディエの十七歳の誕生日を祝う会なのだけど、実際は婚約者を探すことが目的なのだ。王族の習わしとして、貴族や豪商の娘が国中から集められる。
ちなみにその年齢上限は十九歳で、下限は十五歳。ゲームプレイ中はなにも思わなかったけれど、悪役令嬢としてこの世界に生きるアニエスは知っている。
それがディディエのストライクゾーンだからだ。
一年前に開かれた大公令息の十七歳の誕生会は、もっと幅広い年齢を集めた昼餐会だった。
私も参加したけど令息は私の琴線には全く触れなかったので、自席から動かず、遠くから見ていただけだった。そのときに、会の規模や内容、招待する女性など、全てのことを当事者が決められるという話を耳にしたのだ。
で、ディディエの誕生会に、庶民から男爵令嬢にジョブチェンジしたばかりの主人公ロザリーがやってきて、攻略対象たちに会う。
ゲーム内ではおまけに私、というか悪役令嬢のアニエスもちらりと登場するけど、画面のはしっこにいるだけで、まだなにもしない。それでもプレイヤーの印象には残る。
なぜならあまりにも、縦ロールの印象が強烈だから!
そこまで思い出して、私は屋敷から王宮に向かうまでの間に、鏡に映る自分の姿をチェックした。
映っているのは、ゲーム内のアニエスとは似ても似つかない姿。
地味で大人しく見える顔。装飾の少ない枯葉色のドレス。目立つ赤茶色の髪は簡素なシニヨンにしてある。
――よし、完璧! 完全にモブ令嬢に擬態できている!
本当の顔は濃い作りだし、ドレスは派手で可愛いほうが好き。なにより髪は子供のころからずっと縦ロール一筋だった。
でも、今日はすべて封印。なるべく目立たず、誰の記憶にも残らないようにして、終わりたい。
本当は欠席したかったけど、両親は許してくれなかった。王室から招待状が届くなんて名誉なことだからだそうだ。仕方ない。そういう思考の親なんだもの。
そう思いつつ馬車に乗り、ついに迎えたディディエの誕生会だったのだけれど、友人や知人に挨拶をしているうちに居たたまれなくなり、早々にバルコニーへ避難することにした。
女の子はみんな、父親か兄弟にエスコートされている。ぼっち参加は私だけだったのだ。
弟はまだ十歳だからエスコートなんてできないし、父親は端から来る気がない。私にとっては初めて参加する夜会なのだけど。でもあの人に悪気はないのよ。ちょっと放任主義なだけで。
……ちょっと? めいっぱいかも。両親と会話をする機会はあまりない。用件は使用人を通じて伝えられることが多い。以前はそれが通常のことだと思っていたけど、今はそうではないと知っている。
私は空に浮かぶ丸い月を見上げながら、ため息をついていた。
前世の記憶を取り戻してから約一年。私なりにがんばってきた。素敵なご令嬢を手本にして性格を改善したし、衣服を新調するときは泣く泣く地味なデザインを選んだ。少しでも悪役令嬢に繋がりそうなことはやめようと考えて、社交界には出ないようにしていたし、それでもゲームキャラを見かけてしまったときは、すぐに回れ右をして出会わないようにしてきた。
たくさんの自分の好きなものをガマンして、本当にがんばってきたのよ。
だけど、急に疲れを感じてしまった。
ゲームは今日から始まり、終わるのは一年後。
つまり今日は私にとって、まだ折り返し地点。これからもずっとディディエやロザリーたちを避け、努力をしなければならない。協力してくれる人も、相談に乗ってくれる人もいない。たったひとり。ちょっと孤独よね。
ふう、とため息をつく。そのせいなのか、体がブルリと震えた。
「ちょっと寒いかも」
バルコニーはひとりで物思いにふけるにはうってつけの場所だけど、このままいたら風邪をひきそう。
仕方ない、室内に戻ろう。
そう思って踵を返した私は、こちらにやって来るディディエとロザリーに気がつく。明らかにバルコニーに向かっている。ゲームにこんなシーンはない。
「どうしよう!」
モブ令嬢に徹して、ヒロインにも攻略対象たちにも会わない予定だったのに!
予想外の展開にパニックになった私は、この場から逃げる方法を考えて、閃いた。前世で得意だったボルダリングを――以下略。
ついつい現実逃避で飛ばしていた心を取り戻し、私を囲む人々を見上げる。
そこにいるのは、ヒロインと全攻略対象、そしておまけの一人だ。
しかもそのおまけは、感じの悪い大公令息リュシアン・デュシュネだった。
「――で、不審者。名前は?」
その声にはっとする。さっき会話をした青年と同じだ。あまり関わりたくない人だけど、彼が命の恩人だったらしい。
気持ちがすっと落ち着く。苦手だからこそ、きちんとした対応をしないとね。居ずまいをただして、令息にきちんと向き合う。
「バダンテール伯爵家長女、アニエスです。助けていただきありがとうございました」
床に手をつき、深々と頭を下げた私に降ってきたのは、リュシアンの楽しげな声だった。
「ああ、あのドギツイ縦ロール令嬢か!」
む。ドギツイなんて、失礼じゃない?
顔を上げるとリュシアンと目が合う。表情もすごく楽しそうだ。イヤだな。まさか、面白いおもちゃを見つけたとか思ってないわよね?
リュシアンはまじまじと私を見ながら言った。
「縦ロールを見かけないと思ったら、やめてしまっていたのか。しかし相変わらずひどいヘアスタイルだ。どこのご夫人だ?」
え? そんなにひどい?
目を見開いて、私はおずおずと自分の髪に触れる。
「ダメですかこれ? アレンジも加えてありますけど」
すると、みんな一斉にうなずく。
「服の色も枯葉色だし」
「だってあまり目立ちたくなかったのですもの」
「今までずっと強烈な縦ロールだったくせに?」
「……あれはそんなに変でしたか?」
そう聞くと、再びこっくりとみんながうなずく。
うぅん。でも、そうか。そんなに評判が悪かったのか。残念だけど、アニエス、前世の記憶を取り戻してよかったね! ……シニョンも評判は悪いようだけど……
がっくりと肩を落とすと、高めのソプラノボイスが割り込んできた。
「そんなことよりもさあ、なんであんなところにぶら下がっていたの?」
そう尋ねたのは攻略対象での弟キャラ、クレール・フィヨンだ。十四歳の令息で、柔らかな栗毛にうるんとした大きなお目め、小柄で華奢な手足をしている。
ショタを強調するために彼だけ膝丸出しのショートパンツ×ハイソックス。もちろん靴下止めあり。
彼は、伯爵家の嫡男で宮廷楽団に所属するピアニスト。前世の推しキャラだった。
目の前でゲームのキャラクターが生きて動いていることにひっそり感動する自分に、ここまで一年間貴族令嬢として生きてきた自分が突っ込む。
――だけど現実に会うと、彼はないな。格好がショタすぎる。こんな十四歳はイヤだ。
「そう、そこが重要だ。本来ならばすぐに衛兵を呼ぶべき事案なんだぞ」
不満げに私をにらむのは攻略対象での脳筋担当、エルネスト・ティボテ。二十五歳の彼は騎士団所属で黒髪黒瞳に黒い制服をまとっている。
堅物でもありストイックな性格。テンプレだね。もちろん父親は騎士団長。
「なにか訳があるのではないですか」
穏やかな声で微笑んでくれたのは、ジスラン・ドゥーセだ。
二十三歳で、エルネストの幼馴染である若き神官。白く長い髪に赤い瞳の博愛主義者。それにゲーム設定では、悩みある人にそっと寄り添う慈愛の人、だった。だけど彼に悩み相談するのは奥様方ばかりで、しかも美味しい報酬をいただいているとのもっぱらの噂だ。
――確実にお色気担当。
「訳などあるものか。覗き見趣味の変態に決まっている。あの縦ロール女だぞ!」
吐き捨てるように言って顔をしかめているのは、宰相の息子で公爵家嫡男、ディディエの親友、と素晴らしい肩書きが並ぶ、銀髪に緑の瞳のマルセル・ダルシアク十八歳。
冷静かつ知的だけど女嫌いというキャラ設定だった。実際年頃の令嬢の間では、難攻不落のご令息ナンバーワンと言われている。
「さてはお前、私のストーカーだな!」
ディディエ・サリニャックが身を引きながら叫ぶ。
テンプレ通りに金髪碧眼の見目麗しい王子様――
と、ゲーム内の紹介を思い出していた私は、慌てて大きく首を横に振った。
「違います! 誤解です!」
大変、こんな早くにストーカー認定されてしまっては悪役令嬢まっしぐら。
「あなたには全く興味ありません八方美人なんて趣味じゃないから!」
そう叫ぶと、なぜかリュシアンが繰り返す。
「『趣味じゃない』」
私は、そんな彼に我が意を得たりとばかりに叫んだ。
「そうですとも! いつも笑顔を絶やさず品行方正。王子オブ王子! だけど時たま哀愁を漂わせて、『本当の自分を押し殺してがんばっているんだ』雰囲気まで醸し出すって、どれだけあざといんだって思いますもの!」
すると、ぶふっとリュシアンが噴き出す。
しまった、ストーカー認定されたくなくて、ついつい正直に言ってしまった。
ディディエは目を見開いてワナワナと震えている。でもそれがこの一年、彼を遠くから観察した私の正直な感想なのよね。悪いひとではないけれど、魅力はまったくないと断言できてしまう。
とはいえ不敬だったことには違いない。
私はおずおずと、ディディエたちを見上げた。
「えっと。だからですね、陛下にご挨拶も済んでヒマになったので、このバルコニーで休んでいたのです」
恐る恐る言い訳を続ける。
「そうしたら殿下とそちらの可愛らしいご令嬢がいらっしゃるのが見えて。邪魔しちゃいけないと思って避難したのです」
騎士エルネストが胡散臭そうな顔をして尋ねる。
「バルコニーの下に?」
ここは堂々と返事をしないと、嘘を言っていると疑われる。私は胸を張って答えた。
「そうです!」
「どこにそんなアホな令嬢がいるのだ」
女嫌いマルセルが、汚物を見るような目で私を見る。
「アホに思えるのは分かります。私も自分でそう思いますから」
「自覚はあるのですね」
そう言って苦笑するのは、神官ジスラン。でも、負けないもの。
私はしっかりと彼らの顔を見た。
「この誕生会はディディエ殿下の婚約者を見つけるためのものと噂で聞いていたので、目立たないようにするつもりでした。それが思わぬ事態に遭遇してしまって、本当に焦ったのです。焦りすぎて、ぶら下がったり登ったりが子供のころに大得意だったので、ついその方法をとってしまいました」
「どんな子供なのさ」
クレールが呆れたように呟いたけど、ここは無視する。ごめんね。
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