困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒

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1巻

1-3

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 音楽家たちの会話が一息つくのを待って、話しかける。

「ギヨーム様、革新的で素晴らしい曲でした! いったいどこから着想を得たのですか?」
「神が降りてきたんだよ」
「それってもしかして、ですか?」

 ギヨームが目を見開く。それから笑顔になって、「正解」と答えた。

「アニエス嬢とは、今度ゆっくり話がしたいな」

 とたんにクレール、エルネスト、ロザリーがずるいと抗議をする。

「尊敬するギヨームといえども、抜け駆けはさせないよ」
「順番を守れ。先に誘ったのは、この俺だ」
「あら、男性陣なんて下心が見え見えで、アニエス様にはふさわしくありません」

 抗議を受けて、ぽかんとするギヨーム。彼そっちのけで、侃々諤々かんかんがくがくの三人。
 なんなの、この状況。さっき放り捨てたはずのイヤな予感が、舞い戻ってくる。背中を冷や汗が流れ、足が勝手に動き、あとずさる。
 と、そこへ――

「エルネスト、嘘はいけない。彼女を最初に口説いたのはこの私ジスランです!」

 高らかな宣言とともに、医務室に行っていたはずのジスランが現れた。鼻は真っ赤だけれど、治療した様子はない。よかった、骨折はしてなかったらしい……って、そうじゃない! 
 実はリュシアンの元を辞してすぐに、ジスランに壁ドンで口説かれたのだ。
 訳が分からずあまりに怖くて、つい顔面に頭突きをしてしまった。そしてそのあとはエルネストが、頬を赤く染めながら「素晴らしい頭突きだ!」と褒めてきた。
 おかしいよね? なんだか私、攻略対象の過半数とロザリーの好感度が高くない? 
 まさかと思うけど、『悪役令嬢がヒロインに成り代わって愛されちゃいました』なんて展開じゃないよね? 
 攻略対象それぞれには強力なファンクラブがあるし、対象の恋路を邪魔する悪役もいる。絶対に関わりあいたくない! 私は平凡で穏やかな人生を送るって決めているんだから。
 ……よし。逃げよう。
 じりっと後ろに重心を取る。
 そんな私に気がつかないまま、神官ジスランが場を締めるかのように声をあげて、みんなを見た。

「とにかく」

 その一言のあと、赤い瞳が私を捕らえる。

「私は彼女の美しい平伏の礼に心を動かされたのです。あなたたちよりも先にね」

 それを皮切りにエルネスト、クレール、ロザリーが続く。

「確かにお前よりはあとだ。だが、あんな素晴らしい頭突きをする令嬢は他にいない」
「独特な美意識を持つ彼女は、芸術の神に愛された僕にこそふさわしいよ」
「皆様は勝手すぎます。アニエス様は私を選びました。友達になってくれると約束してくれましたもの」

 ちょっと待って。本当にどうなっているの? 
 私、ただの悪役令嬢よ? 
 あとずさった私は、こつんと誰かにぶつかった。

「馬鹿馬鹿しい」

 そんな声と共に、肩に手が置かれる。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは第一王子ディディエだった。

「歯にきぬ着せない、この私を恐れぬあの物言い。彼女は私の妻にこそふさわしい!」

 いつの間にそばまできたのか、リュシアンとマルセルを両脇に従えて、王子は胸をそらしている。
 うわぁ。ディディエもなの⁉ 一番避けなければいけない攻略対象なのに。
 急いで飛びすさったものの、恐怖で目に涙が浮かぶ。

「なんなの? みんなで私をからかっているのですか? 縦ロールの不審者だから?」
「そうだ、悪趣味だ」

 きっぱりと言い切ったのは、リュシアンだった。

「ふざけるのも大概にしろ。今夜はディディエの誕生会。伯爵令嬢をからかい追い詰める会ではない」

 さっきあなたも私をからかったけど、とちらりと頭によぎったけれど、リュシアンは助け船を出してくれている。懸命にうなずいて、彼の言葉への同意をしめす。
 争っていた五人は気まずげに押し黙った。

「アニエス嬢。エスコートはいないのだったな」

 リュシアンの質問に、はいと答える。

「ならば俺の従者に送らせる。退出しろ」

 ……いいところ、あるじゃないリュシアン。
 彼に丁寧に礼を言い、ディディエをはじめ他の面々にも挨拶をしてその場を離れた。
 今夜はあまりにおかしい。
 悪役令嬢的展開は回避できているようなのに、まさかのヒロインポジション。
 一体なにがどうなっているの……


    ◇◇◇


 気持ちの良い朝。爽やかな日差しに鳥のさえずり。窓から入ってくるかぐわしい花の香りが、春を感じさせてくれる。
 それに反して、昨晩はとんでもない誕生会だった。
 腕、肩まわりは筋肉痛がひどいし、皮が剥けた手も痛い。
 メイドのエマが、髪を丁寧にくしけずるのに身を任せながら、思わずため息をこぼした。
 エマがあら、と私の顔を見る。

「アニエス様。お疲れが抜けませんか?」
「ええ、全然」
「では今日はゆっくりお過ごしになるのがよいですね。勉強はお休みと家庭教師に伝えましょう」

 普段はメイドからこんな提案はない。私の様子がかなりおかしいと思っているのだろう。
 ちなみに昨晩は、リュシアンの従者がバダンテール邸まで付き添ってくれた。そして何事かと血相を変える我が家の執事のアダルベルトに、誕生会の出来事を丁寧に説明してくれた。
 私は手指の皮が剥けてひどい状態だ。おかげで使用人たちがみんな優しくしてくれている。ちなみに執事から報告を受けた両親は、「モテて良かった!」の一言で終了したらしい。
 頼りにならない両親だけど、そんなのは今に始まったことじゃないものね。自分でなんとかしないと。
 ゲーム開始のエピソードがあんなことになってしまったからには、のんびりしていられない。といっても、どこから手をつければいいのやら。
 ――そうね、まずは転生仲間らしいギヨーム・ゴベールに会いたいかな。


 朝食と食後の運動が終わると、自室のライティングテーブルに便箋を出し、考え込んだ。
 ギヨームへの手紙を書きたいけれど、なんて書けばいいかしら。
 うぅむと唸っているとアダルベルトがやってきた。私に手紙が届いたという。
 こんな午前中から? きっとギヨームね。彼も私のことが気になっていたみたいだし! 
 よかったとウキウキしながら手紙を手にして、差出人の名前を見てフリーズする。
 ギヨームではなかった。攻略対象のマルセル・ダルシアクからだった。

「アニエス様?」

 エマが近寄って、私の顔を覗く。

「……エマ……」
「っ! どうしました、アニエス様!」
「この手紙を読み上げてくれるかしら。私は恐ろしくてできないの」
「承知いたしました! アニエス様が涙ぐむなんて余程のこと。不肖エマが決死の覚悟で拝読いたします!」

 エマはさっと手紙を開封すると、真剣な表情でそれを読んだ。
 顔を上げた彼女に「どう?」と尋ねる。

「大変に熱烈な恋文でございます」

 とたんにめまいがして体が揺らぐ。

「お嬢様!」

 エマと執事が慌てて身体を押さえてくれたので、椅子から落ちずに済む。だけどあまりの展開に、私は息も絶え絶えだ。
 ああ、お前もなのか、マルセル・ダルシアク! マルセルだけには好かれなかったと思っていたのに、まさかの時間差攻撃だなんて卑怯すぎる。

「アダルベルト」
「なんでしょう、お嬢様」
「マルセル様へお手紙を書いてちょうだい。『アニエスは昨晩から寝込んでいるので、返事を書けるのは数日後になるだろう』と」
「かしこまりました。ではお嬢様。念のために寝間着に着替えましょう」
「必要あるかしら?」
「お嬢様のことを第一王子殿下が気に入られたのですよね」

 アダルベルトの言葉に、いやいやながらうなずく。

「殿下が万が一正式にお越しになられたら、断れません」

『たかが普通の伯爵であるバダンテール家に王子が来る訳ない』と言おうとして、やめた。昨晩の様子を見る限り、絶対にないとは言いきれない気がする。
 恐怖のあまり、ぶるりと体が震えた。

「そうね、着替えることにするわ」

 そうして再び寝間着になり、私は改めてライティングテーブルの前に座ると、マルセルの手紙を指先でつまみ上げた。その動作はさすがにエマに咎められる。

「危険物ではありませんよ、アニエス様。したためられた言葉には、やや危険な過激さを感じますが」
「エマ」
「はい」
「もしかして、面白がっているのかしら?」
「まさか。アニエス様を思ってこその解説でございます」

 本当かなぁ。だけど彼女は真顔だ。信じてあげよう。

「読んでも大丈夫かしら」
「恋愛経験値ゼロのアニエス様には、耐性のない愛の言葉が並んでいます」

 え。絶対に面白がっているよね? 

「読むのが恐ろしいのでしたら、私がお読みしましょう」
「結構よ!」

 そのほうが絶対に羞恥心が爆発すると思うもの。ばくばく言う心臓をなだめながら、手紙に書かれた文字を見る。

「アニエス様」
「なあに」
「腕をめいっぱい伸ばして目を半開きにしても、手紙の内容は変わりません」
「……私はこのスタイルがいいの」
「そうでございますか」

 ああ。なんだか令嬢アニエス像が壊れていく気がする。だけど怖いものは怖い。かといって確かめないのは、もっと怖い。
 マルセルからの手紙は、エマが言ったとおりの熱烈な恋文だった。どうやら誕生会から帰る寸前に、ディディエまで溺愛レースに参加して怯えていた私に、心を奪われたらしい。なにそれ。泣き顔が好きな特殊性癖とか? 恐ろしすぎる。
 彼だけじゃない。全攻略対象がおかしい。怖い。

「どうしよう」

 頭を抱える。

「アニエス様。昨夜はいったいなにをなさったのですか。モテ期到来にしても唐突すぎます」

 全くもってそのとおり。
 けれど、本当に自覚がないのだ。

「……なにも、おかしなことはしていないわ」

 ボルダリングを思い出してバルコニーにぶら下がっていたことは、絶対に話さない。今度こそ本当に悪魔祓いを呼ばれてしまうもの。
 視線を逸らしつつ言えば、エマは疑うことなくうなずいた。

「五人の方に共通点はないようですし、なんなのでしょう」

 エマが不思議そうに首をかしげる。

「そうね」

 五人にはゲームの攻略対象キャラという共通点があるのよ、とも言えないので分からないふりをする。
 ――あ。待って。
 彼らは攻略対象。昨日の四人、ディディエ、ジスラン、エルネスト、クレールが言っていた言葉を思い返す。そして、マルセルの手紙。彼らが私を気に入ったきっかけはすべて、ゲームでヒロインに惹かれるきっかけになるものじゃない⁉
 私は知らず知らずのうちに、とんでもないことをしてしまったのよ! 
 どうしよう。私はヒロインポジションを奪ったんだ。
 しかも逆ハーレムを形成しかけているわよね? 
 悪役令嬢としての断罪はなくなりそうだけれど、断罪よりももっとまずくなる予感がする。
 それぞれの悪役や、ファンの人たちからひどい目にあわされるわよね? 
 もしくは王子たちを手玉に取る悪女として断罪されるとか。このゲームにヒロインが処刑されるようなバッドエンドはないけど、こうまで状況が変わってくると安心できない。
 それに、私は攻略対象たちに好かれたいなんて、これっぽっちも思っていない。前世を思い出したときに、平凡で穏やかな人生を送るって決意をしたのだから。
 でも――
 本当に私がヒロインポジションに収まっているのなら、これ以上、好感を積み重ねないようにすればいいのかも。みんな仲良し、お友達エンドを目指せばいいわよね? たぶん。そしてできれば、ヒロインポジションをロザリーに返す。
 うん。決まり。そうしよう。
 目指せ、平和なモブ令嬢生活! 
  


    第二章 逆ハーなんて望んでいません! 


 そろそろ約束の時間かな。鏡に姿を映して、身だしなみを再チェックする。
 黒いワンピースは、白い高襟に長袖パフスリーブ。その上にフリル多めの白いエプロン。頭にも白いヘッドドレス。
 今の私はバダンテール邸で働くメイドの姿だ。エマに無理を言って、お仕着せを借りている。
 実はずっと着てみたかったのよね、メイド服。
 令嬢のヒラヒラドレスも可愛いけれど、白×黒のメイド服も渋可愛い。
 うん、いい感じ。
 ポーズを変えて念入りに見ていると、扉が開いた。エマが顔を見せる。

「お嬢様。いらっしゃいましたよ」
「どう? 似合う?」
「ご乱心されたかとしか思えませんけどね! 似合いますよ!」

 投げやりな言葉だけど、褒めてもらえた。
 そうか、似合うか。
 えへ。嬉しい。
 いい気分になったところで、エマから渡されたお盆を持つ。
 載っているのは、ティーセットだ。そして隣の部屋へ向かう。中では可愛い弟シャルルと執事のアダルベルト、そしてチェリストのギヨーム・ゴベールが話をしている。
 シャルルのチェロの先生を探しているので教師を頼めないかと、アダルベルトの名前でギヨームに手紙を出したのだ。
 両親は頼れないから、代わりに執事を頼った。
 多忙なギヨームはレッスンをあまり引き受けないとの噂だし、紹介状もなく執事からの依頼だったから、どんな反応になるか不安だった。けれど、すぐに了承の返事が来た。その手紙には、彼の熱烈なファンだった叔父との思い出と、彼の身内ならば喜んでお引き受けするとの旨が書かれていた。
 一年前、私が前世の記憶を取り戻す寸前までここに住んでいた叔父は趣味人で、中でも音楽が大好きだった。その影響を受けて、私たち姉弟も音楽は結構好き。ただ、悲しいことに私にはまったく楽器の才能がない。ゼロどころかマイナスレベル。
 だから今回は、シャルルのチェロのレッスンを頼むことにした。シャルルに声をかけたら、『叔父様が大好きだった楽器に、ずっと興味があったんだ!』と大喜び。win―winよね。
 私はメイドのふりをして、お茶の支度をする。だけどすぐにシャルルが私に気づいたようで目をみはっている。
 続いてアダルベルト、最後にギヨームが目を丸くして、私を凝視した。

「お姉様、なにをしているのですか!」
「……私はメイドのアニーですよ、シャルル様」

 私がそうかわそうとしているのに、エマが不服そうに、執事に申し立てる。

「私は反対したのです」

 そう言われてしまえば、もはや隠し通せそうにない。私はため息をついて、ギヨームを見つめた。

「だって私に会ったと知られたら、ギヨームさんがマズいことになると思うの」

 昨夜の狂騒を考えると、建前だけでもアニエスはギヨームに会っていないことにしておきたい。その苦肉の策が、このメイド服なのよ。まあ、着たかったんだけどね! 
 そう言って彼を見ると、ギヨームは大きくうなずいた。
 改めて彼に挨拶をし、このような格好であることを詫びた。

「気にしていないよ。私も君と話したかったからね」

 にっこりとするギヨーム。そういえば叔父が、「ギヨームは人柄も最高だ」と言っていたことを思い出す。確かに優しそうね。
 それからシャルルのレッスンについてひととおり話し合うと、アダルベルトとエマに頼み込んで、ギヨームとふたりきりにしてもらった。新しくいれたお茶を飲みながら、テーブルを挟んで向かい合う。
 彼に聞きたかったことと言えば、もちろん曲の発想元――つまり転生についてだ。

「さて。ギヨームさん。転生者ということでオーケー?」

 私の質問にギヨームはうなずく。

「ここって乙女ゲームの世界かな?」
「そうよ。ということは、このゲームはプレイしていなかったのね」

 ああと答えたギヨームは、詳しく話してくれた。
 彼は数ヶ月前に指をケガしたことをきっかけに、前世を思い出したそうだ。前世の彼はチェロを学ぶ大学生で、世界的コンクールのファイナリストに残り、これから本選というときに事故で亡くなったという。

「ま、俺はチェロが弾ければ、世界なんてどこでもいいんだ。で、君は乙女ゲームのヒロインなんだな」
「違うわ。私は悪役令嬢。ヒロインはロザリーよ」
「どういうことだ?」

 ギヨームは悪役令嬢への転生ものを知らないようで、首をかしげる。
 私は彼に出来る限り詳しく説明をした。そして私がバルコニーにぶら下がったばかりに、ヒロインポジションを横取りしてしまい、逆ハーになりかかっていることも。

「なるほど。そういうジャンルがあるのか。バルコニーのツッコミはあとにとって置くとして」
「とって置かなくていいわ。忘れて!」
「逆ハーになりかけ、じゃないよな。既に形成されている」
「うっ!」

 思わず両手で自分を抱き締める。
 なんて恐ろしい展開だ。私はただ、悪役令嬢になりたくなかっただけなのに。
 そんな私を見ながら、ギヨームが肩をすくめる。

「昨夜君が帰ってからも、ディディエ殿下たちがケンカを始めてね」

 うそでしょ⁉ 王子のくせにアホなの⁉ 自分の誕生会でなにをやっているのよ! 

「リュシアン様がすぐやめさせたし、周りにも、アニエス嬢へのイタズラだって説明で場を収めたんだ」
「彼って結構役に立つのね」

 ギヨームが苦笑する。

「結構もなにも、彼はなににおいても傑物だよ。陰では、大公家の生まれなのが惜しい、なんて言われている」
「彼の誕生会では、令嬢への態度が悪かったのよ」
「聞いている。彼を知っている人間からしたら、おかしな話なんだよな。一説によると、意中の伯爵令嬢以外を自分から遠ざけるためだったとか」
「どういうこと?」
「結婚相手を好きに選べるなんて建前にすぎないってこと。公爵家や他国の王族なんかが本気で縁談を迫ったら、大公家も断れない。だから令嬢たちに嫌われるよう振る舞っている。誕生会も、それ以外も」
「そうなの……」
「あくまで噂だけどな」

 噂だとしても、そこまでするほどに好きだった令嬢に、リュシアンは逃げられたのよね。可哀想な気もするし、逆に、それほどまで彼に問題があるのかという気もする。

「で、ディディエ殿下たちは、舞踏会後に話し合いをしたようだ」
「話し合い?」
「もちろん君に関してだ」

 そう言われて思わず顔をしかめる。
 ギヨームはここへ来る前に楽団事務所でクレールに会って、顛末を聞いたそうだ。リュシアンが仕切り役になり、攻略対象の五人は抜け駆けをしない協定を結んだという。
 抜け駆け……と、私は遠い目になった。

「そこに、諦めるとか気の迷いだったという結論は、なかったのかしら。どうしよう。困ったわ。あなたはなにかいい対策案がある?」
「君は王子と結婚したいとは思わないのか?」
「イヤよ、好みじゃないもの!」

 なるほど、とギヨームは笑った。

「ま、俺としてもクレールには目を覚ましてほしい。うちの事務局長がクレールを気に入っていてね。昨日から『醜聞は困る』と大荒れなんだ」
「なるほど。それはね――」

 私はそう言いながら、ゲームの流れを思い出した。
 五人の攻略対象には、それぞれ専用の悪役がいる。
 第一王子ディディエには、ストーカーの伯爵令嬢アニエス。
 公爵令息マルセルには、幼馴染の公爵令嬢ジョルジェット。
 騎士エルネストには、同僚の騎士クロヴィス。
 神官ジスランには、後輩の巫女カロン。
 そしてピアニストのクレールには、上司のセブリーヌ。
 つまり、今話題に出ている宮廷楽団の事務局長のことだ。セブリーヌがクレールを大切に思っていることは間違いない。そう説明すると、ギヨームは頭を抱えた。

「悪役って、悲惨な末路を辿るんだよな? セブリーヌも?」
「ええ。でも、それほど酷くないわ。彼女の動機は『楽団員を守りたい』なのよね。我欲じゃないから、クビと王都追放で済むの」
「だとしても困る」

 ギヨームは情けない顔をして、頬を赤くしていた。業務上の問題が生まれるから困る――という顔ではないように思える。
 セブリーヌは確かバツイチのアラサーだったはずだけど。これはまさか。
 なんとなくカンが働いて、私はギヨームを見つめた。

「もしかして彼女を好きなの?」

 ギヨームがはにかむ。

「音楽の知識に関して尊敬できるんだ。ちょっとドジっ子属性もあって、可愛いし」

 なるほどね。ギヨームは二十代半ばなのに、独身で婚約者もいない。大人気で大モテにもかかわらず、女性関係の噂もない。それには、こういう理由があったのね。

「まあ、そんな訳だから彼女がクビになるのは困る。ゲームが終わるのが一年後、と言ったっけ? そんなのを待たなくていいから、せめてクレールだけでもサクッとフってやってくれ。セブリーヌが悪役になる前に」
「……なるほど」

 友達エンドとかの難しいことは考えないで、普通にフればいいのだわ。今だったらきっと、どんな状況になっても、私がそこまで悲惨な処遇になることはないと思う。
 まずは対象全員をサクサクッとお断り。ゲームは仕切り直しってことで、ロザリーに気になる対象がいるなら、その人物と恋仲になれるよう、全力を尽くす。
 それでいいんじゃないの? これなら他の悪役や、ファンたちに怯えることもない。

「そうするわ。ゲームの展開なんて気にしなくていいのよね。ああ、気が楽になった」

 いや、待って。そうするとロザリーが選ぶ相手によっては、失恋する女の子が出てしまう。
 うぅむ。むずかしいな。

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