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6・イケメンモブの大公令息は厄介です②
しおりを挟む「んぐっ」
と踏まれたカエルのような声を出すリュシアン。
私は立ち上がると、彼の正面のイスに座り直した。
所詮、令嬢の華奢な手のパンチだ。たいした衝撃ではないはず。実際彼は驚いただけで、ダメージは受けていないようだ。
「どこが淑やかなんだ?」
と苦虫を噛み潰したような顔を向けてくる。
「不埒なことをする人にまで、淑やかに対応する必要はないでしょう?」
「不審者はお前なのに」
確かに。
言い訳を懸命に考える。前世、なんてことを言っても信じてもらえないだろう。この国にそういう概念はない。
ならばこの国で信じてもらえそうなのは?
神様だ。
この世界は西欧風の色んなものが時代考証無視でごちゃ混ぜになっていて、宗教は多分ギリシャかローマ時代のものをモチーフにした多神教だ。
信仰深さは人によってまちまちで、バダンテール家は冠婚葬祭のときしか宗教と関わらない。
でもこれでイケる。誤魔化しきるのだ!
「では正直に話しますが、他言しないで下さいね」
リュシアンは案外素直にうなずいた。
「神様のお告げです」
「……お告げ?」
不審そうな顔をされるが、押しきる!
「そもそもは一年前でした。夢に神様が現れて、縦ロールをやめて性格改善しないと、良くないことが起きると仰ったのです」
「……で、奇抜な縦ロールをやめた、と」
「そうです。お告げを守ったおかげで、良くないことは何も起こりませんでした。そしてひと月前、またお告げがあったのです。ディディエ殿下の恋路を邪魔すると身に危険が及ぶ、と」
リュシアンはいよいよもって疑いの目をしている。
「だからこんな地味な髪型とドレスで目立たなくしてきて、バルコニーでひっそりとしていたのです。なのに向こうから近づいてきた。それは焦るでしょう?」
「……本気で言っているのか?」
「もちろん。疑うのならば、うちのメイドたちに尋ねて下さい。みな口を揃えて、アニエスは一年前に突然性格が良くなったと言うでしょう」
ふうん、とリュシアンは呟いてイスの背にもたれた。
「お前を見つけたあと、真下の庭を確認させた。不審者も不審物もなかった」
なんと。性格サイアクでも、危機対応はきちんとしているらしい。わずかにポイントアップ。
もっともリュシアンは頭脳や武術など総じて優秀との噂だ。悪いのは性格だけ。
あれ。これって昔の私と同じじゃない。
ちょっとだけ親近感を覚え……ないな、こんな奴。
「お告げねぇ」
「お願いだから内密でお願いします。巫女とか神殿勤めとかしたくないです」
お告げは、この世界ではわりとポピュラーだ。ただそんな体験をした者は男女問わず、神殿にスカウトされてしまう。神職は結婚を認められていないから人気がなくて、常に人手不足なのだ。
だから貞操観念緩めのジスランもクビにならない。
「ああ。それは黙っていてやる」
「意外。話がわかる方なんですね」
「喧嘩を売っているのか?」
「褒めてます」
「『意外』と言ってる時点で褒めてない」
「バレました?」
「……」
リュシアンはため息をついて、変な女、と呟いた。
自分でもそう思う。前世の記憶を取り戻してからも、元のアニエスと変わらない完璧な令嬢として振る舞ってきた。それなのに、なんでイヤミなんて言ったり腹パン決めたりしているのだろう。
ちょいちょい、とリュシアンが手招きをする。
「……なんですか?」
すると今度は自分の膝を叩いた。
これはまさか、そこに座れということ?
「いくらお告げを信じたからって、バルコニーの下に逃げるサルはそうそういないぞ、アニエス嬢。不審な行動は不問にしてやるから、来い」
「……サルに見えても、厳しく躾られた令嬢なんです」
「聞いているだろう? 俺は愛しい婚約者に逃げられて傷心なんだ。おかしなことはしないから、ちょっと癒せ」
リュシアンの表情は傷心中には見えなかったけれど、その噂は聞いている。
誕生会で彼は遠縁にあたる伯爵令嬢を見初めた。彼女は一人っ子で、結婚するならば婿に入ることが条件だったらしい。リュシアンは大公家の長男だったけれど両親を説得して、伯爵家に婿入りを決めめでたく婚約と相成った。
ところが先月、その伯爵令嬢が幼馴染の使用人と駆け落ちしてしまったのだ。
どうやらリュシアンの一方的な好意で、令嬢のほうは結婚がどうしてもイヤだったらしい。そりゃ彼の性格はサイアクだから、逃げたい気持ちは分からないでもない。
ただ今夜見る限りでは、思っていたほどサイアクではないように見受けられる。
少しの間悩んで。
立ち上がると、先ほどと同じように彼の膝に横向きに座った。やっぱり今日の私は少し変なようだ。
リュシアンはゆるく腕をまわして、うなじに顔を埋めた。
「令嬢がスカートの中身まる見せでぶら下がっている姿は、破壊力抜群だった」
シチュエーションとセリフが全く合っていない。甘い言葉をささやかれても困ってしまうが。すでに私の心臓は爆発寸前だもの。
「お前に惚れたかも」
「っ!?」
慌てて立ち上がる。
「冗談に決まっている。サルに惚れるほど趣味は悪くない」
リュシアンはそう言ってバカにしたような笑みを浮かべた。
「最低!! ちょっとでも同情した私がバカだった!」
ツカツカと扉に向かう。そのノブに手をかけて。
いったん離してリュシアンを見た。
「助けて下さったことと服装の乱れを直す手配をして下さったことには感謝します。ありがとうございました」
一礼をして、今度こそ部屋を出た。
廊下にはリュシアンの従者らしき青年が、ひとりで立っていた。メイドはいない。
ということは、私を痴女と貶めるつもりはなかったということだろうか。何を考えているのか、よく分からない奴だ。
それはさておき、どうするか。広間に戻るのが(両親的には)正しい選択だろうけれど、疲れた。帰りたい。
と、向こうから誰かがやって来ると思ったら、神官ジスランだった。
「リュシアン殿下との話は終わったようですね」
顔には優しげな笑みが浮かんでいるけれど、何の用だろう。彼も私の行動を問いつめに来たのだろうか。
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