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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

28.リィカ⑧

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魔王討伐の旅へ同行する旨を伝えた次の日。
わたしはユーリッヒ様の訪問を受けていた。

無詠唱を教えて欲しい、と言われたけれど、わたしは自分の体験談を話すしかできない。
そう言ったら、それでいいからと言われたので、引き受けた。


「イメージ?」
「はい。実際に誰かが魔法を使っているのを見た事はなかったので」
そう言って説明を始めた。


クレールム村で魔法を使う人はいなかった。だから、魔法そのものは知らなかった。

ただ、料理をする時に、よく《ファイア》の込められた魔石を使っていた。
その時に出る火を、自分の指先から出ているようにイメージをしたら、自然に口から詠唱が零れて、魔法が発動した。

それがわたしが最初に使った魔法だ。最初から無詠唱を使えていたわけではない。


「指先から火が出るイメージ……、魔法が成功した状態をイメージするって事ですよね? ……とりあえず、やってみます」

そう言ってユーリッヒ様は目を瞑った。
何の魔法をイメージしてるんだろう? 生活魔法なら、数分くらいでできると思うけど。
そう思っていたら、三分後くらいに、ふと詠唱を始めた。

「『光よ。我が手に点れ』――《ライト》」
光魔法の、生活魔法だ。

ユーリッヒ様は生み出された光を凝視していた。
「――いつもより、輝きが強い。魔法を使った時も、何か違う感じが……」

「もう一度やってみて下さい。あと、できれば、詠唱している時に、魔力の動きを感じてみてほしいです」

「……魔力の動き……」
つぶやいて、もう一度目を瞑った。

この世界の魔法は、とにかく詠唱さえすれば使えてしまうので、魔力がどう動いているかを意識している人はいない。

でも、無詠唱っていうのは、詠唱によって動く魔力を自分で動かすことで、できるようになる。だから、魔力が動くのを感じられなければ、無詠唱はまず無理なんだけど……。

「『光よ。我が手に点れ』――《ライト》」
さっきよりも早く、詠唱した。そして、さらに輝きも増している。

ユーリッヒ様は、しばし凝視した後、何か聞きたいように、わたしの方を向いた。
「魔力は感じられましたか?」
しかし、先手を打って質問する。

「……詠唱の始まりと同時に、動く何かを感じました」
すごいなぁ。一発で魔力を感じたんだ。

正直一番不安だったのがここだ。これまで意識したことすらなかっただろうから、魔力の動きという事そのものを理解してもらえるかが分からなかった。
しかし、あっさりクリアした。

「そうしたら、今度はイメージしないで、普通に使ってもらっていいですか? 魔力の動きは感じて下さい」

「……『光よ。我が手に点れ』――《ライト》」
何か言いたそうだったけれど、結局は素直に魔法を唱えてくれた。

「……あれ、いつも通りですね」
そう。最初イメージして作った光よりも、輝きが落ちている。

「魔力の動きは、いかがでしたか?」

「……そんなにはっきり分かった訳ではないですけど、イメージして魔法を使った時は、こう身体の奥から動く感じがしましたね。でも、今は表層部分だけだったような……」

「はい。そうなんです」

無詠唱ではないけれど、威力が上がることも必要な要素だ。
「なんで、って言われるとわたしもよく分かっていないんですけど。しっかりイメージしてから発動させると、魔法の威力が上がるんです」


何せ、無詠唱なんて使っている人はいない。
初めて魔法を使った時に零れた詠唱を、普通に唱えてみたら、確かに使えたけど、明らかに弱かった。

魔力暴走が原因なのかどうかは知らないけど、わたしは自然に魔力を感じることができていた。

だから、ただ詠唱しただけの時は表層部分の魔力しか動かないのに対して、イメージしてから唱えた時は、身体の奥から動くのを感じ取ることができた。

そして、何回もやっていると、イメージ開始から魔法発動までの時間が段々短くなっていったので、とにかく回数をこなしたのだ。

そして、そのタイムラグがほぼなくなった時、口から零れ出る詠唱を心の中で唱えてみたら、できてしまった。
もう一度やってみようとしたとき、自分で魔力を動かせることに気付いた。


ということを、ユーリッヒ様に説明したら、しばらく呆然としたように見えたけど、やがて理解したような顔を見せた。

「……なるほど。実際に自分で経験した後に説明されれば、理解はできますね。常識から完全に外れていますけど」
そもそも常識を知らずに魔法を使ったんだから、外れてもしょうがないと思う。

「そうしますと、基本的にイメージして魔法を使って、の繰り返しですか?」

「はい。ただ、一度魔力を自分で動かせるようになると、他の魔法でもできるようになりますよ。生活魔法が一番簡単ですから、とにかく《ライト》を使っていくことをお勧めします」

あともう一つ付け加える。
「最初からあまりやり過ぎない方がいいですよ。普段使っていない魔力を使うからなのか、すごく疲れるんです」

これもわたしの体験談だ。
まだまだ魔力は残っていて、いくらでも魔法が使えるのは分かるのに、疲労が半端なかった。

ただ、ユーリッヒ様の顔が興奮しているから、果たしてこの忠告がどのくらい役に立つかは不明だ。

「初級魔法は、魔法名すら唱えずに使ってましたよね? あれは?」

「やっぱり、心の中だけで唱えるようにした結果、意思だけで発動できるようになりました。ただ、中級魔法以上は、上手くできなくて……」

やろうとしたら、制御が上手くいかなかった。
魔法を暴走させてしまいそうになったので、今のところは様子を見ている。

「なるほど、ありがとうございます。まさか、こんな短時間できっかけをつかめるとは思っていませんでした」

「い、いえ。わたしの方こそ。――というか、ユーリッヒ様が魔力の動きを一発で感じ取って下さったからです。あれが、一番難しいかなと思っていたので」

そもそも魔力が動くって何だ、どういうことだ、みたいなことを聞かれると思っていたくらいだ。

「……実は魔力の動き、ということを考えるきっかけがありまして」
「きっかけ、ですか?」
「ええ。――リィカ、申し訳ないんですけど、午後から王宮に来て頂けませんか?」
「……はい?」

まさかの申し出だった。


※ ※ ※


「そうなんですか。暁斗が、魔法を使えない……」
「ええ。お願いできませんか?」
話は分かったけれど、違う気がする。

「でも、魔力が動く事への拒否反応なんですよね。わたしが教えられる事って、ユーリッヒ様にお教えしたことと変わりません。魔力の動きが大きくなるから、逆効果になる気もするんですけど」

「ええ。僕も教えてもらって、そう思いました。ただ、現状対策が見つからないんです。本当に逆効果なのかも分かりませんし、やってみてもらえませんか?」

ユーリッヒ様も、暁斗のことが分かってから、色々調べてみたらしいが、実例が少なすぎてよく分からないらしい。
そして、魔力の動きに関心を持ったのも、この拒否反応を起こす人は、魔力の動きが乱れる、という話があったかららしい。

「……分かりました。どれだけ力になれるかは分かりませんけど、やれるだけやってみます」
ああ、でも。また暁斗に会うんだな、と思った。

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