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第四章 モントルビアの王宮

諜報機関の一人

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アレクがリィカを抱えて去っていったあと。
「……ねえ、いいのあれ。王子と平民でしょ」
二人を見送ったジェラードは、バルとユーリに問いかける。
平民だからと馬鹿にするつもりはないが、それでも身分差は確実にある。

「今はまだ、旅の途中ですから」
「先の事は先に考えればいい。今はアレクの初恋を応援してやるさ」
「リィカがあんな甘えを見せたの、初めてなんですよ。少しは、アレクを気にしてくれているといいんですけど」

「……アレクシス殿の方が、惚れているのか」
つぶやくジェラードの顔は、憂いに満ちていた。


一方、暁斗も複雑な顔をしていた。
「父さん。アレクはリィカのこと、好きなんだよね? じゃあ、リィカはどうなの?」
聞かれても泰基も答えようがない。

「さあな。見ている限りじゃ、今のところはリィカがアレクを好きってことはなさそうだな。――何でだ?」
「……リィカを、アレクに取られた気分。なんか悔しい」
「アレクの邪魔をすんなよ、アキト」
バルの、ドスの利いた声が割って入ったが、暁斗は気にしない。

「邪魔したいわけじゃないよ。二人が付き合うなら、それもいいと思う。けど、なんか悔しいんだよね……」
暁斗は考えて、父の顔を見る。答えは出た気がした。

「……母さんと重ねちゃってるからかな。ねえ、父さんはリィカのこと、イヤ?」
ゴン!
「いったぁ。なにするの、バル!」
「それが邪魔してる、ってんだよ。分かったか!」
泰基が何かを言う前に、バルのゲンコツが暁斗の頭に落ちた。
文句を言う暁斗を見て、泰基は笑いそうになるのを堪える。

「――今のは、暁斗が悪い」
結局、堪えきれずに笑い声を漏らす。だが、バルの泰基を見る目は厳しかった。

「今の暁斗の言葉、冗談なんだろうな、タイキさん」
「どうした、急に」
「気付かれてないと思ったのか? タイキさんのリィカを見る目が、時々違う。どう、と言われると難しいが、よく複雑な目をしてリィカを見ているだろ」
だが、泰基は軽く笑うだけだ。

「心配することないだろ? 現に、リィカはアレクにいてほしいって願ったんだ。誰がどういう感情を抱いたところで、決めるのはリィカだ。違うか?」
バルは、泰基をその本心を見透かすように、ジッと見つめるが、諦めたように顔を振った。

「……タイキさんは、どういう感情を抱いている?」
「旅の大切な仲間。魔法の腕がすごい。天然鈍感娘。最近じゃ、暁斗がずいぶん懐いたな、とも思ってるな」
「懐くって、オレ犬じゃない!」
「それだけなら、なんであんな目で見る」
暁斗の見当違いの抗議を無視して、バルはさらに問い詰めていく。

「ずいぶんしつこいな。前から思っていたが、バルもユーリも、アレクに対して過保護だよな」
バルの目が険しくなる。それを見て泰基は苦笑する。

「リィカに対して特別な感情はない。それは確かだ。でも、悪いがそれ以上は言えない。アレクの邪魔をする気はないから、好きにやってくれ」
「……分かった。問い詰めるような真似して悪かった」

バルが頭を下げる。
暁斗は、窺うように泰基を見ていた。


※ ※ ※


アレクは、突然現れた男を見据える。
気配に覚えがあった。

「――お前、『影』の一員か?」
アレクの父、アルカトルの国王の子飼いの諜報機関『影』。

かつて、アレクがその長であるフィリップに習って気配を読む練習をしていたとき、自分をからかうように気配をちらつかせていた奴がいた。
その気配が、目の前の男からする。

「正解。顔を合わせんのは初めてだな。ジェフってんだ。よろしくな」
「……なぜここに?」
ジェフはにやりと笑う。

「あんたたち勇者一行の、いざという時の助けとなるためだ」
「嘘だな」

あっさりアレクは切り捨てる。魔王討伐という旅に出るのに、自分たちにすら存在を知らせない味方を置くとは、思えない。
そもそも、本当にいたのなら、アレクが致命傷を負った時に姿を現してもおかしくない。

「なんだ、つまんねぇな。少しくらい動揺してくれれば、面白かったのに」
「それで、なぜここにいる?」

「大したことじゃねぇよ。陛下とマルティン伯爵の手紙、おれらが運んでんだよ。それで陛下からの手紙を持って、ここに着いたのが夕方遅く。そしたら、マルティン伯爵に来るならもっと早く来いって言われたんだ」
その時を思い出したのか、ジェフは渋面になる。

「何かと思ったら、そこの女の子を探して欲しいって言われて、探し出して伝えた。で、もしもクズ王太子らに手篭めにされそうになったら、さすがに助けてやろうかと思ったら、勇者様が一目散に走ってくるのが見えたんで、こりゃ出番ねぇな、と。で、後は見てた」

「……見てた?」
「ああ。陛下への土産話にちょうどいいと思ったからな。なかなか面白い見世物だったぜ? 安心だと言ってくれた女の子の寝込みを襲う、どこぞの王子様の行動も含めてな」

アレクはカッと顔が赤くなるのが分かった。
八つ当たりのように叫ぶ。

「どうせ姿を現すなら、もっと早くに現わせばいいだろう!」
「それじゃ面白くねぇだろ。おかげで楽しませてもらった。退散すっから、続きすんなら遠慮なくやってくれ」
「しない!」

しかし、アレクが叫んだときには、すでにジェフの姿も気配も、何も感じなかった。
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