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間章

アルカトル王国~レーナニア~

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アークバルトの婚約者、レーナニア視点の話になります。
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〔レーナニア〕


魔王が誕生して二ヶ月が過ぎました。
魔物の数と質は高くなるばかり。
大勢の怪我人が出た時には、微力ではありますが、わたくしも教会に行って治療の手伝いをし始めました。

魔力病であるわたくしは、ほとんど魔法が使えません。
その中で一つだけ覚えた魔法が、《回復ヒール》です。初歩の水魔法ですが、魔力量だけはあるからか、有り難いことにそれなりの威力を発揮します。

本日は学園は休みの日。
アーク様に食事を作って王宮に着いたところで、遠征に行っていた騎士団長様とそのご一行が帰ってきた、という話を伺いました。
しかも、あの騎士団長様を始め、多くの怪我人がいるとか。

わたくしは、とりあえずアーク様を訪ねて、食事を渡します。すぐに騎士団長様の所へ向かうと伝えると、アーク様が顔を曇らせました。

「本当は私も行きたいが、やらなければならない事が多い。後で騎士団長の様子を教えてくれ」
「はい」

わたくしが頷くと、アーク様が両手を伸ばしてきました。
一瞬ためらってからアーク様に近づくと、そのまま抱きしめられました。

アレクシス殿下が旅立たれてから、アーク様のこの行為が始まりました。恥ずかしいのですが、拒否をするとアーク様がひどく不安げな顔をされるのです。
ですので、素直に受け入れています。その腕の強さが、アーク様の不安を物語っているようで、わたくしもアーク様を抱きしめます。

ややあって離れたアーク様は、少し照れたような笑顔でした。
きっとわたくしも、同じような顔をしていることでしょう。


※ ※ ※


教会ではなく、騎士団の練習場にいると伺い、そちらに向かいます。

「嬢ちゃんまで来たのか」
大怪我をしたと伺ったのに、ケロッとした顔をしている騎士団長様が、そこにはいらっしゃいました。

「大丈夫なのですか!?」
「当たり前だろ」
「そんなわけないでしょう?」

女性の声が割り込みます。王妃様でした。
わたくしが慌てて礼を取れば、王妃様の笑い声が聞こえました。

「そんな畏まらなくていいわよ、レーナニア。騎士団長はね、大怪我して運ばれてきて、今神官長に治療してもらった所よ。危険のある怪我を治しただけだから、残りの回復してあげてくれる?」
「いやぁ、王妃様、もう大丈夫で……」
「よろしくね、レーナニア。私は別の人の所に行くから」

騎士団長が言いかけたのを、王妃様は全くの無視です。でしたら、わたくしもそれに習いましょう。
騎士団長様の怪我を確認します。
確かに命の危険のありそうな怪我はありませんが、それでも放っていていい怪我ではありません。

「『水よ。彼の者に癒す力を与えよ』――《回復ヒール》」
魔法を使うときは、魔力病の魔道具を外します。この時ばかりは、魔力を吸い取られてしまうと困りますので。
騎士団長様の顔を見れば、とても困った顔をしていらっしゃいますが、素直に《回復ヒール》を受けて下さっています。

「なぜ、こんな大怪我をされてしまったのですか?」
伺えば、バツの悪そうな顔です。

「ちっとな。魔族と戦いになったとき、素直にアレクの忠告に沿ってりゃ良かったのに、ホントに効かねえのか、なんぞ考えちまったのが悪かったな」
剣技が効かない、というアレクシス殿下の忠告については、わたくしも聞き及んでいます。

しかし、それよりも何よりも。
「……魔族が本当にいたのですね」
「ああ、いたな。――想像以上に、厄介な相手だ」
騎士団長様は、難しい顔をして遠くを見ます。戦いのことは、わたくしには分かりません。
ですから、言えることはそんなにありません。

「魔族の相手が、騎士団長様しかできないのであれば、大丈夫などと言わずに傷はしっかり治して下さい。――バルムート様が帰ってこられたとき、騎士団長様は傷をきちんと治さずに魔族と戦って負けました、なんて話をされたくないでしょう?」
騎士団長様は、意表を突かれた顔をされました。

「……確かにそいつは勘弁だな。あの馬鹿息子に大笑いされそうだ」
目を瞑って、口元だけは笑みの形を浮かべる騎士団長様は、何を思っているのでしょうか。


※ ※ ※


「神官長、もういいわ。休みなさい」
王妃様の声がします。

視線を向ければ、神官長様がフラフラされているのが見えました。
騎士団長様の回復が終わって、そちらに向かおうとしたら、騎士団長様の方が早かったです。

「神官長、でけぇ傷の奴はもういねぇから大丈夫だ。急遽来てもらって助かった。後は休め」
「……いえ、もう少しでしたら大丈夫ですから」
「そんなフラフラで、大丈夫もないでしょう?」
騎士団長様と王妃様とで、交互に声をかけていますが、神官長様はなかなか首を縦に振らないようです。

「どうしてもと言うのなら、あなた、マジックポーションを持っているのでしょう? もったいないと言わないで、せめてそれを飲んでから再開しなさい」
王妃様の言葉に、神官長様は困った顔をされました。

「今はもうないのです。――全部、あの子にあげてしまいましたから」
あの子、という言葉に、王妃様も騎士団長様も複雑な顔をされました。
間違いなく、旅に出たユーリッヒ様のことでしょう。

わたくしが進み出ます。
「でしたら、神官長様はお休み下さい。後はわたくし達で何とかできます。無理して倒れてしまえば、戻ってきた時にユーリッヒ様が心配されてしまいます」
「……あの子の場合、心配するより先に文句が出そうですね。……分かりました。少し休ませてもらいます」
出て行く神官長様を見送りました。

王妃様も騎士団長様も、神官長様も、ご子息が勇者様に付き従って、魔王討伐の旅に出ています。
どんな心境なのか、わたくしには想像もできません。


わたくしの、乙女ゲームの記憶。
魔王誕生時に思い出して以降、何も思い出せません。
ヒロインであるリィカさんの進行に合わせて思い出すのかと思っておりましたが、全くです。

もしかして、その場にいなければ思い出せないのでしょうか。
魔族との、魔王との戦い。どのように進んでいくのか。今どのくらいまで進んでいるのか。
何か思い出せれば、皆様方の助けになるかもしれないと思ったのに。


首を横に振って、気持ちを切り替えます。
思い出せるかどうか分からない記憶に頼っていられません。
わたくしに出来ることをやって、この危機を乗り越えていくしかないのですから。
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