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11話

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スカーとの戦いから数日、思いの外穏やかな日々を送っていた。

これは嵐の前の静けさでこの期間が長ければ長いほど大戦の規模が大きくなるのを意味している。スカーの口ぶりからするとまだ時間はあるがやらなければならないことが多い。

今の戦力では俺がここを離れることができないのを始め少しでも楽をするためにも戦力増強は必須なのだが、筆頭のアルがてんで駄目だ。

鉤爪や尻尾、鋭く武器となり得る部位を使って攻撃してくるが、俺には届かない。

「爪は鋭く、尻尾は先端だけ硬くしろって言ってんだろ。今のアルなら面じゃなくて点で攻撃しないと届かねぇぞ」

アルが指南してほしいなんて言うから付き合っているものの正直言って論外だ。俺が指導するレベルに達していない。そこらで少し強い魔物と戦っていた方がまだ成長を実感できるはずだ。

現に俺はただ寝転び《自動防御》が発動しているだけで何もしていない。《自動防御》で貼られる障壁も破れないようでは俺にダメージを与えることすらできない。それではこれからの戦闘ではララやルルと変わらないほどに使えない。

しかし、これはアルだけのせいではない。ドラルが余程戦術指南をしていなかった証拠だ。あの親バカめ、自分の娘可愛さにスパルタできなかったな。可愛いからこそ鍛えてやれよ…

まぁ、アルがここまで弱いのにも別の要因があるが、それは今の状況では解決できない。というか解決したところで総合的に見たら戦力は落ちる。

「お主は簡単に言うが難しいのじゃ!」

そうヤケクソに攻撃してくるが届かない。もう集中力が切れているようだ。

やはり力の差があり過ぎるとやる気を削ぎ効率を悪くする。俺はこれ以上加減することはできないため手ごろな相手が欲しいがスーでは流石に相手にならない。

「本当にセンスねぇな」

どう指導するべきか考えていると前方、木々の間から面倒な気配を察知する。

適当な攻撃を続けているアルを突き飛ばすとナイフが飛んでくる。アルは「何をするのじゃ!」なんて暢気なことを言っているが俺が突き飛ばさなければ刺さっていた。

そのナイフは障壁を破れはしないものの刺さっていた。それを見て自分がどれだけ危なかったのか気づいたのかアルは黙る。

いくらアルが弱いと言えどそれは英雄、魔王レベルで考えた時の話だ、ここらにいるような魔物には後れをとらない。

つまり手練れが来たことを意味するのだが、それが誰なのか気配で分かっていた。それなのに目の当たりにすると溜息が出る。

ナイフの飛んできた方、木々の間から1人の女性が歩いてくる。その女性は腰まで伸びた紫色の髪に桃色の瞳、目の下にある黒子が特徴的でスラッと伸びた長身とそれに反するような2つの膨らみを持っていた。そしてその膨らみを強調するように布面積の少ない服を着ていて妖艶な雰囲気を漂わせている。

「ゼ~ギ~くんっ、久しぶり~!」

ぬいぐるみでも抱きしめるように飛びついてくる。俺の背が低いからって何かと抱き着こうとする奴が多すぎやしないか?いや、スーは魔力吸収しているだけだからコレとアレだけか。

そう窓からこっちを見ているだろうアレに視線を向ける。案の定、不満そうな顔をしていた。

「何の用だ?風の噂で英雄共は動き出したって聞いたんだが?」

「だから私も動いているよ。ほら、ゼギくんに会いに来たでしょ?」

喋り出した途端、妖艶な雰囲気はどこへ…といった感じに無邪気な子供のような雰囲気に変わる。相手にするのが面倒くさい。

「さっさと要件を言え」

「そんなこと言っていいのかな~?私はゼギくんに貸しがあると思うんだけどな~」

「んなもんねぇよ。お前が勝手にやっただけだろ」

実際のところそうだ。ララとルルを買いに行ったときに一方的に手助けをされただけで頼んだ覚えはない。

「残念でした~。ゼギくんが私の手助けを加味して動いたのは知っているのでその言い分は通りませ~ん」

親しそうに話していて大丈夫と思ったのかアルが口を挟む。

「お主、この者は誰なのじゃ?」

「アリスティア・L・メナドール、《色欲の人形使い》って言えば分かるか?」

「なっ…」

驚愕のあまりアルは言葉を失っている。俺と違い魔物と最前線で戦っているから流石のアルでも聞いたことがあったようだ。

「えーっと、私はゼギくんとお話があるから口を挟まないでくれると嬉しいなー」

表情は笑っているが目は笑っていない。その瞳には邪魔をしたら殺すというような意味が込められている。それに委縮したのかアルは口を両手で塞ぎ頷く。

おいおい、仮にも魔王だろ。少しは戦う意思を見せろよ…

もう何度目か分からないが、それでも呆れる。

「居る分には都合いいかな…。ゼギくん、私に協力してよ」

「協力?俺がメナに?」

メナは七英雄の中で最も戦力を有していると言っていい。魔王で言うならスカーのようなタイプだ。そのメナが協力してほしいということは数の暴力が通じない相手……あー…

思い当たる相手が1体居た。

「断る。あんな面倒くせぇ奴と戦いたくねぇよ。1人でやれ」

「そういう訳にもいかないのだよ、ゼギくん。七英雄には柱を倒すノルマが課せられたの。ゼギくんは無視するつもりかもしれないけど、この交渉に応じないなら私はドラルを倒すことにするよ。柱で1番弱いのは間違いなくドラルだからね」

「どこが交渉だ。ただの脅しだろ」

「交渉だよ。ドラルと戦ってもゼギくんと1戦を構える気はないからね。勿論、私のせいで失った住処は私が補填するよ。それに私のおまけ付き。いい条件でしょ?」

「そのおまけがいらねぇんだよ」

「じゃあ聞くけど。ドラルについてこの先生き延びられると思っているの?今回の大戦はどちらかが絶滅するまでやるつもり。皇国と帝国が停戦するくらいには本気だよ」

それが本当なら本気のようだ。しかし、メナは俺と同じように人間側に対する執着がないはず。そのことが引っ掛かる。

「メナは俺と同じで傍観する側だと思ってたんだけどな」

「私はそこまで薄情じゃないよ。それにゼギくんと私が参戦しなかったら1人で2柱倒さないといけなくなるでしょ?それは流石に無理だよ。だから私も参戦せざるを得ないの」

まだ引っ掛かる。百歩譲ってそこまで薄情じゃなかったとして何故アイツを選ぶのか。メナなら他の魔王を選べばまだ楽に戦える。参戦とノルマが理由なら相手は誰でもいいはずだ。それをわざわざ100%勝てない相手を選ぶとはどういうつもりなのか。

「だったら何でわざわざハオを___」

鎌をかけるためにその名前を出すとメナではなくアルが反応した。

「ああぁぁぁぁぁぁあああああっ!」

突然アルは雄叫びのような声を上げ魔力を暴走させる。辺り一帯を消し飛ばすように魔力波が飛んでいく。完全なる力の暴走、潜在的に眠っている力を呼び起こしたそれは触れたもの一刀両断していった。

アルの雄叫びが上がる直前、異常な魔力の膨れ上がりを察知して《自動防御》だけでなく《障壁》を何重にも張ったのが功を奏し俺とメナの居る場所と城だけは無事だった。

凄惨な光景だ。アルを中心に球体が広がったように地面が抉れている。辺りの木々も魔力波によって切り倒されている。

幸いなのは単なる暴走だったことだろうか。これがスキルであったなら城を守る余裕はなかったかもしれない。

それにしても癪なのは鎌をかけられていたのは俺の方だったことだ。アルのこの反応を見るにドラルをやったのはハオで、それを全て見越してメナは俺にハオを倒す協力を求めに来た。

「やってくれたな」

「悪いとは思うけど私もなりふり構っていられないの。ハオは私にとっても復讐相手だから」

その言葉で全て納得がいった。

復讐のために手段を択ばないことは当然だ。その憎しみが強ければ強いほどそれは如実に表れる。だから責める気はない。

「メナが運べよ」

そう魔力を放出し切って意識を失っているアルを指さす。今の面倒料としてそのくらいはやって然るべきだ。本当なら俺も運んでほしいものだ。まぁ、玩具にされるのが分かっているから自分の足で歩くが…
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