怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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98話

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まずはエストから真継承が始まる。アタイは《強欲》の時に経験しているから驚きがないがエストは凄く呆気にとられていた。

だけど、それは真継承に対してではない。ここに居る大半がうるさいだけの無能だけど、ちらほらと貫禄のある者も居た。それなのにゼギウスのこの態度、一触即発の雰囲気で見ている方が心臓に悪い。

「シアン、来い」

ゼギウスに呼ばれて隣に立つ。ひとまずエストの真継承は無事に完了したようだ。いや、問題は慣らしの方か。アタイもメナドールもまだ終わっていないが、アレをエストができるかは疑問だ。

アタイも《強欲》の残りと《暴食》を1からやらないといけないのか。人の心配をしている余裕はなさそうだ。

「《真継承・暴食》」

ゼギウスがそう唱えると光がアタイの元に集まってくる。それらはアタイの体の中に入っていくと消えた。

これで真継承は完りょ…う?

直後、体の中で違和感を覚える。これは《強欲》の時にはなかった現象だ。

心臓に相反する2つの力が互いを食い合おうとしているような感覚で、その波の内側にある心臓は潰されそうだ。これがゼギウスの言っていた衝突なのだろうか。

その苦しみに倒れ込みゼギウスに助けを求めるように視線を送る。それをゼギウスは即座に感じ取ったのかスキルを唱えた。

「《怠惰の砂時計》《10分の1》」

ゼギウスのスキルで苦しみは少し和らぐ。今まで雑巾を全力で絞って次の瞬間には逆方向に全力で雑巾を絞られていたような感覚だったが、その捻じれがゆっくりになる。

限界まで絞られた時が苦しい事には苦しいがさっきよりは何倍もマシだ。これならまだ堪えられる。というか堪えられないと《暴食》を回収されてしまう。

そうゼギウスに大丈夫だと視線で合図を送ろうとするが、目玉の動きが遅い。心臓の鼓動もそうだが、時の流れが遅くなっているのか。本当にゼギウスの力は底が知れない。

その中でゼギウスだけが普通に動くとアタイの背中に手を置いて状態を確認する。

止めて。この苦しみは堪えられるからアタイの中から《暴食》を奪わないで。

確認を終えたゼギウスがアタイの顔の前に顔を出す。嫌な予感がして止めてと言おうにも口の動きは遅い。聞かないように目を瞑り、耳を塞ごうとするが間に合わない。

嫌___

「安心しろ。別に回収しねぇよ。これは衝突じゃねぇ。まぁ、衝突じゃなくても体がもたねぇと思ったら回収するからな」

___え?…ふぅ。それなら良かった。あとはこの苦しみに耐えるだけ。

そう思っていたが、そんな簡単ではない。何度か口から血が零れた。

意識は等速なのに体の動きが遅い。心臓から上ってく血がゆっくりゆっくり物理法則を無視したように通り過ぎていくのだ。それが気持ち悪いの何の、もう最悪さ。

しばらくして少し楽になるとゼギウスは《1分の1》と唱えると体と意識の動きが連動した。

「助かっ___」

「貴様は原初の子だったのか」

ゼギウスにお礼を言おうとしたが貫禄のある声に遮られた。原初の子?いったい何のことだ?ゼギウスのお母さんの話?

そう貫禄のある声が向けられた相手、ゼギウスの方を見るとゼギウスがいつになく警戒しているように見えた。今までの警戒とは違う、未知に対して恐怖しているようだ。

「何でお前が原初を知ってる?」

「儂も原初の子だからだ。それにしてもまさか、原初の子が魔物の七罪を担っていようとはな」

この貫禄のある声の親がゼギウスと同じ?余計に分からない。

それはアタイだけでなく他の光も同じようでざわついている。

「他と格が違うと思ったらそういうことか。それで、わざわざ名乗ったからには言いたいことがあるんだろ?」

「原初、儂等の母は前の種を滅ぼした後、後の種に滅ぼされることを予見していた。それが世界の習わしだと。だが、後に原初が元老院に居た頃、魔物に奪われる直前に予見を変えた。人間は飼い殺しにされる。母はそれを打ち破る子を用意すると言っていた。だからその子が現れたら与えろと」

前の種?後の種?分からないことが多いが、話のスケールだけが大きくなっていく。こんなものをマルスもゼギウスも背負っていた?同じ肩書なのに背負っていたものの大きさが違う。そこに情けなさすら覚えない。

ただ、少しでもアタイも大きくならないと、と思う。2つの称号に見合うだけの大きなものを背負えるように。

そんなアタイの心の内とは関係なしに話は進んでいく。

「何をだ?」

「真継承、儂そのものをな。気づいているとは思うが真継承は歴代の七英雄、その魂を取り込む。故に続けば続くほどその効力を増すが、真継承を施された者が死ねばその力の一部は永久に失われる。そして、いつの真継承においても儂を取り込ませたことはない」

周りの光のざわめきは増していくが、2人には聞こえていないようだ。っていうかよくこの声を無視できるね。「どういうことだ!?」や「初代様、何をお考えに!」といった内容の無い焦った声で騒がしい。

「そうか。で、今の俺に真継承できるのか?」

「問題ない。衝突と拒絶は違う。儂を取り込むということは儂が真継承の主導権を握るということ、儂が拒絶をしなければ拒絶は起きない」

ゼギウスがアタイに言ったことは違う。アタイには衝突ではないと言ったが、今の言い方は衝突が起きるという言い方に聞こえた。だけど、ゼギウスがそれを気にしている様子はない。アタイの考えすぎ?

「で、お前はどの称号だ?」

「どれでもだ。儂は全てに対応している。《嫉妬》と《憤怒》、両方を真継承しろ。さもなくば負けるぞ?ゼギウスの他に魔の七罪と戦える者はいない」

「分かった。《真継承・嫉妬・憤怒》」

ゼギウスがそう唱えると残っていた光が全てゼギウスに取り込まれていく。だが、その数はアタイが真継承した《強欲》と《暴食》を足したよりも明らかに少ない。

さっき言っていたように《嫉妬》の真継承の一部が失われているようだ。

全てがゼギウスの体内に取り込まれると途端にゼギウスは苦しみ出す。アタイと同じように心臓が潰されそうになっているのだろう。でも、アタイの時は《強欲》と《暴食》の2つだったがゼギウスは《嫉妬》と《憤怒》に加え庭の七罪の《怠惰》まで入っている。

その苦しみは計り知れない。《怠惰の砂時計》を使えばいいのに使う気配がない。もしかして苦しさのあまり使えないのだろうか?いや、使えないのか。

《怠惰の砂時計》を使っている間もゼギウスの時の流れだけは変わっていなかった。あのスキルは自分自身には影響を及ぼせないスキルなのか。

それだとゼギウスは___

そう思った瞬間、ゼギウスは大量に吐血する。慌ててゼギウスに駆け寄ろうとすると手で制止された。

「離れろ…」

ゼギウスがそう言った瞬間、ゼギウスの体中から血が噴き出す。その噴き出した血は濃い魔力を帯びているのか落ちた場所を溶かしていく。

「ぐあぁぁぁあっ!!!!!」

雄叫び染みた声と同時にゼギウスの体から今度は様々な属性の魔力が飛び出していき辺りを破壊していく。それは紙一重でアタイとエストには当たらない。

下手に動けないままいつ当たるかも分からない恐怖に曝され続けてしばらくすると元老院は見る影もなく壊れて穴だらけになっていた。

「ゼギ、ウス…?」

そう立ち尽くすゼギウスの肩を叩く。さっきのは間違いなく暴走だ。

衝突の中で起きた暴走、その代償は計り知れない。本当にゼギウスが絡むと想像の域を超えることしか起こらない。

「……あ、あぁ、悪いな。少しむしゃくしゃした。帰るか、《転移》」

むしゃくしゃしたで済む威力じゃなかったけど……ひとまず無事なら良かったさ。

そう思いながら王城に戻されるとドラルの城に帰った。
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