怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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120話

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レイブンもようやく仕掛けてくる気になったのか雰囲気が変わる。体や服の輪郭をなぞるように渦巻く風と背後に現れた雷でできた複数の槍、これがレイブンの本気。闘技場では出させることすらできなかった段階か。

そこに警戒は必要だが、アタイの動きは変えない。というか体が勝手に動いた。

今まで通り先手で仕掛けるように短剣とナイフを取り出して正面を中心に広角に投げ、不規則に《起爆》していく。それと同時に接近していきプレッシャーをかける。

《起爆》で変化させた軌道を更に《起爆》で変化させ惑わせるが、全て風の防御に弾かれた。

だが、防御の範囲も分かった。雷は完全に攻撃用なのか動かしてくる様子がなかったが、風は見えている通りのようだ。

体勢は崩せていないが、接近戦には分がありそのまま仕掛ける。

短剣の刃を外向きにして両手に持ち思考させる間も与えないように連続攻撃を仕掛けるが、その全てはレイブンに動くことすらなく弾かれた。

「はぁ…所詮はこの程度か」

そう呆れたように呟きながらレイブンはパイプを咥える。そこに気の緩みが生まれたかと思いきや背後の雷が放たれた。

余計なことを何も考えていなかったからか速く反応でき《軽業》を連続で使って躱し切る。だが、少しでも反応が遅れていたら当たっていた。

それに、もし直撃していたら致命傷になっていただろう。地面に刺さるのと同時に槍は爆発したが、そこからは凄まじい魔力を感じた。

それでも退く訳にはいかず、距離を詰めるために《軽業》を使う。

短剣に流す魔力量を増やして強度を上げつつ鋭さも高める。それでも風の防御は破れず、斬りつけている間にレイブンは紫煙を吐きながら再び雷の槍を生成した。

本当に人の心を乱すのが得意な奴だ。その乱すために装った傲りが自分の身を亡ぼすってことを教えてやる。

敢えて隙を生じるように、冷静さを失っているように見せかけるために正面から向かっていきながら短剣に流す魔力量を増やして砕け散らせる。それをレイブンは見逃さず雷の槍を放つ。

かかった。

「《暴食》」

自分の意思で使うのは初めてだが、スキルを唱えて手を前に出して雷の槍を呑み込む。今回、生成され放たれた槍を全て吞み込むと、それらを内側で全て混ぜて1つの弾にして指先から放出する。

これなら風の防御を貫ける、そう思っていた。

しかし、雷の弾はレイブンのパイプの先、ボウルの部分で受け止められると何事もないように吸って紫煙を吐き出された。

「これ以上、やっても無駄だね。終わりにしようか」

そうレイブンは纏っている風を解除してアタイの方へ歩いてくる。これも挑発の一種かと思ったが、レイブンはパイプを仕舞い羽織を脱いだ。

「何勝手に終わらせてるのさ」

「もう分かっているだろう?どれだけやっても無駄だよ。私の風の防御を突破するのに《暴食》を使った。それは自力じゃ突破できないのを本能が悟ったからだ」

「そんなのやってみないと___」

「はぁ…私に負けたくないっていうのは分かるけど、素直に認めな。この戦いはもう詰んでるよ」

確かにこの戦いで分が悪いのは分かる。アタイは高威力のスキルを使える訳じゃないし、《強奪》もスキルを使わないレイブンの前では無力だ。

それでもレイブンもアタイと同じように決定打を打てている訳ではない。それに今になって気づいたが、この戦いではまだ《愚歪なる世界》を使っていない。だから持久戦に___

「今、持久戦って考えたね。別にそれを否定する気はないよ。魔力量で見ればシアンの方が格段に上だ。それに1回の攻防に使う魔力量も私の方が多い」

「それなら___」

「ねぇ、1つ聞きたいんだけどシアンの目標は私に勝つことなのかい?」

何だ、その意味の分からない問いは。まるでレイブンの方が格上かのような言い方だ。闘技場の勝負では負けたし今も劣勢と言える。それでもレイブンに劣っているかと言われたらそんな気はしない。

庭という格上との戦闘を控えている今、同格や格下には負けていられない。だからその問いに対する答えは決まっている。

「自惚れるな。アタイは庭との戦いに勝たなきゃいけない。その前座にもならないレイブンに負けてられないのさ」

「はぁ…本当に呆れてものも言えないね。それなら私に勝つ必要はないじゃないか」

「何言ってるのさ。アンタにも勝てなきゃ庭になんて勝てる訳ないさ!」

「相手が違えば戦い方も違う。たとえ格上だろうが格下だろうが戦い方1つで相性は大きく変わる。庭がどんな戦い方をするかは分からないけど、私に勝つ必要はない。今、求められてるのは自分の欠点を見つけ、どう最高点を上げて庭と戦うかだけだよ。違うかい?」

言っていることは分からないでもない。だけど、それは相手が分かっている場合だ。

もしかしたら庭はアタイやレイブンと同じような戦い方の可能性もある。これ程、人心掌握に長けている相手がいるとも思えないが、レイブンにも勝てないアタイは庭にも勝てない可能性が高くなる。目の前に問題があるのにそれを放置はできない。

「アンタと同じ系統だったらどうするのさ。アンタにも勝てないアタイがそれよりも強い庭に勝てる可能性は低い」

「もしかしてシアンはどんな相手でも勝てる準備をしようとしてるのかい?」

また答えの決まっている問いを投げかけられる。

「当り前さ」

「ふふふ、ははははははは」

何がおかしいのかレイブンは腹を抑えて大声で笑う。これだからレイブンが七英雄になるのは嫌だったのさ。自覚に欠けている。

「何がおかしいのさ。アタイたちが負ければ人類は滅びる。それなのに相性が悪かったから負けましたなんて戦いは許されない」

「そうだね。いつ如何なる理由があろうと結果が全てで敗者に言い訳は許されない。その上で聞くけど現状、庭とシアンどっちの方が強いと思う?」

またまた答えの決まっている問いだ。目的の見えない問いだが、無意味に聞いているとは思えない。

「認めたくないけど庭さ。少なくともそういう想定をしてるからこうやって鍛えてるんじゃないか」

「なら自惚れるのも大概にしなよ。短期間で格下が格上に勝たなきゃいけない。それだけでも難しいのにどんな相手にも勝てるように?救いようのない馬鹿だね。そんな完璧な準備をする時間も能力もないから全員が長所を伸ばしながら短所をどう賄うかを模索してる。私が敵ならこの上なく楽だね」

そこまで言われてようやく気づく。今までの答えの出ている質問をしたのはアタイがどこまで自分を見失っているかを測り、それを気づかせるためだった。

アタイは全てに対応しようとするあまり、全ての能力を平均的にしようとしていたようだ。それは突出した部分を失い全てが敵に劣る能力になってしまう。そうなったら庭の誰が相手だとしても勝てなくなる。

そんな簡単なことも見失っていた。

だけど、そうなった理由は分かっている。レイブンが言っていたようにアタイには相手の防御を貫ける高威力のスキルがない。

《強奪》は相手のスキルを使えるが、レイブンのようにスキルを使わなかったり自分の致命傷にならない程度に威力を抑えられたりすると効力は弱まる。《暴食》も相手のスキルを無力化する防御であって攻撃はおまけだ。

普通の相手にならこの2つも十分過ぎるほど武器になる。だけど、アタイたちの状況を見ることのできる庭を相手にこの2つの武器は封殺される。そうなるとアタイには武器がない。

それにアタイのような戦い方は手の内を知られれば知られるほど不利になる。それを少しでも軽減するためには手の内を増やす必要があった。

だから対応力の上昇と共に戦略を悟らせず何でもできるバランスを求めていたのだが、返ってそれが勝ちの芽を無くしていた。

言い方は腹が立つがレイブンの指摘は全て正しい。今のアタイに必要なことを見抜き教えられる。ゼギウスも直接見れば気づくだろうが、ゼギウスにそこまで負担はかけられない。

「レイブン、アタイに強くなる方法を教えてほし…ください」

そう頭を下げる。本当はこんな奴に頭を下げたくはない。だけど、そんな個人的な感情よりも優先しなくてはならない。それが七英雄であり人類存亡の戦いに臨む者の責務だ。

「ゼギウスにも請け負うって言ったからね。いいよ。それじゃあ欠点の指摘から始めようか」

え…今までのは何だったのさ。そう思いながらレイブンの指導が始まった。
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