怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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144話

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何とか2人揃って屋敷を出ることができた。本当はあの屋敷の中で油断しているところを一気に叩きたかったが、仕方がない。あの傷を負った以上、あの屋敷の中で戦い続けるのは無理だ。

何せ、あの屋敷の中の魔力には毒が含まれていた。そのことにエストは気づいていなかっただろう。だから私が代わりに受けた。

私は毒が広がらないように魔力の壁を作り致命傷を避けられたが、もし無防備なエストが受けていれば死は免れなかった。これは推測ではなく事実だ。あの毒を体験した私が1番、分かっている。

だけど、私もエストも生きている。結果として被害は最小限に抑えられた。

さて、ここからどう動くのかしら?自らの手を汚さないラストでもここまでされたら自らが戦うしかない。ここからが見ものね。

そうもぬけの殻になった屋敷を注視していると、正面からラストは現れた。

「お見事…」

拍手をしながらラストは近づいてくるが、雰囲気が禍々しい。言葉は穏やかで姿も人間のように戻っていたが、魔力が違う。

「何をそんなに恐れているのかな?僕は称えているんだよ?」

「そうだったの?怒り狂っているようにしか見えないわよ」

そう言葉では言うものの体はこの場を離れたいと叫んでいる。1歩、また1歩とラストが近づいてくるにつれ体の震えが強くなっていく。

「無理をしなくてもいいんだよ」

「あら、これは武者震いって言うのよ。知らなかったの?」

「それなら向かってきなよ。いつまでも震えているのは大変だろう?」

その言葉に誘われるように体が勝手に動く。戦うために向かっているのではない。この圧に耐えられず、ただ死を受け入れに行くように無抵抗で歩いているのだ。

頭では止まれと指示を出しているのに止まらない。まるで体がラストに《魅了》されているようだ。

これがラストの本気の《魅了》。理性ではなく本能を《魅了》して相手にただ死を受け入れさせる。本能が屈服してしまったらもうどうしようもない。

そんな私を受け止めるようにラストは剣を構えている。その剣に吸い込まれるように足は進んでいき、心臓に刺さ___

「メナドールさん!止まってください!」

後ろからエストがしがみつかれて剣まであと数ミリというところで足は止まった。

この圧を放つラストを前にエストは正気を保っているようだ。

私よりも弱いと思っていたのに強いな。私が引っ張らないといけないと思っていたのに本当に大事な所で助けられている。ここまで取り繕えたのもエストが居たからだ。もしエストがいなければとっくに私は死んでいた。

やっぱり私は取り繕っていただけで、いつまでも操り人形を抜け出せない誰よりも弱い人なんだ。始めからこの舞台に立つ資格がなかったんだ。

そう弱い私が表に出てくる。こうなってはもう取り繕えない。

「へぇ、君には効いてないんだ。これはグリードの一部にも効くんだけどなぁ。差し詰めメナドールへの想いの強さって言ったところかな?その想いを僕に向けてほしいな」

そうラストが笑顔を浮かべると、目の前で止まっていたはずの剣は私だけでなく後ろに居たエストちゃんをも貫く。

痛みはない。ただ、心の内にあるのはゼギくんの期待に応えられなかった悔しさとエストちゃんへの申し訳なさだ。

ゼギくん、ごめんね。どれだけゼギくんに期待されてチャンスを与えられても変われなかった。

この戦いはどれだけ私が足を引っ張ろうと少しでもゼギくんのために戦おうと思っていた。それなのに、それすらもできなかった。

エストちゃんもごめんね。本当は私が引っ張っていかないといけなかったのに最後の最後で私が足を引っ張っちゃった。

だけど、エストちゃんは死なせないよ。ここで死ぬのは私だけでいい、この戦いについていけなかった私だけで。

背中で一緒に貫かれているエストちゃんとの間に魔力体を生成して剣から押し出す。押し出されたエストちゃんはその場に倒れるが、絡繰り人形の背中に乗せて靄の方に走らせる。

エストちゃんは剣で貫かれた肉体への負担と私がやられたという精神的な負担が重なったせいか意識を失っている。何度もエストちゃんの前で倒れて精神的な負担を与えているのは悪い気持ちでいっぱいだけど、今は意識を失っている方がありがたい。

もし意識があったなら今の私には止めきれないから。それに、抵抗するエストちゃんを強引に運ぶほどラストが猶予を与えてくれるとも思えない。

「僕がそんなこと許すと思っているのかい?」

思っていた通り、ラストは見逃してくれそうにない。

弱い私でいい。少しでも、一瞬でも、時間を稼いでエストちゃんをここから逃がす。

「敵に許してもらう必要があるのかしら?」

言葉だけは取り繕いながら弱々しい震える声を振り絞る。

「それは尤もだね。だから力尽くで止めさせてもらうよ。《ラスト》」

召喚されたヤギは私を無視してエストちゃんの方へ走っていく。だけど、そうはさせない。

残っている魔力で高濃度の魔力体を生成してヤギの方に向かわせる。

高濃度の魔力体は自分の体と何ら遜色ない。それどころか身体能力は私よりも高い。それに痛覚がないから無茶な動きもさせられる。

直接ラストに対峙する訳ではないからか魔力体は思ったように動かせる。ヤギよりも速く移動して回り込むと、正面から角を掴む。が、その勢いを殺し切れず押されていく。

それでも減速させることはできて絡繰り人形は靄の中に消えて行った。

ゼギくん、あとは任せたよ。

そう魔力体の維持ができなくなるのと同時に私の意識も遠退いていく。もう限界だ。残っている魔力を全て使った。

「僕を怒らせておきながら楽に死ねると思ったのかい?」

意識が途絶える寸前、ラストの声が聞こえたかと思ったら意識が戻っていく。剣も引き抜かれ傷口は塞がれる。

「え…?」

あまりにも理解できない行動に思わず声が漏れる。だが、その意図はすぐに分かった。

再び剣を突き刺されたのだ。今度は腹部に刺されたかと思ったら、内臓を抉るように剣をこねくり回される。

それはさっき心臓を貫いたような命を奪うための攻撃ではなく相手に苦痛を与えるための攻撃だ。

内臓をグチャグチャにかき混ぜられてどこに何があるか分からなくなると意識は再び遠退いていく。だが、それを許さないように剣を引き抜かれ、今度は太腿に突き刺された。

その痛みで意識が戻る。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」

言葉ともならない悲鳴が漏れる。それを見てラストは恍惚とした表情を浮かべていた。

「いいね、この姿を見たかったんだよ。できれば心が壊れる前の君にやりたかったんだけど、これはこれでいいね。いい表情だよ」

歪んだ性格ね、なんて声に出す余裕はない。言葉にならない叫び声しか口からは出てこない。

意識を戻されても体は限界で、また意識が遠退いていく。今度こそもう終わりだ。

そう思っていると体の内側が再生されていく。

その現実に体の震えが止まらない。また同じことを繰り返される。その恐怖が頭を過った。

「嫌っ、嫌っ…嫌ぁぁぁぁぁあっ!来ないで!来ないで!」

腰が抜けて座り込んだままラストから逃げようとする。それはか弱い少女が屈強な大人の男性に抵抗するように無力だ。

少しでも良心があれば見逃すような状況でもラストが許してくれる訳もなく、私の顔が恐怖で歪む様を楽しみながら近づいてきた。

「僕を怒らせたんだ。あと5回、10回、いや、ゼギウスが来るまでかな?もっと楽しませてもらうよ」

その宣言通り終わりの見えない恐怖が続いた。
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