怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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143話

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また私のせいでメナドールさんがやられた…?

目の前で剣を引き抜かれて倒れるメナドールさんを見ながらそんな思考が頭を過る。

その受け入れ難い現実に目の前と頭が真っ白になり倒れそうになる。だけど、それは庇ってくれたメナドールさんの想いを、行動を無駄にしてしまう。

そう思い何とか意識を保つ。そこからすぐに立ち上がりラストを槍で突こうとする。

しかし、ラストはまるで自分が屋敷の一部かのように壁の中へ消えていった。

ラストを退け、すぐにでもメナドールさんの治療をしたいが、そんなことを許してくれるはずもなくヤギに取り囲まれた。それはあの時と同じようだ。

これは私への精神攻撃なのだろう。あの時と同じ状況を作ってまた私に何もできない無力感を味合わせる。それで壊れたところに止めを刺す。

趣味の悪そうなラストのやりそうなことだ。

だけど、私はあの時とは違う。私はまだ動ける、今この一瞬にも行動に移すだけの余力が残っている。

「《魔球演舞》」

魔力球を56個生成して軌道に乗せて左右から7個ずつ自由に動かす。魔力球で近づいてくるヤギを一掃しながらメナドールさんの傷を確認する。

「メナドールさん!大丈夫ですか!?」

そう声を掛けるが、返事はない。メナドールさんが水着のような格好というのもあって刺された場所は服を脱がせなくても見えている。

ひとまず状態を確認するにも出血を止めなければならない。貫通したお腹側と背中側の傷口を魔力で塞いで止血する。

貫通しているとはいえ、刺さった場所を見ると意識を失うほど致命傷になる場所ではない。それなのに返事がないということは何か毒の類を入れられたということだろう。

私は医術に関して詳しくはないが、あれから闇商人やゲンに医術の基礎は教えてもらった。

メナドールさんの体に手を当てて内側の魔力を見ようとする。私はまだ下手で手の当たっている部分の内側しか見えないが、それでも毒の広がり切っていないだろう今なら十分だ。

患部を中心にメナドールさんの魔力とは違う魔力が靄のように薄く広がっている。おそらく意識を失っている原因はこれだ。

傷口を塞いでいる魔力を弱め異物を取り除こうとする。が、背中からヤギの突進を受けて吹っ飛ばされた。

こっちに集中し過ぎて魔力球の操作が疎かになっていたようだ。

吹っ飛ばされながらろくに受け身も取らず、魔力球の操作にだけ意識を集中してメナドールさんの周りに集まってくるヤギを一掃する。畳に何度か打ちつけられて勢いが収まると立ち上がってメナドールさんに近づく。

吹っ飛ばされた時に傷口に触れてしまったのか、さっきよりも傷口が広がっていた。それをすぐに塞ごうとするが、先に異物を取り除くことを優先する。

さっきまでの傷口だと精密な魔力操作のできない私は異物を取り出せない。だから、広がった傷口を利用して異物を私の魔力で覆って取り出していく。

意識を失ったまま表情1つ変わっていないが、さぞ苦しいだろう。私は医術が下手だからメナドールさんの魔力に私の魔力をぶつけてしまっている。それは体で小さな拒絶反応を起こしているはずだ。

それでも私にはそうすることしかできず、溢れる涙をそのままに「ごめんなさい」と何度も謝罪しながら異物を取り出す。だけど、私にできるのはこれが限界だ。

異物を全て取り出し終える頃には患部からメナドールさんの血が溢れ患部付近の魔力は全て取り出してしまった。

それでも異物は全て取り出せた。それを終えるなりすぐに傷口を塞ぐ。

これでしばらくしたら意識を取り戻すはずだ。私の医術が下手とはいえ、メナドールさんの自然治癒力ならこれでどうにかなると信じる。

だから、それまでは私が耐え抜く。

そこからは魔力球の操作にだけ意識を集中してヤギを倒していく。操作していた14個の魔力球はヤギを倒すごとに小さくなっていき消える。その度に次の魔力球、次の魔力球と消費していくが終わりが見えない。

「あれ…?」

次の魔力球を生成しながら戦っていたはずなのに気づけば手元の魔力球は全て無くなっていた。

どうやら想像以上に魔力を消費していたようだ。魔力球を同じ威力で生成できなくなり魔力球が消えるペースに生成が追いつけなくなっていた。

そのことに気づくのが遅かった。

もう目の前までヤギが迫っていて吹っ飛ばされそうになる。

だけど、もう限界だ。魔力球を生成する余力がない。

せめてメナドールさんが目を覚ますまでは持ち堪えたかったな。

そう目を瞑ってヤギの攻撃を受け入れようとする。

しかし、いつまで経ってもヤギの攻撃が私の体に当たる気配はない。

「全く、すぐに諦めるのはエストの悪い癖ね」

その声に思わず目を開けて振り返る。すると、そこにはメナドールさんが膝に手をつきながらも立っていた。

正面に向き直ると目の前には巨大な盾が生成されていてヤギの突進を防いでいる。

メナドールさんが目を覚ました。その事実に活力が生まれてくる。

尽きかけていたはずの魔力は体の奥底から溢れるように湧いてきて、再び《魔球演舞》で魔力球を生成する。それを縦横無尽に操りヤギを倒していく。

「メナドールさん!良かったです!」

少し余裕のできたところで涙ながらにメナドールさんに飛びつくと、そのままメナドールさんは受け止め切れずに後ろに倒れる。嬉しさのあまりに忘れていたが、メナドールさんは立ち上がるのがやっとな状態だった。

「ごめんなさい。ごめんなさい…」

色々な意味を込めて謝ると、メナドールさんは私の頭を優しく撫でてくれた。

「いいのよ。ありがとね、私の治療に意識が戻るまで戦ってくれて」

「いえ、私のせいでメナドールさんが倒れたから当然です。私が不甲斐なかったせいで…本当にごめんなさい」

「いいのよ。今こうして2人とも生きてる。それだけで十分じゃないかしら?」

その言葉で余計に涙が溢れてくる。私のせいでこうなったのに優しく包み込んでくれた。

「ふふ、でも気を抜いちゃダメよ?戦いはこれからなんだから」

「はい!」

涙を拭いて立ち上がりヤギを倒していく。だが、このままだとじり貧になるだけだ。

メナドールさんが倒れる前、突破口を見つけていたのに、私のせいでその機会をふいにした。新しい突破口を見つけるにしろ同じ手を使うにしろ、今度は勝手な動きをしない。

「私が魔物の相手をするのでメナドールさんはその間に体力の回復と作戦を考えてください」

「えぇ。任せたわよ、エスト」

その言葉で更に力が湧いてくる。だけど、更に更に力が湧いてきた。

メナドールさんの魔力が薄くなったのだ。だが、それは弱っているからではない。魔力を内に留めて回復しているといった感じだ。

だから今、攻撃されればメナドールさんに防ぐ術はない。それだけ無防備な状態を曝け出している。それは、あんな失態をしたにもかかわらずメナドールさんがそれだけ私を信じてくれているのだろう。

その期待を裏切る訳にはいかない。

しばらくメナドールさんにヤギを近づけないように戦っていると、メナドールさんの魔力が濃くなる。どうやら治療が終わったようだ。

「エスト、もういいわ。あとは私に任せなさい。《第二形態》」

その指示に従って魔力球を軌道に戻す。それと入れ替わるように壊れたはずのヤギの姿をした絡繰り人形が前面に出てきた。

それは部屋の手前に向かって前進していき正面のヤギを一掃する。横や後方から向かってくるヤギを私が倒そうとすると、メナドールさんの魔力体が現れて倒していった。

これだと本当にメナドールさんに任せるだけになるが、さっきは私がしゃしゃり出て壊してしまった。だから前面に出たい気持ちを抑えてメナドールさんに任せる。

絡繰り人形は手前にある襖から出るかと思いきや、ラストが出てきたのと逆の壁に突進する。

まだ傷が治っていなくて操作を誤ったのかと思ったが、違った。

絡繰り人形の突き破った壁の先には廊下があったのだ。それからも何度も壁を突き破っていくと、屋敷の外に出た。
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