怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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142話

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あのまま壊れると思っていたが、持ち直したか。だが、それもいいだろう。カイゼルに対しての苛立ちはまだ収まっていない。それを後継のシアンにぶつける。

それは万全の状態のシアンを打ち砕かなければ収まらない。それで平静を取り戻してゼギウスと対峙する。

「そうか。それならかかってこい」

「言われなくてもそうするさ」

シアンは最短距離で接近してくる。その動きには迷いがなく、太腿に傷を負っている者にも、ましてやさっきまで死を受け入れていた者の動きにも見えない。

「《風雷》」

カイゼル戦とシアン戦を通して最速の《風雷》を放つ。今まではカイゼルへの攻略の一手とシアンが立ち直った時への布石として速度を抑えていた。

だが、もうその必要はない。カイゼルのあのスキルが無くなった今、警戒すべきものはもう何もない。

そう数段速度を上げた《風雷》だったが、あっさりと《暴食》で吸収される。それに、ただ防がれただけでなく即座に吸収した《風雷》は放出された。

それを軽く体を捻って躱す。カイゼル戦で想定以上に魔力を消費していた。ゼギウス戦も考えればあまり魔力を無駄にできる余裕はない。

だが、その思考を読まれていたのか、ただ最短で突っ込んできているのか、軽い回避の間に距離を詰められていた。

「《プライド》」

体勢の立て直しと出方の窺いを兼ねて下がりながらライオンを召喚する。

それでもシアンの動きに変わりはなかった。

微塵も迷っていないように《暴食》でライオンを食べて接近してくる。その迷いのない動きで余計に距離を詰められた。

懐まで潜り込まれるとシアンはクナイでの接近戦を仕掛けてくる。

一切のフェイントもなく首筋目掛けてクナイを振るその動きはカイゼルのような最短で命を取りにくる動きだ。

カイゼルに中てられて気でも迷ったか。シアンはこれまで小細工を使い無駄をどう無駄にせず活かすかという戦い方をしてきた。そのシアンが最短で狙ったところでそれはシアンの中でであって俺やカイゼルの最短には程遠い。

カイゼルとの戦闘で目が慣れていたのもありそれを簡単に受け流す。

「かかったね。《起爆》」

そうシアンが不敵な笑みを浮かべるとクナイが爆発した。

今までの動きはカイゼルを彷彿とさせて思考をシアンから引き離すためのものだったようだ。だが、所詮は小道具を使った小細工に過ぎない。

敢えてシアンの方に突っ込み被害を抑えようとする。クナイを投げずにゼロ距離で《起爆》したということは、《起爆》を悟らせないようにするのと自分側への爆発は《暴食》で食べるためだ。

クナイを間に入れて反対側にシアンがいる状態で《起爆》されたせいで多少のダメージは負うが、爆心地を超えてシアン側に避ければ大した傷にはならない。

そう思っていた。

だが、シアンは《暴食》を使わなかった。その結果、俺はただ爆心地に近づいただけでより大きなダメージを負う。

しかし、それはシアンも同じこと。あの距離で爆発に巻き込まれればただでは済まない。

そう思っていたが、目の前にいるシアンの傷は塞がっていく。

《暴食》にばかり気を取られて忘れていたが、《強奪》を使ってカイゼルのスキルを奪っていたようだ。それでカイゼルの使っていたあのスキルを使った。

だが、あのスキルを使っているということは自身の命を燃やしているということ。長引けばシアンの命は絶える。それでも、あのスキルを攻略できるならそれも面白い。

長引かせるようなつまらない戦いではなくあのスキルを攻略する。

そう思考に隙が生まれた瞬間もシアンの動きは止まっていなかった。

「《強食・序・狐火》」

見たことのないスキルに対して体が警鐘を鳴らす。この状況で見たことのないスキル、他の戦場に居たはずのシアンがここに来ているという点がここにきて引っ掛かる。

最初は相方を見捨ててここに来たのかと思ったが、油断しているところにこのスキルでやられた可能性はある。

だが、シアンの相手はグラトニーだったはずだ。グラトニー相手にスキルの類が効くとは思えない。それにここへ来る前のシアンは天地がひっくり返ろうともグラトニーに勝てるとも思えない。

そうなるとこのスキルは毒の類か。

火の玉がゆっくりと近づいてくる間にそう思考を巡らせる。

いや、ここまで接近したにも関わらずこの遅いスキル。フェイクか。露骨な毒にはグラトニーも気づいただろう。そこへ回避したところでやられたか。

それにどの道、一撃で致命傷を与えられるほどの魔力はこのスキルに含まれていない。それなら答えは出た。

「《ライトニング》」

そう唱えて全身に雷を纏う。

ゼギウス戦への準備運動として《風雷》や《地雷》、《火氷》といったただ単に2属性を合わせただけのスキルを使っていたが、その制限を解除する。2属性のスキルは《暴食》で対処されるだけだ。

後方に閃光を走らせて移動する。それから前方に広がる火の玉に向けて稲妻を落とす。すると、その一撃で火の玉は消滅した。

「目論見が甘かったな」

再び閃光を走らせて、今度はシアンへと肉迫する。

「それはどうかな?」

「虚勢を」

手から雷を放ちシアンの心臓を貫こうとする。だが、シアンは躱せはしないものの、受ける場所をずらして右胸に穴が空いた。

しかし、その傷はすぐに塞がる。

そうか。そのスキルの弱点はそこか。

カイゼルも俺のスキルを心臓で受けないようにしていた。生者だから心臓を避けるのは本能だと思っていたが、あのスキルを使っているのならそのまま突っ込んで攻撃するくらいの判断をカイゼルは下せる。

つまり、心臓では受けられない事情があるということだ。命を魔力に変えるとはいえ、その命が先に尽きれば魔力には変えられない。

そんな至極当然なことに気づけないほど冷静さを失っていた。それ程、カイゼルに対して脅威を感じていたようだ。

「《強食・破・焼き豚》」

そうシアンが体勢を崩しながらもスキルを唱えるとブタの形をした炎が現れる。それは火の玉と同じようにゆっくりと正面から向かってきた。

火の玉の次はブタの形をした炎か。

《ライトニング》で躱せばシアンに体勢を整えさせる隙を与えてしまう。そこから再び崩して心臓を貫くには魔力を無駄に使い過ぎる。

庭の相手はあくまでゼギウスだ。その前に魔力を使い過ぎてはゼギウスと戦いにすらならない。だからこんな前哨戦で無駄に魔力を使う訳にはいかない。

両手に一層強く雷を纏い、炎のブタごとシアンの心臓を貫こうとする。

ブタを貫いた時に自分の魔力を感じたが、《暴食》で吸収した分も合わせて放出したのだろう。それは些細な問題だ。

ブタを貫きシアンの心臓に届いたかと思われたその手は《暴食》によって阻まれた。思考の分、シアンに対応する時間を与えてしまったようだ。

それでもこのまま押し切る。シアンの手を弾き心臓への道を開けた。

「《強食・急・狐豚》」

手を弾かれ無防備になりながらもシアンはスキルを唱えてキツネとブタの合わさったような獣を召喚する。それは無謀な捨て身にも見えるが、俺を格上と見ているのなら正しい。

守りに回ればその瞬間に死が決まる。それを分かっているから攻め続けているのだろう。

だが、それも紙一重で耐えているに過ぎない。

そのまま押し切ろうと《ライトニング》で両手にさっきよりも多く雷を纏って獣を貫こうとする。そう獣に手が触れた瞬間、体に拒絶反応が起こった。

毒か。それも1度じゃない。この拒絶の起こり方は2度目でなければ起こらない。だが、そう気づいたところでもう対処はできない。それほどこの毒は強く深い。

どうやら全てはシアンの手の上だったようだな。最後まで見据えるべき相手を見失っていた。それが敗因の全てだ。

それは気に入らないが仕方ない。自分の傲りが招いた結果だ。それに予定とは違うがこれも計画の範囲内だ。あとは任せたぞ。

最期は家族のことを思いながら穏やかに息を引き取った。
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