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141話
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靄を出て最初に居た庭に戻ると同じ場所かと疑いたくなるくらい荒れていた。
地面に生えていた芝生は削れていて、ただの土に変わり果てている。空気中にある魔力も歪んでいた。それは激戦の傷跡で、もう戦いが終わっていることが不思議なくらい激しい。
アタイたちよりも先に勝った誰かがここで戦った?そうなると片方はゼギウスで相手は…?……はっ。
ゼギウスが誰かと戦い、勝ってこの場所に来た。それで、ここで誰かと戦ったということはこっちの誰かが負けたということ。それがカイゼルなのではないかと頭を過る。
そう思うと足は勝手に黄色の靄へと向かっていた。
まだ間に合うかもしれない。それに負けたとしても今ならまだ息があるかもしれない。
そう希望的観測に身を任せながら靄を出るとカイゼルは立っていた。
「カイゼル!助けに来たさ!」
その直後、カイゼルの胴体はプライドの《風雷》によって貫かれた。
え……?目の前で起きた現実を呑み込めない。アタイはまた間に合わなかった?
しかし、更に呑み込めない現実が目の前で起こる。貫かれたカイゼルの体がスライムのように再生したのだ。
「しつこいぞ!《地雷》」
唖然としている間に今度はカイゼルの下半身が盛り上がった地面とそこを走る雷によって呑まれる。だが、信じられないことにカイゼルが倒れる前に下半身は生えてきた。
何が起こっているのか理解できないが、カイゼルが生きているという事実だけを受け入れ駆け寄る。
「カイゼル、助けに来たさ」
カイゼルの肩に手を置き、ここに来た時と同じ言葉をかける。
「ここに来るのはゼギウスだと思ってた」
「悪かったね。ゼギウスじゃなくてさ」
間に合ったという安堵から笑みが零れる。今度は間に合った。あの時とは違う。
「別に悪いとは言ってない。これでようやく私の役目を終えられる」
「何言ってるのさ。今から2人で反撃に___」
「それではできない。私にはもう戦う余力は残ってない」
嫌な予感がする。
「だったら後ろで休んでていい。アタイが1人で戦___」
「《火氷》」
会話を遮るようにプライドの詠唱が聞こえてくる。
アタイが前に立ち《暴食》で食べようと構えるとカイゼルが背中に手を置く。
「私の残ってる力を全て託す。だから勝って…」
「何言ってるのさ!」
そう振り返ろうとするが、目の前まで《火氷》がきていて《暴食》で食べる。それと同時に背中から魔力が注がれる感覚がした。
《暴食》で《火氷》を食べ終えると振り返る。
しかし、そこにカイゼルの姿はなかった。
「あーーーーーーーーー!!!!!」
アタイの不甲斐なさでまた守れなかった。力を託されて先に逝かれた。
それがグラの時と重なり頭が真っ白になる。体の内側から魔力が爆発するように溢れて暴走した。
「やっと息絶えたか。あのバケモノに止めを刺してくれたことに感謝するぞ」
暴走で肉体や魔力の制御を失っても体の奥底に居るアタイにもその声は聞こえてきた。
アタイのせいでカイゼルは死んだ?助けるって駆けつけながらアタイが止めを刺した…?それってあの時と何も変わらないじゃないのさ…
うわあぁぁぁぁぁぁあ!!!
内側の悲鳴に同調するように魔力が体の外側に放出される。それはプライドに向かっていくが、より強い魔力によって掻き消された。
「敵に悪いとは思わないが、この苛立ちをぶつけさせてもらうぞ。ゼギウスと戦う前にこの苛立ちは静めておく必要がある」
カイゼルとの戦いでプライドには相当怒りが溜まったのだろう。暴走と大差ないように魔力が荒ぶっていた。
互いの荒々しい魔力が衝突する。衝突した魔力の優劣は明らかで、プライドの圧倒的な魔力量に圧されてアタイの方へと向かってきた。
もうこのまま楽になりたい。
プライドの魔力が迫る中、アタイはそう思っていた。
これ以上、アタイが生きていたところでまた誰かを守れずに目の前で失うだけだ。そんな苦痛にはもう耐えられない。それにアタイじゃなくてゼギウスだったらどっちも助かっていた。
だからアタイはもういない方がいい。中途半端なアタイが居るだけで物事は良くない方に進む。
そう思っていると、プライドの膨大な魔力に呑みこまれた。
しかし、その魔力は《暴食》によって吸収されていく。それはまるでグラがアタイに生きろと言っているようだ。
「そうか。お前は《暴食》も持っているのだったな。だが、グラトニーと違って取り込めるのは両の手だけのようだな。《風雷》」
魔力の吸収で手が動かせないところに《風雷》がアタイの胴体を貫く。
グラには悪いけどこれでよかった。もう楽になれる。
そう思っていたが、貫かれた体は再生される。それはここに来た時に見たカイゼルのようで、カイゼルにも生きろと言われているようだ。
そんなことはあり得ない。アタイのせいで2人とも死んだんだ…
だからアタイにはもう生きる気力がない。この戦いもゼギウスがいればどうにかなるだろう。それに認めたくはないが、レイブンもいる。この2人がいて負ける姿は想像できない。
「お前もアイツと同じスキルを使うのか。いや、託されたのか。だが、戦意無き者に託すとは愚かだな。そのまま戦っていた方が勝機はあっただろうに」
そうだよ。何でアタイなんかに託したのさ…下がればまだ生きられたのに……どうしてさ…どうしてアタイなんかに……
「それでもいいだろう。あのスキルの攻略はできていなかったからな。《風雷》」
またもアタイの体を《風雷》が貫こうとする。だが、今度は《暴食》が《風雷》を呑み込んだ。
どうしてさ…もうアタイを楽にしてよ…
それからも何度もプライドにスキルを撃たれるが、その度にカイゼルやグラに守られていく。これもアタイの生んだ業なのだろうか。
そう思い始めたが、それも長くは続かなかった。
「《風雷》」
それは今までよりも速く、《暴食》が間に合わずに太腿を貫く。だが、さっきまでのように傷口は完全には塞がらず少し塞がっただけだ。
やっと楽になれる。
私の内側にはその考えしかなかった。
「そうか、そうだったのか。命を魔力に変えるとは無茶なことをする。だが、それも尽きたようだな」
その言葉を証明するように内側からカイゼルの魔力は消えた。
カイゼルは命を燃やして戦っていた?じゃあ自分は助からないと分かっていながら戦っていた?
犠牲になる可能性があると分かっていながら戦っているとは思っていたが、カイゼルはどうなろうと端から生き残れない戦い方をしていた…
それは一重にこの戦いに勝つため。ゼギウスが勝つと信じているから。
そうやって託されたものをアタイは無駄にした。ただの的になって浪費してしまった…
やっぱりアタイは最低だ。そんなアタイに生きている資格はない…
「死者を相手にするのは好まないから教えてやろう。暴走は自我を喪失する。奥底にお前の意識があるのならそれは暴走ではない」
その声は聞こえていた。
それが本当ならアタイは暴走してない。この戦いをずっと内側から見ていた。
じゃあ何で体は勝手に動くのさ…
もしかして、本当にグラとカイゼルが……いいや、そんな訳ない。これはプライドがアタイを揺さぶっているだけさ。
でも、プライドにそんなことをするメリットはない。暴走していた方が楽に倒せる。ゼギウスとの戦いを控えているプライドは体力を温存したいはずだ。
そう思っていると声が聞こえてきた。
(シアン…シアン…)
それは間違いなくグラの声だ。アタイが聞き間違えるはずがない。
「グラ…」
(やっと通じた。シアンが聞いてくれないからこんなに遅くなっちゃったじゃん。おいらの魔力ももう無くなるからいい加減起きてよ。こんなところで死んだらおいら許さないよ?)
「でも、アタイにそんな資格___」
(それはシアンが楽になりたいだけでしょ?おいらもカイゼルもそんなこと許さないよ。この戦いは戦い抜いて、それでもシアンがそう思ったならその時は一緒に過ごそう。だから今、楽になるのは許さないよ)
そう一方的に言うとグラの声は聞こえなくなった。
そっか。グラはずっとアタイを支えてくれてたんだね。そこを拠り所にしながらアタイはそこから目を背けていた。
ちゃんと向き合えば聞こえてくるはずの言葉から耳を背けていた。
だからもう逃げない。アタイはアタイの責務を全うする。
「待たせて悪かったね。今度はちゃんとした生者が相手してやるさ」
地面に生えていた芝生は削れていて、ただの土に変わり果てている。空気中にある魔力も歪んでいた。それは激戦の傷跡で、もう戦いが終わっていることが不思議なくらい激しい。
アタイたちよりも先に勝った誰かがここで戦った?そうなると片方はゼギウスで相手は…?……はっ。
ゼギウスが誰かと戦い、勝ってこの場所に来た。それで、ここで誰かと戦ったということはこっちの誰かが負けたということ。それがカイゼルなのではないかと頭を過る。
そう思うと足は勝手に黄色の靄へと向かっていた。
まだ間に合うかもしれない。それに負けたとしても今ならまだ息があるかもしれない。
そう希望的観測に身を任せながら靄を出るとカイゼルは立っていた。
「カイゼル!助けに来たさ!」
その直後、カイゼルの胴体はプライドの《風雷》によって貫かれた。
え……?目の前で起きた現実を呑み込めない。アタイはまた間に合わなかった?
しかし、更に呑み込めない現実が目の前で起こる。貫かれたカイゼルの体がスライムのように再生したのだ。
「しつこいぞ!《地雷》」
唖然としている間に今度はカイゼルの下半身が盛り上がった地面とそこを走る雷によって呑まれる。だが、信じられないことにカイゼルが倒れる前に下半身は生えてきた。
何が起こっているのか理解できないが、カイゼルが生きているという事実だけを受け入れ駆け寄る。
「カイゼル、助けに来たさ」
カイゼルの肩に手を置き、ここに来た時と同じ言葉をかける。
「ここに来るのはゼギウスだと思ってた」
「悪かったね。ゼギウスじゃなくてさ」
間に合ったという安堵から笑みが零れる。今度は間に合った。あの時とは違う。
「別に悪いとは言ってない。これでようやく私の役目を終えられる」
「何言ってるのさ。今から2人で反撃に___」
「それではできない。私にはもう戦う余力は残ってない」
嫌な予感がする。
「だったら後ろで休んでていい。アタイが1人で戦___」
「《火氷》」
会話を遮るようにプライドの詠唱が聞こえてくる。
アタイが前に立ち《暴食》で食べようと構えるとカイゼルが背中に手を置く。
「私の残ってる力を全て託す。だから勝って…」
「何言ってるのさ!」
そう振り返ろうとするが、目の前まで《火氷》がきていて《暴食》で食べる。それと同時に背中から魔力が注がれる感覚がした。
《暴食》で《火氷》を食べ終えると振り返る。
しかし、そこにカイゼルの姿はなかった。
「あーーーーーーーーー!!!!!」
アタイの不甲斐なさでまた守れなかった。力を託されて先に逝かれた。
それがグラの時と重なり頭が真っ白になる。体の内側から魔力が爆発するように溢れて暴走した。
「やっと息絶えたか。あのバケモノに止めを刺してくれたことに感謝するぞ」
暴走で肉体や魔力の制御を失っても体の奥底に居るアタイにもその声は聞こえてきた。
アタイのせいでカイゼルは死んだ?助けるって駆けつけながらアタイが止めを刺した…?それってあの時と何も変わらないじゃないのさ…
うわあぁぁぁぁぁぁあ!!!
内側の悲鳴に同調するように魔力が体の外側に放出される。それはプライドに向かっていくが、より強い魔力によって掻き消された。
「敵に悪いとは思わないが、この苛立ちをぶつけさせてもらうぞ。ゼギウスと戦う前にこの苛立ちは静めておく必要がある」
カイゼルとの戦いでプライドには相当怒りが溜まったのだろう。暴走と大差ないように魔力が荒ぶっていた。
互いの荒々しい魔力が衝突する。衝突した魔力の優劣は明らかで、プライドの圧倒的な魔力量に圧されてアタイの方へと向かってきた。
もうこのまま楽になりたい。
プライドの魔力が迫る中、アタイはそう思っていた。
これ以上、アタイが生きていたところでまた誰かを守れずに目の前で失うだけだ。そんな苦痛にはもう耐えられない。それにアタイじゃなくてゼギウスだったらどっちも助かっていた。
だからアタイはもういない方がいい。中途半端なアタイが居るだけで物事は良くない方に進む。
そう思っていると、プライドの膨大な魔力に呑みこまれた。
しかし、その魔力は《暴食》によって吸収されていく。それはまるでグラがアタイに生きろと言っているようだ。
「そうか。お前は《暴食》も持っているのだったな。だが、グラトニーと違って取り込めるのは両の手だけのようだな。《風雷》」
魔力の吸収で手が動かせないところに《風雷》がアタイの胴体を貫く。
グラには悪いけどこれでよかった。もう楽になれる。
そう思っていたが、貫かれた体は再生される。それはここに来た時に見たカイゼルのようで、カイゼルにも生きろと言われているようだ。
そんなことはあり得ない。アタイのせいで2人とも死んだんだ…
だからアタイにはもう生きる気力がない。この戦いもゼギウスがいればどうにかなるだろう。それに認めたくはないが、レイブンもいる。この2人がいて負ける姿は想像できない。
「お前もアイツと同じスキルを使うのか。いや、託されたのか。だが、戦意無き者に託すとは愚かだな。そのまま戦っていた方が勝機はあっただろうに」
そうだよ。何でアタイなんかに託したのさ…下がればまだ生きられたのに……どうしてさ…どうしてアタイなんかに……
「それでもいいだろう。あのスキルの攻略はできていなかったからな。《風雷》」
またもアタイの体を《風雷》が貫こうとする。だが、今度は《暴食》が《風雷》を呑み込んだ。
どうしてさ…もうアタイを楽にしてよ…
それからも何度もプライドにスキルを撃たれるが、その度にカイゼルやグラに守られていく。これもアタイの生んだ業なのだろうか。
そう思い始めたが、それも長くは続かなかった。
「《風雷》」
それは今までよりも速く、《暴食》が間に合わずに太腿を貫く。だが、さっきまでのように傷口は完全には塞がらず少し塞がっただけだ。
やっと楽になれる。
私の内側にはその考えしかなかった。
「そうか、そうだったのか。命を魔力に変えるとは無茶なことをする。だが、それも尽きたようだな」
その言葉を証明するように内側からカイゼルの魔力は消えた。
カイゼルは命を燃やして戦っていた?じゃあ自分は助からないと分かっていながら戦っていた?
犠牲になる可能性があると分かっていながら戦っているとは思っていたが、カイゼルはどうなろうと端から生き残れない戦い方をしていた…
それは一重にこの戦いに勝つため。ゼギウスが勝つと信じているから。
そうやって託されたものをアタイは無駄にした。ただの的になって浪費してしまった…
やっぱりアタイは最低だ。そんなアタイに生きている資格はない…
「死者を相手にするのは好まないから教えてやろう。暴走は自我を喪失する。奥底にお前の意識があるのならそれは暴走ではない」
その声は聞こえていた。
それが本当ならアタイは暴走してない。この戦いをずっと内側から見ていた。
じゃあ何で体は勝手に動くのさ…
もしかして、本当にグラとカイゼルが……いいや、そんな訳ない。これはプライドがアタイを揺さぶっているだけさ。
でも、プライドにそんなことをするメリットはない。暴走していた方が楽に倒せる。ゼギウスとの戦いを控えているプライドは体力を温存したいはずだ。
そう思っていると声が聞こえてきた。
(シアン…シアン…)
それは間違いなくグラの声だ。アタイが聞き間違えるはずがない。
「グラ…」
(やっと通じた。シアンが聞いてくれないからこんなに遅くなっちゃったじゃん。おいらの魔力ももう無くなるからいい加減起きてよ。こんなところで死んだらおいら許さないよ?)
「でも、アタイにそんな資格___」
(それはシアンが楽になりたいだけでしょ?おいらもカイゼルもそんなこと許さないよ。この戦いは戦い抜いて、それでもシアンがそう思ったならその時は一緒に過ごそう。だから今、楽になるのは許さないよ)
そう一方的に言うとグラの声は聞こえなくなった。
そっか。グラはずっとアタイを支えてくれてたんだね。そこを拠り所にしながらアタイはそこから目を背けていた。
ちゃんと向き合えば聞こえてくるはずの言葉から耳を背けていた。
だからもう逃げない。アタイはアタイの責務を全うする。
「待たせて悪かったね。今度はちゃんとした生者が相手してやるさ」
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