怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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146話

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ポカッと軽く頭を叩かれる感触がする。意識が飛んでいた?記憶が曖昧で分からないが、確かなことはゼギウスに頭を叩かれたということだ。

ゼギウス?さっき会った時は意識を失っ…え?じゃあさっきのは夢?それならメナドールさんのことも夢?

頭でも打ったのか記憶が混同している。その混同から都合のいい情報を抜き出して都合のいい記憶を生み出してしまう。それは本当の記憶ではないと脳が言っている気がするが、あんな光景が現実だったなんて考えたくもない。

「何でゼギウスがここに居るのよ!」

幻を見ていたとしても、もしも、さっきの光景が現実だったとしても対応している言葉で聞く。

「まだ意識が飛んでるのか?メナの容態を見てろって言ってるんだよ」

そこまで言われると見える姿が変わった。

目の前に立っているゼギウスは今にも倒れそうで、背中に背負われているメナドールさんの表情にも力がない。その姿で目を背けていた全てが現実だったと分かってしまう。

ゼギウスが意識を失っていたこともメナドールさんが残虐な目に遭っていたことも全て現実だった。それは2人の状態が物語っている。

だけど、だからこそ冷静を装わなければならない。2人がこんな状態なら私が時間を稼いでゼギウスにメナドールさんを連れていってもらう。そこでメナドールさんを治療して2人とも回復したら戻ってくる。

そうしたらきっと私は死ぬだろう。それどころか5分ともたないかもしれない。だけど、これしかない。ゼギウスを助けるのは癪だけど、メナドールさんを助けるにはこれしかない。

「おい、聞いてんのか?」

「私がラストと戦うからアンタはメナドールさんを連れて逃げて」

「アホか、だったらお前がメナを連れて逃げろ」

そうゼギウスは訳の分からないことを言う。誰がどう見ても今のゼギウスはラストを前に10秒ともたない。

「何言ってるのよ!そんな状態で戦える訳ないでしょ!私が戦うからアンタはメナドールさんを連れて逃げてって言ってるでしょ!」

聞き分けの無さと自分の不甲斐なさに声を荒げてしまう。

今のゼギウスを前に、それでもゼギウスが戦うと言っているのはそれだけ私が弱いと頼りないと思われているということだ。これが私じゃなくてメナドールさんならゼギウスは任せたはずだ。

「無理すんな。震えてるぞ」

「アンタに言われたくないわよ!」

私も震えているかもしれないがゼギウスもメナドールさんを背負っているだけで力いっぱいなのか震えている。

「面倒くせぇな。足手纏いだって言ってんだよ」

有無を言わせないようにゼギウスはメナドールさんを私に押し付ける。だが、その勢いにも耐えられずゼギウスは倒れてしまう。

こんな体で戦える訳がない。これならララやルルの方がまだまともに戦える。そう思えてしまうほど今のゼギウスは貧弱だ。

それなのにゼギウスは立ち上がるとラストの方へ向かって行く。本当は止めなきゃいけないのに心はどこかホッとしている。

情けないと思いながらも安堵してしまった気持ちに嘘はつけない。

せめて私にできるのはメナドールさんを連れて逃げることだ。そう自分に大義名分を与えてこの後この場所で起こる凄惨な現実から目を背けようとする。

だが、そんなことは許されるはずがなかった。

「ここで、見届けよ…大丈夫…ゼギくんは、負けないから」

メナドールさんを背負おうとすると耳元でそう囁かれる。

それを無視して強引にメナドールさんを連れて逃げることは簡単だ。だけど、それをしてしまったらメナドールさんが居なくなってしまう気がした。

だからメナドールさんを寝かせて容態を見ながらゼギウスに目を向ける。

「待たせて悪かったな」

「気にすることはないわ。私もゼギウスと戦ってみたかったもの」

そうゼギウスとメナドールさんの姿をしたラストが話す。確かにラストは何故手を出してこなかったのだろう。さっきのゼギウスは私から見ても無防備だった。

しかし、そんな思考はすぐに消えた。

「《風雷》」

ラストが攻撃によって搔き消されたのだ。

今のゼギウスに躱せる訳もなく、《風雷》はゼギウスの心臓付近を貫いた。

たった一瞬で決着がついた。

やっぱり今のゼギウスには無謀過ぎた。次は私が戦わないと、メナドールさんを守らないと…

そう思うのに、体は動こうとしない。さっきはメナドールさんを助けようと立ち向かえたのに、今はもう動けない。ゼギウスが言っていたように体が震えて動かない。

どうやら恐怖に屈服してしまったようだ。

せめてメナドールさんだけでも逃がさないと。あの時メナドールさんが思っただろうことを行動に移そうとするが、体が動かない。

しかし、動いていないのは私だけではなかった。ラストはもう息絶えているだろうゼギウスのことをずっと見下ろしている。

「いつまで演技しているのかしら?」

痺れを切らしたようにラストはゼギウスに言葉を投げかける。だが、返事をできる訳がない。だって、もうゼギウスは…

「別に…演技は、してねぇよ」

しかし、ゼギウスはラストの言葉に反応して立ち上がる。離れた後方から見ていてもハッキリと分かるくらい吐血しながらゼギウスはそう答えた。

あの状態で立っていることはおろか、生きていることさえ不思議だ。

「それなら期待外れね」

そんな奇跡のような現状を嘲笑うようにゼギウスは大きく蹴り飛ばされて地面を転がる。受け身も取れずに転がっていったゼギウスは先回りしていたラストの体に当たって止まると剣で貫かれた。

その光景に捏造しようとしたメナドールさんの光景が鮮明に呼び起こされる。

それが原因で鮮明過ぎる記憶にゼギウスの姿がメナドールさんに置き換わったのかラストの姿がメナドールさんに変わっているせいで頭が混乱したのかは分からないが、耐え難い光景に頭の中で何かが弾けた。

体は勝手に立ち上がりラストの方へ向かって行こうとする。

しかし、それは小さな力に止められた。

「ダメ、だよ…ゼギくんの、邪魔したら…」

邪魔…きっと、あまりにも受け入れ難い光景にメナドールさんはゼギウスとラスト入れ替わって見えているのだろう。私の足首を撫でるくらい弱い力で掴み理解できない言葉を言う。

「何言ってるんですか!?あのままだとゼギウスは……」

幻影が見えているだろうメナドールさんにその先は言えなかった。メナドールさんの目にどう映っているのかは分からないが、この現実は今のメナドールさんには重過ぎる。

「大丈夫…ゼギくんは、負けないから…」

そう言うとメナドールさんは目を瞑る。それ以上は何も言えなかった。

そこまでゼギウスの事を信じているメナドールさんに今の現実を教えられる訳がない。それに、もしも現実を教えてしまったらメナドールさんが居なくなってしまう気がする。

さっきもそんなようなことを思った気がするが、きっとこれは気がするじゃなくて事実だ。ゼギウスとメナドールさんの命は繋がっていると私の本能が告げている。

そう思ってしまったが故に余計に私は動けなくなる。私が動いたらメナドールさんに現実を見せてしまうかもしれない。

そのせいで動くに動けなくなりメナドールさんの傍に座り直す。ゼギウスが死んだという現実がメナドールさんに伝わりそうになったら体に負担が大きくても気絶させる。

そう覚悟を決めて座り直しメナドールさんの手をギュッと握る。

ラストがゼギウスから私たちへと対象を切り替えたら私が戦う。今はその時のために少しでも力を溜める。

そう割り切ろうとするが、既に死んでいるゼギウスが剣で貫かれ続ける光景を見るのは私に無力を痛感させる。

これもラストの自尊心を傷つけた私とメナドールさんへの復讐なのだろう。

分かっていながらも、いや、分かっているからこそゼギウスへの執拗な攻撃を見続けるのは胸糞が悪かった…
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