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147話

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剣で刺される度に体の感覚が無くなっていくが、心は何ともない。いや、怒りの感情すらも薄れてきたことを考えると悟りを開いたのか。

メナはこれよりも酷い攻撃を受け続けていた。それに比べれば今の俺はどうということはない。その事実がこの攻撃を耐える糧になっていた。

それに肉体的な傷は深くなっても体の各器官は回復している。攻撃される度に主要な器官は魔力で再生させているし、魔力自体も5%くらいまでは回復していた。

この間にエストがメナを連れて逃げてくれと期待したが、ラストがこうやって無駄な攻撃を続けているということはエストもメナもまだこの場に留まっているのだろう。この攻撃は俺へ向けたものではなくメナとエストを挑発するためのものだ。

だが、これほどラストが怒っているのも見たことがない。2人が相当ラストの自尊心を傷つけたのだろう。それだけラストを追い詰めたということだ。

本当に2人は良く戦った。

ここからはたとえ、相打ちになろうとも俺が戦う。まぁ、冷静に考えたら相打ちに持ち込めたら奇跡でしかない状況だが、そんなことは言ってられない。

「ねぇ、ずっと疑問に思っていたのだけれど、何で人間についたのかしら?」

剣を刺しながらラストは悲しそうな目でそう聞いてくる。この状態の俺が答えられると思っているその神経が疑わしい。と言いたいところだが、ラストは俺の魔力の回復に気づいているのだろう。

それにメナとエストに見せつけるために派手に剣で攻撃しているものの止めを刺すような攻撃はしていない。だが、同時に要所を的確なタイミングで攻撃することで俺の回復を遅らせている。

「これでも私ゼギウスの事、凄く気に入ってたのよ?……ねぇ、何で答えてくれないの?魔力を生成しているのにも気づいているのよ?」

抉るように剣をこねくり回される。やっぱり気づかれてるよな。っていうか、いつからメンヘラにシフトチェンジしたんだよ。

「あのなぁ、普通この傷で喋れる奴は居ねぇよ」

「いつから普通になったのかしら?私、普通の子になんて育てた覚えないわよ?」

「お前に育てられた記憶ねぇけどな」

そう庭に居た時のような会話をする。どれだけ非道なことをされようと俺は根底ではこいつ等を憎めないのかもしれない。ララやルルが巻き込まれ、メナがあんな目に遭わされてもこうやって怒りの無い会話をしてしまう。

どんな過程があろうと、俺はこいつ等に育てられ選択肢を与えられた。その事実は変わらない。

だから立場として敵になり戦うことはできても心の底から憎むことはできないようだ。

「あら、赤ちゃんだったゼギウスにミルクを上げたのは私よ」

ラストは剣から手を離すと胸の間に指を入れて服を下に引っ張る。どうやらラストも同じことを思っているようだ。

元はスロウス、それに俺がこの場に居る時点でもう1体は誰かを倒していることは分かっているはずなのに、こうやってくだらないことをしてくる。

「嘘吐くんじゃねぇよ。生まれた時から自給自足だっただろ」

「そうだったかしら。でも、懐かしいわね。それがどうして敵として相対することになったのかしらね……」

そう言うラストの表情は辛そうで悲しそうでこの状況でなければ戦いを止めたくなる。本当、何で戦うんだろうな。

だが、互いにそういう領域は超えた。もう後戻りできる場所に居ない。

「仕方ねぇだろ。もうそんな話をする間柄じゃねぇ」

「そうね。ごめんなさい、戦いの最中にこんな話をして。じゃあ始めましょうか」

ラストは剣を抜くと少し離れた場所に立ち剣を構える。どうやらラストらしからず正々堂々と正面から戦う気のようだ。

その意図は分からないが、最後はこれでいいのかもしれない。現状、空いている傷を魔力で軽く塞いでから立ち上がる。

まだ力は入りにくく体はふらつくが、そこは魔力で補える。それよりも問題なのはこの少ない魔力でどう戦うかだ。

「その体でどこまで戦えるかしらね」

さっきの会話が演技だったと思えてくるほどラストの雰囲気は変わった。禍々しい魔力が体から溢れ出ている。

その魔力に本能が警鐘を鳴らす。この感覚は久しく味わっておらず、どこか懐かしさを感じてしまう。それに、この圧倒的に不利な状況に心が躍る。

受け身に回ったところで勝機はない。1回の攻防に全てを出し切って倒す。

大雑把に方針を決めて向かおうとしたところに魔力球が横を通過していく。

「場違いよ」

そう苛立ちが垣間見えるように呟くとラストは一太刀で全ての魔力球を斬った。

完全に水を差された。だが、その寒さに頭が冷える。

この戦いは俺だけのものでもなければ、俺が勝手に戦って無駄に死んでいいような戦いじゃない。それは俺についてきて今も戦っている仲間たちに対して失礼だ。

まさかそれをエストから分からされる日がくるとはな。

「邪魔すんなって言っただろ」

近づいてくるエストの気配に向けてそう声を掛ける。

「その体でよく言えるわね。そこは助けてくれてありがとうございますでしょ」

相変わらず生意気な奴だ。だが、この場でその言葉を言えるのは頼もしいかもしれない。虚勢じゃなければな。

「メナは?」

その確認を遮るようにラストの攻撃が割り込んでくる。

「私、待ってあげるほど優しくないわよ」

ラストはそう剣を縦と横に振り、その衝撃波がエストへと向かっていく。それをエストは手元の魔力球を使って相殺する。

簡単に相殺できたことに違和感を覚えながらもエストの返答に耳を向ける。

「今は落ち着いて寝てる。多分、アンタの命とリンクしてるわ」

「んな訳ねぇだろ」

あり得ないと思いながらもエストがここに来たことを考えるとあながち嘘でもなさそうだ。エストは俺が勝手に死のうが何とも思わない。寧ろ喜ぶまである。

それなのにここに来たということは直感でもそういったものを感じ取ったということだ。

「それでどうやって戦うつもりだったのよ?」

「普通に正面から戦うに決まってんだろ」

「バカなの!?その体で正面から戦って勝てる訳ないでしょ!」

そう会話をしながらエストはラストの妨害のような攻撃を防いでいく。だが、ラストの攻撃はその度に威力が増していて防ぐのも限界がきていた。

「生憎、策を講じれるほど体力も魔力もねぇんだよ」

「そんなんでよく私のこと邪魔って言えたわね。ってこんな言い争いしに来たんじゃなかった。私の魔力上げるからさっさと回復しなさいよ」

「遠慮なくもらうぞ」

エストの差し出す手を取り魔力を受け取っていく。スキルじゃないとはいえ、大剣のような中継器を通さず他人の魔力が直に入ることで拒絶反応を起きる。だが、その痛みは何ともない。これで魔力は20%くらいまでは回復した。

「俺が隙を作るからエストが止めを刺せ」

この魔力量なら1回の攻防くらいはどうにかなる。そこで俺が隙を作ってエストが止めを刺す。これが今できる理想形だ。

「逆よ。今のアンタじゃ隙も作れない。私が隙を作るからアンタが止めを刺して」

「言ってる意味、分かってんのか?」

隙を作る側は高確率で死ぬ。というか、それくらいのことをしないとラストの隙を生み出せない。

安易に言っているだけなら止めよと確認したのだが、エストは全て分かっているような表情をしている。

「分かってる。でも、私のスキルだと威力が足りないの。それにメナドールさんのことを考えたらこうするのが最善なの!」

最後の言葉は俺にというより自分を奮い立たせるために言っているようだ。震える体を止めてラストに立ち向かうために。

それならこれ以上、止めるだけ野暮というものだが、最後の確認だけはする必要がある。途中で決意が揺らがれては共倒れだ。

「なら任せるぞ。言っとくが、俺も余裕がねぇから助けるのは無理だからな」

「アンタの助け何ていらないわよ。ちゃんと隙は作るからアンタは止めにだけ集中してて。お互いにそんなに余裕はないでしょ」

「そうだな」

「じゃあ行くわよ」

そう言うとエストはラストに向かっていった。
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