怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

文字の大きさ
176 / 185

おまけ もう1つの戦場8

しおりを挟む
闇商人は魔物の骸の下にいるおかげで他の魔物に視認されず生命力の低下から気配でも認識されていない。だが、少女たちは違う。

急に電池が切れたように今まで動いていたものが動かなくなったせいで魔物の骸の上、どの魔物からでも視認できる場所に倒れた。

それを見るなり魔物たちは他の魔物の怨みでもぶつけるように一斉に襲い掛かる。

しかし、少女たちはそのことに気づきもせず倒れたままだ。それどころか生きているかすら怪しいだろう。それでも魔物たちは容赦なかった。

「俺が倒れてる子たちを救出する。全部隊、突撃!」

そう突如として現れた軍の指揮官がそう指示を出すと全部隊が突撃する。

少女たちのおかげで突破した魔物の数が減っていたとはいえ、ここまで前線を上げてきた辺り精鋭なのだろう。ようやくララの働きかけで動き始めた帝国軍が前線の構築に取り掛かったようだ。

指揮官の男性は部隊の動きに合わせて呼吸の隙間、間を縫うように少女たちを救出する。

「この方面だけ魔物の進攻が少ないと思っていたら先駆けがいたのか。それもこんな幼い少女3人とは驚かされる」

そう3人の少女を寝かせると指揮官自ら戦いに行こうとする。が、それを遮るように伝令が来た。

「リューク様、ベネッタ様より伝令です。勝手に前線を上げるな。お前の所だけ飛び出していると他の軍の負担が増えるだろう。この馬鹿。とのことです」

「アイツ、同期だからって伝令にこんなこと言わせるなよ…分かった。前線は既定の位置まで下げる。ここを維持してくれたこの子たちには悪いが無茶できるほど皇国軍に余裕はないんだ。すまないな」

寝かせている少女たちに一言、そう謝るとリュークはすぐに前線引き下げの指示を出して退いていった。

その会話が聞こえていながらも闇商人は何もできなかった。1度、倒れて寝転んでしまったら張り詰めていた糸がプツンと切れたのだ。

それは今までの疲労を重しにしたように体は動かず口も開かない。このまま魔物にも気づかれないだろうが、味方に気づかれることもないだろう。もし見つかるとしても命が尽きてから。

そう闇商人は自分の行く末を理解して、それもまた運命だろうと受け入れていた。

ゼギウス様、申し訳ありません。ゼギウス様が戻るまでもちそうにありません。ですが、安心してください。ララさんやルルさんを始め、作られた子たち、他にも大勢の方が力を尽くしゼギウス様が戻るまで人間界はもちそうです。

ただ、ゼギウス様への恩を返せたのかという不安とこの先ゼギウス様の築く世界を見られないのは残念です。でも、私はゼギウス様から頂き過ぎたので仕方がないですよね。

今までありがとうございました。最期は自分の口で感謝を伝えたかったですが、それも叶いそうにありません。

ゼギウスの事を考えてしまったからか生きたいという思いが強くなる。

「あぁ…もっとゼギウス様の傍にいたかったなぁ……」

この世界に自分の想いを残すように闇商人の口から自然と願望が漏れ出る。それはさっきまで動かなかったはずの体を動かしていて、そのことに後悔を生まれさせた。

何でさっき動かなかったのだろう。もし動いていれば皇国軍の誰かに気づいてもらえたかもしれない。生を自ら諦めてしまったことに今更ながら後悔が強くなる。

しかし、現実とは残酷で、そんな想いの籠った声に反応して魔物が闇商人の生存とその居場所に気づく。それは皮肉にもさっき声が出ていれば皇国軍が気づいたことを意味していた。

闇商人の生存に気づいた魔物は覆い被さる骸ごと燃やそうとスキルを放つ。それを受け入れるように闇商人は目を瞑る。

……

温かい。

どこか懐かしさを感じる優しくて全てを包んでくれる温もり。体が燃えているだろう最中に闇商人が抱いた感覚はそれだった。それは自分が生きているのか死んでいるのか分からないくらい心地いい。

きっとまだ生きていたのだろう。しばらく温かいのが続くと魂と肉体が乖離し始めたのか軽くなり宙に浮く感覚がする。最期にこの世界がどうなっているのか見ようと闇商人は目を開けた。

「間に合ったみたいだな」

聞き慣れた声と共に視界に映るのは闇商人が最も会いたかった人、ゼギウスだった。

ゼギウスは闇商人を抱え、そのゼギウスを背中から掴んでナナシが飛んでいる。温かいのはゼギウスの温もりで体が軽くなったのは治療されて倦怠感がなくなったから、そして宙に浮く感覚は本当に宙に浮いていたからだ。

「ゼギウス様…」

「死を受け入れてんじゃねぇよ」

「申し訳、ありません」

闇商人は嬉しさのあまり溢れる涙を抑えられない。その涙を怒られたせいだと勘違いしたのかゼギウスは少しオロオロと動揺している。

「だが、まぁ、なんだ…よくここまで頑張ったな」

「ふふっ、ゼギウス様は優しいですね」

その勘違いに思わず笑みが零れていた。それはとても綺麗な笑顔で大人びて見える闇商人も少女なのだと実感させる。きっとゼギウス以外には見せたことがない笑顔だろう。

「はぁ…今くらいは仕方ねぇか。ナナシ!」

その笑顔に嵌められたと思っているゼギウスも許してしまう。それどころか闇商人の顔を見るのが照れくさくなったのか、闇商人から目を背けるようにナナシの方を見る。話を振られたナナシは「はーい」と返事をすると大きく息を吸う。

「《平伏せ!》」

大声でナナシがそう叫ぶと視界に入る限り進攻していた魔物の動きが止まり跪く。魔物としての圧倒的な格の差で平伏させたのだろう。ナナシの声が届く範囲にいた魔物に抵抗する気配すらない。

「《魔界に帰れ》」

そうナナシが次の指示を出すと魔物たちは立ち上がり魔界へと引き返して行く。

その光景に闇商人は驚愕する。こんな方法があるとは思いもしていなかった。実現可能・不可能ではなく考えつかないことをやる。だから闇商人はゼギウスの築く世界が見たいのだ。

その片鱗が見えたことに闇商人は改めて笑みが零れる。今度の笑みは純粋でワクワクしている子供のものだ。

「今度はどうした?」

笑顔の変化に気づいてゼギウスがそう聞く。今度は顔を逸らさずに向き合えるようだ。

「いやぁ、ゼギウス様の傍にいられて幸せだなぁ、と」

「いきなり何だよ、気持ち悪ぃな。頭でも打ったか?」

「そうなのかもしれません。なので、しっかりと診てください」

今日、いや、今くらいはいいかと少し甘えようとする。だが、それは許されなかった。

「ねぇ、そういうのは全部終わってからにしてよ。ゼギウスも早く次の指示出して」

そう露骨に不機嫌になったナナシが口を挟む。もし闇商人が直接ナナシに掴まれていたら投げ捨てられていただろう。それを考えると少し冷静になる。

「じゃあこのまま皇国側にいる魔物を全部撤退させるぞ。どうせアルがドジるだろうから旧王国側もな」

「それって結局、全部私がやるってことじゃん!本当、アルメシアは使えないなぁ」

文句を言いながらもナナシはあっという間に皇国領に進攻していた魔物を全て撤退させる。案の定、アルメシアに魔物を撤退させることができず、旧王国領に進攻していた魔物もナナシが撤退させていた。

残る帝国領も先に対応に向かっていたエストが前線を維持していたおかげで大した被害が出る前にナナシが撤退させることができた。

苦戦していた帝国方面がそこまで持ち堪えたのはガルドスが割り切ったからだ。全体への指示を諦め自らが単独で先陣を切る。そうすることで帝国兵の心を動かす。

崩壊した帝国の指揮系統からすると最早こうする他なかった。だが、初動の遅れを取り戻すのは簡単ではなくガルドスは命を落とした。

もしかしたらそれが狙いだったのかもしれない。自らが犠牲となることで全体の士気を一時的に上げるのと同時に間違った方向に進んだ帝国の罪を清算する。

それだけでは罪の清算には不十分だが、ゼギウスなら許すと踏んだのだろう。実際、ゼギウスは迷わず帝国領も助けた。

これで戦いはひと段落して残るは後処理だけとなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...