(未完)ALONEST(アル・オネスト)〜111人の頂点を目指す〜

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4話「交渉」

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あれから気まずい空気の中、修行の地へ向かっているとログアウトの時間がやって来た。

あの空気感に耐えられなかったから助かった反面、明日の再開する時が怖い。

ログインの時と同様に1度白い空間に戻されてから視界が暗くなる。

U液が排水されスフィアの底に足が着くが立っていられずにその場に座り込んでしまう。ヘッドギアを外して立ち上がろうとするも座り心地の良さに少し立ち上がるのが躊躇われる。

ヘッドギアを外して気づいたがどういう訳かスーツは濡れていない。撥水加工されているのかと思ったが手袋を外して残っている液体に触れても濡れないことからスーツの素材ではなくU液の方に何か仕掛けがあるようだ。

上部が開き梯子に変形してこちらに伸びてくると少し惜しいが諦めて立ち上がる。それに掴まって上り、掴まって下りると既に下りていた人たちがALONESTアル・オネストに感動し互いが敵であることも忘れて興奮した様子で熱く語り合っていた。

「お疲れ様。どうだった?」

初日ということもあり様子見を兼ねて感想が気になったのか氷美ひみに出迎えられる。周りの反応からも一目瞭然だと思うが俺の口から感想を聞きたいのだろう。

「そりゃ現実感は言うまでもなく謳い文句通り操作の幅は広がったな。まぁ、慣れるまでは難しいと思うけどこの会社のキャッチコピーを考えるといいんじゃね。だけど操作に慣れるまでに本格的な戦闘挟むのは無理ゲーだろ。ってこれは氷美じゃなくて直継なおつぐの担当か。氷美の担当してそうなところで言うとダメージの感覚とかか。今は痛くねぇけどプレイ中には多少支障が出る程度の調整をしてるのは流石だな」

「流石。他に聞くより、早い。他には?」

そうグイグイと迫りながら聞いてくる。他にも気づいてほしい拘りがあるということだが、無表情で寄って来る様はシュールだ。

それにしても他に何か…何か…あー。

「そういや暖かかったな。あれは氷美の調整だろ?あれがあったからより一層現実感が増したな」

「そう。分かっているならいい。他にも重さとか色々、ある」

アホ毛が嬉しそうにみょんみょんと跳ねていて相当ご機嫌なのが分かる。詳しいことは分からないがU液を使うことでその辺りの再現をしているのだろう。思い出せば他にも質感もあったし現実世界と違うところを探す方が難しいくらいだ。嗅覚と味覚くらいしか現実と違う要素は思い浮かばない。

「質感、難しかった。暑さは熱、重さは圧力で再現できたけど質感は博士の映像技術で成り立っている」

こういった技術面の話をする時の氷美は饒舌になる。今はまだ抑えられているが語るモードになるとアホ毛がクルクルと回りだし、そうなると本人が満足するまで止まらない。

「氷美ならいつか質感も再現できるようになるだろ」

実際、数年後には再現してそうだ。今回アホ毛がクルクル回らなかったのは自分の技術だけで完結していない悔しさからだろう。そう思ってありきたりな言葉をかけたのだが、待っていたかのようにアホ毛がピクッと動く。

「今は未熟。再現、無理。だから毎日感想、提出」

どうやら、というか確実に嵌められたようだ。今日はやたらと嵌められる日だな。いや、今日に限った話じゃないか。それでも新作ゲームに興奮して少し気が緩んでいるのかもしれないな。

「俺の感想なんて直感で何の理論にも基づいてないぞ」

「使うのは専門家じゃなくてプレイヤー。だからプレイヤーの意見、大事。研究、開発、修正、私の仕事」

確かに使うのは素人で素人が使いやすいものを作るべきだとは思うが、それは実用段階に至ってからの話だ。それを氷美は開発の段階で取り入れている。優秀なスタッフを集めても難しいだろうにそれができるのだから大概、氷美も天才だ。

「U液、濡れた感覚無くてもシャワー浴びた方がいい。私は今から仕事、だけど食事忘れないように。食事、忘れないように」

わざわざ2度釘を刺すと氷美はホールを出て行った。そこまで言われなくても飯は食べるだろ、多分。

氷美の仕事というのは今の4時間のプレイヤーのデータから体への負担を始め異常がないのか精査するのと全ての機能が正常に作動しているかの確認だろう。既に数えきれないほどテストはしているだろうが人が違えば反応も違う。万が一を起こさないための確認を氷美は怠らない。それが開発者の責任だと常日頃から言っている。それが当たり前と言えばそうかもしれないが、それを目の当たりにしているのだから信用できる。

助言と忠告は聞いておかないとバレた時に何を言われるか分からない。そう過去の経験を思い出しながら自室に戻ってシャワーを浴びてから食堂に来たのだが、俺の安息は食堂にはなかった。

別に離れた席から睨まれる分にはどうでもいいし寧ろテーブルを1つ占領できていいまである。そのはずだったのだが…目の前にはケモミミフードのついたもこもこパジャマを着た女性?少女?が机に顔を付けてじーっとこちらを見つめている。

対面の席から見つめられ続けては食べにくいったらありゃしない。それに敵意が感じられないのだから尚更に。

「何か用か?」

ラーメンを挟んでの無言の見つめ合いに耐えられなくなりそう尋ねると少女は頷く。

「監視任されて注文のタイミング失った…」

なんとも間抜けなことだ。ぐ~とお腹の音が鳴っていることから嘘を吐いている訳ではなさそうだが、そうなると四神連合が最有力で次点がUNKNOWNアンノウン。それかただの変わり者か。

「別に注文してくればいいだろ。ラーメン食ってる間はここにいるぞ」

「そう言って逃げるかもしれないから目を離せない」

そう言われてはお手上げだ。この羨むような視線は鬱陶しいが無視して食べるしかない。

ズルルッ、ズルルルルーとラーメンを啜り食べているとその度にぐ~、ぐ~とお腹の音が聞こえてくる。流石に気になり視線を向けると涎を垂らしそうな、というか少し垂らしながら羨ましそうにこちらを見ていた。

正直、居た堪れない。だが、このラーメンを上げる訳にいかなければ放置する訳にもいかない。ラーメンの麺は伸びてしまい最高の状態ではなくなるから。

機械で注文を受けて1人当たりにかかる時間は短くても今は昼時、110人のプレイヤーにここのスタッフ、通常時よりも多い人がいるのだから多少の混雑は避けられない。その間にもラーメンの麺は伸びてしまいスープは冷めてしまう。そうなってはこのラーメンを最も美味しい状態で食べられなくなってしまう。まぁ、この少女の視線で少なからず最高の状態からは遠ざかっているが……

「はぁ…これ食い終わったら一緒に行ってやるからその目と涎垂らすのやめろ」

「本当!?朝も寝坊して食べてないからお腹が空いて空いて。このまま監視交代の時間まで食べれなかったら倒れちゃうところだったよ。そうと決まれば早く食べてよ。早く!早く!」

目を輝かせて催促してくるが何とも図々しいことだ。これでもこちらはかなり譲歩しているというのにそれでも尚、催促してくるとは驚きだ。それでもさっきの視線よりは幾分か気が楽で「早く!早く!」とうるさいが食べやすい。

少し急ぎ目に食べてから一緒に注文しに行き、少女は今ラーメンにチャーハン、オムライスとその体格に見合わぬ量を食べている。見ているだけで胸焼けしそうな光景をしり目に俺はデザートのソフトクリームを食べていた。

やはり原点にして頂点、シンプルイズベスト、スタンダートな味が1番美味い。

「ねぇ、JOKERジョーカーさんはこの後どうするの?」

ソフトクリームを堪能しているといつの間にか全て食べ終えていた少女がそう聞いてくる。俺がソフトクリームを食べ始めるのと同時に食べ始めたはずなのに俺より早いってどんなけ腹減ってたんだよ…

「別に教える必要ないだろ」

「えー、いいじゃん教えてよー。まぁ、教えてくれなくてもついてくけどね」

「なら聞く意味ないだろ。ってか馴れ馴れしくすんな」

そう。俺はこの少女に監視されているのであって仲良くするような間柄ではない。さっきは居た堪れなくなって手を差し伸べたが、それはただ単にラーメンを美味しく食べたかっただけだ。とある人からその場で出来得る最高の状態で食べるのが作り手に対する礼儀だと教わったからな。

ソフトクリームを食べ終え紙のゴミを捨てて食堂を出ると宣言通り少女はついてきている。監視役と明言したことによって隠れる気は疎か後ろめたさもないようだ。

別に監視されたところで何か困ることがある訳ではない。この後も自室に戻って情報の整理と明日以降の行動を考えるくらいだ。だから面倒な口論をしてまで監視を止めさせるつもりはない。

エレベーターから1番遠いこともあり自室に近づくにつれ人はいなくなっていく。ようやく自室に着き部屋に入るとドアを掴まれる。

「おい、外での監視は勝手にすりゃいいけど部屋の中に入れる訳ないだろ」

「えー、イザヨイっちが外に出てくるのを部屋の前で待ってるなんてヤダー。なんてね」

呼び方の変化にこの少女の正体が分かる。PNプレイヤーネーム:リンだ。6タイトル内で接点はあったがここに来ているとは知らなかった。

仕方がないが部屋の中に招き入れると途端にリンは部屋の中を探索し始める。

「さーてJOKERっちのコレクションするあんな本やこんな本はどこにあるのかなー?」

ベッドの下を中心に俺の私物が置かれている場所を探している。確かにテンプレではあるがここは借りている部屋で俺の所有物ではない。よってそんな物を持って来る訳がなければそんな場所に隠す訳もない。

「ある訳ないだろ」

「さてはスマホの中に…」

「アホか。いい加減真面目な話をしろ。何か要件があるんだろ?」

暴走している馬鹿に拳骨を落として1度冷静にさせる。

「ごめんなさい。やっぱりテンプレはやっておきたくて…」

しゅん…と俯き反省しているような素振りをしているが騙されない。

「その反省してますアピやめろ」

「はーい。それじゃあ真面目な話に移りまーす。四神連合からの提案でUNKNOWNを優先して削るなら四神連合は手出ししないとのことです。逆説的にUNKNOWNを優先して削らないなら四神連合も参戦してJOKERっちを倒すそうです」

リンは無断でベッドに腰かけそう提案すると何故か敬礼していた。

この馬鹿は放っておくとしてやはり四神連合は動いてきたか。UNKNOWNに対して何もできなくなる前に手を打つということだが、その提案には俺においしい部分がない。

元から他のプレイヤーは全員敵だと思っているし1対100の戦いに四神連合が関与してこようがしてこなかろうが大した差はない。向こうとしては中立から敵対になるという明確なデメリットを盾に半ば脅しの交渉をしようとしているのだろうが、こちら側として参戦するくらい言わなければ交渉には成り得ない。

「それが交渉になると思ってるのか?」

「私にそんなこと言われても……でも、その反応を見るに交渉にはならなそうだね」

自分の所属先だろうに偉く他人事だ。いや、リンが四神連合の人間とは限らないのか。

「それでこんなくだらない交渉をしに来たのか?」

「あははー、冗談はやめてよ。お腹空いた演技をして一緒に注文しに行く仲いいアピールまでしたのに要件がこれだけな訳ないでしょ」

「ダウト。アピールはまだしも演技は嘘だ。あれは絶対素で腹が鳴ってただろ」

「違うもんねー。お腹の音は録音したのを流してただけだしー」

誤魔化せているつもりかもしれないが目が泳いでいる。なぜこんなにも分かりやすい嘘を吐くのだろうか。確認するまでもないがスマホを確認すればバレるだろうに。

「はいはい。それでいいからお前の要件は?」

「私と手を組んでほしいの」

「それまた何で?お前は四神連合の人間だろ?」

後で確認すればどこの集団レイドでクリアしたかは分かることだが探りを入れる。

「違うよ。確かに四神連合の一員として集団戦レイドバトルには参加したけどそれはその時スザクちゃんのギルドに寄生してただけ。情報提供とアイテム調達の見返りとして参加したの。あの時は肩書に箔がなくて何でも屋としてやっていけるか不安だったからねー」

言われてみれば確かにそうだ。俺がリンを四神連合で参加しているのを気づかない程度には表立って肩入れしてはいない。そもそも俺が知り合った時にはどこのギルドにも所属していなかった。今回のような大会では古巣であってもそこと協調ルートに入るかと思ったがリンはあまりそのつもりはないようだ。

それにしても驚きなのはラスボス戦の貴重な1枠を与えるほどの情報提供とアイテム調達をしたことだ。リンは戦闘能力が低く約束を反故にされる可能性もあっただろうにそうされなかったのはスザクの人の善さもあるのだろうが友好関係を維持した方がいいと判断させたということか。駆け出しの段階でそう思わせるだけ何でも屋として動けていたとは知らなかった。

それでも、どう見ても沈没目前にしか見えない俺と手を組みたいという意味が分からない。俺と手を組むより四神連合にいた方が勝率は高いはずだ。ただの逆張りか?いや、そんな無駄に危ない橋を渡る訳がない。なら2重所属か。俺以外が全員敵のこの状況なら俺と手を組んでいることは漏れにくい。もし俺が言ったところで潜入と言えばそれで解決する話だ。ノーリスクで俺にも賭けられるなら賭け得か。戦闘メインじゃないリンならあり得る話だな。

そうと分かれば別にどっちでもいい。2重所属されたところで行動を共にしなければ俺の情報はコントロールできる。だから単純にメリットとデメリットの話だ。

「俺のメリットは?」

「メリットは情報提供だね。状況によってはアイテム調達とか売り捌くのを任せてもらってもいいよ。勿論、手数料は貰うけどね。あとはまだ約束はできないけどALONEST内の兵士の調達かな」

中々にいいメリットだ。兵士の調達には興味がないが他の2つはおいしい。情報提供も精査する必要はあるしアイテムを捌く際もある程度相場を見る必要はあるがそれらを加味しても手を組む価値はある。

「要するに今まで通り何でも屋をやるってことか。それでデメリットは?」

「うーん、特にない…かな?」

「は?」と思わず反射的に声が出てしまう。

この好条件を提示する意味が分からない。知らない仲でこれからも御贔屓にという意味でいい条件を提示するなら分かるが俺とリンは知り合ってそこそこ経つ。今更そんなことをする必要のある間柄ではない。せめてティノーグ皇国の人間との人脈づくりくらいは提案してくるものだと思っていた。

「私はね、このゲームを長い時間遊びたいの。だから生存時間を延ばす行動は何でもやるよ。それにJOKERっちとは知らない仲じゃないし内密な情報を教えても私に不利益が及ぶようなことはしないって知ってるからね。まぁ、それ以上にJOKERっちには旨い蜜も吸わせてもらってるけどねー」

「ならUNKNOWNと手を組めよ。それが1番生存率高いだろ」

UNKNOWNのギルマスである鳳凰院麗華ほうおういんれいかがこの大会は駒の取り合いだと言った。それならリンのことを受け入れるはずだ。豊富なパイプに有益な情報を数多握っているのだからそれを小出しにすれば利用価値が消えることはない。それでいて本人の戦闘能力は高くなく単体では脅威に成り得ないのだから生かし得だ。

しかし、リンの考えは違った。

「私にも美学はあるのだよ、大事な取引は信頼できる人としかしないっていうね。確かにUNKNOWNにもパイプはあるし私のことを受け入れると思うけど、信頼できないんだよね。UNKNOWN側に行ったとしても私は常に不利になるの。知っての通り私はここにいるプレイヤーの中では戦闘能力が低いから生殺与奪を向こうが握ることになる訳よ。そうなると向こうの都合のいいように使われる使い捨ての道具になるの。それで寝返りを試みようものなら即処刑。そんな相手とするのを取引とは言わないしそれは私のプライドが許さないかなー」

美学と言いつつただ単に冷静に分析した結果に聞こえる。

言っていることは分かるが今持ちかけてくる意味が分からない。この先どう立ち回ろうとも俺の味方が増えるとは考えにくいからタイミングとしてはある程度包囲網との戦いを耐えてからでいいはずだ。しかもデメリットがないなんて破格の条件にする意味も分からない。包囲網を耐え抜いた後なら状況の悪さからこの条件を提示するのは分かるが今は五分の状況、相対的に見たら俺の方が分の悪い今この条件を提示する理由は何だ?

「んー、その顔は納得してないな。じゃあデメリットというか私のメリットを追加しよう。四神連合の提案を呑むこと。それと取引は私を最優先に行うこと。まぁ、JOKERっちは元からそうするつもりだと思うけどね」

後者は置いておいて前者はその通りだ。無駄に敵を増やす必要がなければ他を叩いたところでUNKNOWNを削る戦力が減る。だから適度にUNKNOWNを削りつつ包囲網の時間切れが来るのを待てばいい。

だが、それはリンの言う通り元からそうするつもりだったことだ。そんなことをわざわざ提示する必要はない。リンを優先にすることについてもALONEST内のNPCよりも好条件を提示するだろうから自然とそうすることになる。

益々リンの意図が読めないがこれ以上考えたところで分かるとも思えない。差し当たって何かデメリットがある訳じゃないなら後回しでいい。

「分かった。一先ずは交渉成立だ」

「やったー。これからもよろしくね。それじゃあ監視交代の時間までここでくつろぐね」

「それじゃあの意味が分からねぇよ。出てけ」

結局、監視交代の時間まで部屋に居座られた。

監視って言ったって24時間しなければ意味はないしチャットを使えば気づかれずに動くことはできる。とリンが帰ってから冷静に考えて思った。

おそらく俺の部屋まで自然についてくるための嘘だったのだろう。そうでなければ不審に思って撒いて部屋に入る隙を与えなかった。

…待てよ。そうなると監視交代の話は嘘で無駄に俺の部屋に居座りやがったな。

こういう厄介事は1つ起こると重なるものだ。まぁ、稼働初日といのもあり動きが活発になっているだけか。配布されたタブレットにチャットが届いた。

会って話がしたい。

その簡潔な文の送り主はPN:卵と納豆かけご飯。金色の食卓のギルマスだ。

どこかしらのタイミングで動くとは思っていたがこんな序盤で動いてくるとは思わなかった。

何度かやり取りをして場所と時間を決めると部屋のチャイムが鳴り扉を開ける。

「久しぶりね~。元気にしてた?あら、少し痩せ過ぎじゃない?ちゃんと食べてる?ダメよ、ゲームをやり込むからって食事を疎かにしちゃ、成長期なんだから」

入って来るなり俺の体をペタペタと触り近所にいる面倒見のいいおばさんのようなことを言うと机の上に大きな鞄を置く。

鞄から取り出されたのは10人くらいで宴会をやるんですか?というような量の食べ物でそのほとんどはこの人、タマナ姉が食べる。これはタマナ姉の通常時の量なのだが久しぶりに見るからかその量に驚きが隠せない。

タマナ姉はふくよかな体に優しい目、その大食漢を表すように髪を結って作った3つのお団子に串の櫛が刺さっている。食堂のおばちゃんや保育園の先生が似合いそうな人だ。

「タマナ姉がこんなに早く接触してくるとは思わなかったんだけど何かあった?」

「あら、これはALONEST関係なしに十六夜ちゃんの体調が気になっただけよ。みんな十六夜ちゃんのことかなり敵視していたから特にメンタル面が心配だったの」

昔から面倒見のいい人だったし心配してくれたのは本当だろう。タマナ姉の持ってきた食べ物の中から麻婆豆腐を取って食べ始める。

「いただきます」

「たくさん食べるのよ。それにしても戦闘狂国家のティノーグ皇国で生き延びるなんて流石ね」

早速仕掛けてきたか。タマナ姉は食事を通したコミュニケーションが得意で駆け引きも食事中に混ぜてくる。

「情報共有の成果ですか?」

「そうね、それで確信したけど国の名前よ。6タイトルから捩った名前になっているでしょ?だからティ・ルナノーグをクリアした十六夜ちゃんはティノーグ皇国に飛ばされているって分かったの」

何気に有難い情報だ。整理すれば推測はできただろうが俺1人がたまたま一致した国に飛ばされた可能性は捨てきれなかったし確定させるまでに時間がかかる。

ということは、タマナ姉はシャバラ公国にいるのか。隣国だし2国間の仲がいいのもあって探りと取引を持ち掛けに来たのか。

「ちなみに生き残れたのは運ですね。皇にボロカスにやられたんで」

「それでも生きているだけで凄いのよ。私の飛ばされたところも中々の戦闘狂国家らしいけどティノーグ皇国はその上を行くって話だったの。神使が現れても生き残れたら奇跡って鬼人が言っていたのよ」

やはりALONEST内で見てもリアはバケモノ級の力を持っているのか。違ったら違ったで無理ゲーだし現状で俺が勝てない難易度に設定されてるわな。

「それで俺に情報を回してどういうつもりですか?一応タマナ姉は包囲網に参加してて俺の敵ですよね?」

「そんなこと言わないの…なんて誤魔化しは効かないわよね。分かっているとは思うけどこの大会はUNKNOWN対6集団が序盤戦の肝でそこにALONESTのNPCをどう巻き込むかがカギになるわ。それで私のいるシャバラ公国と十六夜ちゃんのいるティノーグ皇国は仲がいい。十六夜ちゃんが生き延びているってことは少なくとも特権階級に気に入られていることになるでしょ?流石に十六夜ちゃんでも稼働初日でラスボス級に勝てるほど直継ちゃんは甘い難易度にしないからね」

要するに俺と戦いたくない訳か。今の口ぶりからして俺ほどの信頼関係は築けておらず下手にシャバラ公国を敵に回すような選択肢は取りたくないと。確かにリア相手に生き延びるって相当気に入られてなきゃ無理だよな。実際、スキルの1つも使わせられなかったしな。

「それならこっちにつくくらい言わないと無理じゃないですか?」

あれ?同じようなことさっきも思ったよな。

「あら、そんなこと言うようになったの…私、十六夜ちゃんのこと凄く世話してあげたと思うんだけどな~」

「それはズルいですよ。いくら世話になっていようとゲーム内の駆け引きは別です」

「冗談よ。十六夜ちゃんが弟みたいで可愛くって構いたくなっちゃっただけなんだから」

今となっては弟と言うには少し歳が離れている気もするが息子と言うには少し歳が近過ぎる気もする。俺もタマナ姉、姉と呼んでいるのだが、どちらかと言うと近所にいる世話好きのおばさんというのが1番しっくりくる。まぁ、口が裂けてもそんなこと言えないが。

「話を戻しますけど、俺のメリットは何ですか?敵対勢力にいる相手をタダで見逃がせなんて言いませんよね」

「勿論よ。ウチから2人送るのでどうかしら?」

また難しい提案をしてきたな。2人であれば対処し切れる範囲内ではあるが俺の情報が全て筒抜けになる。2人の生殺与奪を握らせるということはタマナ姉にとって、というか金色の食卓にとって相当なリスクだ。下手をすれば俺と通じていると見なされ包囲網を敵に回しかねない。これが包囲網の作戦という可能性もあるか。

仮にそこまでして俺と戦いたくないルートを追うとしてタマナ姉はそこまでALONEST内のNPCに重きを置いているということか。正面から戦ったところでUNKNOWNには勝てないからそれ以外の活路を見出す必要がある。

逆にこれが包囲網の作戦ルートを追うなら俺を退場させた時にはUNKNOWNに勝てるだけ、少なくとも勝負になるだけの戦力を整えておく必要があるが、その戦力はすぐに整うものではない。だから2人を送ってもすぐに行動は起こせないはずで、その間俺に生殺与奪を握らせるのはどう考えても金色の食卓が貧乏くじを引きすぎだ。

他にも懸念点、納得のいかない点は多い。

「悩んでいるみたいね。じゃあ追加で2人を誰にするかは十六夜ちゃんに選ばせてあげる。これでどうかしら?」

今の発言で9割方自信を持てる。これは包囲網の作戦ではない。

集団戦に置いてタンク、アタッカー、バファー、ヒーラーと大きく分けて4つの役割がある中で10人しかいない現状、1つの役割は2人か3人で1人の重みは量り知れない。全員がある程度他の役割もできるだろうがトッププレイヤー同士の戦いでは明確な弱点になる。

そんな中、俺が同じ役割から2人選べばその時点で金色の食卓が集団として相当に弱体化することになる。そうなれば他を敵に回してでもUNKNOWNが動く。

UNKNOWNは他に対する抑止力を持っているが他はUNKNOWNに対する抑止力はない。元々6集団側には俺がおらず戦力は5集団分、そこで更にもう1集団を楽に削れるのなら力押しができる。増してや金色の食卓はシャバラ公国にいて、おそらくUNKNOWNは隣接するアピア合集国にいるのだからそんな状況を作るはずがない。

人を送るなら少なくともアピア合集国に隣接しないエラード王国、オール共和国、ニナイ連邦のどこかから選ぶべきだ。俺がティノーグ皇国にいるのだから現実的に人を送る交渉が成り立つのはニナイ連邦、つまり銀の銃弾シルバーバレットから選ぶべきだ。UNKNOWNにもALONEST内のNPCにも邪魔をされる可能性が比較的低いからな。

尤も、タマナ姉からの話だったからここまで聞いたのであって他のプレイヤーであれば門前払いだ。

「色々な要素がありますけど今の段階で金色の食卓を壊滅させることに大した魅力がないので断ります」

「あら、残念。じゃあこの交渉はなかったことにしましょう」

思いの外あっさりとタマナ姉は引き下がる。こっちは真面目に色々な可能性を考えたのに肩透かしだ。まぁ、これは現状情報不足・不利を背負い過ぎていて無駄な可能性も考慮しなければならないだけだが…それでもこっちは無駄に考えたのもあって、これだけで終わる気がせず身構えてしまう。

しかし、タマナ姉が次の手を仕掛けてくる様子はない。それどころか空いた容器を片付け始めている。

ってもう全部食べ終わってるし…俺が考えてる間に食べきったのか。相変わらず早いしよく食べることで…

予想外の行動と驚きの光景に思わず脱力させられる。

「そろそろお暇しようかしら。久しぶりに十六夜ちゃんとご飯を食べれて嬉しかったわ。また一緒に食べましょうね」

「それはいいですけど本当に要件はそれだけだったんですか?」

ここで帰ったら本当に一緒にご飯を食べに来ただけだ。何なら情報提供までしている。

「最初にも言ったじゃない。十六夜ちゃんの様子が気になっただけだって。アレ以来、十六夜ちゃんは音信不通で一緒に周回もしてくれなくなったでしょ?凄く寂しかったのよ。今日も会ってくれるか心配だったし…」

「それは本当にすみません」

「違うの。十六夜ちゃんを責めている訳じゃないのよ。でもあれだけ一緒に周回してきたのに急にさよならは悲しいでしょ?だから思い切って連絡してみたの。不安だったけどいざ会ってみたら昔のままだし本当に嬉しかったわ。若返った気持ちよ。十六夜ちゃんが良ければまた一緒にゲームしましょうね」

タマナ姉は鞄を背負うと手を振りながら帰っていく。見送りながら改めてタマナ姉の大食漢ぶりに思わず苦笑いしていた。
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