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6話「敵か味方か」
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靄のような《扉》を通ると、湖の見える森の中に出た。
木々の隙間から光が差し込み涼しい雰囲気を感じさせる。それを直接光の当たる湖が際立たせていた。
この景色には6タイトル時代から見覚えがあり、スキル空間内に来られたようだ。場所は中央の闘技場から少し離れた森の中。何千何万と来た場所だから間違いない。
出た場所としては上々だ。誰が敵で味方か分からない以上、少なくとも始めは慎重に立ち回りたい。その点、この森は中央から近く四方八方に敵がいる可能性はあるものの、森を利用して逃げ隠れすることも狙った相手だけに遭遇することも可能だ。
まずは《索敵》を使って誰がどこにいるかを探る。映ったのは1人だけだが、その1人はこちらに向かって来ていた。
現状を考えれば最高だ。1対1であれば後れをとることはないし戦闘を嗅ぎ付け加勢が来ても逃げて状況をリセットすることができる。
そう武器を呼び寄せ戦闘態勢で構えていると1人の女性がやって来た。
赤褐色の肌に尖った耳、肌には赤色のペイントが入っている。銀髪の髪は頂点でポニーテールに結われ腰まで伸びていた。垂れ目気味な目は優しい雰囲気が出ていて肘にかける籠には薬草の類が摘まれている。赤妖精人のエレナだ。
6タイトル時代よりも綺麗に見えるその姿に感動を覚えつつもその美麗さに緊張する。その容姿に度肝を抜かれているものの警戒心は緩めない。考えたくはないがエレナは敵かもしれないのだ。
「久しぶりだな、エレナ」
こちらが警戒していることを勘づかせないように差し障りのない挨拶で反応を探ると、エレナは大きく目を見開いた。が、すぐに元に戻る。
「ラー!こんなところに居たのですか。また主の姿に化けて…主の姿になれば私が怒らないと思っているのなら大間違いですよ!」
面倒見のいいお姉さんに宿題をやっていないのがバレて叱られているような気持ちになる。俺のことをNPCの1体、スライムのラーと勘違いしているようだが、そんなことが気にならないくらい感動した。
自分の作ったNPCがテンプレート以外の言葉を喋った。そこに自分の子供が初めて喋ったような感動を覚える。子供ができたことはないから厳密には分からないがきっとこんな風に思うのだろう。
この様子と言葉を聞くにエレナは特別敵対心が強い訳ではなさそうだ。そう思い、もう少し踏み込む。
「俺はスーじゃない、JOKERだ」
「そんな嘘に騙され…え?喋った!?ということは本物!?失礼しました。主と気づかず失礼な態度を…なんとお詫びすれば…」
そうエレナは慌てて頭を下げる。パニックになりながらも真剣に謝っているのは伝わってきた。
それを見て警戒心を1段階下げる。
「気づかないのも無理はない。どういう訳か大半のパッシブが発動してなくてな。その理由を探りに来た」
「そういうこと……って主と会話できてる!?これは夢なのでしょうか?」
頬を抓ってこれが現実なのか確かめているようだ。
何ともテンプレな行動を…しっかりとしているように見えてテンパると駄目になるタイプか。普段がしっかりしていればしているほどギャップでやられそうだ。
しかしながら、エレナの言っていることは分かる。フィリアやリア、ALONEST内のNPCとは会話をしたことはあるが、自分の作ったNPCと会話をするのは初めてだ。それはNPCと会話ができると分かった時とも比べ物にならないほど感動を覚え感慨深いものがある。現実世界の自分は涙を流して上手く喋れなくなっているかもしれない。それくらいには感動している。
「これは現実だ」
「うぅ……今までは主からの言葉しか受け取れず私たちは決まった言葉しか届けられませんでした。それがやっと…やっと、私たちの言葉を届けられるのですね。私、嬉しいです」
感極まってエレナは泣き出してしまう。しかし、表情は満面の笑みで、俺も釣られそうになった。俺も一緒に泣き喜びを分かち合いたいところだが、やらなければならないことがある。
「エレナ、俺も嬉しいぞ。このまま1日でも1週間でも一緒に泣いて喜んで語り合いたいくらいだけど、やらなくちゃいけないことがある。…ここに敵がいるかもしれない」
敵がいるかもしれない、その可能性を聞いただけなのにエレナは泣き止み表情は真剣なものに変わる。
「考えたくはありませんが、もしそうなのであれば私が対処します。主にそんなことでお手を煩わせる訳にはいきません。そんな恩知らずがいるのなら生きている価値はありません」
この言い切りよう、エレナは味方と見ていい。これで騙されたら主演女優賞ものだ。
当然の警戒とはいえ、敵かもしれないと疑ってかかったのが申し訳なくなる。
「まずはエレナに話を聞きたいんだけどいいか?」
「はい!私がお役に立てることでしたら何でも聞いてください!」
最初に会えたのがエレナでよかった。好意的であるのは勿論のことしっかりとしていて知れる情報が多そうだ。ここである程度の推測を立てて次の行動を決めたい。
「じゃあまず、エレナはいつ喋れるようになった?」
「いつからと言われると分かりませんが気づいたのは今朝です。いつも通り薬草採集をするために4と7を集めた時に気づきました。4と8は喋れないようですが、私たち5である赤妖精人と黒妖精人、7の妖精・精霊は喋れるのは確認できています。後は片腕も話せました」
今朝というのはゲーム内時間の今朝でALONESTが開始した時だろう。やはりALONESTに移行したのがNPCに影響を及ぼしていると見て間違いない。そうなるとこの空間とALONESTは時間経過が同じということか。
スライムと召喚獣は喋れない…エレナは個体ではなく種族の括りで話しているから喋れるかどうかは人型か否か?いや、カイナは厳密には違う。これはALONESTで見極めるとして保留だな。
「今日話した奴の中に俺に敵意を持ってる奴はいたか?」
「いえ、そのような雰囲気は感じませんでした。特に片腕は主のことを探して走り回っていたので味方だと考えていいと思います」
これは大きな情報だ。多くのNPCを所有するため数字毎、全体と2種類計14個の笛を持っている。だから片腕が味方となれば形勢は大きく傾く。
Aを呼ぶ笛を鳴らせば片腕以外のAを与えたNPCもそのことに気づき集まってくる。もし残りの3体が敵だったとしても俺とエレナと片腕で3対3。最悪、片腕が敵だったとしても2対4、十分に戦える。全員が敵かもしれない想定をしていた時から考えれば数的五分のこのチャンスを逃す訳にはいかない。
エレナを信用していない訳ではないが自分の目で見ていないのに信用するのは危険だ。
「エレナ、今からAを呼ぶ笛を鳴らす。最悪、敵だった場合に備えて戦闘態勢をとれ。ただ、危ない戦い方はするな。倒せなくてもいいから倒されないようにしろ」
「承知しました。ですが、主に危険が及んでいると判断した場合は刺し違えてでも主をお守りします」
「アイテム、Aの笛」とAを呼ぶ笛を取り出してピーと鳴らす。
「《紅蓮龍の爪槍》」「《漆黒龍の爪槍》」
笛を鳴らした直後、笛には転移昨日はないというのに上空からスキルを唱える声と共にこちらに向かってくる影が2つ見える。逆光でその姿はハッキリと見えないが使っているスキルからクレナとクロムだと分かる。
ここまで早いとは想定しておらず、俺もエレナもスキルの発動は間に合わない。それでも最低限の防御をしようと防御態勢をとり上空に構えるが、その攻撃が俺たちに届くことはなかった。
横から半身を覆う籠手を装備した2人が割って入りその籠手で受け止めたのだ。その2人はクレナとクロムを弾き返すとこちらを向いて跪く。
「「お久しぶりです、我等が主!」」
2人はそう声を揃えてこちらを見上げる。
1人は右腕に籠手を装備しており右目を髪で隠し後ろ髪をヘアゴムで纏めている。目は鋭く力強くて青年という言葉が合うような顔立ちをしていた。隻腕のカイナだ。
もう1人は左腕に籠手を装備しており隻腕とは対称的に左目を髪で隠している。同じく目は鋭いが、後ろ髪は背中まで伸びていた。片腕のカイナだ。
話に合った片腕だけでなく隻腕も味方のようだ。これはかなり大きい。
「相変わらずお前たちは息ピッタリだな」
「いえ、主を迎える時はこうしようと決めていました。ところで、主に刃を向けた不届き者はどういたしましょう?」
隻腕がクレナとクロムの方を鋭く睨みつけながらそう聞いてくる。その目は今すぐにでも始末するというような意思を孕んでいそうだ。どうやら俺のNPCは過激派が多いらしい。
「守りに徹しろ。先を考えればクレナもクロムも必要な存在だ」
「「かしこまりました」」
カイナたちは立ち上がると片腕はクロムと隻腕はクレナと対峙する。
まずは何故敵対しているのかを見極めたい。それが解決可能な事であれば解決し、無理なら……切り捨てる。
そう真剣な眼差しで戦闘の行方を見守る。
「見損なったわ!同じAを与えられた者として少しは認めてあげてたのにそんな偽者を主と間違えるなんて許せない。クロム!この偽者諸共カイナを始末するわよ!」
「言われなくてもそうする」
クレナの言葉にクロムが答えるとクレナとクロムが仕掛けて戦闘が始まった。
現れた時と同様にクレナは《紅蓮龍の爪槍》、クロムは《漆黒龍の爪槍》を使って攻撃する。それをカイナたちは軽々と籠手で受け止めては撥ね返していた。
指示に従ってはいるものの怒りに満ち溢れているのは対峙していなくても分かる。
「主の命に従って倒しはしないが、偽者と言った罪は重いぞ」
「そんな覇気も威圧感も威厳もない人を主と崇めるなんて目が腐ったわね」
「我等はパッシブスキルなんぞで判断しない。お前たちと違って主と確かな繋がりがある。それがあの方が主であることを示している。そもそも主は誰にも負けはしない。よって騙りが我等の目の前に現れることはあり得ない。その程度のことも分からないのは目が腐ったのはそっちだ」
クレナの鉤爪と隻腕の籠手が衝突して激しく火花が散る。そんな中2人は言い合いをしていた。それはお互い本気ではないということだ。
カイナはパッシブ関係なしに判別できるがクレナとクロムはそれができない。だからクレナとクロムはパッシブで判断するが、今の俺はどういう訳か大半のパッシブが発動しておらず偽者に見えるということか。そうなるとエレナも判別できないことになるが…エレナは会話か。それかそこまで疑う気もないのか。
そうなると同じように対話を試みてみるか。それが無理なら実力行使で本物と認めさせるしかない。
隻腕とクレナの会話からの推測に意識を向けていると横からこちらへ向かってくるクロムが視界に入る。どうやら片腕は突破されたようだ。
エレナが間に入ろうとするのを手で制止してクロムと向き合う。
気づくのが少し遅れはしたものの初撃は躱す。しかし、懐まで潜り込まれた。
「貴様が本当に主か試させてもらう。《漆黒龍の爪槍》」
ゼロ距離から《漆黒龍の爪槍》が放たれる。会話でも薄々気づいていたが、初手からこれを使ってくるあたりクロムの中の俺の評価の高さが窺えた。
この距離では後出しでスキルの発動は間に合わない。残された選択肢はスキルを使わないシステムを利用した防御か受け流し、回避の3択だ。回避は間に合わず防御も俺が本物と証明するには弱い。残る選択肢は受け流しだが、懐まで引き込んでクロムの手首のあたりを逸らさなければダメージをくらうという絶妙且つ的確な受け流しが要求される。
しかし、《漆黒龍の爪槍》に関しては簡単だ。もう何千何万と受け流してきたスキルで操作方法が変わったとしても鮮明に刻み込まれたキャラモーションがその動きを可能にする。頭の映像通りに体を動かしてクロムの手首を抑えて外に流す。そのまま勢いを利用してクロムの背後を取り頭に手を置く。
これは6タイトル時代からの癖だ。《漆黒龍の爪槍》の狙う部位、硬直軽減のモーション等、細かい部分の矯正をする時にできたら頭を撫でて、できなかったら正しい打ち方を見せる。矯正はグッドかバッドを押せばできることだが、それだけでは機械に教えているようで気持ち悪くてやっていた。
癖で何も考えずに撫でていたが、撫でてからセクハラだのなんだの言われたらどうしようと不安が頭を過った。しかし、その心配はいらないようだ。
「この手際にこの感触、間違いなく本物の主…ですが、その…やめていただけると……」
頬を赤らめモジモジとしている。子供が思春期を迎え嫌ではないが恥ずかしくて困っているように見えた。自分に子供はいないし、親ともそんなにベタベタとした関係ではないからただの推測だが。
クロムの頭を撫でるのを止めクレナと隻腕の戦闘に目を向けると、まだ激しい衝突が繰り広げられていた。
クレナは《紅蓮龍の爪槍》だけでなく鉤爪や尻尾を使って絶え間なく連続で攻撃しているが、それを隻腕は籠手で受け止め続けている。スキルの使用優先度や戦い方を見るに基本的には6タイトル時代に指導した動きをしているようだ。ただ、その喋り方や内容からも予想はつくがクレナは少し短期に見える。ここは個性の出ている部分だ。
こちらのやり取りが一切視界に入らない程度にはクレナは本気で隻腕を倒そうとしている。クレナは中遠距離戦を本来は得意としているため完璧に力が発揮されているとは言えない。だからNPC内で最も防ぐことが上手いカイナなら大丈夫だが、そろそろ止めるべきだ。ある程度推測する情報は集まった。
「クロム、あの2を止めれるか?」
「お任せください。《漆黒龍の炎風手水土足》」
右手に炎、左手に風、右足に水、左足に土を纏うと左右の手を体の前で合わせてクレナと隻腕に向けて炎を風の渦巻く波動を放つ。止めるだけにしては張り切り過ぎな気もするが、2人なら大丈夫だろう。
2人の間を割るように向かってくる波動を回避しようとしたクレナと隻腕だったが、足元から水と土の柱が生えてきて捕らえられる。クレナは水の柱に半身を飲み込まれ、隻腕も同様に土の柱に半身を飲み込まれた。
「何するのよ、クロエ!」
「馬鹿なお前と違ってクロムはあの方が主であると気づいただけだ。それでもこの拘束は不愉快だな。《解》」
水の中でもがき声を上げるクレナと違って隻腕はスキルを唱えると力技のように腕を動かして土の柱を砕いた。
隻腕が簡単に拘束から逃れたように見えるがクロムのスキルが弱い訳ではない。隻腕の防御系統のスキルが強いだけだ。それを表すようにクレナはまだ水に捕らわれている。
「クレナ、このお方は主で間違いない」
「何クロムまで騙されてるのよ!主がそんなに弱い訳ないでしょ!」
クロムと共に近づくが、この状況になってもまだ信じられないようだ。そうなればやることはただ1つ。
「ならクレナが直接確かめてみろ」
「ふ~ん、偽者の癖にそこまで言えるんだ。私も舐められたものね。いいわ、ここに居る全員の目を覚まさせてあげる」
クロムに水の柱を解除させ互いに距離を取る。武器の顕現を解除して素手の状態で向かい合うと、カイナたちの籠手を衝突させる音を合図に戦いは始まった。
開幕、クレナは正面から《紅蓮龍の爪槍》を使って突進してくる。が、それは戦闘前から読めていたことでクロムにやった時と同じように受け流す。
しかし、試そうとしていたクロムと違い実戦をしているクレナは背後を取られないように尻尾の薙ぎ払いで追撃をしてくる。それを大きく後ろにバックステップすることで回避してスキルを唱えた。
「《54枚が紡ぐ世界》模倣、ハートのA」
ハートのA。つまりクレナを模倣して五分の状況を作る。厳密にいえば上乗せだから俺の方が高いが今の状態だと大した差は出ない。よってここからの戦いは単純に格の差を見せつける戦いだ。
「模倣まで出来るなんて少しは主のこと勉強しているようね。でも、その程度のメッキすぐに剥がしてあげるわ」
「「《紅蓮龍の爪槍》」」
クレナのスキルを使うタイミングを読んで被せる。同じスキルを同等のステータスで使っても差があることを教えてやろう。それで俺が本物であることも証明する。
クレナは6タイトル時代に教えた通り視界の斜め上から振り下ろすように攻撃してくる。そこへ数フレーム遅らせて被せた。
するとクレナの《紅蓮龍の爪槍》が俺に届く前にこちらの《紅蓮龍の爪槍》がクレナの腕を捉えて一方勝ちする。振ってくる場所が分かっているなら後出しの方が強いことが多い。特に上から被せる時はそうだ。
一方的に打ち消されダメージを受けたことに焦りを覚えたのかクレナは1度立て直そうと距離を取ろうとする。が、そうはいかない。踏み込んでクレナを逃がさないようにして肉弾戦を仕掛ける。
「《紅蓮龍の炎爪》《二重》」
咄嗟の反撃でクレナは両手の爪に炎を纏わせて攻撃してくるが、当たらない。詰めた距離を保ったままクレナの攻撃を躱し続ける。
「何なのよ!何で当たらないのよ!」
そうクレナはヤケクソ気味に攻撃し続けるが当たりはしない。今のクレナの攻撃であれば俺でなくとも簡単に読んで躱すことができる。それほどまでにクレナは冷静さを失っていた。
今後は対人戦に置けるスキルの使うバランスを始め、戦い方を教え直さなければならない。ボス戦やNPC戦は最終的には作業になり使うスキルは偏り単調になる。それが悪影響してクレナはここまで読みやすい。
そんな今後の課題を考えながら躱せるほどクレナの攻撃は単調だ。もう力の差は示せたと判断して終わらせる。
「クレナ、これで終わりだ」
クレナの喉元に鉤爪を当ててチェックメイトを宣言した。
これが逆転不可能な状況という訳ではない。そういった意味ではまだチェックだが、これは演習だ。HPを5割削るか致命傷を与えられる状況を作ったら終わりでいい。6タイトル時代にはそうしていた。それはクレナの中でも変わらないようで膝から崩れ落ちて座り込む。
「負け…た…?主以外には負けないって決めてたのに……主以外には負けちゃいけないのに…」
クレナは今にも消え入りそうな声で涙を流しながらそう呟く。力の差だけでは俺のことを主と認めてはくれないようだ。確かに強ければ主なんて誰でも主になれるようでは困るが、ここまで信用されないのも少し辛い。
反撃されることは覚悟した上でクレナの頭に手を置き優しく撫でる。
「主…?本当に主なの?」
こちらを見上げてそう聞いてくる。
撫でてそう判断されるとは俺の手には変な効果でも付与されているのだろうか。もしかして今の職業が勝手に手懐け師に変更されていないかと疑いたくなるレベルだ。
「だからそう言ってるだろ?」
「ううん。まだ分からないわ。もっと撫でなさい」
そんなことを言いながらもクレナの頬は緩み切っていた。どうやら本物だと信じてもらえたようだ。
要望通り撫で続けて、優しく撫でたりくしゃくしゃと少し雑に撫でたりする。クレナが目を細めて撫でられている姿が猫のようで可愛い。角が耳に見えなくもない。
少し意地悪をしたくなって手を上げていくと釣られるようにクレナの頭もついてくる。今度は左右、少しずつ右へ左へと手の位置を動かしてもついてきた。最後に手を止めたらどうなるのかが気になり撫でるのを止めると自分の頭を動かして俺の手に頭を擦り付けている。
しかし、それでは気持ちよくないのか俺の腕を両手で掴んで動かして自分の頭を撫でていた。
「あの…主……私も撫でてほしい、のですがダメでしょうか?」
隣からモジモジと恥ずかしそうに頬を赤くしてエレナがねだってくる。お姉さんに見えるエレナがねだってくるのは、いつも長女として下の子の面倒見を始め家事を手伝っている子がたまには甘えたいと恥ずかしいながらもお願いしているようだ。実際、スライムたちの面倒を見ているようだからそんなイメージが浮かんだのかもしれない。
クレナとクロムは撫でてエレナは撫でないというのは親として良くない。だからエレナも撫でるのだが、見た目が自分よりもお姉さんなエレナを撫でるのは恥ずかしい。
「ふわぁ~」と蕩けるような声を上げてこちらに身を委ねて撫でられている。この嬉しそうな顔を見れば恥ずかしさなんて気にならないと誤魔化しエレナが満足するまで撫で続けた。
精神がかなりすり減ったがようやく終わったかと一息吐こうとするとカイナたちが羨ましそうにこちらを見ている。撫でてとは言わないものの撫でてほしいのは明らかでカイナたちの頭も撫でた。
カイナたちが満足したかと思えば今度はクレナがもう1回とせがんできて2周目に突入した。結局30分以上は撫で続けたが流石に時間が危なくなり強引に終わらせる。クレナは少し不満そうにしていて撫でてあげたい気持ちはあるが優先順位があるから仕方がない。
「クレナとクロム、お前たちには指揮官を任せてるけど俺に敵対してる奴はいたか?」
真面目な話をすると流石にクレナも頭を切り替えたのか真剣な表情に変わる。
「今朝の変化からJQK以外の様子は一通り確認しましたが特に異変は見受けられなかったかと」
「主に敵対するなんて恩知らずな人いる訳ないわ。私たちを生み出しここまで育ててくれた。それだけでも感謝してもし切れないのに主は他の誰よりも私たちを大切にしてくれたもの。もし敵対する人がいれば私が全員始末するわ!」
「そうか。仮に敵がいたとして半分を超えると思うか?」
クレナの少しブーメラン気味な発言はスルーして次の質問をする。クレナの場合は本物の俺像が強すぎるが故に災いしたと言ったところだから仕方ない部分もあるか。
「断言はできませんがその可能性は低いと思います。私たち5を与えられている妖精人は森の管理といくつかの数字の世話をしています。その私たちに不満がないのは勿論のこと、4、7、8は主に会えないのを寂しがっています」
4、7、8、スライム、妖精・精霊、召喚獣か。妖精・精霊と召喚獣は懐きそうではあるが、化物のスライムも懐いているとは意外だ。そうなると種族的な要因ではなく別の要因で決まっているということか。そうなると絆の継続の可能性もあるな。だけどそうなると敵味方の要因が分からない。
この様子だと全員味方の可能性も大いにある。いや、寧ろ高いか。そうなると赤色のパッシブとの関連が分からない。
ここまでの情報で確定するのは敵味方で発動する、しないが分かれている訳ではないということ。ここに居るAと5、それにエレナの言う4、7、8が味方なのであれば発動していないパッシブの数が合わない。
そうなると原因の解明には時間がかかりそうだな。ピンポイントでこれ!と浮かんでも検証しなければ危なく、その検証には時間がかかる。だからこれは考えつつも後回しにしよう。
今からやるべきは全員を集めて話を聞くことだな。ここに居るA全員とエレナの言う数字が味方のこの状況ならJQKが全員敵でもない限りこちらが戦力優位、悪く見積もっても5:5だ。
「なら中央に全員を集めるか。そこで話を聞いて敵がいるなら炙り出す。だから中央に行ったら全員戦闘態勢でいてくれ。ただし、戦闘になっても防御重視、できる限り誰も倒さないこと。いいか?」
「「かしこまりました」」「承知しました」「…分かったわ」「お任せを」
と5人とも返事をする。カイナは不満がありつつも守ってくれそうだがクレナは怪しい。まぁ、暴走した時は俺かカイナで止めるしかないか。
カイナたちを先頭に俺、クレナとクロム、エレナの順で2-1-2-1に並んで中央にある闘技場へ向かう。
中央の闘技場、コロッセオという言葉がイメージされるような場所に入り全員集合の笛を鳴らす。
俺の両脇にカイナが立ち、こちらを向いて先頭にクレナとクロムが立つ。その少し後方、クレナよりも右側にエレナは立っている。6タイトル時代の整列を何も言わなくとも守っているようだ。
時間が経ち、3、10、4578、2、6、9、J、QKの順番で入って来て整列する。距離と移動速度の問題もあるが、この入ってくる順番にも個性を感じた。
全員が並ぶとクレナとクロムが「「52名揃いました」」と言って跪く。それに続いて後ろに並んでいる全員が跪いた。その動きが揃っているのなんの、軍隊みたいでかっこいい。
カイナたちが俺を見て頷き前に出る。
「全員楽にしてくれ。まずは急な呼びかけに集まってくれてありがとう。もう変化には気づいてると思うけど、お前たちは自分の意思、言葉で話せるようになった。そこで心情に変化もあると思う。今まで思ってた不満や改善点もあると思う。まずはそれを聞きたい」
特段上からでも高圧的にもならないように話す。さっきの軍隊のような動きで帝王のような圧倒的強者像を見せた方がいいかとも思ったが、結局は6タイトル時代と同じ接し方の方が真摯だと思った。
何人か不満を持っていそうな奴に心当たりがある。だからここで何も意見が出なければ本音を隠しているのはほぼ確定だ。それでは信用し切れない。つまり
敵である可能性も考慮し続けなくてならない。
そう意見が出ることを願っていると鬼人の1人、カズキが手を上げる。
「俺たち鬼人の総意を言わせてもらう。クレナとクロムが指揮官なのは納得いかない。俺たちは自分よりも弱い奴の命令は聞けない」
想定していた意見とは違うが意見が出るのはいいことだ。
しかし、これは難しい話だ。指揮官が弱くては面目が立たないがクレナもクロムも総合的な強さで見れば1、2を争う。
戦闘にも個対個、個対集、集対集、集対個と色々ある。他にもPvPとボス戦、エリア戦闘、と多くの要素があり一概に強さを計ることはできない。クレナもクロムも全ての戦闘に置いて万遍なく上手い。強いて言えば個体個、接近戦が弱いがカズキはそこが気に入らないのだろう。
他にも人を纏め上げる資質というものもある。まぁ、資質に関しては自我が目覚めたこれからを見ないと判別はできない。
「その意見は考慮する。だけどな、指揮官は単純な強さだけで決めてる訳じゃない。俺が指示を出せない時に冷静に対処できるか、どの役回りもカバーできるか。そういったことも考慮してる。資質に関してはこれから見極めるとして指揮官を不在の時期を作る訳にはいかない。だから今は暫定処置で納得してくれないか?クレナとクロムもいいか?」
「分かった」とカズキは納得し、クレナとクロムも頷く。
1つ意見が出たことで言いやすい状況ができたのか人の1人、サクヤが手を上げる。
来た。俺に不満を持っていそうな筆頭の1人。これから出る意見は重く受け止めなければならない。
「私とサクマからの意見というかお願いです。本当にお願いです。休みを下さい!」
心からの訴えだ。こればかりは自我が芽生えると思っていなかったとはいえ申し訳ない。
サクヤとサクマは鍛冶師であり、ゲーム内で休みを一切与えず常に装備品の生産をやらせ続けていた。それは生産する装備品には確定ステータスとボーナスステータスがあり、ボーナスステータスはランダムで決まる。だからその厳選のために生産させ続けていたのだが、自我が芽生えてしまった以上、知らなかったで済ませてはいけない。
「あのー…その事につきましては、本当に申し訳ありませんでした。これからは自由に休みを取ってください。何か要望があれば言ってください。でき得る限り快適に過ごせるよう努めさせていただきます」
誠心誠意のことを言ったつもりだが、言いながらパワハラがあった企業の上層部がとりあえずこう言っとけと改善する気もないのに上辺だけで言葉を並べているような気分になる。そうではないことはこれからの行動で示さなければならない。
そう心に誓いながら全力で頭を下げる。
カイナたちを始め全体から驚きと戸惑いの声が漏れる。中には「頭を上げてください」という声も聞こえてくるがサクヤとサクマが許してくれるまでは頭を上げない。
「えっ、いやっ、その…えっ、えっ?ご主人様にそこまでしていただきたいのではなくて私たちは休みをいただければそれで十分なので……ただ、同じ武器を作り続けて寝ている間も打ち続けている自分が怖いんです」
言葉の節々がグサグサと刺さる。痛い。心が痛い。
「サクヤがテンパってるから俺から補足させてください。確かに休みは欲しいですけどここまで強くなれたのもいい装備を打てるようになったのも主のおかげで感謝してます。だから少しでも恩返しがしたいです。別に俺もサクヤも装備の生産ペースに不満がある訳じゃないんです。ただ同じ装備を打ち続けるのが少ししんどいんです。100個目までは成長を実感できて楽しいんですけど100個目以降はただの苦痛で、主の必要な装備の都合もあると思うので100個に5個くらい違う武器を挟んでいただければそれで満足です。休みも1日1時間ほどいただければ最高です」
凄く俺に感謝してくれているのも気遣って言葉選びをしてくれているのも伝わってくるが、その優しさが逆に痛い。1日1時間の休みで最高ってどれだけブラック体質で俺は罪深いことをしてしまったんだ……
「いえ、体制改革はします。週休2日、1日8時間以上の労働はさせません!」
「それは困ります!そんなに武器が打てなかったら感覚が鈍ってまともな物が打てなくなります。それではご主人様に恩返しができません。そんな短い時間ではいつまでもご主人様に使っていただけるような装備を作れません!」
もやめてくれ。本当に心が痛すぎる。
「そうだろうと健全な生活のために禁止します」
「それだけはやめてください!生き甲斐が無くなります!」
その後も互いに譲らず話し合いを続けて、最終的には俺の必要とする武器は1日8時間以内に収まる量にしてそれ以外は自由に趣味として生産していいということで話がついた。趣味に必要な素材も謝罪の意味も込めて俺が調達提供することにした。
カズキとサクヤの意見を皮切りに色々な意見が出てきた。
その話を聞く限り明確に敵対しているような相手はおらず、敵味方と赤色のパッシブの因果関係が証明できない以上、素直に慕ってくれている可能性の高いNPCたちを疑いたくはない。それでも万が一に備えはするが。
「それじゃあ最後に今後の方針を話すぞ。お前たちが話せるようになったのには明確な理由がある。今いるのは6タイトルとは違う世界だ。その世界の影響でお前たちは自分の言葉を話せるようになった。それはいいことだし俺も嬉しい。だけどこの時間は永遠じゃない」
掴みは上手くいっているようで全員真剣に聞いてくれている。永遠じゃない、失うかもしれないという可能性に険しい表情をする者もいた。
「俺がこの世界で死ねばお前たちも6タイトルに戻される可能性が高い。そうなるとお前たちは元に戻ってしまう。そうならないために、差し当たって脅威になるのが俺以外の6タイトルのプレイヤーだ。そいつ等がいたら俺たちはいつまでも無意味な脅威に晒される。逆にそれを跳ね除ければ6タイトルのプレイヤーは俺たちだけになりこの世界を独占できる。この世界の全てを攻略できるようになる。だから全員を倒してこの世界を攻略するぞ!」
これがPvP大会というメタな話は伏せて血の気の多いNPCたちをやる気にさせるように心がけて声をかけると静寂が訪れる。冷めたことを言ってしまったかと思ったが、その直後、全員が「おー!!!」と声を上げた。その声で闘技場が揺れていた。
木々の隙間から光が差し込み涼しい雰囲気を感じさせる。それを直接光の当たる湖が際立たせていた。
この景色には6タイトル時代から見覚えがあり、スキル空間内に来られたようだ。場所は中央の闘技場から少し離れた森の中。何千何万と来た場所だから間違いない。
出た場所としては上々だ。誰が敵で味方か分からない以上、少なくとも始めは慎重に立ち回りたい。その点、この森は中央から近く四方八方に敵がいる可能性はあるものの、森を利用して逃げ隠れすることも狙った相手だけに遭遇することも可能だ。
まずは《索敵》を使って誰がどこにいるかを探る。映ったのは1人だけだが、その1人はこちらに向かって来ていた。
現状を考えれば最高だ。1対1であれば後れをとることはないし戦闘を嗅ぎ付け加勢が来ても逃げて状況をリセットすることができる。
そう武器を呼び寄せ戦闘態勢で構えていると1人の女性がやって来た。
赤褐色の肌に尖った耳、肌には赤色のペイントが入っている。銀髪の髪は頂点でポニーテールに結われ腰まで伸びていた。垂れ目気味な目は優しい雰囲気が出ていて肘にかける籠には薬草の類が摘まれている。赤妖精人のエレナだ。
6タイトル時代よりも綺麗に見えるその姿に感動を覚えつつもその美麗さに緊張する。その容姿に度肝を抜かれているものの警戒心は緩めない。考えたくはないがエレナは敵かもしれないのだ。
「久しぶりだな、エレナ」
こちらが警戒していることを勘づかせないように差し障りのない挨拶で反応を探ると、エレナは大きく目を見開いた。が、すぐに元に戻る。
「ラー!こんなところに居たのですか。また主の姿に化けて…主の姿になれば私が怒らないと思っているのなら大間違いですよ!」
面倒見のいいお姉さんに宿題をやっていないのがバレて叱られているような気持ちになる。俺のことをNPCの1体、スライムのラーと勘違いしているようだが、そんなことが気にならないくらい感動した。
自分の作ったNPCがテンプレート以外の言葉を喋った。そこに自分の子供が初めて喋ったような感動を覚える。子供ができたことはないから厳密には分からないがきっとこんな風に思うのだろう。
この様子と言葉を聞くにエレナは特別敵対心が強い訳ではなさそうだ。そう思い、もう少し踏み込む。
「俺はスーじゃない、JOKERだ」
「そんな嘘に騙され…え?喋った!?ということは本物!?失礼しました。主と気づかず失礼な態度を…なんとお詫びすれば…」
そうエレナは慌てて頭を下げる。パニックになりながらも真剣に謝っているのは伝わってきた。
それを見て警戒心を1段階下げる。
「気づかないのも無理はない。どういう訳か大半のパッシブが発動してなくてな。その理由を探りに来た」
「そういうこと……って主と会話できてる!?これは夢なのでしょうか?」
頬を抓ってこれが現実なのか確かめているようだ。
何ともテンプレな行動を…しっかりとしているように見えてテンパると駄目になるタイプか。普段がしっかりしていればしているほどギャップでやられそうだ。
しかしながら、エレナの言っていることは分かる。フィリアやリア、ALONEST内のNPCとは会話をしたことはあるが、自分の作ったNPCと会話をするのは初めてだ。それはNPCと会話ができると分かった時とも比べ物にならないほど感動を覚え感慨深いものがある。現実世界の自分は涙を流して上手く喋れなくなっているかもしれない。それくらいには感動している。
「これは現実だ」
「うぅ……今までは主からの言葉しか受け取れず私たちは決まった言葉しか届けられませんでした。それがやっと…やっと、私たちの言葉を届けられるのですね。私、嬉しいです」
感極まってエレナは泣き出してしまう。しかし、表情は満面の笑みで、俺も釣られそうになった。俺も一緒に泣き喜びを分かち合いたいところだが、やらなければならないことがある。
「エレナ、俺も嬉しいぞ。このまま1日でも1週間でも一緒に泣いて喜んで語り合いたいくらいだけど、やらなくちゃいけないことがある。…ここに敵がいるかもしれない」
敵がいるかもしれない、その可能性を聞いただけなのにエレナは泣き止み表情は真剣なものに変わる。
「考えたくはありませんが、もしそうなのであれば私が対処します。主にそんなことでお手を煩わせる訳にはいきません。そんな恩知らずがいるのなら生きている価値はありません」
この言い切りよう、エレナは味方と見ていい。これで騙されたら主演女優賞ものだ。
当然の警戒とはいえ、敵かもしれないと疑ってかかったのが申し訳なくなる。
「まずはエレナに話を聞きたいんだけどいいか?」
「はい!私がお役に立てることでしたら何でも聞いてください!」
最初に会えたのがエレナでよかった。好意的であるのは勿論のことしっかりとしていて知れる情報が多そうだ。ここである程度の推測を立てて次の行動を決めたい。
「じゃあまず、エレナはいつ喋れるようになった?」
「いつからと言われると分かりませんが気づいたのは今朝です。いつも通り薬草採集をするために4と7を集めた時に気づきました。4と8は喋れないようですが、私たち5である赤妖精人と黒妖精人、7の妖精・精霊は喋れるのは確認できています。後は片腕も話せました」
今朝というのはゲーム内時間の今朝でALONESTが開始した時だろう。やはりALONESTに移行したのがNPCに影響を及ぼしていると見て間違いない。そうなるとこの空間とALONESTは時間経過が同じということか。
スライムと召喚獣は喋れない…エレナは個体ではなく種族の括りで話しているから喋れるかどうかは人型か否か?いや、カイナは厳密には違う。これはALONESTで見極めるとして保留だな。
「今日話した奴の中に俺に敵意を持ってる奴はいたか?」
「いえ、そのような雰囲気は感じませんでした。特に片腕は主のことを探して走り回っていたので味方だと考えていいと思います」
これは大きな情報だ。多くのNPCを所有するため数字毎、全体と2種類計14個の笛を持っている。だから片腕が味方となれば形勢は大きく傾く。
Aを呼ぶ笛を鳴らせば片腕以外のAを与えたNPCもそのことに気づき集まってくる。もし残りの3体が敵だったとしても俺とエレナと片腕で3対3。最悪、片腕が敵だったとしても2対4、十分に戦える。全員が敵かもしれない想定をしていた時から考えれば数的五分のこのチャンスを逃す訳にはいかない。
エレナを信用していない訳ではないが自分の目で見ていないのに信用するのは危険だ。
「エレナ、今からAを呼ぶ笛を鳴らす。最悪、敵だった場合に備えて戦闘態勢をとれ。ただ、危ない戦い方はするな。倒せなくてもいいから倒されないようにしろ」
「承知しました。ですが、主に危険が及んでいると判断した場合は刺し違えてでも主をお守りします」
「アイテム、Aの笛」とAを呼ぶ笛を取り出してピーと鳴らす。
「《紅蓮龍の爪槍》」「《漆黒龍の爪槍》」
笛を鳴らした直後、笛には転移昨日はないというのに上空からスキルを唱える声と共にこちらに向かってくる影が2つ見える。逆光でその姿はハッキリと見えないが使っているスキルからクレナとクロムだと分かる。
ここまで早いとは想定しておらず、俺もエレナもスキルの発動は間に合わない。それでも最低限の防御をしようと防御態勢をとり上空に構えるが、その攻撃が俺たちに届くことはなかった。
横から半身を覆う籠手を装備した2人が割って入りその籠手で受け止めたのだ。その2人はクレナとクロムを弾き返すとこちらを向いて跪く。
「「お久しぶりです、我等が主!」」
2人はそう声を揃えてこちらを見上げる。
1人は右腕に籠手を装備しており右目を髪で隠し後ろ髪をヘアゴムで纏めている。目は鋭く力強くて青年という言葉が合うような顔立ちをしていた。隻腕のカイナだ。
もう1人は左腕に籠手を装備しており隻腕とは対称的に左目を髪で隠している。同じく目は鋭いが、後ろ髪は背中まで伸びていた。片腕のカイナだ。
話に合った片腕だけでなく隻腕も味方のようだ。これはかなり大きい。
「相変わらずお前たちは息ピッタリだな」
「いえ、主を迎える時はこうしようと決めていました。ところで、主に刃を向けた不届き者はどういたしましょう?」
隻腕がクレナとクロムの方を鋭く睨みつけながらそう聞いてくる。その目は今すぐにでも始末するというような意思を孕んでいそうだ。どうやら俺のNPCは過激派が多いらしい。
「守りに徹しろ。先を考えればクレナもクロムも必要な存在だ」
「「かしこまりました」」
カイナたちは立ち上がると片腕はクロムと隻腕はクレナと対峙する。
まずは何故敵対しているのかを見極めたい。それが解決可能な事であれば解決し、無理なら……切り捨てる。
そう真剣な眼差しで戦闘の行方を見守る。
「見損なったわ!同じAを与えられた者として少しは認めてあげてたのにそんな偽者を主と間違えるなんて許せない。クロム!この偽者諸共カイナを始末するわよ!」
「言われなくてもそうする」
クレナの言葉にクロムが答えるとクレナとクロムが仕掛けて戦闘が始まった。
現れた時と同様にクレナは《紅蓮龍の爪槍》、クロムは《漆黒龍の爪槍》を使って攻撃する。それをカイナたちは軽々と籠手で受け止めては撥ね返していた。
指示に従ってはいるものの怒りに満ち溢れているのは対峙していなくても分かる。
「主の命に従って倒しはしないが、偽者と言った罪は重いぞ」
「そんな覇気も威圧感も威厳もない人を主と崇めるなんて目が腐ったわね」
「我等はパッシブスキルなんぞで判断しない。お前たちと違って主と確かな繋がりがある。それがあの方が主であることを示している。そもそも主は誰にも負けはしない。よって騙りが我等の目の前に現れることはあり得ない。その程度のことも分からないのは目が腐ったのはそっちだ」
クレナの鉤爪と隻腕の籠手が衝突して激しく火花が散る。そんな中2人は言い合いをしていた。それはお互い本気ではないということだ。
カイナはパッシブ関係なしに判別できるがクレナとクロムはそれができない。だからクレナとクロムはパッシブで判断するが、今の俺はどういう訳か大半のパッシブが発動しておらず偽者に見えるということか。そうなるとエレナも判別できないことになるが…エレナは会話か。それかそこまで疑う気もないのか。
そうなると同じように対話を試みてみるか。それが無理なら実力行使で本物と認めさせるしかない。
隻腕とクレナの会話からの推測に意識を向けていると横からこちらへ向かってくるクロムが視界に入る。どうやら片腕は突破されたようだ。
エレナが間に入ろうとするのを手で制止してクロムと向き合う。
気づくのが少し遅れはしたものの初撃は躱す。しかし、懐まで潜り込まれた。
「貴様が本当に主か試させてもらう。《漆黒龍の爪槍》」
ゼロ距離から《漆黒龍の爪槍》が放たれる。会話でも薄々気づいていたが、初手からこれを使ってくるあたりクロムの中の俺の評価の高さが窺えた。
この距離では後出しでスキルの発動は間に合わない。残された選択肢はスキルを使わないシステムを利用した防御か受け流し、回避の3択だ。回避は間に合わず防御も俺が本物と証明するには弱い。残る選択肢は受け流しだが、懐まで引き込んでクロムの手首のあたりを逸らさなければダメージをくらうという絶妙且つ的確な受け流しが要求される。
しかし、《漆黒龍の爪槍》に関しては簡単だ。もう何千何万と受け流してきたスキルで操作方法が変わったとしても鮮明に刻み込まれたキャラモーションがその動きを可能にする。頭の映像通りに体を動かしてクロムの手首を抑えて外に流す。そのまま勢いを利用してクロムの背後を取り頭に手を置く。
これは6タイトル時代からの癖だ。《漆黒龍の爪槍》の狙う部位、硬直軽減のモーション等、細かい部分の矯正をする時にできたら頭を撫でて、できなかったら正しい打ち方を見せる。矯正はグッドかバッドを押せばできることだが、それだけでは機械に教えているようで気持ち悪くてやっていた。
癖で何も考えずに撫でていたが、撫でてからセクハラだのなんだの言われたらどうしようと不安が頭を過った。しかし、その心配はいらないようだ。
「この手際にこの感触、間違いなく本物の主…ですが、その…やめていただけると……」
頬を赤らめモジモジとしている。子供が思春期を迎え嫌ではないが恥ずかしくて困っているように見えた。自分に子供はいないし、親ともそんなにベタベタとした関係ではないからただの推測だが。
クロムの頭を撫でるのを止めクレナと隻腕の戦闘に目を向けると、まだ激しい衝突が繰り広げられていた。
クレナは《紅蓮龍の爪槍》だけでなく鉤爪や尻尾を使って絶え間なく連続で攻撃しているが、それを隻腕は籠手で受け止め続けている。スキルの使用優先度や戦い方を見るに基本的には6タイトル時代に指導した動きをしているようだ。ただ、その喋り方や内容からも予想はつくがクレナは少し短期に見える。ここは個性の出ている部分だ。
こちらのやり取りが一切視界に入らない程度にはクレナは本気で隻腕を倒そうとしている。クレナは中遠距離戦を本来は得意としているため完璧に力が発揮されているとは言えない。だからNPC内で最も防ぐことが上手いカイナなら大丈夫だが、そろそろ止めるべきだ。ある程度推測する情報は集まった。
「クロム、あの2を止めれるか?」
「お任せください。《漆黒龍の炎風手水土足》」
右手に炎、左手に風、右足に水、左足に土を纏うと左右の手を体の前で合わせてクレナと隻腕に向けて炎を風の渦巻く波動を放つ。止めるだけにしては張り切り過ぎな気もするが、2人なら大丈夫だろう。
2人の間を割るように向かってくる波動を回避しようとしたクレナと隻腕だったが、足元から水と土の柱が生えてきて捕らえられる。クレナは水の柱に半身を飲み込まれ、隻腕も同様に土の柱に半身を飲み込まれた。
「何するのよ、クロエ!」
「馬鹿なお前と違ってクロムはあの方が主であると気づいただけだ。それでもこの拘束は不愉快だな。《解》」
水の中でもがき声を上げるクレナと違って隻腕はスキルを唱えると力技のように腕を動かして土の柱を砕いた。
隻腕が簡単に拘束から逃れたように見えるがクロムのスキルが弱い訳ではない。隻腕の防御系統のスキルが強いだけだ。それを表すようにクレナはまだ水に捕らわれている。
「クレナ、このお方は主で間違いない」
「何クロムまで騙されてるのよ!主がそんなに弱い訳ないでしょ!」
クロムと共に近づくが、この状況になってもまだ信じられないようだ。そうなればやることはただ1つ。
「ならクレナが直接確かめてみろ」
「ふ~ん、偽者の癖にそこまで言えるんだ。私も舐められたものね。いいわ、ここに居る全員の目を覚まさせてあげる」
クロムに水の柱を解除させ互いに距離を取る。武器の顕現を解除して素手の状態で向かい合うと、カイナたちの籠手を衝突させる音を合図に戦いは始まった。
開幕、クレナは正面から《紅蓮龍の爪槍》を使って突進してくる。が、それは戦闘前から読めていたことでクロムにやった時と同じように受け流す。
しかし、試そうとしていたクロムと違い実戦をしているクレナは背後を取られないように尻尾の薙ぎ払いで追撃をしてくる。それを大きく後ろにバックステップすることで回避してスキルを唱えた。
「《54枚が紡ぐ世界》模倣、ハートのA」
ハートのA。つまりクレナを模倣して五分の状況を作る。厳密にいえば上乗せだから俺の方が高いが今の状態だと大した差は出ない。よってここからの戦いは単純に格の差を見せつける戦いだ。
「模倣まで出来るなんて少しは主のこと勉強しているようね。でも、その程度のメッキすぐに剥がしてあげるわ」
「「《紅蓮龍の爪槍》」」
クレナのスキルを使うタイミングを読んで被せる。同じスキルを同等のステータスで使っても差があることを教えてやろう。それで俺が本物であることも証明する。
クレナは6タイトル時代に教えた通り視界の斜め上から振り下ろすように攻撃してくる。そこへ数フレーム遅らせて被せた。
するとクレナの《紅蓮龍の爪槍》が俺に届く前にこちらの《紅蓮龍の爪槍》がクレナの腕を捉えて一方勝ちする。振ってくる場所が分かっているなら後出しの方が強いことが多い。特に上から被せる時はそうだ。
一方的に打ち消されダメージを受けたことに焦りを覚えたのかクレナは1度立て直そうと距離を取ろうとする。が、そうはいかない。踏み込んでクレナを逃がさないようにして肉弾戦を仕掛ける。
「《紅蓮龍の炎爪》《二重》」
咄嗟の反撃でクレナは両手の爪に炎を纏わせて攻撃してくるが、当たらない。詰めた距離を保ったままクレナの攻撃を躱し続ける。
「何なのよ!何で当たらないのよ!」
そうクレナはヤケクソ気味に攻撃し続けるが当たりはしない。今のクレナの攻撃であれば俺でなくとも簡単に読んで躱すことができる。それほどまでにクレナは冷静さを失っていた。
今後は対人戦に置けるスキルの使うバランスを始め、戦い方を教え直さなければならない。ボス戦やNPC戦は最終的には作業になり使うスキルは偏り単調になる。それが悪影響してクレナはここまで読みやすい。
そんな今後の課題を考えながら躱せるほどクレナの攻撃は単調だ。もう力の差は示せたと判断して終わらせる。
「クレナ、これで終わりだ」
クレナの喉元に鉤爪を当ててチェックメイトを宣言した。
これが逆転不可能な状況という訳ではない。そういった意味ではまだチェックだが、これは演習だ。HPを5割削るか致命傷を与えられる状況を作ったら終わりでいい。6タイトル時代にはそうしていた。それはクレナの中でも変わらないようで膝から崩れ落ちて座り込む。
「負け…た…?主以外には負けないって決めてたのに……主以外には負けちゃいけないのに…」
クレナは今にも消え入りそうな声で涙を流しながらそう呟く。力の差だけでは俺のことを主と認めてはくれないようだ。確かに強ければ主なんて誰でも主になれるようでは困るが、ここまで信用されないのも少し辛い。
反撃されることは覚悟した上でクレナの頭に手を置き優しく撫でる。
「主…?本当に主なの?」
こちらを見上げてそう聞いてくる。
撫でてそう判断されるとは俺の手には変な効果でも付与されているのだろうか。もしかして今の職業が勝手に手懐け師に変更されていないかと疑いたくなるレベルだ。
「だからそう言ってるだろ?」
「ううん。まだ分からないわ。もっと撫でなさい」
そんなことを言いながらもクレナの頬は緩み切っていた。どうやら本物だと信じてもらえたようだ。
要望通り撫で続けて、優しく撫でたりくしゃくしゃと少し雑に撫でたりする。クレナが目を細めて撫でられている姿が猫のようで可愛い。角が耳に見えなくもない。
少し意地悪をしたくなって手を上げていくと釣られるようにクレナの頭もついてくる。今度は左右、少しずつ右へ左へと手の位置を動かしてもついてきた。最後に手を止めたらどうなるのかが気になり撫でるのを止めると自分の頭を動かして俺の手に頭を擦り付けている。
しかし、それでは気持ちよくないのか俺の腕を両手で掴んで動かして自分の頭を撫でていた。
「あの…主……私も撫でてほしい、のですがダメでしょうか?」
隣からモジモジと恥ずかしそうに頬を赤くしてエレナがねだってくる。お姉さんに見えるエレナがねだってくるのは、いつも長女として下の子の面倒見を始め家事を手伝っている子がたまには甘えたいと恥ずかしいながらもお願いしているようだ。実際、スライムたちの面倒を見ているようだからそんなイメージが浮かんだのかもしれない。
クレナとクロムは撫でてエレナは撫でないというのは親として良くない。だからエレナも撫でるのだが、見た目が自分よりもお姉さんなエレナを撫でるのは恥ずかしい。
「ふわぁ~」と蕩けるような声を上げてこちらに身を委ねて撫でられている。この嬉しそうな顔を見れば恥ずかしさなんて気にならないと誤魔化しエレナが満足するまで撫で続けた。
精神がかなりすり減ったがようやく終わったかと一息吐こうとするとカイナたちが羨ましそうにこちらを見ている。撫でてとは言わないものの撫でてほしいのは明らかでカイナたちの頭も撫でた。
カイナたちが満足したかと思えば今度はクレナがもう1回とせがんできて2周目に突入した。結局30分以上は撫で続けたが流石に時間が危なくなり強引に終わらせる。クレナは少し不満そうにしていて撫でてあげたい気持ちはあるが優先順位があるから仕方がない。
「クレナとクロム、お前たちには指揮官を任せてるけど俺に敵対してる奴はいたか?」
真面目な話をすると流石にクレナも頭を切り替えたのか真剣な表情に変わる。
「今朝の変化からJQK以外の様子は一通り確認しましたが特に異変は見受けられなかったかと」
「主に敵対するなんて恩知らずな人いる訳ないわ。私たちを生み出しここまで育ててくれた。それだけでも感謝してもし切れないのに主は他の誰よりも私たちを大切にしてくれたもの。もし敵対する人がいれば私が全員始末するわ!」
「そうか。仮に敵がいたとして半分を超えると思うか?」
クレナの少しブーメラン気味な発言はスルーして次の質問をする。クレナの場合は本物の俺像が強すぎるが故に災いしたと言ったところだから仕方ない部分もあるか。
「断言はできませんがその可能性は低いと思います。私たち5を与えられている妖精人は森の管理といくつかの数字の世話をしています。その私たちに不満がないのは勿論のこと、4、7、8は主に会えないのを寂しがっています」
4、7、8、スライム、妖精・精霊、召喚獣か。妖精・精霊と召喚獣は懐きそうではあるが、化物のスライムも懐いているとは意外だ。そうなると種族的な要因ではなく別の要因で決まっているということか。そうなると絆の継続の可能性もあるな。だけどそうなると敵味方の要因が分からない。
この様子だと全員味方の可能性も大いにある。いや、寧ろ高いか。そうなると赤色のパッシブとの関連が分からない。
ここまでの情報で確定するのは敵味方で発動する、しないが分かれている訳ではないということ。ここに居るAと5、それにエレナの言う4、7、8が味方なのであれば発動していないパッシブの数が合わない。
そうなると原因の解明には時間がかかりそうだな。ピンポイントでこれ!と浮かんでも検証しなければ危なく、その検証には時間がかかる。だからこれは考えつつも後回しにしよう。
今からやるべきは全員を集めて話を聞くことだな。ここに居るA全員とエレナの言う数字が味方のこの状況ならJQKが全員敵でもない限りこちらが戦力優位、悪く見積もっても5:5だ。
「なら中央に全員を集めるか。そこで話を聞いて敵がいるなら炙り出す。だから中央に行ったら全員戦闘態勢でいてくれ。ただし、戦闘になっても防御重視、できる限り誰も倒さないこと。いいか?」
「「かしこまりました」」「承知しました」「…分かったわ」「お任せを」
と5人とも返事をする。カイナは不満がありつつも守ってくれそうだがクレナは怪しい。まぁ、暴走した時は俺かカイナで止めるしかないか。
カイナたちを先頭に俺、クレナとクロム、エレナの順で2-1-2-1に並んで中央にある闘技場へ向かう。
中央の闘技場、コロッセオという言葉がイメージされるような場所に入り全員集合の笛を鳴らす。
俺の両脇にカイナが立ち、こちらを向いて先頭にクレナとクロムが立つ。その少し後方、クレナよりも右側にエレナは立っている。6タイトル時代の整列を何も言わなくとも守っているようだ。
時間が経ち、3、10、4578、2、6、9、J、QKの順番で入って来て整列する。距離と移動速度の問題もあるが、この入ってくる順番にも個性を感じた。
全員が並ぶとクレナとクロムが「「52名揃いました」」と言って跪く。それに続いて後ろに並んでいる全員が跪いた。その動きが揃っているのなんの、軍隊みたいでかっこいい。
カイナたちが俺を見て頷き前に出る。
「全員楽にしてくれ。まずは急な呼びかけに集まってくれてありがとう。もう変化には気づいてると思うけど、お前たちは自分の意思、言葉で話せるようになった。そこで心情に変化もあると思う。今まで思ってた不満や改善点もあると思う。まずはそれを聞きたい」
特段上からでも高圧的にもならないように話す。さっきの軍隊のような動きで帝王のような圧倒的強者像を見せた方がいいかとも思ったが、結局は6タイトル時代と同じ接し方の方が真摯だと思った。
何人か不満を持っていそうな奴に心当たりがある。だからここで何も意見が出なければ本音を隠しているのはほぼ確定だ。それでは信用し切れない。つまり
敵である可能性も考慮し続けなくてならない。
そう意見が出ることを願っていると鬼人の1人、カズキが手を上げる。
「俺たち鬼人の総意を言わせてもらう。クレナとクロムが指揮官なのは納得いかない。俺たちは自分よりも弱い奴の命令は聞けない」
想定していた意見とは違うが意見が出るのはいいことだ。
しかし、これは難しい話だ。指揮官が弱くては面目が立たないがクレナもクロムも総合的な強さで見れば1、2を争う。
戦闘にも個対個、個対集、集対集、集対個と色々ある。他にもPvPとボス戦、エリア戦闘、と多くの要素があり一概に強さを計ることはできない。クレナもクロムも全ての戦闘に置いて万遍なく上手い。強いて言えば個体個、接近戦が弱いがカズキはそこが気に入らないのだろう。
他にも人を纏め上げる資質というものもある。まぁ、資質に関しては自我が目覚めたこれからを見ないと判別はできない。
「その意見は考慮する。だけどな、指揮官は単純な強さだけで決めてる訳じゃない。俺が指示を出せない時に冷静に対処できるか、どの役回りもカバーできるか。そういったことも考慮してる。資質に関してはこれから見極めるとして指揮官を不在の時期を作る訳にはいかない。だから今は暫定処置で納得してくれないか?クレナとクロムもいいか?」
「分かった」とカズキは納得し、クレナとクロムも頷く。
1つ意見が出たことで言いやすい状況ができたのか人の1人、サクヤが手を上げる。
来た。俺に不満を持っていそうな筆頭の1人。これから出る意見は重く受け止めなければならない。
「私とサクマからの意見というかお願いです。本当にお願いです。休みを下さい!」
心からの訴えだ。こればかりは自我が芽生えると思っていなかったとはいえ申し訳ない。
サクヤとサクマは鍛冶師であり、ゲーム内で休みを一切与えず常に装備品の生産をやらせ続けていた。それは生産する装備品には確定ステータスとボーナスステータスがあり、ボーナスステータスはランダムで決まる。だからその厳選のために生産させ続けていたのだが、自我が芽生えてしまった以上、知らなかったで済ませてはいけない。
「あのー…その事につきましては、本当に申し訳ありませんでした。これからは自由に休みを取ってください。何か要望があれば言ってください。でき得る限り快適に過ごせるよう努めさせていただきます」
誠心誠意のことを言ったつもりだが、言いながらパワハラがあった企業の上層部がとりあえずこう言っとけと改善する気もないのに上辺だけで言葉を並べているような気分になる。そうではないことはこれからの行動で示さなければならない。
そう心に誓いながら全力で頭を下げる。
カイナたちを始め全体から驚きと戸惑いの声が漏れる。中には「頭を上げてください」という声も聞こえてくるがサクヤとサクマが許してくれるまでは頭を上げない。
「えっ、いやっ、その…えっ、えっ?ご主人様にそこまでしていただきたいのではなくて私たちは休みをいただければそれで十分なので……ただ、同じ武器を作り続けて寝ている間も打ち続けている自分が怖いんです」
言葉の節々がグサグサと刺さる。痛い。心が痛い。
「サクヤがテンパってるから俺から補足させてください。確かに休みは欲しいですけどここまで強くなれたのもいい装備を打てるようになったのも主のおかげで感謝してます。だから少しでも恩返しがしたいです。別に俺もサクヤも装備の生産ペースに不満がある訳じゃないんです。ただ同じ装備を打ち続けるのが少ししんどいんです。100個目までは成長を実感できて楽しいんですけど100個目以降はただの苦痛で、主の必要な装備の都合もあると思うので100個に5個くらい違う武器を挟んでいただければそれで満足です。休みも1日1時間ほどいただければ最高です」
凄く俺に感謝してくれているのも気遣って言葉選びをしてくれているのも伝わってくるが、その優しさが逆に痛い。1日1時間の休みで最高ってどれだけブラック体質で俺は罪深いことをしてしまったんだ……
「いえ、体制改革はします。週休2日、1日8時間以上の労働はさせません!」
「それは困ります!そんなに武器が打てなかったら感覚が鈍ってまともな物が打てなくなります。それではご主人様に恩返しができません。そんな短い時間ではいつまでもご主人様に使っていただけるような装備を作れません!」
もやめてくれ。本当に心が痛すぎる。
「そうだろうと健全な生活のために禁止します」
「それだけはやめてください!生き甲斐が無くなります!」
その後も互いに譲らず話し合いを続けて、最終的には俺の必要とする武器は1日8時間以内に収まる量にしてそれ以外は自由に趣味として生産していいということで話がついた。趣味に必要な素材も謝罪の意味も込めて俺が調達提供することにした。
カズキとサクヤの意見を皮切りに色々な意見が出てきた。
その話を聞く限り明確に敵対しているような相手はおらず、敵味方と赤色のパッシブの因果関係が証明できない以上、素直に慕ってくれている可能性の高いNPCたちを疑いたくはない。それでも万が一に備えはするが。
「それじゃあ最後に今後の方針を話すぞ。お前たちが話せるようになったのには明確な理由がある。今いるのは6タイトルとは違う世界だ。その世界の影響でお前たちは自分の言葉を話せるようになった。それはいいことだし俺も嬉しい。だけどこの時間は永遠じゃない」
掴みは上手くいっているようで全員真剣に聞いてくれている。永遠じゃない、失うかもしれないという可能性に険しい表情をする者もいた。
「俺がこの世界で死ねばお前たちも6タイトルに戻される可能性が高い。そうなるとお前たちは元に戻ってしまう。そうならないために、差し当たって脅威になるのが俺以外の6タイトルのプレイヤーだ。そいつ等がいたら俺たちはいつまでも無意味な脅威に晒される。逆にそれを跳ね除ければ6タイトルのプレイヤーは俺たちだけになりこの世界を独占できる。この世界の全てを攻略できるようになる。だから全員を倒してこの世界を攻略するぞ!」
これがPvP大会というメタな話は伏せて血の気の多いNPCたちをやる気にさせるように心がけて声をかけると静寂が訪れる。冷めたことを言ってしまったかと思ったが、その直後、全員が「おー!!!」と声を上げた。その声で闘技場が揺れていた。
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ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
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