真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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68. そして、私は人間になった

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教会が聖女の不在に気づいたのは全くの偶然だった。

シスターの1人がたまたまサボりにエメインを放り込んだ独居房に近づいた時だった。

独居房の中に祈りの姿勢のまま静かに佇んでいる彼女にシスターは違和感を覚えた。

「あれ……そう言えば、いつ彼女をここに入れたっけ?」

気になったシスターは独居房の鍵を開ける。シスターが入ってきてもエメインは反応しない。まるで生気もない。 シスターは青ざめた。

「え?まさかそんなこと……!」

生存確認だけと決め込んで近づき、シスターは意を決して彼女の肩を掴んだ。

だが、振り返らせた彼女の顔には……。


『残念でした☆ 今更気づいたの? 頭腐りすぎて目まで無くなっちゃったんだね。良い眼科を紹介しようか?』


達筆な文字でふざけた文章がつらつらと書かれた紙が貼られていた。






聖女が人形に擦り変わっていた事実に……何よりこの張り紙に神官長は怒り狂った。

「こんなふざけたことが出来るのはあの国王しかいない!! 今すぐ王城に向かうぞ。聖女を連れ戻すんだ」


神官長は部下である神官を連れ馬車に乗り、夜半の空に車輪の轟音を鳴り響かせながら王城に直行した。

すると、彼らを待っていたかのように謁見の間で国王は出迎えた。

「やぁ、良い眼科を知りたくて来たと見た? いや、脳外科かな?
とりあえず、はい、これ。おすすめのクリニックをリストアップして紙にまとめたものだよ。有難く受け取ってね?」

侍従からその紙を渡され神官長は受け取る。しかし、中身を見ることなく神官長は怒りで真っ赤になった顔で破り捨てた。

千々になった紙が舞う、その中で神官長は怒鳴った。

「貴様!私達を馬鹿にして只で済まさんぞ!!セレスチアに神の加護があると思うなよ!いくら上納金を貰ったって神は許さないからな!」

しかし、その言葉に国王は。

「ぷっ、ふはは……あははははっ!」

大笑いした。

余程面白かったのだろう。お腹を抱えて笑っている。神官長は更に顔を真っ赤にし、神官達はあまりの大笑いに戸惑いの表情を浮かべた。

国王はひとしきり笑うと、玉座の上から神官長達を見下ろした。

「全く、今君達どころじゃないんだけどね。まさか、こんなに笑わされることになるとは思わなかったよ。
あははっ、何で君らを馬鹿にすると、神の加護が無くなるんだい? 
まるで意味がわからないのだけど?
あと、貴様じゃなくて国王陛下だよ? 私はとうとう身分制度も分からなくなったかい?」

完全に馬鹿にしたその言葉に神官長は肩を怒らせ、国王に迫るように前に足を出した。

「国王陛下! お前こそ誰に意見しているんだ! 私達は教会だぞ! この国の神と人の橋渡し役! この国の安寧を保証しているのは私達だぞ。
私達は神に選ばれた人間なんだ! 私達の祈りが無ければ、この国はとっくに荒れすさんでいるだろう!
発言を撤回しろ!謝罪すれば許してやらないこともない」

だが、神官長の怒りに国王は顔色一つ変えない。むしろ、その目は一流役者が主役の喜劇でも見てるように笑っていた。

「ははっ、選ばれた人間ね……君達、全員そう思っているわけ?
……なるほど、だからエメインにあんなことが出来るわけだね」

エメインの名前に神官長はハッとなる。国王への怒りで忘れていたが、本来の目的はエメインだ。

「エメインを返せ! 無能な聖女とはいえ貴様が連れ去っていい女ではないんだぞ! あれは神が我々に与えた祝福なのだから!」

「おやおや、私が口に出さねば思い出しもしない子、本当に返して欲しいのかな? ふふふっ、頭悪いことしか言わないね。まるで猿がキーキー喚いているみたい。いや、猿の方が賢いかも」

玉座に座るその人は笑う。ずっと神官長達を笑い続ける。
神官長以外の神官達は、それが段々と不気味に思えてきた……確かにその人は笑っていたが、その目は全く笑っていない。その上、その目は……。

(なんだ……? まるで、罪人を見ているような……)

神官の1人が息を飲む。
だが、神官長はいまだ怒り狂い国王に刃向かっていった。

「貴様……! この事は神に報告するからな!聖女まで連れ去っただけに飽き足らず、私達をこれだけ冒涜して……!
貴様は地獄に落ちるぞ!」

しかし、国王は肩を竦めるだけだった。

「はぁ、君が語れば語るほど神の価値がどんどん下がるばかりだ。
君は神を便利に思いすぎじゃない? 神は人に君の言う事を聞かせる為にいるような安い存在じゃないんだけど?
神を冒涜しているというのなら、君達だろう? 
神は君達の為に存在するんじゃない。もちろん、聖女も君達への祝福じゃない。
君達は神の下僕、聖女の下僕。そして、この人類の下僕だ。その身は人の安寧と救済に捧げ、仕える為に存在するんだよ?」

まるで幼子に言い聞かせるように、そして、心の底から神官長達をバカにするように国王はそう真実を告げる。

だが、怒りに震える神官長は国王の話を全く聞いていなかった。どころか……。

「ごちゃごちゃとうるさい!
しかも、全くのでたらめをよく言えたな!
神は我々の味方だ! 私達はその代弁者だ!下僕なんて有り得ないだろう!
それに私は神官長だぞ!? ただの国王より神に最も近い地位を持つ私の意見の方が正しいに決まっているだろう!
私の言葉、方針、在り方こそが正しいんだ! 最早こう言えるだろう! 私こそ神の体現者なのだ、と!」

神官長はそう叫び、真っ向から国王をその血走った目で睨みつけた。
だが、その瞬間、国王の顔から表情が抜け落ちた。

「……おやおや、言ってしまったね」

「……っ」

流石の神官長もそこで国王の異変、そして、その異様な雰囲気に気づき、怖気付く。国王はその目で彼らを見下ろしていた。

「神が絶対のこの世界で、神の意思に従わず、神のあり方を受け入れず、傲慢にも神の体現などと自称するのか。
……なるほど、頭が腐っているだけでなく、精神まで腐ったようだ。
神はどう思うだろうね?」

その目はまるで人を見る目ではなかった。

人間を査定する人外の目をしていた。

そして、その目は神官長を価値のない存在だと判断していた。

「……っ」

神官長は思わず気圧され、怖気付き、一歩後ろに後退する。

そんな彼に国王は不意に笑みを浮かべた。

「そこまで言うなら
……さぁ、どうぞ。エメインを連れて行きなよ?」

すると、謁見の間の扉が開かれる。
入ってきたのは正しくエメインだった。
神官長は彼女を視認した瞬間、声を荒らげた。

「エメイン! 貴様!」

神官長はエメインに駆け寄り、その細腕を掴みあげた。

「貴様のせいで無駄な時間を過ごした! お前のせいだ! お前の……!」

だが、神官長の言葉は続かない。

国王のその目に睨まれていることに気づいて、何も言えなくなったからだ。

「……っ!」

「神官長くん? いい事教えてあげるよ。
神はいつだって君を見ている。君の意志を、君の発言を、君の存在を……地獄に落ちるまで、ね」

神官長の体に悪寒が走る。尋常ではないそれに鳥肌が立ち、足が竦む。 気づけば、その身体はこれ以上ないほどガタガタと震えていた。

そして、もう一度、国王と目が合えば、神官長は死の恐怖に襲われた。 

「ひっ……」

神官長はエメインを連れ、逃げるように謁見の間を去る。神官達も慌てて、それを追いかけていく。





謁見の間はあっという間に無人となり、怒鳴り声で騒々しかった先程とは打って変わって静寂に包まれる。

そんな無音の空間で国王は疲れたようにため息を吐いた。

「はぁ……やっぱり愚かだな。彼らは。
そう思わない。エメイン?」

先程連れて行かれたはずの彼女の名前を国王が呼ぶと、玉座の後ろからその人影はそっと出てきた。

「彼らは……私の形しか見ていませんから」

影から出てきたのはエメインだった。

「私が作った歩いて頷くだけの人形だって、彼らからすれば、本物なのでしょう」

エメインは表情ひとつ動かさず、玉座から離れ、先程まで神官長がいたその場所に降りる。

そして、エメインは国王陛下を真っ直ぐに見つめ……その頭を下げた。

「国王陛下……見苦しいものを見せてしまい申し訳ありませんでした」

まるで目上の人間に行うような丁寧な謝罪。だが、国王はそんなエメインを許すように微笑んだ。

「君が謝ることじゃないさ。
君が謝ったって何になる?
それに、は、本当は、彼らなんてもうどうだっていいだろう?」

「…………」

「羽根、綺麗に消えたね? 
消してもらったのかい? 彼に」

国王がそう聞けば、エメインは俯いた。
そこには靴を履いた自分の足がある。
思い出すのは今日の昼のことだ。

彼はきっと困ってそうだから、そんな親切心で、エメインの翼を誰の目にも触れないように消してくれた。

それがどんなに嬉しかったか……言葉に出来ない。

その瞬間、本当の意味でエメインは生まれたのだ。

エメインはようやく顔を上げる。

その目には光が宿っていた。


「ずっと疑問でした……。
何故、貴方が混ざり物をこの世に産み落とす罪深い彼女と彼を生かしたのか……」

「……」

「その理由の一つは……私の為だったのですね。
貴方はずるいです。
羊水の中で窒息死するだけだった私は、彼と出会って、胎動を知り、情動を知り、衝動を知った。
そう、私は……愛を知ってしまった」

エメインは胸に手を置く。

そこには今も脈動する心臓がある。

心臓の音は一定で、まるで機械のように正確なリズムを刻み、淡々としている。

だが、心の中で彼を思った瞬間、その心臓は脈を早め、高揚し、瞬く間に高鳴る。

身体中に血が巡り、体温を上げていく。そして、その顔に赤みが差した時、エメインは常に無表情だったその顔に、感情が宿る。

柔らかなその表情は、正に人間だった。



国王は笑みを深める。


「良かった。
無償の愛が無くては輝けないからね
あのままでは君は悪魔になってしまっただろう。悪魔になるともう二度と君は……おっと気分の悪くなる話はやめておこうか。
……聖女祭、期待してるよ。エメイン」


聖女として中途半端でも救世主にはなれるはずだ。


エメインはその言葉にただ頭を下げた。
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感想 73

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みんなの感想(73件)

コタ
2023.12.14 コタ
ネタバレ含む
2023.12.14 春目

ご感想ありがとうございます。
言われて初めて気づきました。確かに、話さないせいで擦れてくカップルではないですね。︎
この2人、揃って胸の内に気持ちを隠していられないタイプなので、直ぐに相手に伝えちゃうし好きを隠さないんですよね。

解除
yt
2023.12.12 yt
ネタバレ含む
2023.12.13 春目

ご感想ありがとうございます。返信遅くなってすみません。
本当ハラハラなんですよね。一体どうなるか……!

解除
ねこまんま
2023.12.11 ねこまんま
ネタバレ含む
2023.12.11 春目

ご感想ありがとうございます。
超絶ファンになってくれてありがとうございます。握手しましょう。私も魅惑的な闇と謎の多いおじさまが好きです。
だから、彼が出てくると私も盛り上がって筆がノリに乗ってしまうんですよね〜

解除

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