77 / 77
68. そして、私は人間になった
しおりを挟む教会が聖女の不在に気づいたのは全くの偶然だった。
シスターの1人がたまたまサボりにエメインを放り込んだ独居房に近づいた時だった。
独居房の中に祈りの姿勢のまま静かに佇んでいる彼女にシスターは違和感を覚えた。
「あれ……そう言えば、いつ彼女をここに入れたっけ?」
気になったシスターは独居房の鍵を開ける。シスターが入ってきてもエメインは反応しない。まるで生気もない。 シスターは青ざめた。
「え?まさかそんなこと……!」
生存確認だけと決め込んで近づき、シスターは意を決して彼女の肩を掴んだ。
だが、振り返らせた彼女の顔には……。
『残念でした☆ 今更気づいたの? 頭腐りすぎて目まで無くなっちゃったんだね。良い眼科を紹介しようか?』
達筆な文字でふざけた文章がつらつらと書かれた紙が貼られていた。
聖女が人形に擦り変わっていた事実に……何よりこの張り紙に神官長は怒り狂った。
「こんなふざけたことが出来るのはあの国王しかいない!! 今すぐ王城に向かうぞ。聖女を連れ戻すんだ」
神官長は部下である神官を連れ馬車に乗り、夜半の空に車輪の轟音を鳴り響かせながら王城に直行した。
すると、彼らを待っていたかのように謁見の間で国王は出迎えた。
「やぁ、良い眼科を知りたくて来たと見た? いや、脳外科かな?
とりあえず、はい、これ。おすすめのクリニックをリストアップして紙にまとめたものだよ。有難く受け取ってね?」
侍従からその紙を渡され神官長は受け取る。しかし、中身を見ることなく神官長は怒りで真っ赤になった顔で破り捨てた。
千々になった紙が舞う、その中で神官長は怒鳴った。
「貴様!私達を馬鹿にして只で済まさんぞ!!セレスチアに神の加護があると思うなよ!いくら上納金を貰ったって神は許さないからな!」
しかし、その言葉に国王は。
「ぷっ、ふはは……あははははっ!」
大笑いした。
余程面白かったのだろう。お腹を抱えて笑っている。神官長は更に顔を真っ赤にし、神官達はあまりの大笑いに戸惑いの表情を浮かべた。
国王はひとしきり笑うと、玉座の上から神官長達を見下ろした。
「全く、今君達どころじゃないんだけどね。まさか、こんなに笑わされることになるとは思わなかったよ。
あははっ、何で君らを馬鹿にすると、神の加護が無くなるんだい?
まるで意味がわからないのだけど?
あと、貴様じゃなくて国王陛下だよ? 私はとうとう身分制度も分からなくなったかい?」
完全に馬鹿にしたその言葉に神官長は肩を怒らせ、国王に迫るように前に足を出した。
「国王陛下! お前こそ誰に意見しているんだ! 私達は教会だぞ! この国の神と人の橋渡し役! この国の安寧を保証しているのは私達だぞ。
私達は神に選ばれた人間なんだ! 私達の祈りが無ければ、この国はとっくに荒れすさんでいるだろう!
発言を撤回しろ!謝罪すれば許してやらないこともない」
だが、神官長の怒りに国王は顔色一つ変えない。むしろ、その目は一流役者が主役の喜劇でも見てるように笑っていた。
「ははっ、選ばれた人間ね……君達、全員そう思っているわけ?
……なるほど、だからエメインにあんなことが出来るわけだね」
エメインの名前に神官長はハッとなる。国王への怒りで忘れていたが、本来の目的はエメインだ。
「エメインを返せ! 無能な聖女とはいえ貴様が連れ去っていい女ではないんだぞ! あれは神が我々に与えた祝福なのだから!」
「おやおや、私が口に出さねば思い出しもしない子、本当に返して欲しいのかな? ふふふっ、頭悪いことしか言わないね。まるで猿がキーキー喚いているみたい。いや、猿の方が賢いかも」
玉座に座るその人は笑う。ずっと神官長達を笑い続ける。
神官長以外の神官達は、それが段々と不気味に思えてきた……確かにその人は笑っていたが、その目は全く笑っていない。その上、その目は……。
(なんだ……? まるで、罪人を見ているような……)
神官の1人が息を飲む。
だが、神官長はいまだ怒り狂い国王に刃向かっていった。
「貴様……! この事は神に報告するからな!聖女まで連れ去っただけに飽き足らず、私達をこれだけ冒涜して……!
貴様は地獄に落ちるぞ!」
しかし、国王は肩を竦めるだけだった。
「はぁ、君が語れば語るほど神の価値がどんどん下がるばかりだ。
君は神を便利に思いすぎじゃない? 神は人に君の言う事を聞かせる為にいるような安い存在じゃないんだけど?
神を冒涜しているというのなら、君達だろう?
神は君達の為に存在するんじゃない。もちろん、聖女も君達への祝福じゃない。
君達は神の下僕、聖女の下僕。そして、この人類の下僕だ。その身は人の安寧と救済に捧げ、仕える為に存在するんだよ?」
まるで幼子に言い聞かせるように、そして、心の底から神官長達をバカにするように国王はそう真実を告げる。
だが、怒りに震える神官長は国王の話を全く聞いていなかった。どころか……。
「ごちゃごちゃとうるさい!
しかも、全くのでたらめをよく言えたな!
神は我々の味方だ! 私達はその代弁者だ!下僕なんて有り得ないだろう!
それに私は神官長だぞ!? ただの国王より神に最も近い地位を持つ私の意見の方が正しいに決まっているだろう!
私の言葉、方針、在り方こそが正しいんだ! 最早こう言えるだろう! 私こそ神の体現者なのだ、と!」
神官長はそう叫び、真っ向から国王をその血走った目で睨みつけた。
だが、その瞬間、国王の顔から表情が抜け落ちた。
「……おやおや、言ってしまったね」
「……っ」
流石の神官長もそこで国王の異変、そして、その異様な雰囲気に気づき、怖気付く。国王はその目で彼らを見下ろしていた。
「神が絶対のこの世界で、神の意思に従わず、神のあり方を受け入れず、傲慢にも神の体現などと自称するのか。
……なるほど、頭が腐っているだけでなく、精神まで腐ったようだ。
神はどう思うだろうね?」
その目はまるで人を見る目ではなかった。
人間を査定する人外の目をしていた。
そして、その目は神官長を価値のない存在だと判断していた。
「……っ」
神官長は思わず気圧され、怖気付き、一歩後ろに後退する。
そんな彼に国王は不意に笑みを浮かべた。
「そこまで言うなら仕方がない。
……さぁ、どうぞ。エメインを連れて行きなよ?」
すると、謁見の間の扉が開かれる。
入ってきたのは正しくエメインだった。
神官長は彼女を視認した瞬間、声を荒らげた。
「エメイン! 貴様!」
神官長はエメインに駆け寄り、その細腕を掴みあげた。
「貴様のせいで無駄な時間を過ごした! お前のせいだ! お前の……!」
だが、神官長の言葉は続かない。
国王のその目に睨まれていることに気づいて、何も言えなくなったからだ。
「……っ!」
「神官長くん? いい事教えてあげるよ。
神はいつだって君を見ている。君の意志を、君の発言を、君の存在を……地獄に落ちるまで、ね」
神官長の体に悪寒が走る。尋常ではないそれに鳥肌が立ち、足が竦む。 気づけば、その身体はこれ以上ないほどガタガタと震えていた。
そして、もう一度、国王と目が合えば、神官長は死の恐怖に襲われた。
「ひっ……」
神官長はエメインを連れ、逃げるように謁見の間を去る。神官達も慌てて、それを追いかけていく。
謁見の間はあっという間に無人となり、怒鳴り声で騒々しかった先程とは打って変わって静寂に包まれる。
そんな無音の空間で国王は疲れたようにため息を吐いた。
「はぁ……やっぱり愚かだな。彼らは。
そう思わない。エメイン?」
先程連れて行かれたはずの彼女の名前を国王が呼ぶと、玉座の後ろからその人影はそっと出てきた。
「彼らは……私の形しか見ていませんから」
影から出てきたのはエメインだった。
「私が作った歩いて頷くだけの人形だって、彼らからすれば、本物なのでしょう」
エメインは表情ひとつ動かさず、玉座から離れ、先程まで神官長がいたその場所に降りる。
そして、エメインは国王陛下を真っ直ぐに見つめ……その頭を下げた。
「国王陛下……見苦しいものを見せてしまい申し訳ありませんでした」
まるで目上の人間に行うような丁寧な謝罪。だが、国王はそんなエメインを許すように微笑んだ。
「君が謝ることじゃないさ。
君が謝ったって何になる?
それに、人間に近づいた今の君は、本当は、彼らなんてもうどうだっていいだろう?」
「…………」
「羽根、綺麗に消えたね?
消してもらったのかい? 彼に」
国王がそう聞けば、エメインは俯いた。
そこには靴を履いた自分の足がある。
思い出すのは今日の昼のことだ。
彼はきっと困ってそうだから、そんな親切心で、エメインの翼を誰の目にも触れないように消してくれた。
それがどんなに嬉しかったか……言葉に出来ない。
その瞬間、本当の意味でエメインは生まれたのだ。
エメインはようやく顔を上げる。
その目には光が宿っていた。
「ずっと疑問でした……。
何故、貴方が混ざり物をこの世に産み落とす罪深い彼女と彼を生かしたのか……」
「……」
「その理由の一つは……私の為だったのですね。
貴方はずるいです。
羊水の中で窒息死するだけだった私は、彼と出会って、胎動を知り、情動を知り、衝動を知った。
そう、私は……愛を知ってしまった」
エメインは胸に手を置く。
そこには今も脈動する心臓がある。
心臓の音は一定で、まるで機械のように正確なリズムを刻み、淡々としている。
だが、心の中で彼を思った瞬間、その心臓は脈を早め、高揚し、瞬く間に高鳴る。
身体中に血が巡り、体温を上げていく。そして、その顔に赤みが差した時、エメインは常に無表情だったその顔に、感情が宿る。
柔らかなその表情は、正に人間だった。
国王は笑みを深める。
「良かった。
無償の愛が無くては輝けないからね
あのままでは君は悪魔になってしまっただろう。悪魔になるともう二度と君は……おっと気分の悪くなる話はやめておこうか。
……聖女祭、期待してるよ。エメイン」
聖女として中途半端でも救世主にはなれるはずだ。
エメインはその言葉にただ頭を下げた。
38
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(73件)
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ご感想ありがとうございます。
言われて初めて気づきました。確かに、話さないせいで擦れてくカップルではないですね。︎
この2人、揃って胸の内に気持ちを隠していられないタイプなので、直ぐに相手に伝えちゃうし好きを隠さないんですよね。
ご感想ありがとうございます。返信遅くなってすみません。
本当ハラハラなんですよね。一体どうなるか……!
ご感想ありがとうございます。
超絶ファンになってくれてありがとうございます。握手しましょう。私も魅惑的な闇と謎の多いおじさまが好きです。
だから、彼が出てくると私も盛り上がって筆がノリに乗ってしまうんですよね〜