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第八話 帰路の中で

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 バウルツェン公爵家の馬車が宮殿を発車した頃、ミーティはようやくホッと息を吐き、安堵した。

「つ、疲れました……」

 初めての舞踏会。かなり注目を集めた上に、姉と口論することになったり、王太子と話したり……ミーティは想像以上に緊張し疲労していた。

 (確実に噂になるわよね……はぁ、レオリオ様のためにも仲の良さを見せて踊って帰るだけだと思ったのに)

「ミーティ……」

「!」

 そんな疲れきったミーティを隣にいたその人は徐に抱きしめた。

 ただいつものような愛おしくて抱きしめるそれではなく、ミーティを腕の中ですっぽり包み込んで甘えるようなそれ。

 彼の腕の中に閉じ込められつつミーティは初めての事にびっくりしたが、とりあえず受け入れた。

「どうされました? レオリオ様」

 抱きしめられているせいで顔が見えない。ミーティはそれでも聞いてみた。すると、レオリオの方から疲れたようなため息が聞こえた。

「……やっぱり君を連れてこなきゃ良かった」

「え? わ、私、何かしてしまいました?」

 ミーティは慌てて自分がいけなかったかと焦る。だが、レオリオは首を横に振った。

「いや、君は間違っていない。何一つ失敗していないよ。本当に何もしていない……でも、予想以上に、いや、予想通りに、君は人を魅了し過ぎた」

 ミーティを抱きしめるレオリオの腕の力が強くなる。

「やっぱり閉じ込めていた方が良かったかな……」

 それは紛れもなく本音だった。人によっては背中が薄ら寒くなるような言葉。だが、ミーティには弱音のようにそれは聞こえた。

 (私とレオリオ様の仲の良さは見せれた筈だけど……それ以上に、おかしいくらい私、注目されてしまったものね……)

 ミーティはそっと抱きしめるその腕に自分の手を重ねた。

「でも、私は貴方と踊れて楽しかったですよ? 振り返って見れば、あんな大勢の前で、好きな人と踊るのはとても幸せでした。レオリオ様は違いましたか?」

「……」

 つい無言になるレオリオ。そんなレオリオの胸にミーティは寄りかかる。そして、そっとレオリオだけに聞こえるよう小声で語りかける。

「……閉じ込められるのは嫌です。私、まだレオリオ様と街にお出かけしたり旅行にも行っていません。それに結婚式だって……」

 そこで、ついミーティは言い淀む。次に発しようとした言葉にミーティは恥ずかしくなって真っ赤になる。だが、それでもミーティはきちんと伝える為、告げた。

「私、貴方が私のパートナーだって色んな方に知って貰いたいのですがダメですか?
 貴方を自慢したいのです……私の最愛だって……」

「……っ!」

 言い終わる頃にはミーティはレオリオの顔が見れない程、恥ずかしくなって俯いてしまう。

 (やっぱり好きとか愛してるとか言うのはまだ慣れない……。レオリオ様みたいにすらすらと言えない……)

 涙目になって恥ずかしがっていると、不意に抱きしめていたその手がミーティの頬に当てられ、上を向かせる。

「君はずるいな……」

 掻き消えるような、小さな声。

 その言葉をミーティが理解するより前に……ミーティの唇は奪われた。

 狭い馬車の中を静寂が支配する。

 言葉もないその空間はお互いの呼吸音と心音だけが僅かに聞こえ、まるでこの世界には2人しかいないような気さえしてくる。

 しかし、しばらくして、レオリオはそっと惜しむように唇を離した。

 レオリオの紅い目には頬を真っ赤にして涙目でこちらを見上げる最愛の人がいた。

「……堪らない」

 レオリオはその涙を拭うようにそっとミーティの瞼に口付けする。

「れ、れおりおさま……っ」

 一方、ミーティは恥ずかしさと突然のキスに息も絶え絶えになっていた。高鳴ってしょうがない心臓も、キスの甘さに酔っている頭も、既に限界だ。助けを求めるようにレオリオを見上げ、ミーティは彼に縋った。

 そんなミーティがレオリオは愛おしくて堪らなかった。

「ミーティ、私も君を愛している。でも、だからこそ、同時に、恐ろしくなる」

 本音を、思わず、吐露する。

「私は君が思っている以上に君を愛している。最愛。そう私もだ。君が私の全てだ。
 だというのに、もし君の愛が私以外に向いてしまったら。
 ……私はきっと目に映る全てを壊してしまうよ」

 ミーティのピンクゴールドの髪に指を挿し入れ、レオリオは優しくその髪を梳く。

「だから、どうか私を最愛だと言い続けてくれ。ミーティ。
 私はその為なら何でもする。本当に、文字通り何でも……」

 だが、紅い目には仄暗い色が宿っている。それが少し気がかりに思いながらも、ミーティはそっとその体を抱きしめた。





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