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第4章 焔天の鷹はなぜ微睡む【case3:精霊鷹】
ep.33 心配して、心配される夏。
しおりを挟むどこで見てくれてたのか全く分からなかったけど、カインを派遣してくれてありがとうございます、副団長……!
「最近の副団長ってさ、何かとメルの事を気にしてくれてるよねぇ。メルにだけちょっぴり優しいっていうか」
「そんな事ないよ。さっきのも偶々でしょ? 副団長が私みたいな一団員を、わざわざ気にして見てるわけないし。副団長だって暇じゃないんだから……」
「え~? でも、本来参加しない副団長がトーナメントに参加してるのってさぁ……ひょっ!?」
「ん?」
突然ビクッとしたカインを不思議に思って、その視線の先に目を向けると、至って普通の盛り上がりを見せているトーナメント戦の真っ只中である。
……ちょうど怖い先輩でも出てるのかな……?
「それより、カインはちゃんと勝ち進んでるの? トーナメント」
「あ、もっちろん! 見て見て~! 次勝てばねー、準々決勝!」
壁に貼り出されていたトーナメント表を見ると、カインの名前の横にあった線は赤ペンでなぞられており、それは順調に勝ち進んでいる事を示していた。
「おお、すごい!」
パチパチと拍手をすると、カインはえっへんとドヤ顔で踏ん反りがえっている。隣にいるクッキーも、しっぽをパタパタさせながら、もふーんとドヤ顔だ。
「両騎士団の中で上位10名までに入れたら、5日間の有給とピンバッジがもらえるからね! 頑張ってるところ!」
「あぁ、あれね。ピンバッジを付けてるとやっぱり一目置かれるもんねぇ」
大きな功績があった人や、公式大会等で実力が証明された際に贈られる、小さなピンバッジ。今回は合同訓練でトップ10に入ると貰えるらしい。
「ピンバッジもだけど、俺は5日間の日にち指定が出来る有給の方が欲しいのっ!」
「え、そうなの? なんで?」
不思議そうにカインを見上げると、しら~っとした顔をされた。
「……忘れちゃったの? 再来月の中旬にある俺達の誕生日! 実家に帰省して、お祝いしてもらう約束じゃん~!」
「あ」
カインの家では、毎年私達の誕生日をお祝いするのが当たり前の行事となっていた。
私の誕生日は正確には分からないけれど、私がカインの家に拾われてから、少し経って生まれたカインと同じにしているのだと、物心つく頃に教えてくれたっけ。
まさか騎士団に入っても、そのお祝いが続くとは正直思ってなかったけど、カインは実現させる気満々だったのか。
「1泊はするとして、移動にも時間がかかるし、本来の休みを使ったとしても、1人2日分の有給は絶対必要でしょ? だからメルの分の有給も考えて、トーナメントで勝ち進もうと頑張ってるのにさぁ……」
「えっ!? 私の分まで計算に入れてくれてたの!? あ、ありがとう優秀な弟よ……」
感謝の意を込めて、カインの頭を撫でておいた。
テーピングをしてもらいたいと話すカインとともに、医務班のテントへ向かう途中も、私達のお喋りは続く。
「じゃあカインがトップ10に入れるように、医務班のテントから応援してるね」
「ん、ありがと! このまま副団長には当たらずに進めれたらいいんだけど……いや、でも結局勝ち進んでいったら、どこかでは戦わなきゃダメだよねぇ……」
「そうだ。さっき副団長がトーナメントに参加してるって話してたよね? 欠員でも出たの?」
今回は黒夜、焔天どちらも団長・副団長はトーナメントには参加しないって、事前に通告されてた筈だけど……?
はて……と思っていると、カインは辺りをキョロキョロと見渡してから、私にこっそりと耳打ちした。
「それはさ、メルが焔天の騎士団長に拉致られちゃったからでしょ? 副団長、いつにも増して無表情で、お怒りオーラがすごかったらしいよ」
「私は不可抗力だったんだけどね……?」
ていうか、なぜそれが副団長のお怒りに触れたのか。
「……よく分からないけど、予定外のアクシデントが発生したから副団長が怒ったって事でオーケー……?」
「えー? 副団長がメルの事を気に入ってるからじゃなくて?」
「だから、それはないってば。副団長は女嫌いって有名な話もあるでしょ? 忘れちゃったの?」
「でも、んー、なんていうかー」
小首を傾げて考え込んでいるカインを置いて、私は一足先に医務班のテントへ足を踏み入れた。
なんだかヤケに騒がしいな……?
到着するやいなや、私を見つけたレイラさんに「やっとメルちゃんが帰ってきてくれたわ!」と引っ張られた。
「休憩時間を過ぎちゃってすみません……って、えぇ……?」
私は目を丸くした。テント内は、予想以上の激混みだったのである。
「副団長が暴走ぎみで、テントに来る団員が多いのよ!」
「あぁー……なるほど……」
忙しさからかプリプリしたレイラさんからの苦情を苦笑いしながら聞いていると、噂の副団長がテントに現れた。私の存在に気がつくと、目の前にツカツカと一直線でやってくる。
「アシュレー、戻りましたか」
「あ、はい! ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした……!」
私が勢いよく頭を下げると「いえ」とだけ返ってくる。
あれ、怒ってはいない……? そうっと副団長を見上げると、相変わらず無表情だけど、透き通った綺麗なアイスブルーの瞳は、涼やかで落ち着いているように見えた。
怒られないに越した事はないか……と思っていると、近くで手当を受けていたらしい団員達が、私達の会話に割り込んできた。
「ちょ、副団長! 焔天の奴らはいいですけど、俺らにはもっと手加減してくださいよ~!」
「そうっすよ! ただでさえ貴重な勝ち枠が1個減ってるのに……皆、褒賞のゲットの確率が壊滅的だって嘆いてますよ……」
まぁ……副団長ってすごく強いもんなぁ……
副団長の参加について、抗議したい気持ちも分からなくはない。もしも自分が出場していたら、間違いなく当たりたくない人だし。
「……でも、副団長の参加は団長が許可したんですよね? なら、副団長が勝っちゃってもいいんじゃないですか?」
何気なく発した私の言葉で、テント内が一斉にシンと静まり返った。
え、なんか変な事言ったかな……!?
「だって、副団長が1番有給を勝ち取って休んだ方がいい人だと思いますもん。いつも団の誰よりも多忙そうですし……」
まぁ、多忙なのは主に団長のせいだと思うけど。
「メルちゃんが完全無欠の副団長を心配している……!?」
「いいなぁ……俺の事も心配してほしい……」
「おい、思ってても口に出すな。あの人の耳なら絶対聞こえてんぞ」
「わ、私だって人の事くらい心配しますよっ!?」
至って真面目な意見だったつもりなんだけどなぁ……と思いながら副団長へ視線を向けると、いつもよりも目を見開いて、驚いた顔をして固まっていた。め、珍しい顔を見た……
「あの……?」
私ってそんなに非情な人間に見えてたのだろうか。不安に思いながら副団長を見つめていると、副団長はコホンと咳払いをした。
「まぁ……トーナメントの参加は大人気なく思ってきたところですし、次で最後にします。その後の試合は辞退させてもらいますよ」
再び周りがザワザワし出す。
(あの、実は好戦的な副団長がトーナメントを辞退……?)
(なんで? メルちゃんが心配してくれたから怒りが引いたとか?)
ひそひそ声に変えたみたいだけど、全部筒抜けですよ団員さん達……
「いいんですか? せっかく勝ち進んでいたのに……」
「はい。最近は書類仕事ばかりで身体が鈍っていましたから。ストレス発散と、いい運動になりました」
ではフィールドへ戻ります、と告げ、副団長は私の横を通り過ぎる。その際に、副団長は少し屈んで、私の耳元に囁いた。
「……君も無事に戻ってきましたし」
「!?」
ビックリして、私は自分の耳を勢いよく押さえた。
私にしか聞こえない声で、副団長は今、何て言った……?
そろりと後ろを振り向けば、分かりきっていたけれど副団長の姿はもうなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後のトーナメントはというと。
カインはギリギリ10位に入り込む事ができ、無事に褒賞をゲットした。1年目で大快挙である。もし副団長がそのまま最後までトーナメントに参加していたら、カインの順位って……と思ったのは内緒だ。
副団長の試合は、注目度も高く、大勢の見学者が集まっていた。
私も見学させてもらったけれど、精霊魔法を纏い、剣を振るう姿は非情だと思えるくらい淡々としているのに、酷く綺麗で。場内の空気は、夏なのにゾクリと背筋が冷たくなるほどだった。
副団長って、透明な氷みたいだ。
昔聞いた事がある。透明度の高い綺麗な氷ほど、溶けにくいんだって。なのに、普段は冷ややかな副団長が私に囁いた一言は、嫌味でも皮肉でもなくて、温かかったから。
「そっか……」
副団長、本当に心配してくれていたんだな。
ようやく実感した私は、ジワリと頬が熱くなるのも、透明な氷が溶けやすいのも、夏のせいにして誤魔化した。
──第4章・終──
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