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第5章 死神は十字架を背負うべきか【case4:精霊栗鼠】

ep.34 断り辛い責任重大な任務

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 始業してすぐに行う医務課の仕事の1つに、事務室へ昨日分の書類提出がある。書類の内容は、治療中の団員の怪我・体調など、いわゆる状態報告だ。

 無事に今日の朝も提出を終え、事務室を出る。
 さて、今日も忙しくなりそうだと来た道を戻っていた私は、後ろから声を掛けられた。

「よーう、浮気者」

「うわ、団長っ!?」

 私はギョッとしながら、医務課に戻ろうとしていた足を止めて振り返った。団長のパートナー精霊であるツンドラオオカミのオミも一緒のようだ。

「ちょ、急に現れたかと思ったら、なに朝から人聞きの悪い事を言ってるんですか……!?」

 恐らくだけどこの団長は、2週間程前に行われた合同訓練時の事を未だにからかっているんだろう。

「あれは私、不可抗力だったじゃないですか。そもそも、団長が私を連れてっていいって勝手に許可を出しましたよね?」

「まぁな~、焔天のジャン団長は気のいい奴だって俺も知ってるから、そっちは何も心配はしてなかったけど」

 けど……なんだ?

 意味深に言葉を途切れさせた団長は、訝しんでいる私を見ながら、お得意のニヤニヤ顔でこちらを見下ろしている。

「お前がジャンに担がれていったのをシルヴァが見てたらしくてよ。俺んとこにあれはどうしたんだって詰め寄ってきたんだけど、そんときの顔がいつも以上に無表情でな? でも目だけがキレてんの。いや~、面白いもん見たわ」

「はい? 副団長がですか?」

 そういえばあの日、カインからも何となく似たような話を聞いたような……?

「ていうか……副団長も同じように、私の事を米俵の如く担いでた事あったんですけど」

 副団長、意外と自分の事は棚に上げるタイプなのか。

「お前とシルヴァって、なんだかんだで春からずっと一緒に何かしらの活動をしてっからな。シルヴァも仲のいいお前が勝手に他の男に触られるは連れ去られるはでさ、嫌だったんじゃねぇの?」

「えぇ……? まぁ……心配はしてくれてたみたいですけど。でも、そもそも副団長は女嫌いっだって話じゃないですか」

 私も一応その嫌いの枠に入る女なのですが。うーん……副団長、実は仲良くなると距離が近いタイプだった、とか?

「そら勿論、嘘じゃねぇよ? だけどな、そう言っておいたところで、めげずに寄ってくる女はいくらでもいるんだわ。メルはそういう場面に出くわした事ないのか? 毎回女が立ち直れねぇんじゃねぇかってくらい、それはそれは冷たくあしらわれてるぞ」

「い、いつの間にそんな修羅場が騎士団内で……? こわ……」

「玄関の来客受付んとこで3日に1回くらい一刀両断されてっから、今度見てみ」

 絶対嫌だ。同じ職場にいる女ってだけでも恨まれそう。

「シルヴァがそんなんだからさ、お前みたいな誰とでも仲良くなれる、自分とは正反対なタイプの女にアイツがここまで気を許してるって、本当珍しいんだよな。やっぱり俺の紹介は間違ってなかったわ」

 勝手に満足げな表情を浮かべて、やたらと頷いている団長である。私とオミから冷めた目で見られてるの、素で気づいてないのかな。

「まぁ……初対面の時こそ印象は最悪でしたけど、今は副団長と一緒にいても、冷たいなとか怖いなって思う事はないですね。必然的にニアとも会えますし、楽しいですよ」

 最初は話しにくい頑固なタイプかと思ってたけど、接していく内に仕事に対して真面目なだけだって分かったから。

 きちんと筋が通っていれば話は聞いてくれるし、他者の意見を無下にするわけでもない。ニアに対しては過保護というかヤンデレ気味ではあるけども。

「あれ? 副団長といえば、今日はまだ事務室にいらっしゃらなかったみたいですけど、お休みなんですか?」

 このザ・適当団長のせいで、副団長はわりと毎日忙しそうに騎士団内を行き来しているイメージがすっかり私の中で根付いている。

 朝、事務室に提出しに行くと、ほぼ毎回と言っていいほどの確率で、書類を捌いていたり指示を出しているのを見かけるのだ。

「今日だけな。でもさ、少し心配なんだよなぁ……」

 おや? 団長でも副団長の事を心配する時があるのか。

「心配するくらいなら、書類整理にもう少し協力的になってあげればいいのに……」

 そうは言いつつも、しおらしい雰囲気の団長をちょっと意外に思った私は、そんな団長に詰め寄った。

「……もしかして副団長、体調不良でお休みなんですか?」

「いや、あー。ちょっと……まぁ」

 団長は目を伏せて、さっきからずっとそんな風に言葉を濁している。

 その雰囲気に疑問に思いつつも、まぁ副団長にはお世話になってるしな……と思い、お見舞いの品でも寮に届けるかと考えていると、何を思ったのか団長は、直接会って様子を見てきてやってくれないかと頼んできた。

「え? 男性寮の部屋の中まで入るのは、さすがに私でも無理ですよ?」

 家庭持ちの団員や貴族出身の団員は通いが多いけれど、独身だったり、私のように遠方から来ている団員は寮住みだ。貴族である副団長も寮に住んでいると聞いた時は、少し驚いた。

 ちなみに個人的な来客の場合は、寮の玄関ホール、もしくは騎士団の方での対応となり、基本的に異性は個人部屋への入室は不可とされているのだ。女性寮も同じく、である。

「いや、シルヴァの実家。アイツ今そっちにいるから」

「……はい!?」

 何をそんな買い出しを頼むかのように、気軽に言ってんの? 私はぱかりと開いた口が、暫く塞がらなかった。

「今日中に確認してもらいたい書類があったのを忘れててナー。手紙も書いたから、シルヴァの実家まで行って直接渡してもらいたいんだよナー。極秘だから他の人間は介せないんだよナー」

 ほんとか……?
 団長の、取って付けたかのような棒読みっぷりに若干イラっとする。

「極秘なら持ち出しちゃいけないと思うんですけど」

「だいじょーぶだいじょーぶ。シルヴァじゃなきゃ分からないって意味だよ。医務課の爺にはついさっき、この後メルが不在になる事は伝えておいたから。あ、シルヴァの実家っていっても、領地じゃなくて王都の家の方だぞ? 馬車は騎士団のを使えばサクッと着くし。服装は団服で行けば問題ないだろ? お前の礼儀作法はそこいらの貴族にも劣らないからな」

 ペラペラと1人で勝手に話し切った団長は、最後にいい笑顔で私の両肩にポンと手を置いた。

「そうそう。手土産はラヴィ菓子店の菓子折りがあるからな、それを持ってけ」

「くっ……何でそんなに用意周到なんですか……」

 いつも書類は山ほど溜め込むくせに……!

「……じゃあ副団長は具合が悪いわけじゃなくて、用事があってご実家に帰られているっていう認識でいいんですよね?」

 おう、と団長は頷いた。

「今日はさ、シルヴァの2番目の兄貴のな、命日なんだよ」
 
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