懐かれ気質の精霊どうぶつアドバイザー

希結

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第5章 死神は十字架を背負うべきか【case4:精霊栗鼠】

ep.35 祈りの日は静寂に揺蕩う

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「ちょ……! 副団長のそんな事情、は、初耳なんですけどっ!?」
 
 一番大事な事を会話の最後に言う辺りが、団長の性格の悪いところだと思う。

 どういう事かと団長に詳細を聞こうとしたのに、あれよあれよという間に手土産を持たされ、ペッと騎士団を追い出されてしまった。

「な~にが『お前は変な先入観を持たない方いいと思うから』だ……」

 私は思わず「ぎりぃ……」と苦々しい表情を浮かべながら、騎士団の門を振り返る。

 無知は時として、ただの無謀になるんですけど……!?

 副団長のご実家で、タブーな事を口走ってしまったらどうしてくれるんだ……と、馬車に乗りながら悶々としている内に、非情にも目的地であるステラ家に到着してしまった。

 ……なんだか馬車からも追い出された気分である。

「うわぁ……さすが、侯爵家……」

 ステラ家の門の前には、腕の立ちそうな護衛の騎士達が、きりりと警備にあたっていた。騎士団所属といっても通用しそうなくらい、すごく優秀そうだ。

 私が騎士団の身分証を提示して、来訪の理由と団長から預かった印付きの手紙を見せると、すぐに対応してくれた。

 急な訪問だし、待つ事になりそうだな。そう思っていると、体感で5分も経たないうちにステラ家の玄関が開いたので驚いた。

「お待たせいたしました」

「っ、いえ! とんでもないです!」

 私の目の前に歩み寄ってきたその人は、優雅なお辞儀をして微笑んだ。

 ひえ。格好や、貫禄を感じる雰囲気から察するに……もしかしてこの老紳士、ステラ家の筆頭執事さんだったりする……!?

 一流の筆頭執事を目の前にして、一瞬ポカンとしてしまっていた私は、慌てて騎士団の礼をとった。

「精霊騎士団黒夜所属のメル・アシュレーと申します。本日副団長はお休みでご実家の方にお戻りになっていると伺ったのですが、団長から副団長へ、急ぎの書類を渡してほしいと頼まれ、預かってまいりました」

 突然の訪問になり、申し訳ありませんと続けて伝えると、執事さんは柔らかく微笑んだまま「どうぞ、ご案内いたします」と流れるような所作で私を誘導してくれたのだった。

 ステラ家に入ると、嫌味のない、だけど一目で品のあると分かるような調度品が飾られていた。金ピカでゴテゴテしてないし、変に目が疲れないのって素晴らしい。

 おお……これってかなりセンスがないと出来ないよなぁ……?

 失礼にならない範囲でステラ家の内装を眺めながら感心していると、ふと、屋敷の中が静かな事を不思議に感じた。

 人の気配をあまり感じないというか……でも、大きなお屋敷ならこんなものなのかな……?

 手土産は執事さんに託したし、副団長に会って、書類を渡してさくっと帰る。よし、頭の中でのシミュレーションは完璧……あれ、でも部下としてご両親に挨拶くらいはすべき?

 でも副団長のお兄さんの命日って事は、家族水入らずで過ごしたいものだよね……?

 私が脳内で色々と考えていると、執事さんから話しかけられた。

「シルヴァ坊ちゃまのお知り合いで、しかも可愛らしい女性が訪問してくださるなんて、いつぶりでしょうか」

「えぇと、私はただの部下なのであれなんですけど……」

 執事さんが期待しているような関係ではないし、副団長目当ての女性なら、騎士団の窓口に結構な頻度で押しかけているそうですよ……?

 そう教えてあげようかなぁ……なんて思いながら執事さんの後を歩いていると、扉の前にたどり着いた。どうやら応接室に案内してくださったらしい。ふかふかの大きめソファーに、土足で踏むのが申し訳なく思えるような高級絨毯が目に入った。

「こちらでお寛ぎになってお待ちください。すぐにシルヴァ坊っちゃまをお連れしてまいりますので」

「分かりました、ありがとうございます。あの、今日はステラ家の皆様にとって大切な日なんですよね……? 家族の方々にもご挨拶を、とも思ったのですが……」

 私が言葉を濁しながら伝えると、執事さんは少しだけ困った顔で微笑んだ。

「ステラ家の方々の事はご心配いりませんよ。アシュレー様は私の判断でこちらにお連れしておりますし……ひとまずシルヴァ坊っちゃまにだけ、アシュレー様がいらっしゃった事をお伝えしてきますので」

「そうですか……よろしくお願いいたします」

 執事さんは優雅な手つきでお茶を淹れてくれ、私にこれまた美味しそうなお菓子を勧めてくれた。ステラ家の料理人が作ったお菓子だそうで、1口サイズのショコラやパイが綺麗に並び、私を誘惑している。

 パタンと小さな音で扉が閉まったのを、振り返って確認してから、私はそろりとお菓子に手を伸ばした。

 だって甘い物には目がないんですよ……!

「うわ。お、美味しいぃぃ……」

 ラヴィ菓子店と負けず劣らずの美味しさに、私は思わず唸ってしまった。侯爵家の料理人はやっぱり超一流の腕……!

 手が止まらず、1つ、もう1つ、と摘んでいると扉がノックされた。私は慌てて口の中のお菓子を飲み込んで返事をする。

「んぐっ……ど、どうぞ!」

「アシュレー」

「あ、副団長。お休みの日にすみません。お邪魔しております」

 立ち上がってペコリと下げた頭を戻すと、私のつむじ辺りにあったであろう副団長の視線は、ゆっくりとテーブルのお菓子に移った。

「……」

 コイツ、侯爵家で緊張もせずに、図々しくお菓子ばっか食べてたのか……って思ってそうな顔だな……?

「コホン。こちらが団長から預かった書類と手紙です。お休みのところ大変恐縮ですが、ご確認お願いいたします」

 私がテーブルにその二つを並べると、先に団長からの手紙を確認した副団長は、目を通した途端に顔をしかめた。

「……? どうかしましたか? 手紙、何か変な事でも書いてありました……?」

 団長の事だから、余計な一言でも書いてあったのかな……団長ならやりかねん。

「……いえ、何でもありません。書類はこの場で記入させてもらいます。アシュレーはこれを持ち帰って、団長に渡してください」

「はい、分かりました」

 私が頷いたのを見届けると、副団長は再度書類に目を通して、サラサラとペンで書き込んでいく。副団長の綺麗な文字が書類の空欄だった部分をどんどん埋めていくのを、私は何となしに眺めていた。

 静かな空間に響くのは、ペンの音だけだった。
 
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