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6.それはきっと長い夜
しおりを挟むクラウディア様とエリデ様の一件が無事に解決し、二週間程は花嫁候補の方々のいざこざはなく、比較的穏やかに時が流れていた。
結局エリデ様の処罰は、クラウディア様からの進言もあって大事にはしない事になったらしい。エリデ様は花嫁候補を自主辞退、という形を取る事で決着がついたのだった。レオ様は「隣国の公爵令嬢なのに、処罰は求めないなんて生ぬるいな」と、悪魔の様な言葉を洩らしていたけど。
「ルルリナ様。今夜の件で、ご相談が」
「……ロラン様」
「おや、もう既に嫌気がさしてますね?」
私はくすりと笑ったロラン様に、少し恨めしい表情を向けた。
「別に、私がいなくても問題はないと思うのですが……」
「まぁまぁ……念には念を入れて、という事で。私も側に控えておりますので」
そう。とある令嬢が事の発端なのだが、そのせいで私は今夜、王宮で宿泊をしなければいけなくなったのである。
────────────────
時は少しだけ遡って、数日前。
「……夜這い、ですか?」
聞き間違いかなと思い、もう一度ロラン様の言った事を馬鹿みたいに復唱した。
「はい。夜這い、です」
き、聞き間違いじゃなかった……
「……あの、そんな事をしようとするご令嬢がいるんですか……?」
仮にも、王子の花嫁候補に選ばれている、高位貴族のご令嬢が……夜這い?
「残念な事に、意外といらっしゃるんですよね。歴代の花嫁候補の方の記録を確認すると」
まるで猫でも現れるかの如く、軽い口調で話す為、私は思わずロラン様をマジマジと見つめてしまった。
「こうやってライバル達が身近に集っていると、自分を他の人よりも目立たせたいと思ったり、少し羽目を外してでも王子の印象に残りたいと思うみたいです」
「はぁ……そういうものなんですか……」
あのレオ様に対してその行き過ぎた行為は、ぶっちゃけ逆効果なのでは……?
「ルルリナ様は普段、夕方にはご自宅に戻られておりますので、夜の王宮の様子はご存知ないでしょう? レオ様もあまり言いたがらないでしょうし……」
「もしかして、もう既に何度か夜這いに遭っている……とかじゃないですよね?」
「惜しいですね。正解は、夜這い未遂が先日一件あった、です」
話によると、先日夜遅くまでレオ様が執務室で政務を行なっていた際に、一人のご令嬢が現れたらしい。勿論、執務室の扉の前には護衛騎士が待機している。すぐ騎士に声を掛けられ、自分の部屋へと大人しく戻っていったそう……なのだが。
「その方が、また来るかもしれないんですか?」
「恐らく。これは私の……男の勘、とでもいいましょうかね」
「男の勘ってあんまり聞きませんけど」
ふむ……と、腕を組みながら神妙な面持ちである。よっぽど危険な可能性でもあるのだろうか。
「どうやら中々可愛らしい方みたいなんですよね、そのご令嬢」
「……は?」
「あ、名前をお伝えしておりませんでしたね。そのご令嬢というのがハーニャ様なのですが、庇護欲をそそるといいますか。こう……頼られたら、願い事は叶えてあげたくなる、みたいな」
つまり、そのご令嬢のお願いに負けて、レオ様の部屋へ通してしまう騎士様がいるかもしれない……という事だろうか?
「上手いんですよね、その方。先日いらっしゃった時間帯も、夜遅くは遅くなんですけど、真夜中って訳でもなくて。政務でお疲れのレオドール王子に、ご挨拶だけでいいからさせてほしくて……と、おっしゃっていたそうなんです。部屋へ戻るようにと騎士に言われると、謝ってすぐに引き返されたようですし」
健気な感じがありますよねぇ、とウンウンと頷くロラン様である。確かに私も、それだけを聞いていれば、それが夜這いにまで発展するようにはあまり感じなかった。
「でもロラン様的には、その方は、ただ健気で可愛らしいだけの方ではない……と、思われるんですよね?」
「はい。それを確かめる為に、ルルリナ様には是非ともご協力をお願いしたくて」
そう言ってニッコリと微笑むと、とある作戦を私に打ち明けたのだった。
────────────────
「それで私は、従者用の部屋で待機をしていればいい……んでしたよね?」
レオ様の私室の続き扉の先には、夜間は使われる事が全くない待機室がある。部屋自体は従者用なので、さほど広くないが、簡単な物なら調理も可能なキッチンやベットなど、必要な物が一揃いあるのだ。
「はい。レオ様から、お茶だ何だとあれこれワガママを言われるかもしれませんが、それ以外は基本的に待機で問題ありません。事が片付くまでは眠れない、という点が申し訳ないのですが……」
「その点はお仕事ですし、レオ様やロラン様も眠れないのは一緒ですから、大丈夫です」
「ありがとうございます。夜間待機の護衛騎士にも、ハーニャ様がいらっしゃった時はあえて部屋に通すという一芝居を頼んでますのでね。夜這い行為をしようとした、という状況下で、現行犯として捕まえるのがミッションクリアの条件です……っと、今夜は雨が降り出しそうな雲行きですね……」
ロラン様の目線を自然と追って、私も窓を眺めた。時刻はもう夕暮れに近づいていたが、雨雲が空を覆っていて、いつもよりうす暗く感じたのだった。
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