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第二章 誰が為に花は降る

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「王子様に会って欲しい?」

私は言われたことをおうむ返しに繰り返す。
そうだ、と目の前に座っている
レジナスさんが頷いた。

あれから数日が経った。

私の服や小物が必要だとあれこれ採寸されたり、
体調は悪くないかと様子を見る期間が終わって
ようやく他の人に会っても良いとOKが出た。

ということは初日のあの段階で
魔導士団長のシグウェルさん達が
私に面会できたのは異例だったんだなあ。

アポをねじ込んだってユリウスさん
言ってたっけ。
手土産も準備する抜かりなさといい、
あの人は相当仕事ができる人に違いない。

・・・その分上司で苦労してそうだけど。
あの時もユリウスさん、
途中からずっと謝りっぱなしだったもんなぁ。
シグウェルさんとの出来事を
思い出して遠い目になる。
ちなみにあれ以来2人には会っていない。

「ユーリ?」

レジナスさんが心配そうに声をかけてくれた。

「あっ、はい‼︎」

いけない、今はこっちに集中しないと。
えーと・・・レジナスさんの主で
第二王子のリオン殿下だっけ。

「不安に思わなくていい。俺も同席するし、
何より王子は心優しい方だ。
すぐに打ち解けられる」

「そうですよ。リオン様はお小さい頃から
兄上であるイリヤ様のお手伝いも
良くされておりましたし、
妹君であるカティヤ様の面倒も
良く見ておられました。
心穏やかでお優しくその上、剣の腕も立つ
とても尊敬できるお方です」

お茶のおかわりを淹れてくれながら
ルルーさんも頷いた。

「カティヤ様は姫巫女として、
幼いうちにもう何年も前に神殿に入られてしまい
リオン様も寂しく思っているようですからね。
お会いしたらきっと妹のように
可愛がってくれますよ」

「そうだな。・・・ああ、そういえば
リオン様からユーリに言伝も頼まれていた。
兄君であるイリヤ殿下が大きな声を
出して君を怖がらせていたなら申し訳ない、
失礼な言動があったなら
自分も詫びたいと思うから
どうか許してもらえないだろうか、
との仰せだった」

レジナスさんが私に頭を下げた。

いやいや、全然気にしてませんから!
デリカシーがなくて声が大きいとは
思ったけど怒ってはいないし、
怖くもなかった。

元の世界にいた時の職場は男世帯で、
何かと大声で用事を言いつけたり
文句を言ってくるおじさん達に
囲まれていたのだ。
悲しいかな、あんな大声には慣れている。
むしろ魔導士団長のシグウェルさんみたいに
モデルみたいなイケメンの方が
私は免疫がないからどうしたらいいか
分からなくなるくらいだ。

「だ、だいじょぶです!きにしてませんから‼︎」

ぶんぶん両手と首を振って
気にしないで!とアピールする。
焦ると話し方が無意識に普段より
子どもじみてしまうのは
精神年齢が体に引っ張られているのかな?
この姿になってからたまにこんな感じになる。

元はアラサーなだけに
幼いふりをしているみたいで、
それがたまらなく恥ずかしくなって
赤面することが増えた。

今もまた、妙に子どもじみた口調に
なってしまったのが恥ずかしくて
顔が赤くなっているのが
自分でもよく分かる。

「・・・っ、そうか」

そんな私を見たレジナスさんは
くっ、と目を見開くと
口数少なくふいと視線を逸らした。

なんとなくその目尻が赤い?気がする。

それきりレジナスさんは私を見ないで
黙り込んでしまったので、
気まずい沈黙が流れた。
仕方がないのでこの空気を
作ってしまった責任を取って
私から話を振る。

「あの、ええと・・・。
私、いつでも大丈夫です。
レジナスさんみたく知ってる人が
側にいてくれれば、そんなに
緊張もしないと思うし・・・。
殿下のご都合が良ければ
いつでもお会いします」

私の言葉に、目を合わせてくれなくなっていた
レジナスさんがパッとこちらを向いた。

あ。あの夕焼けみたいな瞳が
キラキラして顔も紅潮している。

「本当か⁉︎ありがたい、リオン様にすぐ伝える!
早ければ明日にでも会って欲しい‼︎」

えっ、そんなすぐに?
王子様って忙しくないのかな。

突然の変化に面食らっていると
隣でルルーさんがうんうん、と頷いていた。

「ようございましたねぇ。
あまり期待をかけるのも
ユーリ様のご負担になるでしょうが、
とりあえず一度お会いするだけでも
リオン様のお心が軽くなることを
このルルーもお祈りしておりますよ」

なぜか涙ぐんでそっとハンカチで
目元をぬぐいながら
レジナスさんに微笑んでいた。

え?ただ会うだけって言ったよね?
まさかその王子様、なんらかの訳アリで
私、何かを期待されてる?

2人の態度に急にプレッシャーを感じたが、
今さら嫌だといい出せない
雰囲気になってしまったのだった・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


俺が召喚の儀式で現れたユーリを
部屋へと案内した数日後、
やっと彼女への面会許可が通った。

保護したあの日、俺がリオン様のところへ
報告に行っている間に魔導士団長と
副団長がユーリに面会したと知ったのは
彼らの面会から数日が経った頃だった。

いくら事態の把握が必要だったからといって、
疲れて眠り込んでいた小さな癒し子のところへ
その日のうちに乗り込むなど正気を疑う。

イリヤ殿下に申し付けられて
ユーリの筆頭侍女を勤めることになった
ルルー殿も、
いつも温和な彼女にしては珍しく怒っていた。
どうも面会した時に何かあったらしい。
あの2人は当分王宮へは
出入り禁止です‼︎とプリプリしていた。

魔導士団に抗議をしようかとも思ったのだが、
事情を知ったのが数日後ということもあって
抗議のタイミングを逃してしまった。
モヤモヤした気持ちが収まらず、
思わずリオン様に愚痴ると

『ははあ、それはやられたねぇ。
仕方ないよレジナス。
さすがはユリウスと言うべきだ、
相変わらず仕事も早いけど後始末も抜かりがない』

と苦笑していた。

リオン様いわく、
恐らくユーリのところで何らかのトラブルがあり
それを穏便に納めようとした副団長のユリウスが
裏から手を回して事態の露見を遅らせたのだろうと。

だってあのルルーが怒っていたんだろう?
きっとシグウェルが何かやらかしたんだろうねぇ、
とリオン様は笑っていたが、笑い事なんだろうか?

一応、僕からも後でルルーに状況を聞いておくよ、
と言ったので後はリオン様に任せれば
いいのだろうが・・・

何があったのかどうしても気になり、
ルルー殿に聞いても知りません!と
思い出し怒りをするだけで詳しいことは
教えてくれなかったし、
面会が叶った時にユーリにも聞いてみたが
大したことじゃないんです、と
あわあわしながら赤くなるだけだった。

それ以上は何も聞き出せないと
わかったので、仕方がないから本題に入る。

リオン様に会って欲しいという件だ。

話を聞いたユーリは不安になったのか
何かを考え込むように黙ってしまった。

どうしても一度会って欲しくて、
リオン様は優しい方だから心配ないということを
ルルー殿と2人で一生懸命伝えた。

それから王子からの言伝も。
兄王子の非礼を詫びる伝言、これを聞けば
いかにリオン様が気遣いのできる
優しいお方か分かってくれるだろうか?
分かってもらって、安心して会って欲しい。

そう思って頭を下げたら、
俺達に気を遣わせたと思ったのか
ユーリが真っ赤になって慌てて首を振った。

・・・かわいい。

ぶんぶん首を振ると長くて
艶のある黒髪が左右にパッと散り、
日の光に反射して
紫紺色の複雑な色味が現れる。

暗い髪色が色白の顔と、
頬の赤味を引き立たせていた。

若干舌ったらずな言葉で気にしてない、と
一生懸命に身振り手振りで
伝えてこようとするその仕草が
たまらくかわいらしくて
ふぐっ、と変な声が出そうになったので
寸前でこらえる。

やっとの思いでそうか、とだけ答えて
ユーリからそっと視線を外した。

ダメだ。これ以上見ていられない。
ルルー殿もいると言うのに、
自分の顔が変な風に
笑み崩れてしまう気がする。

幸いにもユーリのそのかわいらしい仕草に
ルルー殿も気を取られていて
彼女の方しか見ていないから、
俺の顔がうっすらと赤面しているのは
気付かれていないはずだ。

ただでさえ、この間リオン様に
ユーリの事を聞かれてついぽろっと
思ったことを言ってしまい
変に思われたばかりなのだ。

これ以上挙動不審になったら、
完全に少女趣味の変態だと認定される。

必死で顔面に力を入れて
変な事を口走らないように無言を貫いた。

そうしたら、沈黙に耐えかねたのか
ユーリがおずおずとリオン様に
会うと言ってくれた。

俺が一緒にいてくれるなら安心だ、
というような事も言われた。

頼られているのだろうか?嬉しい。

それに、これでやっとリオン様の
治療に光が見える。

さっきまでのむず痒いような
変な気持ちが一気に吹き飛んで
気分が高揚した。

本当はユーリの手を取って
感謝の意を伝えたかったが、
さすがに失礼に当たると思い
膝の上でグッと拳を握ってこらえた。

ありがとう、ユーリ。
小さな癒し子。
君は俺とリオン様の希望の光だ。



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