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第八章 新しい日常

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その額をうっすらと赤くしたまま、

「歓談中のところ申し訳ありません。
神殿からリオン様へ信書が届きまして・・・」

なんてレジナスさんは普通に話を続けている。
痛くないのかな?ていうか、レジナスさんが
ケガをするなんてかなり珍しいような。

「ありがとう。・・・その額は一体どうしたの?
今朝は騎士団に顔を出すって言ってたけど、
まさかそこで?」

手紙を受け取りながらリオン様が尋ねた。
やっぱり気になっていたらしい。

はい、と頷いたレジナスさんはなぜか私を
ちらりと見て悲しそうな顔をしたような気がした。

・・・ん?

「今朝は以前から約束していたシェラとの
模擬試合をすることになっていまして。
額の傷はその時シェラにつけられたものです。」

「え?でも君、確かユーリの加護でかなり
丈夫になってたよね?それなのに試合とはいえ
傷を付けられたの?」

リオン様が驚いている。私もまさか、と思った。
だって私の加護の力がついたレジナスさんは、
擬似魔物だけどあの氷瀑竜の攻撃でも
無傷だったのだ。

そのレジナスさんに、うっすらとは言えケガを
させるシェラさんて一体どうなってるんだろう。
しかもレジナスさんは双剣を使っていたはず。

「シェラとの手合わせは久しぶりでしたが、
思った以上に成長しておりました。本気で
俺の額を割りにこられた結果がこれです。」

そう話すレジナスさんは少しだけ嬉しそうだ。
本気で頭を狙われたのに・・・?後輩の成長を
喜ぶ先輩だと思えば微笑ましいけど、話してる
内容が穏やかじゃない。

あと、その内容でどうして私を見てさっきは
悲しそうな顔をしたのか。

「シェラもある程度の負傷はしましたが、
その場ですぐに魔導士に治療してもらったので
大事ありません。・・・それと、演習場を少し
壊してしまったので修繕費は俺とシェラの
給料から引いてください。」

二人がケガをするくらいの模擬試合だとやっぱり
演習場もただではすまないらしい。

シェラさんのケガはもう治っていると聞いて
一安心だ。それならこっちは私の出番だよね。

「とりあえずレジナスさんは私が治します!」

とんと長椅子から降り立ってレジナスさんに
歩み寄れば、触りやすいように片膝をつくと
目を閉じて頭を下げてくれた。

その額をそっと撫でれば赤い傷跡はあっという間に
きれいに消え失せる。

ぱちりと目を開けたレジナスさんはそのまま
私をみると、やっぱり少し元気なさげにしている。
なんだろう。昔見たことのある、いたずらをして
ご主人様に叱られているゴーリデンレトリバーの
動画を思い出すぞ。

「レジナスさん?」

声を掛ければ、

「すまないユーリ。試合そのものはほぼ引き分けたが
先行条件であいつに負けた。申し訳ないが
騎士団に顔を出す際、しばらくの間はシェラに
抱き運ばれてくれないか。」

・・・などと意味の分からないことを供述し。

思わず犯罪ニュースのナレーションをつけたく
なるような意味不明な事をレジナスさんは言った。

「もしかしてシェラと何か賭けたの?
しかもユーリに関することを?」

リオン様の言葉に、片膝をついたままの
レジナスさんの体がびくりと揺れた。

「先行条件って何ですか?それって試合の勝敗と
関係あるんですか?」

謎の単語に意味が分からず、振り向いてリオン様に
説明を求める。

「模擬試合ではたまにあるんだよ。相手に
本気でやり合って欲しい時に自分が勝った際に
して欲しいことを申し出るんだ。金銭以外を
賭ける賭け試合みたいなものだね。
先行条件は、それに更に賭ける条件を重ねるんだ。
例えば、1ヶ月間の辺境警備を代わってもらうのを
試合の勝敗で決めるとすれば決着が着く前、
先に相手に傷を付けた方が辺境警備とは別に
1週間馬番をするとかね。この場合、先行条件でも
試合でも負けて完敗したら1か月間辺境警備を
する上に戻って来たら更に1週間の馬番を
することになるんだけど・・・、」

さて、君は一体シェラと何を賭けたのかな?
口には出さないがリオン様の目はそう言いたげに
レジナスさんを見つめた。

「シェラには、今の自分の実力をきちんと
把握しておきたいので俺には本気で来て欲しいと
言われまして。こちらは双剣ですし、手加減も
考えていたんですが本気でやり合うために
賭け試合と先行条件を出されました。
試合に勝った方がユーリの騎士団での食事の
世話を、先行条件では先に相手に傷を負わせた方が
外出でユーリを縦抱きで運ぶ権利をと提案
されました。それで、自分としても全力を
尽くしたのですが」

片膝をついたまま、そう説明する姿はやっぱり
しょんぼりとうなだれるゴールデンレトリバーの
姿を彷彿とさせる。

「なっ、なんで私抜きで勝手にそんな話に
なってるんですか⁉︎私もう大きいから縦抱きは
しなくてもいいですよ⁉︎」

「すまないユーリ。負けるつもりはこちらも
毛頭なかったんだが、シェラが予想外に強かった。
試合そのものは引き分けたから、食事の件に
ついては無効になるはずだったんだが、何故か
団長が首を突っ込んできて団長と副団長に
その権利を譲ることになった。」

ユリウスさんのお父さんまで何をしてるのかな⁉︎
そもそも私のいないところで勝手に私の扱いを
決めないで欲しい。
あと縦抱きをしなくてもいいですよと言う私の
主張は綺麗に無視された。まさかの聞こえないふり⁉︎

リオン様も呆れたように言う。

「まさか君に傷を負わせるなんて、シェラの
ユーリに対する執着心は想像以上だね。
それで?騎士団でのユーリの世話をそこまで
こだわったということは、騎士団からまた
ユーリに食事付きで演習見学にでも来て欲しいと
要望でも上がっているのかな?」

あっ、そうか。次にいつ行くことになるか
分からない私の世話を賭けたって仕方ないか。

前を見れば、立ち上がったレジナスさんが
自分の懐から書状を一つ取り出してリオン様へと
渡した。ため息まじりに続けて話す。

「実は以前から、ユーリの時間のある時にまた
演習見学に来て欲しいと言われていまして。
ユーリが来ると騎士達の士気高揚になるらしく、
今回改めてユーリの騎士団への演習視察の
申し出を団長から受けました。」

「・・・騎士団演習場への視察じゃなくて
王都郊外での野営模擬訓練への視察要請?
ああ、だから食事の世話がどうのって話に
なったのか。でもこれ、ユーリが見に行く意味が
あるのかな?」

兵士の野営訓練なんて見て楽しいのかな、と
リオン様は首を傾げている。

野営訓練で食事・・・ってことは、いわゆる
キャンプ飯的なやつでは?ノイエ領での焚き火で
焼いた、香ばしくて美味しかった湖のお魚や
ダーヴィゼルドへ行く途中、デレクさんが
焼いてくれた鉄串に刺さった肉汁たっぷりの
お肉が私の頭をよぎった。

「レ、レジナスさん、野営訓練のご飯って
どんなのですか・・・?」

ごくりと唾を飲み込んで、その服の裾を引く。

「狩りの訓練をしてそれで取れた獲物を調理する。
だから一概にこれとは言えないが、王都郊外なら
鳥やウサギになるかも知れないな。大物が
獲れればまた違ってくるが、そこはやはり
腕の見せどころになってくる。」

鳥の丸焼きとか美味しそう。ウサギのスープや
シチューなんかは、おとぎ話や童話の中でしか
見たことがない。どんな味がするんだろう。

「ユーリ・・・」

リオン様が残念な子を見るような顔で私を
見ているのに気付いて慌てて顔を引き締めた。

「君、自分が勝手に賭けの対象にされて
怒ってたのにもう忘れたの?ご飯に釣られて
知らない人についていかないか、ちょっと
心配になるね・・・」

まるでユリウスさんみたいなことをリオン様にまで
言われてしまった。

「な、何言ってるんですかリオン様!
ちょっと気になっただけですよ?」

「うん、でも君の目がね・・・。金色がもの凄く
キラキラしてるんだよね。これは許可を
出さなければいけないんだろうなぁ」

「えっ」

目は口ほどに物を言う。どうやら私の瞳は
おいしそうな食べ物や興味のあることには
すぐに反応してきらきら輝くらしい。

そんなに分かりやすければそりゃ食い意地が
張っているとユリウスさんにも言われるわけだ。

恥ずかしくなってうう、と両手を顔に当てれば
よしよしとリオン様に慰めるように頭を
撫でられた。

「まあそんなところがかわいいんだけどね・・・
レジナス、騎士団への視察は許可すると団長へ
伝えてくれ。ただ、日にちは少し調整させて
もらうよ。神殿側との面会が先だ。」

ん?と顔を上げる。リオン様はにこりと微笑んで
私にさっきレジナスさんから手渡されたもう一つの
手紙を見せてくれた。

「大神殿のカティヤに面会出来ないか問い合わせを
していたんだ。ようやく良い返事が貰えたよ。
近いうち、ユーリに会うために大神官様と
一緒にここを訪ねてくれるそうだ。」




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