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第十四章 追録:白兎は月夜に跳ねる

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ようやくバロイ国からモリー公国へと移る目処をつけて
からも、リオン殿下は皇太子殿下と最後まで会って
色々と話していた。

「では次に会うのはルーシャ国での僕の兄上の即位式
で」なんて言っていたからバロイの王はそれまでに
変わるということなんだろう。

第二殿下を蹴落とすための準備は全て整ったという
ことだ。

権力を持つ者は常にこういう権謀術数のただなかに
あって気持ちが安らぐ暇もない。

それは剣としての訓練でも、実戦の一環として陛下の
暗部部隊での任務に駆り出された時の体験でもよく
分かっているつもりだ。

だけどそういう偉い人達の仄暗い部分に触れると、
なんだかユーリ様のあの輝くように無邪気な笑顔が
たまらなく恋しくなる。

あの笑顔を思い出すと、昏く落ち込みそうになる気分
も少し癒される。

もしかするとそれはリオン殿下も同じだったのかも
知れない。モリー公国に入り、宮殿へと向かう馬車
の中、余計な事に頭を使って疲れたなあと伸びをした
後に肘をついて車窓を見やった殿下はぽつりと

「早くユーリに会いたい」

と呟いた。その声は殿下にしては珍しく、本当に
疲れを感じさせるものだった。

・・・そうして久しぶりに会ったユーリ様は、
魔導士団長の怪しい飲み物で大きくなったと聞いて
いたからいつもと違って大人びた様子かと思いきや
まるで普段通りだった。

突然現れた僕と殿下をぽかんとして目を丸くしたまま
見つめるその手には食べかけのお菓子を持っている。

大きくても小さくてもその食い意地は変わらない
らしい。

びっくりするほどいつもと変わらないその様子に
逆に安心してしまって、ついまた皮肉を言ってしまい
後悔したけど。

それでもそんな僕にもユーリ様は嬉しそうに笑いかけ
リオン殿下にはぎゅうぎゅうに抱きしめられていた。

そして動くたびにその魅力的な肢体の肌色が透けて
見える際どいドレス姿に、さっそくリオン殿下から
お小言を食らって言い訳をしていた。

そんな二人のやりとりに、なんとなく日常が戻って
来たような気分になる。

そこへ突然、

「お姉様が大きくなってる!」

そんな声が飛び込んで来た。薬花のような青紫色の
目と髪をした小柄な少年。

駆け寄って来てユーリ様と話す様子からどうやら
この人が公国の公子殿下らしかった。

『ベッドから起き上がれる時間も減り、口にできる
のは柔らかいものかスープだけ・・・』

第二殿下の部屋で盗み聞いた間者の言葉をふと
思い出した。

だけど目の前の少年は溌剌とした利発そうな笑顔で
ユーリ様やリオン殿下と話している。

ユーリ様の力でこんなにも元気になったんだ。

そう思ったら無意識のうちに僕もユーリ様に治して
もらった小指にそっと触れていた。

治らないと思って諦めていたものが治るその気持ち。

自分ではどうにもならないと嘆く心を掬い上げて
もらった、感謝という言葉すら軽すぎるその何と
言っていいか分からない感情を、今この場にいる
僕やリオン殿下、公子殿下はみんな共有している。

身分や出自を越え、ユーリ様を通じて同じような
気持ちや感情を持っているのは不思議だなと思う。

そんな思いで目の前の光景を見つめれば、ユーリ様
は何を思ったのか

「あーもう、かわいいですっ!」

そう言って公子殿下をおもむろに抱きしめた。

そうすれば年の割に小柄な公子殿下は大きくなった
ユーリ様のあの豊かな胸の下に顔が埋もれてしまう。

薄手のドレスは公子殿下の頭が押し付けられたことで
赤い色が薄まりその肌色が露わになるし、公子殿下
の頭で形を変えた胸はその柔らかさを見ている僕達
にも伝えてくる。

・・・どうしてこう、リオン殿下に怒られそうな
ことをユーリ様はうっかりやってしまうんだろうか。

呆れながらも、ユーリ様らしいそんな迂闊で無邪気な
ところはずっと変わらないで欲しいとも思った。

「エル、シンシア達を呼んで来て。ユーリは別の
ドレスに着替えた方がいい」

ユーリ様にお小言を言っていたリオン殿下に頼まれて
部屋を出る。

僕の後ろでは公子殿下がユーリ様に

「お姉様が力を使った薬草園を早く見せたいです!」

と話す声が聞こえてくる。

部屋の扉をパタンと閉じて廊下に一人になり、
そういえば何かにつけ僕にも『お姉ちゃんって呼んで
いいんですよ?ていうか、言ってみて下さい!』と
言ってくるなと思い出した。

僕はユーリ様の剣で守る側の人間だしユーリ様は僕の
主だから、まるで頼るようにお姉ちゃん、なんて
呼ぶのは断固拒否してるんだけど。

なんなら早くレジナス様くらい大きくなってユーリ様
に覆い被さってでもこの身を挺して守れるように
なりたい。

あの大きい姿のユーリ様よりもぐんと背が高くなって
僕の背にその姿がすっぽり隠れるほど成長するのが
理想だ。

そう思っている僕がユーリ様を頼るような呼び方を
することはこれから先も絶対にないだろう。

だって僕はユーリ様に頼りたいんじゃなくて、
頼られたいんだから。

でも。

「おねえさま・・・」

公子殿下に感化されたのか、つい口に出して
しまった。直後にハッとして周りを見回す。

良かった、誰も聞いていない。
声に出して言ってみたら思ったより恥ずかしかった。

おねえさま。

言えばきっとユーリ様はあのキラキラした瞳で

『はい!何でしょうエル君‼︎』

そう言って笑いかけてくる。
それを思ったらたまらなく恥ずかしくなって珍しく
頬が熱を持った。

「・・・絶対に言わない」

改めて心に決めて、僕は僕の仕事をするために
歩き出したのだった。
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