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アシノ領主のお仕事

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「確かにナカル村から食糧が貰えなくなってから少ししんどくなったけど、それでもまだ食えては、行けました。だけど最近森の奥に熊が現れまして、そいつのせいで森に入れなくなってしまって…」

「熊?退治できないのか?」

   ゼンがそう聞くとバトカンは、震えながら頷いた。

「立ち上がれば木々と並ぶぐらい大きく…荒々しく吠える…とてもじゃないが我々では戦うなんて…」

「その熊は、いつから現れる様になったんだ?」

「随分前…冬の終わりぐらいだったと思います、食糧を探しに出た娘が食われ…その仇と男達が…」

「村を出ようと思わないのか?」

   セリフを聞いた途端、苦悶の表情を浮かべたバトカンは、ゼンを睨みつけた。

「逃げてどうなる!?どこに逃げればいい!?俺達には、村しか無いんだぞ!!?」

   その勢いにゼンは圧倒され少しだけ身を引いてしまった。
   そんなバトカンの肩をゆっくりと触れながらウズロが落ち着かせた。

「すまん、そうだよな、行く場所なんて無いよな…」

   ゼンは、自分の軽率な言葉がバトカンを傷つけたのだと思い頭を下げた。

「いや、あの…申し訳ないです…領主様は…何も…」

   バトカンは、そんなゼンの行動に我に返り慌てて立ち上がった。ゼンは、それをゆっくりと制すると再度座る様に促し、バトカンは微かに頷きながら座った。

「とりあえず、状況確認からするが、熊は村を襲ったりしたのか?」

「いや、村までは、まだ来てないです…だけどそれもいつまでか…」

「つまり、被害のどれもが森の中での出来事なんだな?」

   バトカンは、ゼンの問いに頷いた。
   ゼンは、それを聞き押し黙ると椅子の背もたれに体を預けた。

   多分今から食糧を準備して村まで行くとなると帰る頃には、夕刻を迎えるだろう。
   だが、それはあくまでゼン達が馬を使い帰ってきた事を想定してのことだ。

   逆にサザレ村の人間達をこちらに避難させることを想定する。
    今からバトカンを連れてサザレ村に向かい村人達を説得してこちらへ避難させる、恐らく夜までには、片付くだろうが…

「サザレ村は、今何人ぐらい住んでいるんだ?」

「30人ぐらいでしょうか…」

   ゼンが口を開き聞くとバトカンは、少しだけ間を空けて応えた。

   さすがにここから30人を避難させる許容量は、ナカル村には無い。
   寝泊まりする場所が確保する事が困難なのだ。
   ただでさえ村の復興の為に働いてくれている村人達でさえ口に出さないまでも疲労の色が見え隠れしている。

   そこに別の村から避難させてくるなどとてもじゃないが難しいとしか言わざる得なかった。

「セリーナ」

「正直、ここで誰かに分けるというのは難しいと思います」

   セリーナは、ゼンの言葉を先読みして応え、その応えが何を示しているのかわかったバトカンの顔に絶望の色が走った。

「なら、テンロンの市場から食糧調達は可能か?」

   ゼンがそう言うとセリーナは、ゆっくりと頷いた。

「買い込む量によりますけどある程度は、大丈夫だと思いますけど、如何程仕入れる気ですか?」

「金プレート一枚分でどれぐらい持ちそうだ?」

    セリーナは、暫く沈黙し、ゼン以外の全員が息を飲んで応えを待った。

「最後に見たのは、1か月前なので相場がどう変わってるかわかりませんが、恐らく2、3ヶ月分は、大丈夫かと思います」

「なら、決まりだな。セリーナ、明日クリフと村の男1人、女1人を連れてテンロンの市場へ向かってくれ」

   ゼンがそう言うとセリーナは、静かに頷いた。

「それと、至急馬車1台にある程度の食糧を積んでくれ、それと親方」

「おう?どうした?」

「石の仕入れに付き合ってもらってもいいかな?」

   ゼンがそう聞くと、ガルダンは片眉を上げた。

「それこそ、俺が行かないで誰を連れいくってんだお前?」

   ガルダンの返答にゼンは肩を竦めた。

「あの…領主様?」

   ゼンの言葉の理解できないのだろう、バトカンは、恐る恐る声をかけてきた。

「あぁ~これか食糧を持ってサザレ村に向かわせてもらうと思ってな、あと丁度この村に足らない石炭や他の石の調達も兼ねてるから、よろしくなバトカン」

   ゼンがそう満面の笑みで応えるとバトカンは、安堵の笑顔を漏らしながらゆっくりとゼンに向かい頭を下げた。

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