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アシノ領主のお仕事【サザレ村へ】

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「おぉ~」

   サウラが間の抜けた声を上げ、ダスティンの肩が震えた。

「単純な構造だ。土のエレメントの木に変異をかけて硬化させた。それでダラント達を正面から刺した」

「どうして…そこまで…」

   ダスティンが震えながら口を開いた。

「滝壺が綺麗すぎた、巨大な熊が暴れたにしては、周りの木々や土にその痕跡が無いし、血も飛び散ってない。だからナイフとかで争った可能性も低い、だとしたら一瞬で済ませたって事だ。そう考えるとエルフ相手に油断した事が容易に予測できた。ナイフを持っていたとしたら警戒する筈だし、後ろから刺しても同じだ、出血はするし、暴れるしな、なら一瞬で一刺しで終わらせたと考えた、そして血が着いた痕跡のある枝を見つけて、そうでは無いかと思っているが、間違ってないか?」

   その質問にダスティンは、恐る恐る頷いた。

「後ろから急所をって思ったけどそれだと狙えるか怪しい…だから正面から確実に動けなくなる場所を…狙った…」

   地面を睨みつけながらダスティンの顔が徐々に歪んでいく、ゼンはそんな表情を見ながら紫煙をため息の様に吐き出した。

   もし、自分ならどうしだろうかと少しだけ想像して直ぐにそれをかき消す様に首を横に振るとパイプタバコを一息吸った。

「後は、2体の死体とロベルの死体人形に熊に殺された様に細工した。これだって元々木の何かを熊の手の様に作り上げて引っ掻くだけで十分だからな」

「だけど、熊の目撃証言はどうなるんです?」

   ウルテアが何かを思い出したかの様に聞くとそれに返事をしたのはサウラだった。

「それならこの花を煎じれば幻覚の薬が作られるのでそれを風の魔術と土の魔術の混合で幻覚として見せたのだと思います」

   サウラはそう言いながら足元の紫色の花を指さした。
   昼間ゼンがポーチに持ち帰った草花の1つだった。

   やっぱり、気づいてやがったか。
   ゼンは、片眉を上げながらサウラを睨むとサウラは小さく肩を竦めた。

「とりあえず、これが今回の騒ぎの真相だ」

   ゼンは、そう締めくくると沈黙の空気が流れた。

「すまない……」

   ウルテアは、掠れる声で肩を揺らしながら呟いた。

   その言葉に小さくロベルは頷く。

   ゼンは、そんな二人を見ながら小さなため息を漏らした。


「とりあえず、さっきも言ったが巨大な熊の死体をひとつ作っておいてくれ、そうすれば騒ぎは、収まる、俺から言えるのはそれだけだ」

   ゼンは、そう告げるとゴルに合図を送るとゴルは、棺を閉じ、それを隠す様に蹲るとそのまま土へと変化した。

「あの…本当に、私たちを見逃しても良いんですか?」

   ロベルがゼンの背中に聞くとゼンは振り向きもせずに肩を竦めた。

「正直言えばわからん。本当なら断罪するべきなのかもしれない、だが…どうしてもそういう気になれないんでな、すまないがお前らにも共犯になってもらうぞ」

   そう振り向きながらゼンが言うと、ロベルは、頬から涙を流しながらゆっくりとゼンに向かい頭を下げた。

   そのまま、ゼン達は静かにバトカンの家に戻り眠りについた。
   次の朝、前日の準備をしていた為か朝食を済ませ、バトカンに次の週には食糧と共に再び来ることを約束して、サザレ村を後にした。


   帰り道、ゼンは無言で青く清々しい空を見上げながら紫煙をゆっくりと吐きながらボーッとしていた。

    ただ、壮大に広がる草原と青空だけが美しく風に揺れているだけだった。

「ゼン様」

   隣で馬に跨り操作するウルテアがそっと口を開いた。

「何だ?」

「ひとつお聞きしたいのですが、何処でエルフの存在に気づいていたのでしょ?集落の事も…」

  そう問われゼンは、少しだけ首を傾げた。

「森でお前に御伽噺がないか聞いたろ?」

「影人ですか?」

「そう、あれでな、御伽噺ってのは警告であり教訓でもある、昔の人が俺達対して、その可能性があるから気をつけろよって言ってる事が物語なんかになって残ってたりするもんなんだ」

「つまり、昔から影人に攫わた人達がいたという事ですか?」 

   ウルテアがそう聞くとゼンは首を横に振った。

「多分、それは、違う。昔にもエルフと恋に落ちて、駆け落ちした人達が居たんだろ」

「なぜそう思われるのですか?」

「昨日も言ったがエルフからすれば人攫いなんて自分達の存在を露見させる危ない橋は渡りたくないもんだ。もしそうなら放っておくかどうにか追い出すさ、だがその森で人が消えたって事は、自分から森の中へ入っていったんだ。影人を追い求めて。そう考えると色々辻褄が合うと思ってな」

   ゼンの応えにウルテアは何度か頷きながらそっと黙った。

「幼なじみが心配か?」

   ゼンは、そんなウルテアに問うとウルテアはゆっくりと首を横に振った。

「どうなんでしょ…生きててホッとはしましたけど…」

   そこまで言うとウルテアは何かに気づいた様にハッと止まった。

「そういえば、私はゼン様にロベルと幼なじみだと話した事ありましたっけ?」

「いや、無いが?」

   そんなゼンの応えにウルテアは、困惑の表情を浮かべた。

「なら何故知ってるのですか?」

「いや、ウズロとバトカンの言葉の交わした方で相当馴染みのある関係だとわかるし、それにロベルが死んだって聞いた時からお前の態度も中々変だったんでな、そこでそうでは、ないかと思っただけだが?」

   ゼンの言葉にウルテアは、苦笑いをごぼながら肩竦めた。

「何とも恐ろしい方ですね、貴方は」

   それだけを告げるとゆっくりと馬操作して先頭を歩き出した。
   ゼンはその背中を見ながらパイプタバコを咥え、ゆっくりと紫煙を吐いた。

   視線が再び青く広がる空へ向けられた。
   どこまでも広くどこまでも綺麗で…

   そんな空を見上げるからこそ頭の中で考えてしまう。

   自分のあの時の判断は本当に間違っていなかったのかと。
   もう何度目だろうか、昨日夜寝る前に、村を出る時、そしてこの帰路でも考えてしまう。

   答えがないのは、わかっている。
   誰かの判断で自分が納得いかないであろう事も理解している。

   だけど考えてしまうのだ。どうしても…

《答えが無いなら、答えをゆっくり探せばいいんじゃない?》

   ふと、記憶の中の女性がそっと語りかけてきた。

《時間は有限だけど、そんなに短くもないでしょ?ゆっくり探そうよ、多分そのうちひょっこり現れるかもだしね》

   芯があるが柔らかく、風の様に駆け抜けたその言葉にゼンは、苦笑を漏らしながらゆっくりと天を仰いでいた視線を落とした。

「そうだな…灯…」

   誰にも聞かれない様にゼンは呟きながら紫煙を吐いたと同時に自分の頬をひとつ叩いた。

   乾いた音が春の青空に響き渡った。


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