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山月 春舞《やまづき はるま》

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才田晴人っという男

怨嗟の柵

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 岩屋の来訪から2日後の夜に泰野から携帯電話に連絡が来た。
 晴人は、志木市の隣の朝霞市の公園でベンチに座り夜景を眺めながら煙草を燻らせていた。

『よう。ご機嫌はどうだい?』

「もう、お前に道具は卸さない」

 晴人は、そう言うと電話を切った。

「いや、だから最後まで人の話は聞いてくれよ」

 それと同時に背後から声が聞こえて晴人は軽く振り向くと再び夜景に目を向けた。
 そんな態度の晴人に溜息を漏らしながら声の主の泰野は横に座ると缶コーヒー渡してきた。
 晴人は、それを受け取ると一気に飲み干して空き缶を返した。

「そうとうご立腹ですな」

「正直、俺自身もよくあそこまで我慢できたっと思てる」

 晴人の返しに泰野は苦笑いしか出来ずにいた。

「このままあのバカを放置する気か?」

「何とも」

「正気か?」

 晴人の返しに泰野は、小さく鼻を一つ鳴らした。

「正直今アイツに手を出したくないってのが本音かな」

「何故だ?」

「隠れ蓑したいのさ、三本の影響を隠す為のね」

 泰野の返しに晴人は、盛大な溜息を漏らした。

「お前だってわかっているだろ今の現状、1999年の転生に、それに伴って多くの鬼門が発生して、リストにない接続者も増えている、それを統制管理する為に他に手を出してる余力は無い、そこに呪術を使って悪さをしている人間が居れば、外敵からすれば組織として機能していない様に見える、そうすれば外敵からの干渉を少しでも遠ざけれる、その間に組織を構成しておきたいのさ」

「そして、アイツの持ってる道具も失いたくないから手を出したくないと、それはわがままが過ぎないか?それの為にどれぐらいの人間が犠牲になる?」

「大事の前の小事だ」

 キッパリっと言い放つ泰野に晴人は首を振りながら立ち上がった。

「それなら、お前らの好きにしろ」

「これは、お前に対する忠告でもあるんだがな」

 忠告、なんの?晴人には、単なる脅しにもならない脅迫にしか聞こえてこなかった。
 それは、中途半端な脅しにしか聞こえず、泰野の真意を掴めずにいた。そしてそれが後々に晴人を大いに苦しめる事にもなる。

「それに逆らったら、俺は国敵か?」

 その返しに泰野は何も答えずに首を傾げた。

「よく考えろよ、お前もこっちの組織三本柱の一員だ、その行動次第ではこのままではいられんぞ」

 泰野はそれだけ言い残すと帰っていった。
 晴人は、その背中を見送り、ふと天を仰いだ。
 春の澄んだ夜空に煙を吐きかけながらふとアイツならどうするのだろかっと考えてしまった。
 正直考えるまでもなく答えはわかりきっていた。
 だけどどうしても考えてしまうのだ、それはきっと未練なのだとわかっている。
 それでも時折その背中を恋しく感じるのだ、相当惚れていたのだ、それもわかっていたがここまでとは、呆れて笑えてしまう。
 そんな晴人に岩屋は追い打ちを忘れていなかった。
 次の日には、田臥のクリニックの前にワンボックスの高級車が停まっていたのだ。
 岩屋の高級車はセダンタイプだったので一目で別の関係者だと理解できたがそこから降りてきた人物に晴人はより最悪な気分になった。
 強面の若者、縁も晴人の顔を見るなり苦笑しながら後部座席に回るとスライドドアを開けて晴人に入るように促してきたのだ。
 縁がいると言う事は、高級車に乗る人物の職種が嫌でも理解できたが逆らうことなく乗り込むとそこには高級スーツに身を包んだ熊がゆったりと座っていた。

「お前が才田晴人か?」

 熊のその問いに晴人が頷くと熊は一緒に乗り込んでいる部下に声を掛けて名刺を渡してきた。
 株式会社スティールリング、代表取締役、沼田 謙伊智朗ぬまた けんいちろうっと書かれた名刺を受け取りその名刺を胸ポッケに無造作にしまった。

鋼輪組こうわぐみの直系団体がまさかの名前ですね」

 晴人の言葉に高級スーツを着た熊の沼田は、ジロリと睨みを向けたかと思うと突然、柔和な笑顔に変わった。

「俺を見ても、そんな返しが出来るってのは、いい根性をしてんな兄ちゃん」

「まさか、ガキの無礼に殺しまではしないでしょ、そんな事したらそっちの世界でいい笑いものなりますからね」

 そういうと沼田は豪快に笑い出して晴人の背中を何度か叩くと肩に手を回してきた。

「確かに殺しはしない、だが痛い目は見るかもしれんぞ?こう見えても俺は人徳もあるからな」

「それは知ってますよ、噂はガキの俺も届いてますからね、だけど貴方それもしない」

「ほう、なんでそう言い切れる?」

「そんな小賢しい男に人徳は集まらない、貴方のカリスマ性はその漢気にあるんだから」

「だが俺は、ヤクザだぜ兄ちゃん?」

「それが、何かの指標になりますか?国会議員にもクズは、存在するんですよ?」

 そこまで言うと沼田は、縁に目を向けた。

「縁、本当にこいつは一筋縄じゃいかないな!」

 沼田は、そういうと再び豪快に笑い出し、縁は苦笑しながら肩を竦めるだけだった。

「だからやめようって言ったじゃないですか、こんなドッキリはこいつに通用しないんですよ」

 ドッキリ?
 その言葉に晴人が首を傾げて縁に目を向けると縁は沼田に話を訊く様に促し、沼田に顔を向けると回していた手を放して背もたれに体を預けながら沼田は手を出した。
 その手に部下は、素早く煙草を取り出して渡すと一本取り出すと晴人に差し出した。
 晴人は、戸惑いながら咥えると部下がすかさず火を点けてきた。
 沼田もまた同じ様に煙草に火を点けると煙を豪快に吐いた。

「さっき言ったクズの国会議員、ありゃ岩屋の事か?」

「勿論」

 その答えに沼田は、満足そうに頷くと再度、縁に目を向けた。

「沼田さんは、岩屋の依頼で来たんですよね?」

 沼田の行動を無視して晴人が話を進めると沼田の眉が上がった。

「どうしてそう思う?」

「貴方のシマもアイツの選挙区も池袋、それ以外に何か根拠必要ですか?」

「だとしてもまだ弱いだろ?」

「なら、タイミングも含めましょうか?アイツが俺のところに来たのが3日前、それからすぐに貴方が来た、それも東京ではなく埼玉の俺の所にわざわざ、縁まで使って」

 そこまで晴人がそう言うと沼田は、何かわかった様にゆったりと晴人の顔を観察していた。

「お前さんは、抜き身の刀だな」

「えっ?」

 沼田の予想だにしない言葉に晴人の頭の中に一瞬の空白が生まれた。

「切れすぎる程の斬れ味を持っているが、如何せん腹芸を知らないな」

 そんな事は、ない。
 そう言い切りたかったが今の沼田に見せている態度を思えば至極当然の判断と言えた。

「だから、東堂と気が合うんだろうよ、まぁこっちとしては、面白いことになりそうだから期待させてもらうが、気をつけな、腹芸を覚えないとつけ込まれるぜ? 」

 沼田は、そう言うと手振りで縁に合図を出すと縁は、晴人の肩を叩き、外に出る様に促した。

「とりあえず、頼むな」

 最後に沼田に告げられるとドアが締まり、ワンボックスの高級車は、街の中へと消えていった。

「何しに来たんだ?」

 晴人は、おもむろに疑問を縁に投げ掛けると呆れた溜息が返ってきた。

「簡単に言えば、これが親父さんの腹芸なんだろ?」

「あ?」

「沼田さんの息のかかった俺がお前に張り付いて、行動を監視して、お前の自由を阻害する、嫌がらせだろ?」

 確かに、晴人と縁の関係を知らなければこれは、かなりの嫌がらせになるが、沼田は、知っていた筈だ。
 だが、岩屋は知らない。
 そう思考が回ると晴人は、自分が平静を欠いていた事に気付き、自分に呆れてしまった。

「そういう事か…だけど、沼田さんが何でここまでする?お前の知り合いだとしても格別だろ、これ?」

「俺やお前の為じゃねぇよ、瀬野の母親への恩義だ」

「明穂さんのお袋さん?」

「そっ、どうやら瀬野の母親は昔銀座で売れっ子ホステスだったらしい」

 その情報に人の縁とは、意外な所に繋がっていると改めて驚いた。

「ちなみに、明穂は色んなところで借金してるのは、知ってるか?」

「この前の岩屋の口振りで、何となく」

「それの借金を1つ纏めてるのが沼田組のフロント企業だ」

「それも、沼田さんが明穂さんの為に?」

 晴人がそう訊くと縁はゆっくりと頷いた。
 腹芸を覚えろ、年上からの手厳しい教えに晴人は、苦笑いをこぼす事しか出来なかった。
 晴人は、一息入れると切り替えて田臥のクリニックへと足を向けた、無論縁も着いてくる。
 沼田は、岩屋に逆らえないが、逆らえないなりの手立てを取った、ならば自分に出来る事は、岩屋の思い通りにしない事だ。
 だがそれは…
 そう考えながらクリニックの前に到着すると比奈が1人で出入口の前に立っていた。

「比奈ちゃん?」

 晴人が驚いて声をかけると比奈は、少し驚いたかの様な表情をしたかと思うと晴人に向い小さく会釈をした。
 学校帰りなのだろうか、背中にはランドセルを背負っている。

「明穂さんは?」

 晴人がそう訊くと比奈は、少しだけ俯いて首を横に振った。
 明穂に何かあったのか?そう晴人が考えて身を屈めて視線を合わせて話を訊こうとすると、比奈が意を決した様に顔を上げた。

「今日は才田さんと田臥さんにお願いがあって、1人で来ました」

 その言葉に晴人は、慌ててクリニックへと比奈を入れ、田臥を呼んだ。

「岩屋さんに私を引き取ってもらえる様にお母さんを説得してください」

 その一言から始まった話に田臥は、大きく動揺したが晴人は、どこかで納得してしまった。
 それから比奈から全ての話を聞き終える頃には、日が傾き、田臥が明穂に連絡を入れてその日は、解散となった。
 晴人は、縁と共に先にクリニックを後にするとそのまま帰路へついた。
 晴人の家は、クリニックから目と鼻の先の9階建ての雑居ビルの一室だった。
 玄関を開けて大きなフロアーにシャワー室とトイレとキッチンという大枠な間取り部屋に当たり前の様に上がり込んだ縁は、部屋を見渡していた。

「作業机に、ベッドに、サンドバッグって、こりゃまた随分な部屋だな」

「うっせ」

 晴人は、カバンを机に放るとクローゼットから私服に着替えると制服を布袋に放り込み、玄関の外へと置いた。

「洗濯とかどうしてんの?」

「ジィさんのお抱えのクリーニング屋が洗濯してくれる」

「おぉ、ボンボンだな」

「否定はしねぇ、才田家に生まれてここだけは良かったわ」

 忌憚のない言葉に縁は、から笑いをしながら煙草を咥えた。

「んで、お前は気づいてたのか?」

「比奈の事か? 」

 勿論と言う様に縁は、一つ頷いた。
 気づいていた、と言うべきなのかわからないか、比奈の様子が違うのは気づいていた。
 それは、岩屋と初めて会った時だった。
 本来会っている筈の明穂が呆けて全く気づいていなのに対して、比奈は何かを察した様に無表情に染まっていた。
 だが、無表情でもその顔には、絶望の色が刻まれているのだけは、嫌でもわかった。
 晴人は、その事を話すと縁は、苦笑いをしながら首を横に振った。

「まぁそれだけで見識者けんしきしゃって片付けるのは、乱暴過ぎるわな」

「でも、可能性は多く含めてるがな」

 晴人の返しに、縁は肩を竦めた。

 晴人は、冷蔵庫からペットボトルのお茶2本を取り出して1本を縁に渡して、もう1本を軽く飲むと、そのまま、サンドバッグを1発殴った。

「私は、結局母に捨てられるんです」

 比奈の言葉が頭の中でリピートされる。

「母は、私のせいで借金を抱えて最後は壊れて」

 その声を払う様にもう1発殴る。

「最後は、病室で「なんでこんな目にあわないといけないのよ!」って吠えてました」

 また1発殴る。

「才田さんも2020年から帰ってきたんですよね?」

 その言葉がリピートされた時に晴人は、手を止めた。

「岩屋が誰かに殺されて私は開放されるんです、だから私はその時まで我慢すれば大丈夫なんです」

 瀬野比奈は、接続者であり、見識者だった。
 それは、晴人や縁と同じ、未来からの帰還者だと言うことだ。
 しかし、比奈は、見識者と言わずに2020年から帰ってきたと言っていた。
 それは、晴人や縁の様に何処かの組織の保護がなかった事をあらわしていた。
 岩屋が殺されるのは2017年の出来事、今は2000年、あの子はこれから17年も苦しむ事になる。
 ましてや、岩屋がその時に殺されるかもわからない。
 それなのに比奈は、その地獄へと向かおうとしている。

「ふざけんな…」

 晴人は、構えを決めると一気にサンドバッグを撃ち抜いた。
 サンドバッグは、大きく揺れ、震える様に元の位置へと収まる。

「あぁーーーー!!!もう!!めんどくせぇーーー!!!」

 それと同時に晴人は、吠える。
 腹芸覚えろ?覚えていたつもりだ、だけど今その腹芸を使ってもなんの意味がない。
 それでは、比奈は救えず岩屋が得するだけだ。
 大事の前の小事?大勢救えても何の罪もない女の子の人生の大事な時間を無駄にしていいのか?
 頭の中で木霊する沼田と泰野の言葉を否定しながら晴人は、再びサンドバッグを殴り始める。
 今度は、リズミカルに拳を何発も放ち埋めていく。
 そんな事があってたまるか!

「どうにか出来ると思っているのかい?」

 最後に岩屋の言葉とあの憎たらしい顔が浮かぶ。

「どうにかしてやるよ!その程度!!」

 そう叫ぶと晴人は、サンドバッグが大きく揺れる一撃を放った。
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